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第六章:二十話 人の常(骨)

「これは……二か所ですね。レッドゴブリンとギルマンの群れが……なにか生命反応が弾けていますね。戦っているように感じられますが」

『うんうん、ソウベエさんの生命感知もグッと精度が上がってきてますねー。これだけ離れていても把握できるようになってきてるんですから。正確には襲撃に遭っていますねー。トロウル?』


 宗兵衛たちに相談を持ち掛けてきた二つの群れが同時に襲われている。目を閉じて耳を澄ませるラビニアによると、トロウルが襲撃犯らしい。


「巨腕を斬り倒した僕たちではなく、向こうを襲うとは。戦術的な意味がよくわかりませんね」

『単に固まっていて狙いやすかっただけじゃないですかー?』


 実際にその通りかもしれない。聞く限りのトロウルの習性を考えると、狙いやすそうなところから率先して襲ったというだけのことだろう。


 同時襲撃が気になる点ではあるが、トロウルの群れの規模が大きくなったせいで、ギルマンかゴブリン、どちらか一方の群れを平らげる程度では胃を満たせないから、と考えると腑に落ちなくもない。


 助けに行くかどうか、宗兵衛はまたも決断を迫られる。


 衝突を誘う転生者が絡んだ一件は片がついた。この件を片付けることがギルマンとゴブリンから頼まれたことで、実際に終わっている。両者への最終的な報告が済んでいないだけだ。


 両者は正式な集落の仲間ではなく、一時的な、言ってしまえば取引相手でしかない。しかも宗兵衛や集落側にとっての利益はかなり薄い取引相手だ。


 そしてトロウルは、リスクの大きな相手だ。地面から生えてきた大量の巨腕からも考えて、果たして現状の宗兵衛で対抗できるかどうか。


『助けるんですかー?』

「正直、助けることのメリットがあるようには思えないのですが」


 ギルマンもレッドゴブリンも群れの規模は小さい。集落に取り込んでも戦力向上を見込むのは困難だ。不気味な力を見せつけてくるトロウルとの衝突は、できれば情報や準備が整うまでは避けたいところ。


 救援要請がないのだから、別に助けに向かう必要はない。最悪、適当に駆けていって「しまった。間に合わなかったか」とでも呟いておけば済む話だ。


《同意。リスクと比較して利益が少なすぎます》

『見捨てましょうよ。ね、ソウベエさん?』

「さてさて」


 骨の腕を組む宗兵衛が考えるのは一騎のことだ。


 集落がどうとか、内政無双がどうとかいうのは、基本的に一騎の考えである。その一騎が不在の今、すべての決定権は宗兵衛に降りてきている。


 自分たちの安全を図ることは当然にしろ、安全のために弱小種族を見捨てることが果たして組織の未来に良い影響を与えるだろうか。


 全能でもなければ万能だとも思い上がっていない宗兵衛には、正確に半年先一年先を見通すことはできない。


 エストが守ってきた廃教会を拠点にすることには同意した。住環境をよくするための修繕や、食生活向上のための探索や取引も行ってきた。ゴブリンらの種族を取り込んで組織の規模を大きくするという方針を支えても来た。


 頼ってきた魔物たちを受け入れて規模を大きくするのは、一騎というよりも全体の方針と言ってよく、宗兵衛も積極的に反対した記憶がない。


 一騎が帝国に出かけて商談やら魔石販路開拓やらに精を出している傍らで、これまでの方針を大きく転換するような決断をするとどうなるか。


「ふむ、常盤平との対立……いや、衝突に発展しますかね」

《対立までなら、あり得るかと》

『!』


 宗兵衛の頭の上でラビニアが軽く目を見張り、


「へえ?」


 インフィニティチェアの上のルージュは片眼を開け、


「……おや」


 アーニャはなにかを期待してか骨刀を撫でる。


 オーバーな表現だと二人三脚で進めてきたことを、相談もなしに、更に留守中に変更するなど、重大な裏切り行為に他ならない。


 一騎がそこまで過剰な反応するかどうかは見通せなくとも、少なくともエストは激怒するだろう。一騎と同種族のゴブリンたちも反発するかもしれない。


 宗兵衛の懸念混じりの考えとは関係なしに嬉しそうなのはラビニアだ。頭蓋骨の上から逆さになって宗兵衛の目を覗き込む。


『へえ! ソウベエさんが遂に立つんですねー。わたくしはソウベエさんを応援しますよー?』

「応援ではなく唆しているだけでしょう」


 タイミング的にはまさに悪魔の囁き。実際に魔族の中でもかなりの高位に位置するらしいので、そこまで間違った表現ではない。ラビニアは目を細めて笑う。


『まさかー。弱肉強食とか下克上とか裏切りとかの言葉が大好きなだけですよー?』

「好きな言葉のチョイスに一抹の不安を感じますね」


 宗兵衛が感じる不安も一抹程度でしかないことも、大分とラビニアとの付き合いが長くなった証拠だ。ただ、宗兵衛の出した結論はラビニアの期待に沿うものではなかった。


「仕方ありません。助けに行きますか」


 人というものは往々にして楽なほう、現状維持の方向に流れるものである。経験のある人も多いだろうが、魔物アンデッドの宗兵衛にもこの傾向はしっかりと残っていた。


 真っ先に不満を口にしたのはもちろんラビニアだ。


『えー? やりましょうよ。乗っ取っちゃいましょうよー。ソウベエさんに留守を任せるってことは、ソウベエさんに留守を襲われても文句はないってことじゃないですかー? イッキさんもわかってますって。ある種、信頼の証って奴ですよー。わたくしも協力しますからー』


 不満どころか、積極果敢に反乱を煽ってきている。ラビニアが協力したら即座に反乱が成功する点などお構いなしだ。


 ラビニアの言っていることは別に間違ってはいない。


 魔物たるもの、弱肉強食は当然。力のあるもの、機を見るに敏であるものがのし上がっていくものだ。現代日本で生きてきた高校生にはわかりにくい感覚なのかもしれないが。


 他の魔物や、転生者の中でも追い詰められている連中からすれば、組織のトップが率先して留守にしている状況は美味しい話以外の何物でもない。先に始末した安達が生きていれば、「呂布のような生き様だな」とでも感想を口にしただろうか。


『やっちゃいましょう、ソウベエさん!』

「嫌ですよ。面倒な」

『ソウベエさーん。リディル、貴女からも説得して下さいよー』

《主はトップに立つよりも、裏で動くほうが性に合っていると判断します》

『それはわたくしもそう思いますけどー』


 付き合いの長い二人からは、宗兵衛の適性は正確に見抜かれていた。


「常盤平を魔王に据えて、僕は魔王を決める文字通りのキングメーカーになるというわけですね。なるほど。確かにそっちのほうが格好いい」

《実力面から表に引っ張り出される場面が多いことのほうが問題です》


 これは仕方のないことだ。宗兵衛たちが作った集落は、性質上、雑魚に分類される魔物が多く集まる傾向にある。


 ハーピーのように決して弱くない魔物もいるが、一騎や宗兵衛の穴を埋めるほどではない。どころか、様々な魔物たちを束ねなければならないことを考えると、一時的に代理を務めることすら難しい状況だ。


「いくつかの軍団を作って、軍団長というポストを作りましょうかね。僕たちに次ぐ幹部としての立場を与えて、せめて留守を任せられるくらいの人材を育てないと」

「……賛成です。集落の魔物は数だけ多くて、仕事の全部はソウベエたちが回していますからね」

『でも今の状況だと、人材育成も組織編成もソウベエさんの仕事ですよねー?』

「げふぅ」


 いっそのこと、吐血して気絶できたらと思う宗兵衛であった。


 組織を編成して仕事を割り振る考えがこれまでになかったわけではない。自分が楽をするため、相手が一騎や嫉妬仮面たちになら、いくらでも仕事をぶん投げる考えが宗兵衛にはある。


 しかし相手が部下となると、勝手が違う。生まれつき当たり前のように他人に命令できる人種もいるらしいが、宗兵衛はそんな稀有な人種ではない。


 ボッチ歴が長く、他人に指示することもされることも少なかった人生を歩んできた。急に経験したことのない立場がくっついてきたからと言って、早々、急に変化できるはずもないのだ。

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