第一章:一話 転生開始
登場人物の名前にルビを振るのを忘れていました。
以下の通りになります。
常盤平一騎、天馬(ときわだいら・いっき、てんま)
矢立誠一、霧島玲
小暮坂宗兵衛
古木、越田、斎藤
「ぐぇっふぅ!」
地面に腹をぶつけた衝撃は、一騎に愉快な叫び声をもたらした。周囲でも同じような声が響いている。数秒前までバスのシートに腰かけていた一騎たちは全員、ゴツゴツとした土と石の地面に投げ出されていたのだ。
倒れたままで一騎が周囲を見回す。
前を走っていた別のバスに乗っていた生徒たちも地面に転がっていて、立っている人間は一人もいない。天井の高い巨大な広間、ただし人の手により作られたものではなく天然の、いつだったか、関係が良好だった頃の家族と行った鍾乳洞を思わせる空間だった。
観光できたならば何十枚とカメラのシャッターを切るだろう光景、一騎が感じたのは得体のしれない薄気味悪さだった。それは周囲の他の生徒たちも同じだったようで、皆が一様に黙り込んでいる。
唐突に一騎は呼吸のし難さを覚え、体を支えていた腕が力を失う。音を立てて倒れこんでしまい、気付くと四肢に力を入れることができなくなっていた。
「……なん、だ……ガスかなにかか……っ?」
一騎が残り少ない肺の中の空気を絞り出していると、
『いえいえー、単に環境に適応できていないだけですよー』
場違いに明るい少女の声が天井から降ってきた。次いで一匹の小さな妖精――少なくとも一騎の持っている知識では――が舞い降りる。
『初めまして、皆様方。それではまずは再構築といきましょうかー』
妖精は事情説明も何もなく淡々と告げてきた。再構築。単語の意味はわかっても、状況的に嫌な予感しかしない言葉に、一騎の目は見開かれる。妖精の登場に伴い既に大きくなっていた目が更に、だ。
『おっと失敬、再構築ではなく、転生でしたね。同じだと思うのですけどー、規定で定まっている以上は従わなければなりません。ではでは皆様方、転生の準備が整うまでの間に、状況について説明しますねー』
可憐な妖精、しかして顔に張り付いた笑顔は人食い鮫のようだった。
『皆様方は我ら魔族の勇者となるためにこちらに召喚されました。今から立派な魔族の先兵となれるよう肉体を分解して再構築、じゃなかった転生させますので、安心して待っててくださいねー』
これっぽっちも安心できないことをのたまう妖精。
そこからの妖精の説明も酷いものだった。現在、この世界では魔族と人間が激しく争っているのだという。かつては魔族が人間を圧倒していたのだが、人間に味方する神族が人間に新しい力を与えた。それが召喚である。異世界から勇者を呼び出すシステムだ。
神族は召喚の際に生じる膨大なエネルギーを利用して、呼び出した人間たちに特異能力を与えることに成功する。それでも当初は勇者の数自体が少なかったので魔族の優位は変わりなかったのだが、塵も積もって山となってしまい、今では拮抗、下手をすると攻守逆転しかねないほどに人間側の力が強くなってしまったのだ。
魔族側もこの事態に対策本部を設置、神族のアイデアをパクるもとい参考にして、同じく人間を召喚することに決めたのである。
「っ……!?」
反発しようとして、声が出せないことに気付く一騎。いや、声が出せないのではなく、声を出そうとすると強烈な苦痛に晒されて、喋ることができなくなるのだ。
『ああ、ダメですよ。確かに皆様方は勇者にするための異世界人でありますが、今の時点では単なる人間にすぎませんので、この魔素の中では喋ることなんてできませんよー。まぁでも、喋る云々以前に放っとくと魔素を吸いすぎた影響で体の内側から腐って死んじゃいますけどねー』
実にえげつないセリフを呑気な口調での淡々と並べる妖精さんである。
一騎は魔素とやらで侵された脳みそで妖精の言葉を考える。ようするに人間側が強力な勇者を手に入れたので、魔族側も同じ勇者を用意しようということなのだろう。かつての冷戦期さながら、相手が強力な武器を手に入れたのでこちらも同じ武器を用意するという、考えてみれば単純な話である。
『あ、そうそう、忘れるところでした。えい、やぁ』
妖精の間抜けな掛け声、起きた事象は凄惨なものだった。妖精の右腕が巨大な口を開いた化物へと変わり、無造作に振るわれる。
異形の腕は一騎のすぐ隣を掠めていった。バクンとかガブリとかの擬音が相応しい、一騎の隣で地面に倒れていた斎藤の上半身が食いちぎられていた。
『反対してもいいですよー。その場合はこちらで美味しく処理させていただきますから。でもでも、別にまた召還するとなると準備とか色々と面倒なので、皆様方には快く協力していただけると嬉しいです。いやいや、むしろ進んで協力していただけると信じておりますので、お願いしますねー?』
顔には作ったような笑顔が張り付き、声音は一貫して明るく、だからこそ残酷さや人との異質さが強調される。その場の誰もが唾を飲み込むことすらできないでいると、妖精は満足そうに拍手をした。
『ではでは、誠意を尽くした懇切丁寧な説明にて皆様方の了解と納得を得られたところで、いよいよ転生に入りますよー。召喚に伴う莫大なエネルギーを用いてのこの技術、過去には何度か失敗もありましたが、改良に改良を重ねた今は大丈夫ですので、安心して魔族の勇者になっちゃってくださいねー』
妖精が指を鳴らす。
地面を含む洞窟内の壁面全体に魔法陣が出現する。魔法陣が赤い輝きを増すと同時に、一騎の全身を凄まじい激痛が襲う。一騎だけではなく周囲の全員が同様の苦痛を受けているらしい。体の中で内臓が暴れ、血液が逆流し、体内の電気信号も滅茶苦茶になり、神経を引きずり出されるかの感覚。
妖精が口にした言葉、肉体の再構築。意味がようやく分かる。
「ち、く……っしょ、ぉ」
一騎が怨嗟を込めて声を絞り出すと、妖精は興味深いものでも見つけたかのように目を丸くした。
『おやおや? この状態で言葉を喋れるなんて驚きました。これは転生した姿が期待できそうですよー』
妖精の喜色に入り混じった無責任な声の半分くらいは既に聞こえていない。
全身を駆け巡る痛み、とうに真っ赤だった視界がより赤くなり、赤い魔法陣の輝きも爆発した。
斎藤には隠していた欲望や野心があって、転生によって隠されていたそれらを解放、
異世界で大暴れする……という設定がありました。