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第六章:二十二話 骨は蹴り込まれた

 右手の大鎌を横に振るう。進行方向の木々が一気に斬り飛ばされ、随分と見晴らしがよくなる。


 宗兵衛の骨体が大きく沈み込み、大地と空気が大きく爆ぜることなく宗兵衛の体が掻き消えるように発射した。筋力や反動などを利用しない、熟達した魔力操作による移動術だ。


 アーニャにコテンパンもとい修行を受ける中で少しずつ上達してきた技術である。


「……今の移動はいいですよ、ソウベエ。六十一点です」

「会心の出来だったのに厳しくないですか!?」


 六十点以下は赤点扱いで、補習を受ける羽目になる。


 宗兵衛の移動は直進だけだ。アーニャから合格点を受けた移動術も、細かい方向転換まではまだ難しい。森の中で行使する移動方法ではない。進行方向上にあるものすべてを骨鎌で斬り飛ばし、強引に、力任せに道を切り開く。


 四度目、右の腕を振るう。来や岩を斬ると同時、腕が肘の部分までが砕かれた。無数の骨片が森に落ちるより早く、骨片はスケルトンへと姿を変え、着地するや否や走り出す。


『レッドゴブリンへの援軍ですかー』

「僕の体は一つしかありませんのでね」


 あの正体の良くわからない巨腕がまた介入してこないとも限らない。この襲撃にどれだけ関係しているのかもわからないときている。


 ただし偶然を主張するにはあまりにもタイミングがいいことは確かであり、偶然出ないとの考えが脳裏を揺らいだ以上は、懸念に相応しいだけの対応を取らなければならないのだ。


 宗兵衛が撒き散らした骨片から生まれたのは、単純な、雑魚に分類されるスケルトンではない。武具を装備したスケルトンの上位個体だ。


 スケルトンソルジャーやスケルトンナイトと呼ばれる個体だけでなく、巨大なスケルトンジャイアント、空を飛ぶ鳥型のスケルトン、機動力の高い犬型のスケルトン、俊敏で数の多いネズミ型のスケルトンもいる。


 言ってしまえばこれは、もはやアンデッドの軍勢だった。これだけの数、これだけの種類を、これほどの短時間で作り上げる宗兵衛の魔力と技術は、さすがの一語に尽きる。他の、例えばハーピーやゴブリンたちなら驚愕の目を向けただろう。


 だが今、宗兵衛の近くにいるのは、実力面で彼を遥かに凌ぐものたちばかりだ。故に驚きの目を向けるものはおらず、特に一人は、形の良い眉が平坦になっている。


 スケルトンたちが手に持つものは鉄製の武具ではなく、宗兵衛の骨から作られた武具を装備している。剣であったり槍であったり、大盾やハルバート上のものもある。


 中には湾刀の形状の骨刀もあって、アーニャの機嫌は露骨に損なわれた。


「……ソウベエ、少し、話があります」

「非常時ですので、できるなら後にしていただきたく存じます」


 ここで、非常時なので勘弁して下さい、ではなく、後にしてくれと口にしている点が印象的だろうか。説教は免れないことを確信している、ことが窺い知れるというものだ。


「……問題ありません。わたくしの目を見てください」

「ちょっと、アーニャ。あんた、こんなときになにをしようってのよ?」

「……ソウベエをわたくしの幻術空間に招待するだけです」

「あんたね……」


 ルージュの整った顔に縦線が入る。幻術と一口に言っても、音楽や薬物を使ったもの、術式として確立されているものまで幅広い。


 アーニャは剣術で戦うタイプではあるが、二系統の幻術を習得している。一方は歌を用いたもので、あまり歌が得意ではないのでまず使うことはない。


 今一つが、目を見るように言ったことからもわかる通り、真眼を用いた幻術だ。仮にも『五剣』、それも真眼の持ち主であるアーニャの幻術だ。並のものであるはずがない。


 アーニャは何でもないことのように言っているが、幻術としては最高位のものになる。作り上げられた幻術空間の中では、術者はそれこそ創造主であり、時間の流れも含めて、できないことは何一つとしてない。


 すべては術者――この場合はアーニャ――の思いのままとなり、この幻術に捕らえられると、外部からどれだけの助けがあろうと脱出することは不可能で、術者の許可がなければ現実に戻ることすらもできなくなるのだ。


 平たく言うと、精神を幽閉するのである。


「それほどの大罪を僕は犯しましたか!? あと、本当に非常時なのですが!?」


 普段は閉じている眼を開いてまで話をしようとするのだから、機嫌を損ねていることは間違いない。小さく頬を膨らませている仕草は可愛らしいものだが、宗兵衛には愛でるだけの精神的余裕がない。


「……問題ないと言いましたよ。幻術世界の中で、仮に一万年が経っても、現実には刹那の百分の一にも満たないようにできます」

「僕の精神が間違いなく老衰で死んでいるものと思われます!?」

《訂正。老衰ではなく摩耗かと》

「……ソウベエ」

「はい!」

「……わたくしは別に気が短いわけではありませんが……長いわけでもありません」

「は、はい!」


 どことなく間抜けな感じのするアーニャの言葉にも、宗兵衛の首は残像が発生するほど激しく上下に動いた。


「……よぉく、覚えておいていただければ、それで構いません」

「はは! しっかと心に留めておきます!」


 二人のやり取りに周囲は呆れ顔だ。


「……では」

「お」


 アーニャがルージュを抱き抱え、人馬型となっている宗兵衛の馬体部分の背の上に立つ。高速走行中の車の上に立つよりも危うい行動を、危なげもなく行えるアーニャの技倆に、一々驚くことのなくなってきた宗兵衛も、次の行動には驚いた。


 「いうぉっ!?」


 それまでの宗兵衛の走力を遥かに凌ぐ急加速が、骨体に加わったのだ。理由、というか原因は、人体部分の背をアーニャが軽く蹴ったこと。六十一点を獲得した移動速度よりも、明らかに速い。


「ぉぉおおおぅぉうぅうぉおっ!?」


 その速度たるや、宗兵衛が肉や脂肪を持っていたなら、さぞかし笑いを取れるほどに歪んでいただろう。


 骨体上にいたアーニャは抱き抱えたルージュと共に着空――舞う、木の葉の一片に着地――し、次の跳躍で一際高い樹木の頂上に到達した。眼下の様子がよく見える。


「へえ、ソウベエったら魔物の群れに一直線じゃない」

「……積極的なのはいいことです」


 確かに宗兵衛が向かっていたことは事実だが、文字通りの意味での、最後の一押しをした人物のセリフとは思えない。


 高い場所からの観劇は特権階級の嗜みだ。飛行型の魔物も隔絶した実力差を悟ったのか、二人に近寄ることも目を向けることすらしない。


 アーニャと視線がぶつかったのは、地上のラビニアだ。互いに殺気のない、朝の出掛けに交わす程度の軽いもの。


『まったくもう、アーニャもやってくれますよねー』


 凄まじい速度に達している宗兵衛の頭上では、ラビニアが余裕の表情で寝転がったままで呆れた声を出す。


 アーニャの蹴りで得られた爆発的な推進力によって、一瞬にして宗兵衛は数百メートルを移動している。群れを成すトロウルとの接触まで、残り一秒か二秒か、それ以下か。


《主、備えを》


 リディルの言葉を受けて、宗兵衛が動いたわけではない。アーニャに蹴り飛ばされて、とりあえず衝突にでも備えようと腕を動かすと、ちょうど構えたようになっただけである。


 宗兵衛の骨腕がより巨大で、より鋭く変形する。サイズはクレイモア、しかし形状は日本刀。帯びる魔力は多く、宗兵衛の眼下に揺らめく炎同様、青白い燐光を発する。燐光が膨張し、弾けた。


 青白い輝きが魔の森の一部に広がり、広がった輝きは好戦的に動いていたトロウルたちを飲み込む。意味のある反応を返せた個体はなく、当然、組織立って動けるはずもない。


 意識の空白は、トロウルたちの巨躯から動きを奪い去り、数の有利をも奪い去る。宗兵衛は群れの中心に飛び込ん――正確には、アーニャに蹴り込まれた――だ。


 両手に生やした巨大な骨刀、が消えた。


 頭上と、少し離れた木の上から僅かに驚きの声が漏れた。


 宗兵衛が両の骨刀を振ったのだ。振る手も見せず、巨大な刀身さえもが見えなくなるほどの速度で。ラビニアやアーニャの技倆ならば、十分に視認できたろうが、トロウル如きでは斬られたことにすら気付くまい。


 腕を振り回す、のだが単に振り回すのではない。滅茶苦茶に振り回す、との表現でもまだ足りない。


 筋肉も靱帯も神経も血管もないことを幸い、と。動かす魔力ねんりょうならばたっぷりある、と。宗兵衛は両腕を暴走させた。

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