第六章:十二話 策謀の裏に蠢く、というほどではないが
新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
連中のダメ具合がよく分かったとはいえ、これで全部だったわけでは断じてなかった。ダメなところは他にもある。
それはもうやたらと口が軽かったのだ。拷問に耐える訓練を受けていないのか、はたまた捕虜になれば一切合切の情報を明け渡すよう指示されているのか、もしくは王国産の油の質が悪いのせいなのか。
とにもかくにも彼らの舌の回転は滑らかで、ペラペラとよく喋ること喋ること。ルージュかアーニャに幻術を見せるよう頼もうか、それともマンドラゴラから採れる幻覚作用のある花粉を使おうかなどと考えていた宗兵衛にとって、拍子抜けもいいところだった。
「こうなった以上、すべてお話します」覚悟を決めたらしき声がやたらと渋いもので、低音に憧れる宗兵衛としてはそれもまた腹が立ったものだ。
スムーズ極まりない自白によると、ゴブリン(?)たちは王国に所属する兵士たちで、最近になって魔の森近くの町に赴任してきた貴族に連れられてきたのだという。
「赴任とはいっても別に領主でもなんでもないのでしょう。その部下の君たちがどうして森の中に入ってきて、ゴブリンに変装なんてしているのですか。ああ、ギルマンにも扮しているのでしたね」
「ランシングさんは中央でヘマをして左遷させられたんだ。横領だ。根回しでクビは免れたが、魔の森の近くに飛ばされるってのは危険と隣り合わせ……もし森の魔物が外に溢れでもしたら、自分が真っ先に矢面に立たなきゃならない。危険な目に遭うのが嫌なランシングさんは、一刻も早く中央に帰るために手柄を欲しがったんだ」
わかりやすい手柄が魔の森の魔物の駆除だ。正当にわかりやすく討伐するには手持ちの兵力が足りない上に、自分が討伐に出れば負傷や死亡のリスクがある。そこで思いついたのが、同士討ちを煽る計画だという。
「ふむ? 危険が嫌なのに、魔物討伐を考えたのですか?」
どう考えても矛盾している。
「そいつは我らも思いましたけどね。ランシングさんは武功なんかよりも、とにかく無難に、事なかれ的に何年かを乗り切ってしまえばいい、と考えるタイプだと思ってたんですが。実際に最初の頃は、いらんことはするな、しか言ってませんでしたからね」
最近になって手柄を求める方向に宗旨替えでもしたらしい。実働部隊の彼らも急な変化を訝しみながらも、作戦の中身を聞いて合点がいったという。
この作戦、ランシングは立案するだけで現場に出てくるわけでもない。駆除対象もゴブリンみたいな下級種で万が一の報復のレベルも知れている連中だ。
「自分の安全を確保して、魔物の数を削るという点だけに絞って考えると、間違ってはいないわけですか」
宗兵衛も納得した。兵士たちの発言を考えるに、ランシングは黒幕ではあっても単独犯ではない。間違いなく転生者か勇者がかかわっている。それもあまり頭のよろしくない奴が。
「頭が悪いのはよくわかりましたが、狙いがよく読めませんね。魔物討伐にランシングを唆してどうするのでしょうか?」
『勇者なら魔物を倒すのは当然じゃないですかー?』
「ゴブリンやギルマン程度の雑魚をですか? こんな回りくどい手段で?」
『考え難いですねー』
下っ端の兵士から聞き出せることはこれ以上なく、かといって解放するわけにもいかない。
一思いに殺そうかとも思いつつも、戦闘中ならともかく、一旦は生け捕りにしてしまったのでどうにも殺しにくい。キャラ的にも愉快な連中で殺す気にはなれないので、骨で檻を作って、ギルマンの水辺に放置することにしたのだった。ギルマンが連中をどう扱うかについては、彼ら自身のこれまでの行動が強く反映されることだろう。
『ギョ、今回はありがとうございました』
骨の手と水かきのある手で握手が交わされ、宗兵衛は水場を離れる。
さて、ギルマンたちと別れた宗兵衛は、ゴブリンの洞窟に取って返す。
『ギ、おお、これはこれは盟主様、お早いお戻りでございますな。して、首尾のほうはいかがでございましたでしょうか?』
「上々です。そんなことよりも聞きたいことがあります」
『ギギ、何でございましょう? わたくしめで答えられることでございますれば、すべてお答えいたしますぞ』
魔の森産の油なんてものかあったかな、と宗兵衛が思うほど、年寄りゴブリンの舌の回転は滑らかだ。
「君たちに水場のことを教えたの誰ですか?」
『ギギ?』
洞窟には湧水もあった。清潔とは言い難いが、野生の魔物は元々、生水で生活するもので、今の集落のように料理という概念はない。群れの規模も小規模、あの湧水の量であればどうにか全体を賄うことができる。わざわざ危険を冒してギルマンと事を構える必要はない。
「もしかして新顔の個体ですか?」
『ギ、そのようなことはございません。あいつは古くから・・・ギギ? はて、そういえばいつからいたんでしたかな』
老ゴブリンの返事は曖昧なものへと変質していく。直接聞きましょう、と探させるも、結局分かったことは一つだけだった。姿が見えないことだけだ。
やはり、と宗兵衛たちは頷き合う。今回のギルマンとゴブリンの争いは、何者かが企てたものであることを確信をより一層強くする。
「随分とお粗末な策ですね。転生者なら、ここまで生き残っている転生者が今更ゴブリンとギルマンを争わせてなにを得たいのだか。勇者ならもっと直接的に仕掛けてくるでしょうし」
宗兵衛たちは問題の背後に転生者がいることまでは看破していたが如何せん、その目的がさっぱりわからなかった。
勇者の情報は簡単に手に入るものではないからともかくとして、転生者として宗兵衛たちのように多くの部下を持ち勢力を広げているのなら、単独でも暴れ回っているのなら、何らかの噂程度でも耳に入ってくるだろう。
それらが一切なく、不意に湧いて出たような話に、宗兵衛は首を傾げざるを得なかった。どんな思惑があるのか。洞窟の崩落を生き延びたのなら、強力な個体になっているはずで、迂闊に見過ごすわけにもいかない。
「……どうするの、ソウベエ? 斬る?」
『『『ギ、ギヒィッ!?』』』
「斬りません。とりあえずは両種族の仲を取り持って手打ちの方向に持って行きましょう」
『群れを吸収するんですかー?』
「両方とも水場を維持できているのですから、うちの負担もそうは増えないでしょう。水場にギルマンを配置しておけば、空のハーピーと合わせて索敵に情報収集にと活躍してくれそうですし、ゴブリンは数が多いので戦力の平均化には有効な種族です」
《と考えようとしているわけですね》
自分を納得させるための論法だとあっさり見破られたことに、別に宗兵衛は不愉快さは感じなかった。
ガサガサと音がしたので振り向くと、木々をかき分けるようにしてこの場を離れていく何者かの影があった。距離にして数十メートル。こちらを探っていたのは明らかだ。宗兵衛が追おうと考えた瞬間
「!」
宗兵衛の意識と視界に大きなずれが生じ、
「っっっ!?」
駆け出していたはずの影の前に移動を果たしていた。宗兵衛を抱えるアーニャの歩法だ。
生い茂る木々に掠ることなく数十メートルの距離を瞬きにも満たぬ間に移動、逃走者の前に回り込む。
実行したアーニャは平然とした顔で、回り込まれた側は愕然とした顔、抱えられているだけの宗兵衛は今更、アーニャとの実力差に打ちのめされる気にもならない。しかし眼窩に輝きを揺らめかせる頭蓋骨には、得も言われぬ雰囲気がある。雰囲気だけは。
アーニャの行動は迅速で無駄がない。追いつくや否や、閉じていた真眼を開き、
「ぐぅっ!」
逃走者を幻術に落とした。脱力した逃走者はその場にがっくりと膝をついて、微動だにしなくなる。
「こいつがなにかを吹き込んだゴブリンでしょうかね」
「……いえ、こいつは違います」
アーニャが骨刀の鞘で逃走者を小突く、とそれだけでゴブリンから幾筋の白い煙が立ち、元の姿が現れた。人間の兵士だ。
相互不信の種を蒔いて厄介事を集落に誘導してきた理由を聞き出すが、先程の兵士たちと同じようなことしか知らなかったため、方針を切り替える。
この場から逃げ出したということは逃げ出す先があるということだ。アーニャが幻術をかけ直し、追いつかれたのではなく逃走に成功したと思い込ませ、黒幕のところに案内させるのだ。




