第六章:十八話 骨は色々ごちゃごちゃと考える
「あの腕には結構、難儀してるんですけどね、僕」
外れそうになる顎を押さえながらぼやく。人類世界最強の相手を比較対象にしている時点でおかしいのだが、身近に他に比較できる相手がいないのだから仕方のない一面もある。
危機感を露わにした宗兵衛の活躍と、アーニャの何気ない斬撃とによって森から生えてきた巨腕はかなり間引くことに成功した。
だが事態の進展にはまるで至っていない。森のあちこちが爆ぜ、土中から新たな腕が更に現れたのだ。
間引いた分を補うだけでなく、援軍として五本の巨腕が追加されている。巨腕の掌にある口からは、滝のような流延と、警戒と敵意の唸り声が響く。
『ちょっと予想外ですよねー、あの腕は』
いつの間にやら、宗兵衛の頭の上にはラビニアが胡坐をかいていた。緊張を漂わせている宗兵衛とは対照的に、ラビニアの声音は普段と大差がない。蠢く巨腕は、宗兵衛からすると警戒に値しても、ラビニアにとってはそうではないというわけだ。
「友達ですか?」
『ぶっ飛ばしますよー?』
質問に対する回答がかなり理不尽だと思う宗兵衛である。抗議の声を上げたところで無視されるか、物理的に粉砕されるか、笑顔の一睨みで雲散霧消するかだ。
「関係ないのなら、多少は手荒くしても大丈夫ですね」
宗兵衛は骨杖を作り出す。魔法で消し飛ばすのは手荒ではないと主張しているわけではない。最近はあまり使わなくなった技能、死体から情報収集をするということだ。単純に倒すのではなく、倒した後も死体を利用するという意味で、手荒と表現したに過ぎない。
《今の主では不可能かと》
「おろ?」
せっかくの決意の腰骨を折りにかかったのはリディルだ。
「リディルさん?」
《あの腕は本体ではありません》
森から生えている巨腕の群れは、腕型の魔物ではなく、ある魔物の体の一部なのだという。故に腕をどれだけ倒したところで、そこから情報を集めることはできないのだと。
「たとえ体の一部であっても、情報を抜き取ることはできるのではありませんか?」
《主の力量が足りません》
「原因は根本的なところにありましたか」
宗兵衛からすると金槌で叩かれたかの衝撃だった。使用頻度は低いとはいえ、死体から情報を抜き取るのはかなり役に立つ技術だ。
これまでは相手の体の一部から情報を集めなければならない、なんて事態にはならなかった。目の前の死体からすべてを抜き取ればよかったので、それ以上の発想が生まれなかったのだ。
まあ、自分を鍛えることよりも、町づくりなどの内政にばかり力を入れていたのだから、当然と言えば当然だ。
戦いそのものも大半は一騎に投げ、自分は骨具を使ったサポートや遠距離からの攻撃が中心。前線に出たときも、宗兵衛が中心になるということはほとんどなかった。
「楽をしてきた弊害が出てきましたね。おのれ、常盤平」
『おのれじゃないと思いますけどー?』
ラビニアの呆れ声を頭部に受けながらも、宗兵衛の頭の中は平時よりも回転を速めていた。この状況をどうするかについて早急に決めねばならない。としつつも、宗兵衛はほとんどの結論を既に出している。
即時撤退である。
元はゴブリンとギルマンの水場を巡る争いへの介入だった。これは双方を敵対させて、血を流させようとする人間と、人間と結託した転生者の仕業だということがわかっている。森に入り込んでいた人間の兵士は蹴散らしたし、黒幕と思われる転生者は死亡した。
そこに予測不能な横やりが入ってきたのだ。それもリディルが警告を発するレベルの。
情報を集めようにも、巨腕をどれだけ倒しても今の宗兵衛では有効活用できない。加えて何本もの巨腕を倒しても、次から次へと生えてこられてはたまらない。
常勝不敗の看板を掲げているわけでもなし。敗北や逃走を恥と捉える特殊な文化や性癖とも無縁。必要だと判断したら、すたこらさっさと逃げ出すべきだ。
「がんばれ、ソウベエ。あたしの聖騎士なんだから、負けたら承知しないわよ」
ほぼ隣りに浮いている地面の上からは、ルージュの呑気な声援が飛んでくる。聖騎士「候補」と呼ばれることがなくなって久しく、宗兵衛もいつの間にか否定することを忘れるようになっている。
『逃げるんですかー?』
《離脱を推奨します》
「僕もそうしたいところなのですけどね」
宗兵衛の視線は微かにルージュに向けられた。美少女に応援されて張り切らない男がいるだろうか、いやいない。
下らない反語表現を使うまでもなく、宗兵衛の側にはルージュからの期待に背きにくい理由がある。集落にもたらされる人や資源は、法国経由になることが多い。
法国の後ろ盾は、集落の力を高めるために非常に有効だ。推測の話ではなく実感と実績のある話である。ヒトやモノの大規模な移動こそまだ起こっていないが、徐々に話は詰めていっている。
教皇直属の商取引ルートを通じて、行商人フリードが動くことで、そう遠くないうちに、集落にはある種の革命がもたらされることになるのは確実だった。
常盤平一騎が帝国で強固な立場を作ることに成功したのなら、法国と帝国を結ぶ、世界市場に存在しなかった巨大交易路の誕生すらが視野に入ってくる。
「法国トップの期待が重い……」
教皇からの期待と集落トップとしての責任、果たしてどちらが重いのやら。
巨腕が大きくうねる。一本一本なら宗兵衛が対処できない敵ではない。複数の巨腕に連携されると少しばかり厄介だ。
複数どころか多数になるとどうだろうか。厄介とかどうかよりも、生理的な嫌悪感が弥増してきて、骨体に鳥肌が立ったような気がする宗兵衛だ。
「……ルージュ、飛びますよ」
「いいわよ」
離脱するのかな、なんて気楽な宗兵衛の予想はこれでもか、というレベルで裏切られた。ルージュを抱き抱えたアーニャが跳躍、音もなく宗兵衛の右肩に降り立ったのだ。
「ちょぉォおおっ!? どういうことですか!?」
宗兵衛の驚きには二つの意味がある。一つは言わずもがな、どうして自分のところにやってくるのか。今一つは、肩の上に着地しながら微塵の体重を感じさせないアーニャの技術に対してだ。
「……そろそろ、あの地面も落下しそうだったもので」
「異議あり! 答えとしておかしいと思います。常識的にそもそも地面は宙にあるものではないのですよ」
至極常識的な反論であるが、常識に沿ったからといって通るとは限らない。世の中には理不尽や非常識が結構な頻度でまかり通っているのだ。
「あんたは命の常識を踏み躙るアンデッドじゃないの」
宗兵衛自身がまかり通る側の存在なのだから世話はない。しかもルージュはそんなアンデッドを聖騎士にしようというのだから、魔の森にはなにかと横紙破りが多くいるらしい。
無数の咆哮が響く。四方八方どころか、下方からも巨腕が迫る。と、一本の巨腕が大きく上昇した。これで上方向への脱出も防がれたわけだ。
翻って宗兵衛は頭の上にラビニア、右肩にルージュを抱き抱えたアーニャがいる。
派手に動いたところで問題のない面子ではあっても、自分よりも小さい相手を振り回すのは相当に気が引ける宗兵衛は、骨杖を砕いた。武器を手放してどうするのか、と当然の疑問を、宗兵衛を含む誰も抱かなかい。
無数の鮫のように獲物と認めた宗兵衛に群がろうと迫った巨腕たちが一斉に動きを止めた。
違う。
宗兵衛が巨腕の動きを制したのだ。群がる巨腕を真っ白い槍が貫いていた。槍は一本や二本どころではない。巨腕一本あたりに数十に届く白い槍が刺さっている。
中心には宗兵衛。両手を広げた骨体から、無数の骨の棘が生まれていた。骨刀が伸縮自在のように、骨体から骨刀を生み出すように、言ってみれば宗兵衛の全身が武器庫のようなものだ。
全身から骨槍を突き出したまま宗兵衛は全身を回す。巨腕たちはバラバラに切り刻まれて森の中に落下していった。




