第六章:二十一話 骨は大きな問題を避けて目の前の問題に向く
それでも相手が人間や転生者なら、まだしも指図できただろう。かつて見たことも接したこともない魔物が相手となると、更に勝手が違う。
種族ごとの特性や得意分野など把握しているはずもなく、同時に宗兵衛はアンデッド故に疲労がなく、急速の必要性もないときている。
リディルという、非常に頼りになる相方もいるとあって、慣れていないことを、よく理解できていない相手にするよりも、自分一人で片付けたほうが気楽だったのだ。
結果がこれ。
なにに付けても宗兵衛が先頭に立って動かなければ、物事が片付かなくなっている有様だ。
文官として下手に優秀だったために、集落の規模が大きくなっても回してしまうことができたことが尚更、問題を先送りにしてしまったのである。
自分の命令を忠実に受けて寸分の狂いもなく動けるアンデッド召喚ができることもマイナスだ。ソウベエだけでは手が回らないことも、召喚したアンデッドを馬車馬のように使うことでカバーできてしまう。
「こんなことになるなら、最初からもっと、自分の仕事を押し付ける努力をしておけばよかった」
押し付ける相手を作る努力をすればよかったわけだが、パッと見渡したところ、押し付けるに適した相手がいない。育ててこなかったのだから当然だ。
一騎は既に長としての仕事をしている。嫉妬仮面は論外。魔物たちは指示待ち傾向にある。集落の層の薄さを痛感した宗兵衛は、だがトロウルの活動もあって、この問題だけに注力するわけにはいかなかった。
「あぁ~~」宗兵衛は疲れた声を出して、「自分の仕事を楽にする」ことを頭から追い出、すことはできなかったので、隅っこに置くことにした。
真ん中に据えたのはトロウル対策だ。
「えー? もう明日にしなさいよ」
宗兵衛の決意に水を差したルージュは、インフィニティチェアに全身を預けきっていて、既に動く気はなさそうである。
『メリットなんかないですよ。そんなことよりも乗っ取っちゃいましょうよー』
「乗っ取りません。メリットも何とか捻り出すことができればいいのですが」
捻り出すといっても、まだ高校生に過ぎない宗兵衛に思いつけることは知れている。
トロウルの活動活発化は周知の事実。小規模な群れが単独で生き残れる術はないと考えるべきだ。宗兵衛はこの事実を旗印に使おうと考えていた。
単独では抗しきれない強大な敵に立ち向かうため、勢力を結集させるための口実にしようというのだ。安達が生きていれば「反董卓連合だな!」とでも興奮したかもしれない。
「……そこまで上手くいきますか? 所詮は魔物でしょう」
『同じ種族はおろか、同じ群れの中でも餌を巡って争うような連中もいますもんねー』
「別に同盟を組むとまでは考えていませんよ。一つの目的に対処するための連合を作ることができたらいいな、と思う程度です」
歴史上の戦国武将のようなカリスマ性があれば、と宗兵衛はしみじみと思う。主義主張が違う勢力をまとめて事に当たり、事が済めば一部の勢力を吸収することで自己の勢力を拡大することにもつなげる。
「カリスマが」とか「皆を引っ張る大規模な展望が」とか「いずれも僕には足りない」とかブツブツと独語を繰り広げている宗兵衛だ。
ラビニアは宗兵衛の頭の上で肩を竦めた。ラビニアからすると、宗兵衛は自らが口にした項目のほとんどをクリアしている。
集落は今でこそ一つにまとまっているが、種族単位にすると派閥のようなものができあがりつつあった。最大多数のゴブリンはもちろん一騎に、ハーピーやマンドラゴラは宗兵衛に、といった具合だ。
外部の商人とのやり取りに魔石養殖を軸とする経済政策も、実務を担うのは主に宗兵衛であり、集落の中には一騎よりも宗兵衛を慕う魔物も多くいる。
ルージュやアーニャからしても、宗兵衛は自己評価が低い傾向にあると見ていた。思想的指導者の一騎を中心に置き、自分はそれに乗っかっているだけなどと考えている節があるのではないか、と。
実際に地道に実績をコツコツ積み上げている宗兵衛には、二人ともが高く評価しているのだが。
『どう思いますー?』
「いい機会じゃないかしら。乗っ取り云々は別として、イッキ不在の間だけとはいえ、トップとしての自覚はあるわけじゃない? 後はトロウル共を平らげてもらって自信をつけてもらうわ」
実績自体は十分にある。実力面でも、基本的に宗兵衛は一騎よりも強い。
「……過信は困りますが、自信を持ってもらうのはいいことですね。では、明日と言わずに今すぐに動きましょうか、ルージュ?」
「え? あたしも?」
「……当然でしょう。私は貴方の護衛なんですから」
アーニャは溜息をつきつつ、仮にも教皇を放っておくこともできない。ルージュが来ない以上は、アーニャもおいそれと動くことはできないのだ。
「わかったわよ。行きます。行けばいいんでしょ」
ルージュはインフィニティチェアの上で、プイッとそっぽを向きながら答える。
『いいですね。宗兵衛さんは自信をつけて、目障りな敵を駆逐して、勢力の拡大も可能。いいこと尽くめじゃないですか。ついでに主導権もこっちのものにしてしまえば、言うことなしですねー』
《思惑通りに推移するかどうかは不明確。主導権争いが生じた場合、常盤平一騎の側には確実に》
『大精霊エストですかー?』
リディルの指摘にラビニアは、ふふん、と腰に手を当てて胸を張った。
『来るなら来い。こちらも全力で迎え撃ってやりますよー』
むしろ自信満々だ。エストは集落で最強を誇る。一騎も宗兵衛も太刀打ちできる相手ではない。そのエストを向こうに回すことを想定しても、ラビニアには気負った様子すら感じられなかった。
「……ルージュ?」
「ラビニアなら本当になんとかなるんじゃないかしら? あの子、あんなでもルルの副官だし」
「……そういえば、そうでしたね。ソウベエの頭の上でゴロゴロしているばかりなので忘れていました」
『あんなのとか忘れてたとか、失礼ですよー? ぷんすかー』
大魔王不在の今、魔族を率いる三軍王。その三体の大魔族には、副官と位置付けられる存在がある。陸王カヴェリエには四体の副官が、海王トルシガンと天王メリウスには二体ずつの副官がいた。
いた、というのには理由がある。かつての大魔王を討滅するための戦いの折、人にも魔族にも大きな被害が出た。結果、軍王の副官も四体が滅びていた。
天王メリウスの副官が一体、陸王カヴェリエの副官が三体だ。海王トルシガンの副官たちは滅びこそ免れたものの、受けたダメージは甚大且つ深刻で、現在でも満足に動けないでいる。
《現状、実質的に動ける副官は二体しかおらず、その内の一体がラビニアになります》
「……二体の副官の一方を配するほど、期待しているというわけですか?」
『いえいえ、天王様より賜った命は召喚と転生だけですよー。他に命令は受けていませんし? 暇になりましたので、自分の意思でここにいるだけです』
宗兵衛の記憶でも、確かにラビニアは暇だからといって合流してきた。相当な実力者だということは当初からわかっていたが、それほどの高位の存在だとは思っていなかった。だが宗兵衛には大きな驚きはない。心臓があったとしても、心拍を瞬間的に一割上昇することさえなかっただろう。
「教皇や『剣鬼』も近くにいますからね」
『むー、なんだかわたくしの扱いが雑な感じがします』
宗兵衛の顔の前に浮かびながら膨れるラビニアを、宗兵衛は優しい手つきで頭に乗せた。
『お?』
「無駄話はここまでにして」
『無駄じゃないですよー?』
「ここまでにして。リディルさん」
《承知》
骨体が異様な音を立てて変形する。以前にも見せた人馬一体型の形状へだ。ルージュを抱き抱えたアーニャが、人馬型の骨へと姿を変えた宗兵衛の背に乗る。
「わお」
「……ルージュ、はしゃがないで。ソウベエ、出て下さい」
アーニャの言葉はタクシーの運転手に向かっての言葉そのものだ。この世界にはタクシーなどないので、精々、馬車の御者に対するものか。主従というか立場の強弱がはっきりするやり取りだ。
「扱いに対してモノ申したいところですが」
青い炎の揺らめく眼窩がギルマンの集落の方向に向ける。広げた両腕は白くて巨大な鎌へと姿を変えた。




