第六章:十九話 焚き火の前で
宗兵衛は森の中に戻る行動を決めた。このまま空中に留まり続ければ、巨腕のいい的だ。差し当たり、細切れにした後は新しい腕が生えてくる気配はないが、だからといって油断していい理由にはならない。
なにより、地上と空中のどちらが落ち着くかと問われれば、宗兵衛は間違いなく地上を選ぶ。海と山なら、水着の美女がいない限りは山を選ぶ。
日本ではタワーマンションに住む人間が増えているようだが、宗兵衛にはとても無理そうであった。
宗兵衛が地上に降りると、必然的にアーニャたちも地上に戻る。空を名残惜しそうにしているのはルージュだけだ。
パチパチ、と火花が爆ぜる音が響く。森に戻ったとは言っても集落に戻ったわけではない。位置的にはギルマンとレッドゴブリンと、そして安達が拠点としていた洞窟との中間になる。どこで問題が発生しても、素早く動ける位置取りだ。
「はぁぁ」
宗兵衛は疲れ切った声を出した。本当は大きなため息でもつこうとしたのだが、スケルトンには肺がない。なので息ではなく、声にしたのだ。
既に日も暮れつつあるこの時間、森の中は既に薄暗くなってきていて、焚き火が何とも言えぬ味わいを醸し出している。
ちなみに宗兵衛、溜息を吐いてはいても座り込んでいるわけではない。骨で作った調理器具を駆使して、手際よく料理をこなしている。ルージュたちの食事を作るのは場所にかかわらず宗兵衛の仕事なのだ。
『なんか、どんどん上達していってますね。最初に食べたウサギ肉のときの手際が子供みたいに思えますよー』
「……聖騎士じゃなく料理人として雇うのもあり?」
「ダメよ。聖騎士になるのは決定なんだから」
《勝手に決めないように》
周囲の騒がしい声にも惑わされずに鍋を振るう宗兵衛、集中しているのかと思いきや、必ずしもそうではない。
「できることなら、このまま日がな一日、のんびりと火の揺らめきを見て、心穏やかに過ごしたい」
焚き火の魔力が凄いのか、宗兵衛の根っこにはダメ人間としての要素が強いのか。ルージュとアーニャは骨製のインフィニティチェアに転がっている。
このインフィニティチェア、リクライニング機能は当然のこととして、骨の硬度と強度を調整して、人間がもっとも安楽を感じられるように改善を繰り返した逸品だ。
一騎に言わせるともはや骨で何とかなる領域を飛び越えている、ということになる。宗兵衛の強弁によると、軟骨成分だって骨の一部なのだから強度も自由に調整できる、ことになる。
人間にとっての安楽であって、アンデッドの宗兵衛には何の効果もないことがちょっぴり悲しい。
インフィニティチェアは施設内の入浴設備と併用しての使用であるが、「人を堕落させる機能がある」とはルージュ教皇聖下よりの御言葉である。
これで現在、試作段階にまで入っている「人をダメにするクッション(骨ビーズ版)」が完成したらどうなることか。
さすがに集落内ではないので、食事は簡素なものに限られる。それでもアーニャたちはぺろりと平らげて、早々に焚き火の前でのゴロゴロモードに入っていた。
水属性の魔法には肌に潤いを与えるものもあって、元の世界で行われている焚き火のような化粧水は不必要であるという。
日々の細々とした生活を支えることにも使われているのだから、魔法というものはとても便利なものだ。
ただし、こんな魔法の使い方はこの世界でも贅沢であることには変わりなく、たとえば教皇のような高い身分の人しか使うことはできない。
「焚き火」、「人を堕落させるインフィニティチェア」、「食後の満腹感と弛緩した空気」がガッチリと手を組み合ったことで、場には心地よい微睡みが満ちつつあった。
悲しいかな、睡魔と戦う特権を持たないアンデッドの宗兵衛は、焚き火の揺らめく炎と眼窩の青白い炎の動きを同期させながら、唐突に出現した巨腕について考えを巡らせる。
リディルの鑑別によると、あれは魔の森に生息する巨人族、トロウルの腕だ。
トロウルは狩りや戦いに伸縮腕という技術をよく使う。文字通り、腕を自在に伸び縮みさせ、間合いを見切った気になっていると痛い目に遭うわけだ。
初心者には危険なこの技も、一定以上の経験者には大した効果はない。単に振り回すだけの伸びた腕など、斬り落とすには容易いものだ。
しかしあそこまで巨大になることはない。掌に巨大な口が開くこともない。トロウルの中の異常個体なのか。生えてきた巨腕の数を考えると、異常個体が複数いることになる。
トロウル。元は巨人族の一部として神族の側だった種族。強さへの執着が強く、そこを付け込まれ魔族側に寝返った挙句、トロウルは神々の怒りを買い、トロウルの王ヘイルと一族全てに罰が下った。
神としての力を失ったトロウルは、天を突くかの巨体と、あらゆる魔法に手が届くとまでされた知恵を失う。現在、トロウルに対する人々の評価は、図体のでかい知恵のない魔物、でしかない。
頭の悪さは有名で、法国の研究者がトロウルの脳を調べたところ、ネズミよりも小さかったと記している。
反面、生存能力は相当に高い。七日七晩飲まず食わずで動ける体力を持ち、何でも食べる雑食性とどん欲さを有し、熊のように栄養を蓄えて冬眠することで厳しい環境を乗り越えることもできる。
基本は単独行動だが、食欲に突き動かされた際には群れを作ることもある。
戦術的に狩りを行うことはできなくとも、長時間にわたって暴れまわることを可能とする体力が、多くの獲物を狩ることを可能にしていた。
生態系の頂点に君臨することはなくとも、旺盛な生命力によって生息分布は世界中。火山地帯にも生息し、魔の森にも北部を中心に生息している。
協力とか役割分担といった言葉は知らず、仮に群れて行動しても、ゴブリンやギルマンのように組織的に動くことはできない。ただ目の前の餌に襲いかかるだけ。偶々、狙った獲物が一緒だった程度にしかならない。
どうしてそんな連中が勢力を広げてきているのか。
リディルから、トロウル王ヘイルの息子のアルカンテの復活を示唆されたことがある。ラビニアにより否定されたが、ますますわからなくなってくる。
頭の悪いトロウルが組織立って動くときは、ほぼ確実に指揮する存在がいる。酷いときはゴブリンにだって利用されるときもあるが、群れの規模が大きい場合だと、背後に魔族がいたケースもあった。
今回のゴブリンとギルマンを相争うよう仕向けた安達のように、転生者が動いているかもしれない。そう考えたほうが、あの大量の巨腕にも得心がいきやすい。
これといった物証があるわけではないのだが、理由づけをする分には、十分な効果を持っている。
「ここまで接近してきていることを考えると、集落に来ることは……もう避けられそうにないですね」
『ですねー』
宗兵衛の頭の上でゴロゴロしているラビニアも肯定する。
ゴブリンとギルマンの対立の仲介に首を突っ込んできたところ、転生者が裏でかかわっていた。物理的手段でもって解決の目が出てきたところで、更に大きな厄介事が舞い込んでくる。
「常盤平がいなくなったのに、どうしてこんなにトラブルが起こるのか」
「……実はソウベエが引き寄せてる?」
「ははは、そんなまさか」
と即座に否定する宗兵衛も、自分のどこかに否定しきれない感覚があることを自覚した。
『んー?』
不意にラビニアが何かに気付いたようにあらぬ方向を見、次いで別の方向も見る。
「ラビニアさん?」
『ソウベエさん、感知できますかー?』
「ふむ」
宗兵衛は魔力の気配を感じ取れるように意識を集中させ、
「なにもわかりませんね」
《生命感知に切り替えを》
「承知承知……これは」
アンデッドとしての宗兵衛の鋭い感覚は、森の中で起きていることをかなり正確に理解した。二か所で複数の生命が衝突している様子が、それこそ手に取るようにわかる。
生命どうしが強く衝突して、弾けていくのだ。
強く集中すると、ここの生命がどう動いているのかさえも把握できる。二か所同時に集中をすることはまだ無理なので、今の宗兵衛にわかることは、衝突していることまでだ。




