幕間:その二十五 とある勇者(妹)と魔物(兄)の話 ~第五話~
夏樹と由宇の兄妹からもっとも怪しまれている当の町長は、勇者との面会後、足早に外に出た。残したままの仕事については、秘書に明日以降に片付けられるように仕分けておくよう命じた後に、だが。
「くそ! なぜ勇者があんな行商人を探すんだ!」
足早、大股で道を歩いているはずの町長の姿は、どこか檻の中の動物のように右に左に歩き回っている様子を思わせる。
町長は失敗したとは思っていないが焦ってはいた。ポケットの中に乱暴に手を突っ込む。手のひらに収まるサイズの木箱の感触がある。中には一枚の真紅の鱗が納められていた。紅玉鱗。ラミア種の魔物にのみ発現する、見られでもしたら言い逃れることのできない決定的な証拠だ。
「こんなことならさっさと売っぱらっちまえばよかったぜ」
――――金になるものだったら、喜んで買わせてもらうがな。
「お前か……ち、ご苦労なことだな」
早足で歩く町長の隣には一人の、帽子を目深に被った男が並んで歩いていた。顔つきも服装は真面目そうで、一見すると町長の秘書のようだ。
秘書でないことを町長はよく知っていたし、男のほうも秘書なんて仕事が自分に務まるわけがないと自覚していた。
男の職業は高利貸しだ。夏樹や由宇からすると想像しにくいが、この世界は金融業と金融関係の法律がまだまだ未発達で、高利貸しが跋扈している。男はこの町の高利貸しの中では、もっとも規模の大きな商会を仕切っている人物だ。
「おい、こんな昼間に近付いてくるな。お前らなんかと関係があるとばれると仕事に支障がある」
「随分な言い草じゃねえかよ。ギャンブルに狂ったあんたのために、どれだけの金を用立ててやったと思ってるんだ?」
「ちっ」
平たく言うと、町長はギャンブル依存症だ。冒険者時代の蓄えもすっかり底を突き、町長としての俸給もほとんど根こそぎ飛んでしまっている。
「こっちとしても別に来たくはねえんだが、念押しは必要だろ。期限は三日後だぜ」
「わかってる、ちゃんと用意する。言っただろ、高値で売れる品を手に入れたと」
「モノはなんだ?」
「こいつだ」
ポケットから木箱を取り出し、開く。鮮やかな赤い鱗を見て、帽子男が上手な口笛を吹いた。
「驚いたな。紅玉鱗じゃねえか。すげえ、本物を見たのは二度目だぜ。確かにこいつならかなりの金額になる。じゃあ」
帽子男が紅玉鱗を受け取ろうと手を伸ばす。が町長は素早く紅玉鱗を引っ込める。
「おい。あんたには借金があるんだぞ。そいつをさっさと寄こせよ」
「いや、まだだ」
「あん?」
「渡しても、あれは利子だ、とかいって元本返済に回されないんじゃたまったもんじゃないからな」
「あんたな」
「それに、これを餌にもう一つ、上物を手に入れる。そいつで借金は全額返済だ。いや、あれの価値を考えると、借金返済どころか次の軍資金も十分な額、手に入る」
借金取りは肩を竦めた。町長の目論見を看破したからだ。
「高望みは構わねえが期限だけは忘れんなよ」
「ふん、言われなくともわかっておるわ」
不愉快さを隠そうともせず、町長は手を振って借金取りを追い払う。借金取りは顧客相手とあって不愉快そうな態度を表に出すことなく、背を向けた。最後にもう一度、「三日後だからな」と念押しするのを忘れない借金取りに、町長は苛立ちと、幾分かの焦りが混じった唾を吐く。
「あのラミアを手に入れられれば……」
夕闇すら遠くに押し退けられ、すっかり暗くなった細い路地に、ぼぅ、とオレンジ色の揺らぎが生まれる。揺らぎは二秒で一割ほど大きくなり、シャボン玉のように弾けた。
弾けると同時、夜の空気が小さく揺れ、薄ぼんやりとした影が生まれる。影は一瞬ごとに頭部がやたらと大きな輪郭がはっきりとし、七瞬後にはカボチャ頭の魔物が路地に浮かんでいた。
「ジ、ジャック・オー・ランタンっ!?」
トレードマークともいえる帽子は地面の泥で汚れているのにも気づかず、秘書然とした風情の男が腰を抜かす。帽子の男は最初こそ、町長と相対したときと同様に強気だった。話を聞きに来た相手が、明らかに年下の華奢な少女だったからだ。
舐めてかかり、一瞬で殴り倒され、尚も虚勢を張っていたのに、呼び出された魔物を見て完全に戦意をへし折られた。
「な、な、な、なんで魔物が……?」
「わたしの使い魔です」
「使い魔!?」「使いま゛ぁっ!?」
由宇の肘打ちがジャック・オー・ランタンの鳩尾に突き刺さった。
「使い魔だからこうして町の中に出てくることが許されているのです。そうでしょう? そうですよね? それ以外にありませんよね?」
「(コクコク)」
夏樹には頷くしかできなかったわけで。
「ギャンブル狂と借金ですか」
由宇の言葉に男の首は激しい上下運動を見せた。由宇も夏樹も、情報収集といえばネットで検索することが中心だ。ネット環境のない異世界では勝手がわからず、情報収集(腕力)が自然に選択されていた。
勇者と魔物が揃い踏みしている状況では、見るからに裏社会に生息している男が頼みとする腕力も満足に機能するはずもない。
代わりに機能したのは自己保存本能である。圧倒的強者の質問に対して素直でスピーディーに答えることだ。町長はこの町だけではなく、近隣でもギャンブル依存症の重症患者として有名だという。ヤバい筋からも借金を繰り返し、噂では町の公金にも手を出しているらしい。
「そんな町長が借金を返す当てがあるといったのですね? なにか手掛かりになりそうなことを口にしていましたか?」
「し、喋ってはいない。聞きもしなかった。こっちは借金が返ってくればそれでいいしな」
「でも何なのかは検討がついた。そうですね?」
「そ、れは……」
口ごもる帽子男の眼前にランタンが近付けられた。ランタンに照らされて、カボチャ頭に影が揺らめく。夏樹が凄んだ声を出す。
「さっさと話せ。もったいぶるな」
「わわわかった。多分ラミアだ。ラミアは美人が多いからな。欲しがる金持ち連中はそれこそごまんといる。ラミアにとって紅玉鱗は大事なものだ。必ず取り返しに来るだろうから」
「そこを捕らえるつもりなのですね」
最後のセリフを取られて、帽子男は居心地が悪そうに頷いた。
「さ、最近は金回りが本当に苦しいらしくて、うちの他にもあちこちから借りていて、自宅に押しかけられたこともあるらしい。職場の近くでも借金取りがうろつくほどだ。借金を返すために借金をして、どんどん膨らんでいって、もう二進も三進もいかなくなっていた。でも紅玉鱗があれば一発で逆転ができる」
「ちなみに、ラミアの紅玉鱗というものはどれくらいの値段で取引されるものなのですか?」
由宇の質問に、なぜか帽子男は得意気な顔だった。紅玉鱗の価値はあってないようなものなので、売りさばく顧客ルートを持っているかどうかが肝になる。
町長は紅玉鱗だけでは借金返済はできないと考えているようだったが、帽子男の取引網をもってすれば、たった一枚の紅玉鱗でも町長の借金をすべて返しきった上で、王都の高級住宅街に広めの邸宅を買える額になるという。
「へへ、これだけじゃなくてラミア自身の価値もかなりのもんだ。町長は借金漬けの毎日から一転、富豪の仲間入りさ。多少のリスクを冒してでも手に入れようと思うのは当然ってもんだろ?」
「勝手に当然にすんな、ボケ!」
「ひぃっ」
急にジャック・オー・ランタンが声を荒げたことに帽子男は心底、怯えを見せた。
「愛する二人を引き裂いて、愛の証を奪い、更にはスーリアまで売ろうってか? 人身売買じゃねえのか!」
「じ、人身って、ラミアは魔物だ。人間に被害を与える、敵だ。売って金にすんのは当然の権利だろ。害ばかりの魔物が俺たち人間の金になるんだから、いいことじゃねえかよ」
「では、善良な行商人を捕まえている貴方も害ある人間だから、ここでもっと痛い目に遭っても構わないですね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は金を貸しているだけだ。誰も捕まえてなんかいない」
「でも町長から紅玉鱗を受け取る。そうですよね?」
「紅玉鱗は魔物から取れる素材と同じだ。取引自体は禁止されていない」
「それが盗品でも?」
「うぐ」
帽子男は言葉を失う。法整備が遅れているこの世界でも、盗品の売買は違法行為だ。もちろん元の世界でも、治安のいい先進国であっても非合法な品々を扱うマーケットは後を絶たない。法の力が及ばない範囲が広いこの世界では尚更だ。




