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第六章:十三話 反撃の狼煙みたいなもの

 隠そうとの努力が欠片も行われていない魔力が迸る。破壊のためのものではない。いや、最終的に破壊活動に使われることは確かでも、この時点では創造に使われる。


 強力な魔力は注がれた大地はややあって異音と共に隆起した。子供が作る山程度の大きさは、爆発を伴って吹き飛び、一秒後には大人と同じくらいの高さに。更に一秒後には二階建て住居を越え、遂にはタワーマンションと遜色ない高さにまで成長する。


 成長が留まると、ごくわずかな時間だけ不気味な静寂が広がり、崩落を始めた。大量の土砂を撒き散らしながら崩れていく山――を内側から、巨大な岩の手が突き破る。


 魔法で生み出された人形、ロックゴーレムだ。


 ミスリルのような希少素材を用いたゴーレムは別として、通常、土や岩といった安価な材料から作られるゴーレムは巨大化する傾向にある。


 それにしても、このサイズが桁違いだ。平均的なロックゴーレムの数倍になる巨躯が十秒も経たぬ間に生成されたことは、製作者の魔力の強大さを雄弁に物語る。それも二体ともなれば。


 切り立った崖。本来なら鳥やハーピーのような飛行能力を持つもの以外は寄せ付けない場所。実際に崖の一部には、魔物が巣穴として使っていたであろう洞窟への入り口がある。


 到達困難を否応なく連想させる洞窟の入り口、その左右に、桁違いに巨大な二体のロックゴーレムが瞬時に出現したのだ。


 二体のロックゴーレムはそれぞれ巨大な岩の棍棒を持ち、右側のゴーレムは背中に岩棍棒が着くほど大きく振りかぶっている。左側のゴーレムは野球のバッターのような姿勢だ。


 いずれも目標は一つ。崖にある洞窟の入り口目掛け、一方は実戦をまるで想定せずに、目の前のものを叩き砕くためだけに、地面を踏みしめて振り下ろされた。


 一方は角度三十度のアッパースイングで、メジャーリーガーもかくやと思われるほどに完璧なフォームでスイングされた。


 轟音と衝撃が魔の森全体に響き渡った。




 時間は少しばかり遡る。


 策が上手くいっているとき――あるいは上手くいっていると思っているとき――には、気分が上がり口数が多くなり、つい笑いがこみ上げてくることは自然の摂理ともいうべきものだ。それが人間であれ、魔物であれ共通であろう。


「ふほほほほ! 良いぞ良いぞ! すべては我が掌の上で踊っている!」


 魔の森の全体、とまではいかなくともかなりの広範囲を見渡せる崖の上で、一体の巨大な鳥が顎が外れそうなほど愉快そうに笑った。


 コウノトリの体に人間の頭部を持つ異形は、知識のあるものならシャックスという魔物であることがわかる。頭部は少年であるのに、声は妙にしわがれていて老爺のような印象を与える。


 彼の名は安達光流あだちひかる、魔物に転生させられた哀れな元人間だ。この崖は以前はハーピーや、ジャイアントバットのような飛行型の魔物が縄張りを主張して激しく争っていた場所である。その競争の激しい土地に安達は入り込み、他の競争相手をすべて追い散らしたのだ。


 傘下につけたのではなく、追い出す。魔物としての安達は一騎や宗兵衛のような群れを作らない、単独で行動することを好んでいた。決して宗兵衛のようなボッチ気質であったからではなく、自分が魔物であることを受け入れられなかった結果である。他の魔物を見ると苛立ちと嫌悪が募り、攻撃せずにはいられないだけだ。


「ふん、魔物どうしを争わせ、傷ついたところをすべてこちらが平らげるというわけか。ぜぇ、はあ」


 崖に吹く風に少し顔を青ざめさせながら、崖を上ってきて影響で息を切らせながら、少しも似合っていない甲冑を纏った中年男が鼻を鳴らす。彼の名はランシング。横領がばれて中央を追い出された男で、野心や出世欲よりも自己保身と金銭欲が強いことから、早々に中央に戻ることは諦めていた。


 ランシングの目的は労せずして甘い汁を吸うことだけであるので、場所がどこであれ楽に金儲けや権力があればそれでいい。左遷場所として名高い魔の森近くであっても、探せば楽な金儲けの種の一つや二つは落ちていると思っていたのに、予想外に見つからなかった。


 既得権益は既に周辺領主や商人たちに抑えられていて、ニッチな利益を求めようにも中央の酒の脂に浸りきった頭では良案の一つも思い浮かばず、うつうつとした日々を過ごすだけ。そこに安達からの接触を受けたのだ。


 さして信仰心がないとはいえ、ランシングも真正聖教会に帰依する身。最初こそ教義の敵と規定されている魔族の勇者に存在に恐れ戦いた。


 手の平をひっくり返したのは、出会ってから実に十五分後のことでしかない。向こうから提示された話を聞き、手を組むに値すると判断したのである。こいつと組めば楽に金儲けができる、と。


 本人は熟考を重ねたと口にするが、実際のところは脊髄反射だったのかもしれない。妻と息子は左遷と同時に彼のもとを去っているので、身軽であることも決断を後押ししていた。


「おお、我が盟友ランシングよ。遠路はるばるどうした?」

「ふぅ、ふう……進捗状況がどうなったか気になっただけだ。俺の手柄は十分に得られるんだろうな? ぜぇ」

「なんだ、そんなことで来たのか。ここまで上ってくるのはお前じゃ大変だろうに」

「そんなことではっ、ない、わ!」


 切れ気味の意気を無理に動員して怒鳴るランシングに、安達は余裕の表情のままで肩を竦めてみせる。


「俺が蓄えた財産も心許ないんだ。さっさと手柄を寄こせ。簡単で手早くすると言ったろうが」


 ランシングが不正な手段で手にした金は、王国金貨で五万枚にも及ぶ。安達にはピンと来ないが、聞く限りだと日本円に換算して数十億円だという。これでも心許ないと言うのだから、財産云々よりも金づるがないことや財産を失うことへの不安のほうが強いわけだ。


「ふほほ、生き物にとって生命線の水。ゴブリンも利用する水場をギルマンに奪わせ、ゴブリンとギルマンを互いに対立するように持って行く。ふはは、実に簡単なことよ」


 まずはトロウルに追われたギルマンに目をつけ、水場を紹介する。もちろん他の群れも使っていて、さして水量に余裕のない水場をだ。


 ギルマンには縄張りを守るための、木の柵を作らせ簡単な陣の作り方も教える。その後でゴブリンに接触、水場を奪ったギルマンのことを教えてやった。


 案の定、ゴブリンは数で押す作戦を実行、守りを固めていたギルマンに返り討ちに遭う。


「ゴブリンというのは本当に愚かしい。力押ししかできないのだから」


 嘲笑いつつ、このタイミングで、数で押すしか能のない傷ついたゴブリンたちに本格的に接触する。奇襲や急襲の戦法を教えるためだ。


「両者を争わせ、弱らせる。どっちが生き残ってもランシングよ、お前の部下たちの敵じゃない。これぞ二虎競食の計なり! ふほほほほ!」


 ニ虎競食とはちょっと違う気がする事実を、安達は見て見ないふりをしていた。安達の趣味は読書であり、特に三国志が大好きだったりする。魔物になった際には深い絶望と怒りに襲われもし、絶望のあまり鳥の手で顔を覆った瞬間に気付いた。


 ――――おんやぁ? おれの手って諸葛孔明が持っていた白羽扇に似ていないか?


 絶望の只中から、そんな気楽な発想が生まれてくるのだから意外に図太い神経をしていたということなのだろう。実にお気楽な発想である。


 あるが、気付いてしまったからには自分の知識を生かしたいと思う。安達の知識の中には内政チートや異世界転生などのワードはないが、軍師として活躍することはできないかと思いついたのだ。


 転生者なのだから自分で戦ったほうが強いのだが、安達はそこには考えが及ばなかった。


 思いついた安達が最初にしたこと、それは思い出せる限りの計略を書き出すことだ。紙がないので、その辺の木の皮に書いていくことにする。二虎競食の計や十面埋伏の計など大体を書き終えたところで、安達は動き出した。


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