第六章:六話 骨の集落作り
大魔王復活は、現状の宗兵衛ではどうしようもない話だ。だから宗兵衛は頭痛が起こる前に、意識と無意識を総動員して、棚の上に放り投げた。
意識の切り替えは宗兵衛の得意とするところであり、だからといって目の前にある仕事から逃れる術というわけではなかった。仕事は山積している上に、山自体も複数ある。
兵士の育成プログラムの作成、農業や鉱物資源採掘にかかわる人員配置、外部へ輸出するための街道の整備の手筈、とにかくベルトコンベヤーのように次から次へと流れてくる仕事に追われていた。
基本的な方針を決めてしまえば、各責任者を任命して仕事を投げることもできるが、まずその基本を作るのは宗兵衛である。一騎が帝国でのんびりと物見遊山をしているかと思うと、宗兵衛のない腹は煮えくり返る思いだ。
「とある偉人が、働いたら負け、と言っていたのを思い出しましたよ」
『それ、絶対に偉人じゃないですよねー』
頭だけの宗兵衛に乗ったラビニアが欠伸交じりに返答する。
「日本にいた頃の常盤平も何度か口にしていましたね」
『どんどん偉人から遠ざかってるじゃないですかー』
ラビニアの厳しい指摘である。
働かずに生きることを目的にしたい、などと口走っていた一騎は、試しにFXや株のシミュレーションをしたことがあった。
大赤字を抱えて終わったことを宗兵衛は知っていて、機能の使い勝手が悪かったと的外れな文句を言っていたことも覚えている。一騎は少なくとも軍師にも投資にも向いていない人種なのは確かなようだ。
『ソウベエさんは働くことが好きなようですよねー?』
「できるだけ楽をしたいとは思っているのですよ?」
アンデッドで痛覚や疲労を感じない宗兵衛も、精神的なものとなると話は別だ。ワーカホリックぶりを多少は自覚したとしても、ときには悲鳴でも上げたくなることもある。
「なんなら教会から人を呼んであげるわよ?」
「ここは魔の森ですけど、魔物の勢力拡大を助けることに好意的な人材がいるのですか?」
「……私が幻術で操ります」
非人道的な提案は正直、かなり魅力的ではあったが、宗兵衛は辛うじて断ることに成功した。人材派遣は正式な交流が始まってからにするべきだろう。
人ではできなくとも、魔物の持つ能力を生かせば可能なこともあるだろうし、魔物版の人材派遣業も有望そうかな、との考えを思考の片隅に仕舞う宗兵衛であった。
「しんどいのは最初の頃だけでしょうし、将来的に働かずに生きることを目的に、今は仕事に励むとしましょう」
『もう死んでるじゃないですかー』
《手が足りない場合は骨体操作で作ります。遠隔操作用のスケルトンの数についても、現在の精度を維持した場合でも、三倍まで増やすことが可能です》
涙を堪える必要すらない空虚な眼窩が、宗兵衛には少しだけ腹立たしかった。
宗兵衛はこの年齢の人間としては優秀な部類に入る。集落が一騎と宗兵衛による中央集権的な色合いが濃いことも理由の一つだ。
仕事に関する経験を短時間で積まざるを得ない環境であることから、嫌でも優秀になってしまうだけでもある。
ただでさえ事務系の仕事は宗兵衛の担当であることに加え、集落の性質上、一騎がいない場合は宗兵衛が動かないとなにも始まらない。忙しさに悲鳴を上げようと出ない筈の涙を我慢しようと、誰も仕事を減らそうとはしてくれなかった。
『最悪スケルトンは寝なくていいんですから助かりますねー』
「寝るよ寝たいよ超眠いんですけどね」
宗兵衛は未だに睡眠欲求――だけでなく三大欲求のすべて――のあるアンデッドだった。寝ることができないというだけだ。
常盤平一騎という本来の集落の長が帝国へと出立して以来、集落の実質的指導者は宗兵衛である。嫉妬仮面も理由をつけて集落の外に追い出すことに成功した。
一緒にバカをやる相手がいなくなったことで、宗兵衛の仕事に対する集中と効率は増す。自慢になるかどうかはともかく、正直なところ、一騎がいた頃よりも発展のスピードは上がっていた。
特筆すべきは街づくりだ。ゲームやドキュメンタリーで得た知識を、大量のスケルトンを作って不眠不休で一気に形にする。整地、土台作り、切り出した大量の木材の規格を統一し、ゴブリンたちとの共同で家を作っていく。
驚くべき速度で、集落は町としての姿になりつつあった。まだまだ田舎町といった風情だが、今後も続くらしい人口流入を考えると、そう遠くないうちに都市と呼べる規模になるかもしれない。一騎が帰ってきたときにはきっと驚くだろう。
集落の新たな産業になりつつあるのが調理器具の類である。現代日本でも用いられている圧力鍋や簡単に野菜の皮むきができるピーラー、高硬度の魔石クズを用いた砥石などが代表的な商品だ。
魔石でも農産物でもないところに、宗兵衛が頭を抱えたことも一度や二度ではなかったりする。その度に、元の世界でも調理器具というものは巨大なマーケットを形成していたのだから、と考えを切り替えるようにしていた。
快眠グッズの類はまだ企画書段階にもなっていないが、宗兵衛はこちらにも大きな期待を寄せている。宗兵衛は枕や体圧分散マットなどの商品はもとより、冷蔵庫や扇風機をいかに再現するかを考えるのが楽しくなっていた。
現代日本の商品で経済的成功を収めるのも、異世界転生ものの定番だ。一騎が定番とか鉄板といったものに片っ端から裏切られていることからすると、宗兵衛は随分と運命とやらに贔屓されているといえる。
もう一つの成果は文字の導入だ。識字率の向上は国力の向上に不可欠。宗兵衛にしたところで日本語しか習得していなかったので、ルージュを通じて人間の使っている教材を入手、教えることにしたのである。
まず初等教育で習うような文字の形から入ったのだが、リーダーである宗兵衛もハーピーもゴブリンもギルマンも、種族を横断して机を並べて学ぶ体勢を取ったことが良かったのか、どの種族も覚えはよかった。
一番成績が悪かったのは宗兵衛である。なまじ日本語と英語の知識があるため、新たな文字体系を習得するのにかえって手こずったのだ。
宗兵衛がゴブリンたちに追いつくには、皆の学習が終わった後、リディル、ラビニア、アーニャ、ルージュから個別に教えてもらう必要があった。宗兵衛の人生で初めての補習は、二度と受けたくないと思うほどに厳し訂正、中々に楽しいものだった。
宗兵衛は皆が覚えやすく、興味を抱きやすい教育のために、教材を工夫する必要を痛感する。物語調にするかゲームを取り入れたものにするか。
『ソウベエさんかイッキさんを主人公に据えた成功物語だったら、皆、興味を持つと思いますよー?』
《同意。集落の魔物の学習意欲を著しく向上させるものと推測できます》
「魔物をまとめ上げ、新たな国家を建設し、更には帝国という他国であっても立身出世を果たしそうな英雄候補に心当たりがありますね」
宗兵衛は特に意識せず、未だ都市のレベルにすら到達していない集落を国家呼びしている。異世界で成り上がる、を目指し続ける一騎の影響かもしれない。発言は自由だとして、この類の発言を聞いた周囲が「ソウベエ様(とイッキ様)はいずれ国家を樹立するおつもりだ」と勘違いさせるわけである。
「教材開発はともかく、経済優先にできない点は、気が重いですね」
頭部だけの宗兵衛の前に報告書、の体を辛うじて整えただけの粗末な紙が置かれている。
内容はトロウルに関する問題が記されていた。集落の発展がそれなりに順調ではあっても、集落を取り巻くきな臭い環境からすると、残念ながら経済は優先順位の一位ではない。
どうしても防衛になる。勢力を急拡大させているトロウルを大きな要因として、森の中では魔物たちの大移動が起きている。
はっきり言えば、難民が発生しているのだ。山火事などがあれば、野生動物も危険を避けるために逃げ惑う。戦争があれば、力のない民は住処を追われる。
魔物だって同じだ。自分よりも強力で、数でも劣るとなれば、魔物たちは自分たちを守るための最良の手段として、逃走を選ぶほかない。
弱肉強食。食物連鎖。強いものは奪い、弱いものは奪われる。自然の摂理の厄介な点として、発生した大量の難民は安全な場所を求めて、集落に辿り着いたことが挙げられるのであった。




