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幕間:その二十七 とある勇者(妹)と魔物(兄)の話 ~第七話~

 急ぎながらも、夏樹には少し気になることがあった。同じく走っている由宇の表情だ。


「にしても、なんか嬉しそうだな、由宇」

「そうでしょうか……確かに刑事ドラマみたいで少し興奮してしまっているようですけど」


 山吹家は家族全員が刑事ドラマ好きという特徴がある。父親は「はぐ〇刑事純情派」、母親は「相〇シリーズ」、夏樹は「捜査一〇長」、由宇は「十〇川警部シリーズ」を愛している。


 ちなみに父親の職業が警察官なのは「は〇れ刑事」の主人公、安〇刑事に憧れてのことだ。


「いや刑事ものが好きなのはわかるけど、こんなところで興奮すんなよ。これは本当の事件だからな?」

「む。学校に刑事ドラマを語れる仲間がいた兄さんには、わたしの気持ちはわかりません」


 むくれる由宇に、夏樹は思い出す。教室で女子高生が刑事ドラマを語り合う、なんて場面を見たことがなかったことに。


「おれだって別に語り合える友人がいたわけじゃないぞ? 単に刑事ドラマ好きな奴が同じクラスに二人いただけで。しかもその内の一人は碌に話に入ってこなかったし」

「常盤平君の兄のほうと、小暮坂君でしたか」

「あー、うん、兄のほうだな。久しぶりに聞くとしっくりこないな」


 常盤平一騎は校内では一般的に、「おい」「キモデブ」「オタ」などと呼ばれていた。常盤平(オタ)、常盤平(出涸らし)、常盤平(劣)とも呼ばれていて、常盤平天馬の兄扱いされることは、ほぼない。


「状況から考えると、そのお二人もこっちに来ていると思われますけど」

「無事でいるといいんだが」

「どんな話をしていたのですか?」

「そっち!?」


 妹はどんだけ刑事ドラマに飢えているのだろうか。少しばかり不安になるお兄ちゃんであった。余談だが常盤平一騎は「科捜〇の女」、小暮坂宗兵衛は「CSIマイ〇ミ」が好きだという。本当、どうでもいい話だ。



 倉庫街に辿り着く。町長が借りているのは七番倉庫で、わざとなのか偶然なのか、人通りが少ない区画にある。


「おかしくないか、由宇? 見張りがいない」

「他の倉庫にも見張りはいませんよ。巡回する専門の職員がいるだけです。見張りなんか付けたら自白しているようなもの、ということではないでしょうか」

「かもな」

『アノ、中ノ様子ハドウナッテイマスカ?』


 ランタンを通じてスーリアの声が聞こえてきた。声だけでもスーリアが落ち着きを失っているのは明らかだとわかる。恐らくは尻尾を振り回しているのだろう、ランタンの向こう側から、地面が陥没する音や、木がへし折れる音がする。


「確かめてみましょう。兄さん、あの上の窓、行けますか?」

「任せろ」


 ジャック・オー・ランタンは浮遊状態がデフォの魔物だ。鳥型の魔物のような高速移動はできなくとも、フヨフヨと高度を上昇させて倉庫の窓から中を覗く、くらいのことは難しいものではない。


 カボチャ頭がでかいので、頭部を窓の中に入れることはできない。顔の位置を何度も変えて中の様子を探る。倉庫はあまり整理されていないが、目的と思しき相手はすぐに見つけることができた。


 動物運搬に用いられるような檻が倉庫の中央に置かれ、檻の中には一人の男が閉じ込められている。粗末な食事が提供されているようで、檻の中には見るからに安物の皿が置かれていた。


 夏樹はヒョイと、ランタンを持ち上げる。ランタンを通じて倉庫内の映像をスーリアに届けるためだ。


「どうだ、スーリア? 彼がそうか?」

『! けびん!!』

「っとぉっ!?」


 急な大声に夏樹は一気に窓から離れた。浮遊能力がなければ転落していたことは間違いない。大急ぎで由宇に合流する。


「兄さん? なにかあったので」

『けびんデス! 中ニけびんガ捕マッテイマス!』


 ランタン越しにスーリアがすごい剣幕で怒鳴る。


「本当ですか、兄さん?」

「ああ」

「そうですか。では手筈通りに行きましょう。兄さん、お願いします。スーリアさんも準備はよろしいですね?」

『問題ナイデス。早ク早ク!』


 スーリアに急かされる形で、夏樹がランタンを掲げる。このランタンにはジャック・オー・ランタンを召喚する効果があるが、他にも仲間を召喚する効果がある。


 普通は同種のジャック・オー・ランタンしか呼ぶことができないのに、そこはさすがに魔族の勇者というべきか、夏樹のランタンは仲間とに認識している相手なら呼び寄せることができるのだ。


 夜の中にオレンジの光が広がり、弾ける。弾けた光の余韻は幻想的で美しいかもしれないが、光の中から現れた迫力に吹き飛ぶ。一体のラミアが怒りと思慕が複雑に入り混じった感情を持て余しているのだから、余韻などが立ち入る余地などない。


 そこからの展開は極めて迅速だった。由宇が開錠の魔法を用いて倉庫のドアを開け、内部に突入する。周囲への警戒すら最低限に檻に駆け寄った。


「けびん!」

「スーリア!? なぜこ」

「助ケニ来タデスヨ!」


 ラミア種で最大の物理攻撃手段は蛇体部分での締め付けと、尾での一撃だ。武装した兵士でも容易く即死させる一撃で、檻の錠前を扉諸共に弾き飛ばす。


「けびん!」

「ああ、スーリア!」


 二人は抱き合って再会を喜ぶ。ただ、スーリアは二度とケビンを離したくないという気持ちからか、蛇体がケビンに巻き付いている。絞め殺していないのは本能的に手加減が必要だと理解しているからか。


「うっうっ、スーリアさん、良かったな。なあ、由宇」

「ええ……なるほど、魔物と人、ですか。こんな形もあるのですね」


 涙を滝と流す夏樹の隣で、由宇は小声で呟いていた。


「由宇?」

「すみません、なんでもありません。ケビンさん、スーリアさん、再会できたことは喜ばしいですが、早くここから出ないといけません。紅玉鱗の隠し場所はどこか知っていますか?」

「いえ……すみません」

「なら町長の居場所はどうだ? 心当たりはあるか?」

「え? うわ、ジャック・オー・ランタン! な、なんでっ」

「気にしないでください、わたしの使い魔ですので。町長の居場所はわかりますか?」

「す、すみません、そちらも」


 ――――俺ならここにいるぞ!


 倉庫の入り口から、これ以上は勘弁ならんとばかりの大声と共に足音荒く入ってきたのは、確かに町長だった。見るからに荒事専門、といった風情の手下を何人も引き連れているだけでなく、商人風の男も一緒だ。


 魂胆は見え透いていた。スーリアも確保して売り飛ばそうというのだ。欲が深いというのか、自分がなにに手を出してしまったのかを理解できていないのか。多分、両方だろう、と夏樹と由宇は確信した。


 スーリアは怒りを露わにして、ケビンはそんなスーリアを守ろうと町長を睨み付けている。放っておくと暴発しそうなので、由宇が一歩前に出た。使い魔あにの夏樹も由宇に続く。


「これは町長、まさか来てくれるとは思いませんでした」

「黙れ、小娘」


 町長からは勇者に対する表面的な礼儀すら取り払われている。視線や声には勇者への恐れこそ残っているが、取り繕うという気がないらしい。町長はガシガシと頭を掻きむしった。


「くそくそくそ! 台無しだ! こんなことになるなんて!」


 掻きむしった指には頭髪どころか頭皮まで食い込んでいる。


「まだ間に合う。まだ間に合う。まだ立て直せる! ここでお前らを始末すれば、知ってる奴らはいなくなる!」

「わたしが急にいなくなると教会が怪しむと思いますけど?」

「こっちだって元冒険者で町長という公職も持っている。いくらお前が勇者でも、所詮は小娘一人。どうとでも丸め込んでみせるさ!」


 決意、あるいは破れかぶれか、町長は冒険者時代からの愛剣を引き抜いた。

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