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第一章:十七話 一騎の戦い

 宗兵衛を含む転生者たちの一斉攻撃にも、妖精ペットは少しも怯んだ様子がない。高い魔力を持ち、強力な魔物へと転生している宗兵衛たちの攻撃でも、だ。


 巨大な体躯と岩盤をぶち抜いてきたことから、絶大な攻撃力を持っていることは容易に想像がつくにしても、あの頑丈さは予想外だ。


 一騎は高所から戦場の観察を続ける。宗兵衛の親切により『導き手』と繋がっているのでかなり効率がいい。


 眼下の戦闘を見て思う。MMOでの巨大ボスを相手にした大規模戦闘の経験はあまり役に立たなそうだと。あのときは攻撃役に守備役に支援回復役があり、各々が役割分担を把握し、時間をかけて習熟も行った。


 ところが今回は、攻略に絡む要素がことごとく抜け落ちている。


 だからといって諦めるわけにはいかない。やり直しができないのだから断じて諦めるわけにはいかないのである。


 一騎の知る異世界転生ものなら「俺様最強で無双する」のが定番なのに、転生先は底辺の雑魚魔物、特典は非常に使い勝手の悪い能力で、挙句、妖精ペットとの戦闘は他人に任せきりで自分は遠くから情報収集と分析に専念することしかできないとあっては、一騎も落ち込みたくなってくる。


「いやいやいや! 戦闘力で無双するだけが選択肢じゃないはずだ。内政無双なんて言葉もあるんだし、俺は軍師的な立場で行ってみるのも悪くないと思う!」

《常盤平一騎、雑事に囚われないように》


「あ、はい。精一杯頑張ります。あ、それとですね、『導き手』さんに折り入ってお聞きしたいことがあるんですけど」


 使えるかどうかわからないが、あって困ることのない手札を一つ加えた一騎は、食い入るように戦場を観察する。まずは敵味方の能力の把握することが、一騎の戦いの初手だ。


 首なし騎士は見る限りもっともバランスがいい。武器が大剣なので連続攻撃は不得手にしろ、余りある攻撃力と攻撃範囲だ。回避能力や防御力も高く、六本足馬に騎乗しているので機動力もある。


 その六本足馬は優秀だ。首なし騎士を乗せていながら体力が落ちる様子がない。瞬発力も優れていて、急激な方向転換も可能。戦場を縦横に走り回り、口から炎を吐き出すこともできる。


 動く鎧はスピードが遅いものの防御が固い。異様にタフで、地面にめり込んだりひしゃげたりしたくらいではビクともしないのだ。


 単眼巨人ほかのメンバーに比べると劣る。攻撃力はあるが防御は未熟、フットワークも鈍い。ただし戦闘への踏ん切りはついているようで、逃げ出そうとはしていない。


 ハーピーは他と比較して明らかに防御や体力に劣る。高速で空中を移動できても妖精ペットの一撃にも耐えられないことを悟っているのだろう、妖精ペットの射程外から羽を使った攻撃を続けていた。


 宗兵衛はおかしい、と一騎は思った。六人の中で一人だけ動きがおかしい、というか余裕がある。素人目にも骨杖の使い方も堂に入っているように見え、明らかに武術を修めていることがわかる。


 妖精ペットの体力は異常だ。攻撃を雨と浴びても一向に堪えた様子がない。知能は乏しいらしく、攻撃は単純なものが多い。振り下ろし、薙ぎ払い、体当たり、噛みつき。コンビネーションはないようで、威力がありすぎる点を除けば、まだ対処しやすいと判断できた。


 各々の得意な攻撃方法、大振りをするときの癖、避けるときに前後左右のどちらに動きやすいか、コンビネーションを取りやすい相手、戦闘スタイルと実際の戦闘思考の差、斬撃刺突打撃遠距離攻撃といった攻撃のバリエーションと組み合わせパターン、などを次々に頭の中に叩き込んでいく。


 妖精ペットについても同様だ。頑強な肉体を持っていても回避行動を採ることがある。どういった攻撃のとき、どこを攻撃されたときに回避するのか。回避する際の癖。突撃や打撃、尾を振り回す一撃などの攻撃パターンの把握。最大射程距離は広間の端から端までをカバーできる。筋肉と剛毛の防御は固いが無欠ではなく、出血している個所もある。妖精ペットの長所と短所、癖とパターンを詰め込み、妖精ペットのできることできないことを少しずつ積み上げていく。


 ゲームなら分析やら解析やらのスキルで瞬時にステータスを丸裸にし、行動パターンもたちどころにプレイヤー間で共有できただろうに、今の常盤平一騎には地道に観察を続けることしかできない。『導き手』によるサポートがなければ、早々に一騎の心は折れていただろう。


「         」


 妖精ペットが腕を振り回す。標的はハーピーだ。威力といい速度といい攻撃範囲といい、ハーピーに避ける術はない。また直撃はそのまま致命のダメージを与えるだろう。


 一騎の懸念は他の転生者たちも抱いたようだった。単眼巨人が妖精ペットとハーピーの間に割り込む。悪手だ。庇ったところで、単眼巨人もハーピーも諸共に吹き飛ばされるだけだ。庇うのなら盾になるのではなく、ハーピーを妖精ペットの攻撃範囲の外に突き飛ばすべきだった。


 空気が破裂した音が炸裂する。単眼巨人とハーピーはまとめて吹き飛ばされ、時速百キロ以上の速度で岩壁に叩きつけ――


「脱落は、困りますからね」


 ――られる先の壁に宗兵衛が移動していた。宗兵衛は骨杖を地面に突き立て、手を合わせる。生身の手なら、パン、と音がするところ、骨の手なので生じた音は、カシャ、だった。


 瞬間、大量のスケルトンが出現する。戦闘力もなく、耐久力もない、しかし大量の骨で受け止めることでクッションの役割――クッションになるように骨の密度や構造を変えている――を果たす。骨のクッションに叩き込まれた単眼巨人とハーピーは、ダメージこそあれ命に別状はないようだった。信じられないことに、宗兵衛の骨のクッションは妖精ペットの攻撃を吸収することに成功したのだ。


「別に他の生き物の情報を集めなくても、僕自身の情報を元にすればアンデッドは作れますので」

「         」


 広間を揺るがす咆哮と共に、妖精ペットの両目には嚇怒の炎が宿る。


「っ、僕に来ますか」


 妖精ペットが怒りの咆哮を轟かす。右拳を音がするほど強く握り込み、宗兵衛に肉薄する。アッパーとして放たれた拳は、大気も地面も大きく削り、暴風を伴って突き上げられる。直撃を受けた宗兵衛は粉々になって宙に散った。


 衝撃的な宗兵衛の最期に一騎は目を剥く。


「宗兵衛えええっ!」

《不要。主は無事です。常盤平一騎は引き続き情報収集と分析を》

「えっ!?」


 二重に驚く一騎。『導き手』の示した位置、妖精ペットの真後ろに回り込んで、宗兵衛は無傷で立っていた。木っ端微塵になったのは骨で作った変わり身だったというわけだ。


 宗兵衛は遠心力を加えた骨杖の一撃を、妖精ペットの足に叩き込んでから距離をとるために飛び退いた。


 妖精ペットとの激突から数分、戦いの天秤は体力に勝る妖精ペットへと傾きつつあった。


 宗兵衛たちの攻撃は有効なダメージを与えられないのに、妖精ペットの攻撃は宗兵衛たちを一瞬で破壊することができるのだ。まだ傾いているだけで済んでいる天秤も、近いうちに壊れることは明白だった。


「よっし、わかった!」


 声と共に一騎は立ち上がる。妖精ペットの動きの大半は把握した。不明ながら要注意な点も見つけた。後は決着をつけるだけだと一騎は判断した。


「今から妖精ペットを倒す! 指示を出すからその通りに頼む!」


 一騎の言葉に宗兵衛を除く広間の視線が集まる。


「はあ? ゴブリン風情がなにバカなこと言ってんだ」

「安全な場所でこそこそしてやがった奴に指図される覚えはねえんだよ!」


 返ってきたのは罵声だった。一騎は心が折れそうになりながらも声を張り上げる。


「予想通りの反応ありがとよ! こそこそしてたわけじゃなくて情報収集と分析をしてたんだ! 妖精ペットの動きのクセはわかった。今が勝利のチャンスなんだ!」


 呼びかけに対する返事はない。不審者を見る鋭い視線が一騎に突き刺さるだけだ。一騎は助けを求めて宗兵衛に顔を向けた。宗兵衛は、説得くらいは自分でしろよ、とでも言いたげに肩を小さく落としながらもフォローする。


「皆、あのゴブリンの言葉を聞いてやって下さい。信用ならないという考えはわかりますが、分析をしていたのは本当です。このまま僕たちだけで戦い続けていても勝利の可能性はかなり低い。遠くから分析に集中していた彼の意見は重要だと思います」

「でもよ、小暮坂」


 不満ありげな首なし騎士に向け、宗兵衛は掌を向け、ゆっくりと首を横に振った。


「だから、まずは勝利してこの場を生きて出ることを考えるべきです。その後でなら、一人だけ安全な場所でのうのうとしていたあのゴブリンを、煮るなり焼くなり千切るなり轢き潰すなり好きにしてもらっても一向に差し支えありません」

「っっ!?!?」


 聞き捨てならないセリフに目を限界以上に見開く一騎。しかし宗兵衛の言葉に首なし騎士たちは仕方ないと判断したのか、妖精ペットに向き直ったのだ。


 一騎は宗兵衛を睨み付ける。お前の犠牲は無駄にはしない、とばかりにサムズアップしてきた宗兵衛に、中指を立てて返す。宗兵衛を犠牲にしてでも生き残ってみせることを誓う一騎だった。


 高い防御力を持つ六本足馬に騎乗した首なし騎士と動く鎧が妖精ペットを固定化、要は足止めする。攻撃力が高く攻撃範囲の広い単眼巨人と、骨の体で耐久力が高く武器生成もできる宗兵衛、機動力に勝るハーピーが火力担当だ。


 妖精ペットの攻撃の起点となっている左後ろ足を重点的に狙う。


 首なし騎士チームは巨大な敵から一歩も引くことが許されず、攻撃チームは臨機応変で素早い判断力と即応力が求められる。


 首なし騎士が激励の大剣を掲げた。


「全員、一気に片付けるぞ! このデカブツとゴブリン、両方を血祭りにあげる!」

「とことん味方がいねえなこんちくしょう! なにがなんでも逃げ延びてやる。『導き手』さん、よろしくお願いします!」

《承知。全員との接続……完了。作戦を伝えることが可能です》

「よっしゃ! 軍師としてのデビュー戦だ! 全員、よく聞いてくれ!」

「「「おおっ!」」」

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