第六章:十四話 スケルトンではなく
ただしトロウルが大暴れをしているのは直ぐに知れたので、怖くなって離れることにする。
安達は自分が転生した魔物に関する知識がなかったので、自分よりも体格で勝り、明らかに暴力的で、しかも徒党を組んでいるトロウルに近付くなどとは思いもしなかったのだ。そもそも暴れまわっているだけなので、策の施し甲斐がない。
安達が真っ先に探したのは、策を施すことで利益を上げることができる人間だった。
具体的には美味い食事と温かい寝床を提供できる相手だ。魔物に転生しても、魔物としての本能よりも人間としての理性や考え方のほうが強いので、人間の協力者が欲しかったのだ。
白羽の矢を立てた相手がランシングで、彼とは呆れるほど簡単に利害が一致した。
手柄が欲しいわけじゃなく、金が欲しいだけ。ついでに簡単に手に入る手柄と名誉でチヤホヤされたいときたもんだ。チヤホヤされて金と酒と女が手に入ればそれでいいという俗物だったので、教義や人間の敵だとかどうかなど、驚くほど簡単に飲み込んでいた。
パートナーを見つけた安達は、軍師としてのデビューを夢見ていい相手を求めて空を飛び回り、見つけたのがゴブリンとギルマンだった。ゴブリンとギルマン、両方に軍師面して近付き、得意気に笑いつつ、そして少しだけ予想外の事態が起きた。
弱ったゴブリンが外に助けを求めようと動き出したのだ。よりにもよって森で勢力を急拡大している集団に。
安達は心底から不愉快だった。ゴブリンが助けを求めようとしている相手のことは知らない。知らないがゴブリンたちの話しによると、自分がまだ成しえていない成功を、あの連中が成しえているのかと思うと腹が立つ。
だが同時にこれはチャンスでもあった。
自分は今、策士として二つの群れを同時に平らげる策を実行中だ。これに三つ目の群れが混じっても別に問題はない。寧ろ大きな群れを潰したとなれば、この安達光流の名前が森に響き渡るではないか。
ビジネスパートナーのランシングも同じ意見だった。わかりやすい手柄と、手柄に伴う名声と金。
中央に返り咲くことはどうでもいいとして、この地域の中にあってはもしかすると英雄の名前すら手に入れられるかもしれない。地域限定であっても英雄は英雄。金と酒と女に不自由しなくなるだろう。
「二虎競食というのはよくわからんが、もっと計画のスピードを上げることはできんのか」
「状況は最初に説明した通りに進んでいるんだ。下手に急ぐ理由はなかろうが」
「それはそうなんだがな」
「大事なのは、安全に、確実に、名声と手柄を手にすることだ。逆に目立ちすぎるほうが困る」
「確かに……中央に目をつけられるのは困るな」
魔物討伐だけなら地方の軍人なら誰もが行うことだ。討伐する魔物がゴブリンであることなど珍しくもないし、水場の安全を確保するためにギルマンを討つこともありふれている。だからこれだけなら注目を集めるようなことはない。
しかし大きな群れをまとめて叩き潰す。それもこちらには被害を出さずに、となると、ランシングはその指揮能力や作戦立案能力を高く評価されることは確実だ。
評価されること自体はランシングの望むところであり、だからといって下手に目立つのはご免被りたいのである。
派手な手柄を上げてしまったばかりに、名将だなんだと持ち上げられ、挙句、強力な魔物との戦いの最前線などに放り込まれてはたまったものではない。
自分自身の安全を担保して、中央から目をつけられず、地方にあっては英雄扱いされる。この絶妙な加減の施された手柄が欲しいのである。
「何度聞いても、呆れるくらい勝手な願望だな」
「ふん、何とでも言え。その勝手な願望のおかげで、そっちも夢を叶えることができるんだろうが。軍師になりたいだなどと……」
「違う。軍師として活躍したいんだ」
ランシングの言葉を、安達は途中で遮った。軍師ムーブをしたいだけという、ランシングと比較しても勝手な考えだ。
そんな、自分たちにとって都合のいい夢を語り合っていた正にそのときだ。信じられないほどの衝撃に襲われたのは。
「「っっっ!?!?!?」」
安達もランシングも言葉など出てこない。声も出せず、頭を隠す程度の動きもできない。
日本人の安達は地震に見舞われたことはある。精々が震度三程度までだったが、夜間帯に部屋で一人で過ごしていたために、建物が酷く揺れたことを覚えている。あのときは「おお、地震か」などと、誰も見ていないのに格好をつけて鷹揚を装っていたものだ。
今回は感想を口にする間もなかった。衝撃が響いたのとほとんど同じタイミングで、頭上からも正面からも瓦礫の波が押し寄せ――たかと思うと、瓦礫の波の奥から更に巨大な衝撃が襲ってきたのだ。
自分たちの身になにが起きたのか、わかるはずもなく、安達とランシングは強い敵意を持った衝撃に呑まれた。
「っっっかぁぁぁああああああっ!」
転生して初めて、安達は大声を出す。
実戦経験はほとんどなく、軍師を気取って人前に出ることも避けていた。自分がどれだけの力を持っているかも把握できていない安達は、死にたくないという単純な動機に、あらん限りの感情を乗せて叫んだ。
吐き出した感情に魔力が乗ったのは偶然でしかない。魔物としての本能が可能とした、いわば火事場のバカ力だ。
数多の瓦礫と、多方向からの衝撃に叩かれたランシングは千切れ飛んだが、安達には盟友の最後に気を巡らせる余裕などない。
自分自身が生き延びるために必死だ。上からの衝撃と横からの衝撃、双方から逃げるため、絶叫と共に一切合切の魔力を吐き出しながら翼を、限界を遥かに超えて動かす。
衝撃でうねり狂う空気の波に引き裂かれそうになりながら、どうにか崩落の中を脱することに成功を果たした。
生き延びることのできた安達は、濛々と立ち昇る砂煙を前に、それ以上の動きを取ることをできないでいる。飛び去ることもせず、激しく息を切らせながら、自失したまま浮き続けるだけだ。
――――ほう、小賢しいな。
上から響いてきた声に、安達は素早く反応した。
「な、何だ、あれは!? 頭蓋骨!?」
そう、空を自由に飛ぶ己よりも高い位置には、空中に浮かぶ頭蓋骨がある。魔物として生きざるを得なかった安達をして、薄気味悪い光景であった。
薄気味悪いだけではない。頭蓋骨だけであるというのに、立ち昇る魔力は周囲の空気に重さを与え、安達を圧倒する。
頭蓋骨の眼窩の青白い輝きが赤と黒の混ざり合ったものへと変わり、赤黒い魔力が頭蓋骨を覆う。赤黒い魔力は羽を広げるかのように大きくなり、いや、羽などではない。言うなれば、空を覆う天蓋だ。
見るものすべてに不吉と不安を感じさせる黒い空が生まれ、ドロリ、と崩れ落ちた。
それは油であり泥。付着すればどれだけ拭おうとも汚れを取り切れることはできず、どころか汚れは広がっていく。
黒い油、黒い泥は世界に広がり、世界を汚染する。黒い泥が滝のように落ち、頭蓋骨を飲み込んだ。
「――――っ」
安達が息を飲む。羽ばたくことも、瞬きをすることも、息をすることすら忘れ、近付くことも遠くへ飛び去ることもできない。
隙間なく降り注ぐ黒い泥の滝、その一部が奥から突き破られる。突き破ったのは一本の骨の腕。追うようにして足の骨も泥の向こうから現れる。
手首が、前腕骨が、上腕骨が、脛骨と腓骨が、大腿骨が、肋骨が、最後に頭蓋骨が泥を掻き分けて現れた。
黒い泥が大きくうねり再び骨体を飲み込み、甲高い破裂音と共に砕け散る。現れたのは骸骨の魔物。骨だけで構成された、スケルトンと呼ばれる魔物だ。体当たりの一つでもすればへし折れそうに細いのに、安達には相手の骨を折るなど、自分がそれを成し得られるなどと想像することすらできなかった。
スケルトンの腕がゆっくりと動く。途端、骨体は真っ白い法衣に包まれ、頭には黄金の冠が被られた。安達の知識では、そこにいたのはスケルトンなどではなく――――リッチと呼ばれる魔物であった。




