第六章:五話 骨ににじり寄ってくる真実
殺せない、滅ぼせない相手をどうにかする術など限られている。
これでゴブリン程度の雑魚や、スケルトンのようにいくらでも湧いてくるような魔物が相手なら、蘇る度、復活する度、湧いて出てくる度に打ち滅ぼしてしまえばいいのだが、相手は単独で世界を滅ぼし得る力の持ち主。
封印をするにしても、圧倒的な力を持つ大魔王を抑え込むなど、連合側がどれだけ力を尽くしても難しかった。
そこで連合側が考えたこと、それが大魔王をバラバラにすることだったのである。強大な力を分割することで、個々の力を弱らせ、封印を成功させたのだ。
つまりはこれこそが大魔王の封印の欠片である。
「その封印が解けかけている、と?」
「ま、封印なんてもの、いずれは解けて当然のものだしね」
ルージュが腕の中の宗兵衛を覗き込む。まだ幼いルージュが教皇位を継いだように、アウグスト家には連綿と受け継いできた知識がある。また魔族側には、三軍王という大魔王の封印に直接かかわった古い存在がいる。近い将来か遠い未来か、いずれ大魔王が復活することは確実視されていた。
そのための対策の一つ。魔族上層部と人間の上層部が手を結ぶという秘密の条約だ。大魔王封印後の魔族のトップ、三軍王。大魔王封印に協力し、現在まで存在し続けている強大な力を持つ存在だ。
教会と魔族は表面的には敵対と反目を続けながらも、最上層部は特定の目的のための協力と連携を続けていた。
教皇が代替わりをする度に、三軍王のいずれかと挨拶を交わすことは重要な慣例だ。大体の場合は、天王ルル・メリウスと、彼女に同行する海王エメラダ・トルシガンと顔合わせをする。
両目に真眼を持つルージュが生まれてからしばらく、三軍王の側からアウグスト家に直接の接触があった。
知らされたのは、大魔王と大神の復活である。どちらか一方の復活だけでも絶望的なのに、両方の復活などたまったものではない。現在の全戦力を投入しても、討伐は困難だ。
勇者召喚を法的・教義的に禁止にしたことで大神復活は防げそうだとして、大魔王の復活阻止は難しいという。
わかりやす過ぎるほどにわかりやすい世界滅亡の危機が、間違いなくここ数十年の間に起こるというのは、教会と魔族上層部の間で共有されている事実であった。
『アホのネストルのせいでいい迷惑ですよー』
ネストルというのは誰だったかな、と宗兵衛は思い出すのに多少の時間を要した。大魔王の封印の欠片を使って魔王種とやらを量産している、三軍王とは派閥を別にするものだ。
「確か……真王、でしたか? 大魔王の部下なのですか?」
『あの方の部下と呼べるのは三軍王のみですよー。三軍王以外のことは消耗品か、それか最初から認識すらしてないんじゃないですかー?』
「? ではネストルが大魔王復活を考えているのはどういった理由で? 部下ではないのでしょう」
《ネストルは大魔王復活を考えているわけではありません。結果として復活に繋がっているだけです》
鍵となるのはもちろん、大魔王の封印の欠片、だ。
一般的に封印の欠片は、持ち主に大きな力を与える、程度の認識しか持たれていない。恐らくはネストルも同様で、この世の大多数が知らない事実に、連鎖反応があった。
一つの封印の欠片が活性化すると、他の欠片にも影響を与えるというものだ。
さすがに世界中の欠片すべてに影響を与えるほどではなくとも、近くにある欠片には確実に影響を与える。何度も魔王種を生み出してきたネストルが持つ欠片なら、それなりに活性化しているだろうとのことだ。
「つまりそのネストルが、ヒャッハー! 魔王種をまた作ったぜー! とかはしゃぐ度に大魔王復活がどんどんと近付いてくるわけですね」
「途端にネストルが小者臭くなったわね。物凄い雑魚臭がしてきたわ」
『元々、あいつは小者で雑魚ですよー』
《同意》
ラビニアとリディルの反応は好意的なものからは程遠いものだ。実際に戦闘力が低いからこそ、逃げ回って姿を隠しているのである。自分をよく知っているというか、それで真王を名乗るだから厚顔というか。
「うちで持っている欠片はどうすればいいのですかね?」
宗兵衛の視線の先には仰々しい封印を施した小箱、ではなく、低品質のプランターがあった。いつだったか、魔王種のペリアルドが保有し、最終的には骨体が砕かれたときの宗兵衛が再生時に使用した分である。
「ふーん」
宗兵衛を抱えたままのルージュがプランターを覗き込む。魔の森の土が敷かれたプランターの中に、まるで植物の種のように封印の欠片が植えられている。
「力は失われているから大丈夫じゃないかしら。欠片の力はちょっとずつ回復していくけれど、今は土の肥料にもならないわよ。ゴミと間違えて捨ててしまわないように注意しとけばそれでいいんじゃない?」
大魔王の封印の欠片が随分と雑な扱いである。
『三軍王の方々が警戒しているのは、特定の七つの欠片なんですよねー。封印の欠片の中でもとりわけ大きなやつです。そうそう適合者がいるようなものではないですから、滅多なことでは活性化しない筈ですけどー』
「活性化した場合は他の欠片にも大きな影響を与えるわけですね」
《否定》
「え?」
《適合者を媒介にして、七分の一の力を持った大魔王が復活します》
七分の一なら、と宗兵衛は無理に安堵しようとしたが、あっという間にラビニアに否定される。七分の一でも三軍王全員よりも強いのだという。
「……だから七つの大きな欠片は、滅亡の砕片と呼ばれています。個人的には斬ってみたいですが」
「どんだけ斬りたいのよ、あんたは。その辺の魔物で我慢しときなさい」
「……つまらないです」
「そ。ならソウベエを鍛えなさい。あたしとしても聖騎士候補が強くなる分にはいいことだもの」
「ちょ!?」
「……仕方ないですね。それで手を打ちます」
「あの、アーニャさん? 勝手に打たないで欲しいのですが?」
「……私のことは師匠と呼ぶように」
むふー、とアーニャは鼻息を荒くした。集落の長代理として仕事が山積し、料理人としてメニューを考える仕事まで付属している宗兵衛に、新たなスケジュールが追加された瞬間である。
そのあまりのスパルタっぷりに、集落の魔物たちがアーニャに心底からの恐れを抱くようになるのは、もう少し先の話だ。
「それで、その七つの欠片の在り処についてはわかっているのですか?」
『一つは天王様が持ってますよー。ガチガチに封印して、今でも時々破壊を試みています』
「ほんとかどうか知らないけど、ネストルが持ってるって噂もあるわね」
つまるところ、はっきりと所在がわかっているのは一つのみ。封印の欠片を集めているネストルが持っている可能性は高いにしろ、その数は精々が一つ二つだろう。
滅亡の砕片のうち、半数以上が世界のどこかに存在し続けているというわけだ。
どこかの田舎のおばちゃんが漬物石にでも使ってくれているのなら素晴らしい。美人になりたいとか痩せたい程度の願望なら救いがある。
ただし世界征服や王国滅亡を願うような人間の手に渡っていたら、ゾッとしない話になる。持っているだけならまだしも、滅亡の砕片が覚醒しようものなら目も当てられない。
「七分の一の大魔王が復活し、他の欠片にも影響を与えて、魔王種とやらがポコポコ生まれるかもしれない、と」
《否定。周囲の欠片を吸収して、より強力になる可能性のほうが高いと思われます》
「………………封印の欠片を見つける方法はないのですね?」
『ありませんよー。大魔王に直接、生み出された三軍王の方々だけは気配を感じ取れますけど、それも極めて微弱なようですからねー』
「ま、大魔王復活阻止を最優先に、なんて頼むつもりはないわ。探し方のない欠片を探し続けろだなんて、馬鹿げているもの。ソウベエはあたしの聖騎士だから、知っておいたほうがいいと思っただけよ」
宗兵衛は世界の真実とやらとはお近づきになりたくなかった。
異世界への魔物転生だけでもう十分。あとはもう、日本の知識と技術でまったりスローライフを手に入れることができれば上々だったのに。
そんなことを考えていたからか、聖騎士候補、と呼ばれなかったことに、宗兵衛はうっかり気付かなかった。




