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幕間:その二十六 とある勇者(妹)と魔物(兄)の話 ~第六話~

 紅玉鱗は素材扱いとはいえ、市場に出回る数が決定的に少ないため、足がつきやすい。


 竜種の心臓などの臓器も貴重な素材ではあるが、一個体につき必ず一つは手に入る。しかし紅玉鱗は、ラミア種であっても必ず持っているようなものではない。数年に一つ出るかどうか。


「盗品売買は犯罪。それも紅玉鱗のような高額な品となると、貴方もただでは済まないのではありませんか?」

「だとしても、これ以上、話すことはねえよ」

「これでも?」


 由宇が見せたのは教会と王国の双方の紋章が入った、警察ドラマで見るようなバッジだ。


 冒険者には身分を証明するプレートやバッジが支給されているのと同様、教会騎士のような公職に就く人間にも身分証は発行される。


 ただしいずれの場合も、冒険者組合や教会の、単一の紋章が刻まれるものだ。由宇が提示したバッジのように複数の組織の紋章が一つになっているタイプのものは、世界で勇者だけが持っている。


 帽子男は目を見張り、口を真一文字に引き結んだ。魔物になって以降、人とのかかわりが少なくなっていた夏樹の目にも、帽子男が脳みそをフル回転させているのが見てとれた。


「ちょ、町長には、手足となって動く部下がいる」

「それは誰ですか?」

「町長の冒険者時代の仲間だ。町長が冒険者を止めた今でも、奴の下で働いている」

「どこで会えますか?」

「た、たしか今日は、冒険者ギルドで受付の当直業務のはずだ」

「冒険者だろ? なんで受付なんかするんだよ?」


 当直業務は冒険者が受けることのできる仕事として昔から存在する。ただしランクの低い冒険者や新人では受けることができない。低ランク冒険者は信頼度が低く、新人はそもそも事務業務のことなど知らないからだ。


 実績と経験があり、且つあまり実戦に出ずに割のいい仕事を望む中堅過ぎの冒険者が引き受ける仕事である。


「そうですか。ご協力に感謝します」


 由宇のフットワークは軽い。夏樹はというと、ジャック・オー・ランタンはそもそも宙に浮いて移動するのでフットワークとは言わない。移動は由宇が先頭で、夏樹がついていく形だ。


「兄さん、スーリアさんの様子はどうでしたか?」

「かなり堪えている様子だった。準備をしている間もソワソワしっ放しだ」

「そうですか。無理もありませんね。ところで、準備とはなんのことですか、兄さん?」

「念のための奴を一つ、な。おれのランタンは役に立つんだ。使わなければそれに越したことはないけどな」

「そう、ですか。では兄さん、油断せずに行きましょう」

「油断できるほど偉くないよ」

「知っています」


 この町は王都ほどに巨大ではなくとも、それなりの広さはある。勇者と魔物という一風変わったコンビが冒険者ギルドに着いた頃には、ギルドの明かりは必要最低限だけしか点いていなかった。


 昼間は人でごった返し、夜になっても訪れる人のいるギルドも、さすがに一日が終わりそうな時刻ともなるとひっそりとしている。


「兄さん、姿を消すことができますか?」

「任せてくれ。他の魔物や人間から逃げ回ってたら、いつの間にか透明化の魔法を覚えていたからな」

「さすが兄さんです」


 冒険者ギルドの扉は簡易な造りになっている。さすがにお笑いコントのドアのように簡単に破られるほどではないが、堅牢さとは縁がない。


 ギルド発足当初は、冒険者は力を恃みとする職業、としての面が強いこともあって、ギルドの扉は重厚で頑強な造りになっていた。だが荒くれ揃いの冒険者が集まれば当然、トラブルも起きる。魔法や超重武器を振り回されて破壊されること数知れず、今では壊されることを前提に、安価で、砕けても破片が尖らならないように加工されたものが採用されていた。


 由宇が扉を押し開ける。使いまわされてボロボロになった金具が悲しそうな音を立てた。


「あん? んだよ、こんな時間に……」


 カウンターの奥、恐らくは休憩室だろう場所から、のっそりと中年男が後頭部を掻きながら出てきた。


『全然、やる気がなさそうだな』

「意欲と理想に溢れている人よりも話が聞きやすそうですよ」

「なんだ? 小声で喋んなよ。あー、今は当直の俺しかいねえからな、急ぎの用じゃなかったら明日にしな。急ぎだったら、そこにおいてある書類に必要事項を記入して、明日の朝一でまた来てくれや」


 結局は明日である。この町の冒険者ギルドとは初接触である兄妹でも、やる気云々で片付けていい問題ではないような気がしてきた。


「はぁ」


 由宇はため息をついて勇者のバッジを見せる。効果は劇的で、当直男は直立不動になった。いちいち懐から取り出すのは面倒なので、ズボンのベルト部分に取り付けようかと考えていた。


「あ、あの、勇者様が何の御用でしょうか?」

「ケビンという行商人を探しています」

「え?」

「とぼけても無駄なことははっきり言っておきます。町長……貴方の直属の上司が、ケビンの持っていた紅玉鱗を所持していたことはわかっています。ラミアを手に入れようとしていることも」

「な、何のことでしょうか? 私はケビンなんて人も紅玉鱗のことも知りませひぃっ!」


 当直男の顔横に、不意にランタンが出現する。思わず後退った当直男が見たものはカボチャ頭の魔物だ。


「ジャックっっ!?」

「ご心配なく。私の使い魔です」

「つ、使い魔?」

「ええ。今、巷を騒がせているジャック・オー・ランタンとは別個体ですので安心して下さい」


 大胆な嘘に、カボチャ頭の奥にある夏樹の目は大きく見開かれた。


「私のジャック・オー・ランタンの持つランタンには、精神作用系の効果があります。素直にご協力いただけない場合は、この能力を使うことになります」


 物凄く大胆な嘘に、カボチャ頭の奥にある夏樹の顎は外れかけた。


「でも今、協力してくれるのなら、取引に応じます。このままだと貴方は共犯として死刑になってもおかしくない。よくても鉱山奴隷といったところでしょう」

「それは」


 当直男が息を飲む。


「取引に応じたら?」

「鉱山奴隷は免れるでしょう」


 町長を売って刑を減らしてもらうか、町長と一緒に死ぬか。鉱山奴隷など死刑と同じだ。仮に鉱山奴隷五年の刑が確定したとして、一年と生きてはいられまい。考えに費やした時間は短かった。当直男は長年の上司を裏切ることを決めた。


「わかった、わかりました。取引に応じるよ」

「随分と簡単に上司を売るんですね」

「別に命の恩人ってわけじゃないしな。そ、それに勇者様に協力するのは市民の義務だ。ギルドの方針でもそうだしな。だろ?」

「町長への不満はなく、純粋な善意からの協力なのですね? 嘘ではなく? 証言に嘘がある場合、取引は無効になりますが?」

「もも勿論不満もある。町長は金払いが悪い。色々と仕事をやらされたが、報酬は安いままだ。向こうにしてみたら、雇ってやってるんだから十分だろうってことなんだろうがよ。それで、なにを知りたい?」

「ケビンを捕らえている場所。早急に」


 由宇の鋭い眼光は、当直男のプライドを吹き飛ばすのに十分な迫力があった。当直男は急ぎ足で奥に行き、戻ってきたときには自分の上半身ほどもある大きな紙を抱えていた。


「これは何ですか?」

「まま町の地図になります。町長は倉庫を持っているんですが、説明するのに地図があると便利でして」


 町長が倉庫を持っているのは町外れのような目立たない場所ではなく、倉庫街に、それもギルドの金で倉庫を借りていることがわかる。


 現役の冒険者時代から借りている倉庫で、冒険者だった当時は「ギルドの荷物も管理しているから」との理由でギルドが倉庫代を負担していたのを、町長になってからも継続しているのだ。


 ギルド内でもこのことを知っている職員は限られている上、金の流れをわかりにくいように操作しているため、今日まで露呈したことはなかったという。


「呆れ果てます、が、ケビンはそこにいるのですね?」

「は、はい。俺もそこに運ぶのを手伝いましたんで、間違いないです」

「わかりました。では貴方はここで拘束します。兄さ、ジャック・オー・ランタン」

「おうよ」

「そんな! 約束が違う!」

「やっかましい!」

「ぎゃふ」


 取引はするが捕まえないとは言っていない。町長を追ってギルドを後にすれば、この当直男は逃走を図ることも考えられる。身柄確保は正しい判断だ。どことなく詐欺のような気がすることを除けば。


 夏樹が気絶した当直男を縛り上げている間に、由宇は手短に事情を書いた紙を用意する。縛ったロープの間に、破れないように紙を差し入れると、すぐにギルドを後にした。


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