第六章:七話 骨は最近、よく困る
場所にしろ物にしろ、自分たちが苦労して作り上げてきたなにかが、他人から認められるというのは嬉しいものだ。
難民化した魔物たち、が集落を安全な場所と認識していること、集落が安全との認識が魔の森に広まっていることは、四苦八苦しながらも集落作りに注力してきた身にとって、誇らしいとも言える。
「またですか……さて、困りましたね」
自室兼執務室に戻った宗兵衛(頭のみ)は、机の上をコロコロと転がっていた。頼りにされることは嬉しくとも、高まった評判が困った事態を引き寄せるとは、まさしく皮肉である。
宗兵衛は魔物転生以降、数々のトラブルに直面したことで、自分たちが厄介事専用の引力かなにかの特殊能力を持っているのではないか、と勘繰ったことがある。
さすがに被害妄想に過ぎる、と声にするつもりはなかったのだが、長である常盤平一騎が集落を出た際には、「もしかするとトラブルが減るかもしれない」と淡い期待を抱いていた。
このことはリディルしか知らない事実であり、リディルからは望み薄ですと返されていた。
果たしてリディルの予言は的中し、実際のところ、集落から転生者の数が減っても、次から次へと問題が転がり込んでいたり生えてきたりして、減る気配は一向にない。むしろ人口が増えたために、問題発生件数は右肩上がりだった。
そして解決に動けるのは、ほとんど宗兵衛一人しかいないのである。魔物たちの問題解決のための基本的姿勢は、力による解決、であるためだ。
集落ができるまでの魔の森で、異種族どうしが一つ所に居住していた例は少なく、あったとしても明確な上下関係が存在していた。
弱者を排除し、奪い、自分たちの生存こそを最優先にする。生物としては決して間違っていない行動を、現状では選択肢として考えることは簡単なことではない。
最近の宗兵衛は頭部だけになっているので、問題が起きても頭を抱えなくて済むのは僥倖だ。頭は抱えるよりも、解決策を捻り出すことに使わなければならない。
難民の流入はこれで三度目。あそこに行けば難民も受け入れてもらえる、なんて噂でも広まっているのか、一度目は数人程度だったのが、二度目は一家族分になり、三度目の今回は一クラス分程度の数になっていた。
備蓄している食料もあり、住環境も一応は文化的と表現してよい水準にある。だが決して余裕があるわけではない。
学校に例えるなら一クラス分程度の魔物を受け入れることはギリギリできても、それ以上は困難だ。衣食住のすべてが不足する。
《提案一、追い返す。提案二、殺害》
「今回はともかく、続くようなら少なくとも第一案を考える必要は出てくるでしょうね」
《生産能力の向上と支配地域の拡大により、食糧事情は改善しています。この規模ならまだ受け入れる余地はありますが》
「これで終わってくれるのなら構いませんけど、状況的に今後も続きそうですからね。こっちの受け入れ可能人数は直ぐに一杯になるでしょう」
その先にあるのは破綻だけだ。
元の世界でもそうだったが、最初は同情や責任感から難民を受け入れていた側も、難民の流入が増え続けると対応や感情が大きく変わってくる。憎悪、隔意、排除、排斥。難民をターゲットにした犯罪も出てくる。
魔物と人間の差はあっても、集落側の受け入れ態勢が逼迫してくれば、辿る道に大きな差はないだろう。
集落内部で難民と受け入れ側とで争いが生じることは、必然的に集落の力の低下を招き、トロウルに対抗できなくなる。
難民を追い払えばどうなるか。既にトロウルに追いやられて逃げてきた難民たちだ。他に行く当てがあるとも思えない。森の外に溢れ出て周辺の町を襲うようになったとしても、それは人間たちで対処するべき問題へと変わるので構わない。
ただしこれは希望的観測だ。宗兵衛としては、恐らくそうはならないと考えている。
逃げ続けて疲れ果てている難民たちだ。とりあえずとはいえ衣食住が揃っている場所を諦めるとは思えない。
危険な森の中をもう一度移動して外に活路を求めるよりも、僅かでも勝機にかけて集落を襲う機会を探る方を採るだろう。トロウルとの衝突に乗じて集落を襲ってくるかもしれない。
二正面作戦を強いられることになってもそれなりには対処できると考えているが、避けられるものなら避けることが上策だ。
戦争は資産を凄まじい勢いで食い潰す。財政的な面でも、人的資源という意味でもだ。
ゴブリンは数が増えやすいため、集落の主要な戦力として数えられる。ギルマンは水資源防衛のために欠くことのできない戦力だ。
特に宗兵衛が重要視するのは、魔石養殖に欠かすことのできないアルラウネと、制空権を確保するためのハーピーたちだ。
魔力に余裕があると骨装備を作っている宗兵衛だが、装備の提供先はゴブリンたちよりもハーピーたちを優先している。それでも、いざ戦争となれば多数の被害が出ることを避けることはできないだろう。
ではリディルの提案の二、難民の殺害はどうだろうか。
簡潔で明瞭な解決手段である。集落の食糧事情や住宅事情を悪化させることはなく、必要になるのは、紳士的に振る舞ったとしても墓穴を掘ることくらい。
しかしリスクはある。集落の屋台骨を揺らしかねないリスクが。
この集落は難民や傷病者を多く受け入れる形で発展してきた。ゴブリンは赤木たちグールに攻撃を受けていた。ギルマンは湖から追いやられ、他の種族も大なり小なり似たような経緯を持っている。
対応を変えるということは、集落内に余計な不和を生み出しかねない。既に取り込んだ魔物たちをコネクションとして味方を増やす方法も使いにくくなる。
トロウルのような外的要因だけでも手一杯なのに、内部の混乱や対立まで加わるってくると頭痛がしてくる。
「結局のところ、トロウルをどうにかしないことには問題の解決にはならない、ということですね」
これまでは目の前の問題を片付けることを優先させているだけであったが、難民問題が集落に実害を及ぼすまでの水準になりつつあることで、もう、これ以上の先送りは無理だとの結論に辿り着く。
アンデッドには神経はないので、宗兵衛の頭痛は幻痛に分類されるべきものであろう。しかし実際に頭痛を感じている宗兵衛にとっては、何の慰めにもならない。
「アーニャさんに助けを求めるのは間違っている気がしますし」
《彼女は断らないかと》
アーニャの助けは、イコール解決だ。嬉々として骨刀を振るう様が容易に想像できる。トロウルを皆殺しにするほどの殺戮ともなれば、アーニャ専用の骨刀を作成するためのデータ収集にしても十分すぎるレベルだ。
「ルージュさ」
《却下します》
最後まで口にすることなく却下された。
「えっと、リディルさん?」
《真眼を両目に宿すものが用いる魔法は使用させてはなりません》
過去、ルージュ同様に両目が真眼だったものは初代教皇のみ。そして初代教皇は『粛清魔法』と呼ばれるオリジナルの魔法を用いたとされる。
「……粛清、とは一体?」
『言葉の通りですよー』
ふわふわと飛んできたラビニアが宗兵衛の頭の上に降り立つ。
『初代教皇は火の粛清と呼ばれる火魔法を持っていましたけど、あれは一度の使用で都市国家一つを焼き落としているんですよねー。大魔王ミューロンが津波を起こしていなければ、文明一つを焼き滅ぼしていたんじゃないですかー?』
しかも発動させた魔法は、術者本人でも途中で消去することはできない。元の世界の神話でも、世界を滅ぼすのは大火災や大洪水、大地震だ。真眼を両目に宿すものは、文字通りの意味で世界を終わらせる力を持っているのだという。
「…………ルージュさんには絶対に戦いに参加させないようにしましょう」
《賢明です》
「それで、ラビニアさんはどうしたのですか?」
『あ、ソウベエさん、レッドゴブリンが救援要請に来ましたよー』
「なんでやねん」
思わず関西弁でツッコミを入れてしまう宗兵衛だ。居場所を失ったから引き受けてくれ、ではなく、助けてほしい、というのが少し理解できない。いや、厄介の種がまた一つ舞い込んできたのだと理解している。
『ソウベエさんたちはかなり成り上がっていますからねー』
洞窟を脱出して以降、一騎たちは同族のゴブリンは元より、ギルマン、ハーピーらをも従えることに成功した。人間の砦を攻め落とし、ゴブリンロードとその大軍を打ち倒した。
実力と、異種族をも助けていることが、より広範な厄介事を招くのである。




