第一章:十五話 接触
6月5日、プロローグを一部修正しました。
体躯の小さいゴブリンとはいえ、一人分を背負っているとは、また骨とは思えないほど軽やかな動きで、宗兵衛は頭上から落下してくる石や岩、あるいは岩塊を避けながら洞窟を駆け抜ける。
「今度はでかい! 一時方向に二つ、十時方向に四つ。一時の奴はぶつかって方向が変わるかも!」
「勘弁して下さいよ、本当に」
《警告、崩落の土砂による煙発生。足場に注意を》
「危ねえ、こっちだ!」
一騎の手が宗兵衛の頭の向きを無理矢理変える。宗兵衛の首からは、ちょっと聞こえてはいけない音がした。
形の上では一騎がドライバーで宗兵衛が車のような関係だが、現状を考えるとドライバーよりも車のほうが立場は強い。
「常盤平! 君、操作するならもっと丁寧にしなさい。僕が骨でなかったら今の君の攻撃で死んでましたよ」
「攻撃じゃねえよ! 口で言ってるだけだったら間に合わなかったかもなんだよ! 仕方ねえだろ!?」
《先程の常盤平一騎の攻撃で主には頸椎損傷のダメージが発生、魔力による修復完了》
「待って、『導き手』さん! 攻撃じゃないんです。本当です、信じて下さい! て、うわおぉゎ!」
目の前に迫ってきた落石に、思わず宗兵衛の首を横に九十度回してしまう一騎。またもや宗兵衛の首から発生してはいけない音が生じた。
「ひぃいぃっ! ワザとじゃないんだ宗兵衛!」
「ワザとじゃない、と……わかりました。冒頭陳述は以上ですね?」
「それだと被告席にいるみたいじゃねえか! 俺は割と無実だよ!?」
洞窟の揺れはもはや、揺れではなく洞窟自体が体動しているとでも表現したくなる。
それだけ激しく、微妙な強弱を伴って継続しているのだ。一騎が身を預ける宗兵衛も、接地している時間よりも空中にいる時間のほうが長くなってきているように思えてならない。
「なあ、宗兵衛、思い出したことがあるんだが」
「なんですか、こんなときに。下手に喋っていると舌を噛みますよ」
「いや唐突に強震と激震とかって言葉を思い出したんだ」
「ああ、なるほど」
雨のように降り注いでくる石はある程度我慢し、雨ほどではないが落ちてくる岩はできるだけ回避しながら、宗兵衛も納得したように頷いた。
地震の強さを表す単位に震度がある。小学校時分、図書館に見た本の中に、震度とは別の表記があったのを一騎は思い出していた。
もと使われていた名称で、震度五で強震、震度六で烈震、震度七で激震になる。
震度六、つまり烈震ともなると、家屋が倒れ、地割れや山崩れに崖崩れが生じ、人が立っているのは困難になるという。
「ですがそれがどうかしましたか? 今の状況ではなんの役にも立ちませんけど」
「役に立たねえのはわかってるよ」
日本の基準がこの世界や魔物に当てはまるかどうかなど、一騎は気にしていない。一騎としては自分でもわかる判断基準の中に現象を落とし込むことができれば、少しでも気が紛れるのではないかと思っただけだ。
「人に背負わせておいて、なに下らないことを考えているのですか」
「自分ですることがねえから考えるしかないんだよ!」
「こいつ、本当にアンデッドにして盾代わりに使い潰してやりましょうかね」
「使い潰すってなに!? 人権って言葉知ってる、ねぇ!?」
「ご心配なく。盾にしても人間らしい感覚の一つぐらいは残せるよう努力しますよ。痛覚とか」
「ばっか野郎! 痛覚のある盾ってなんだよ! 外道にも程があるわ!」
罵り合いながらも宗兵衛は足を動かし続け、一騎も上を見て瓦礫の落下位置を予想していく。ときに宗兵衛の首から聞こえてはいけない異音を響かせながら、二体の雑魚魔物は瓦礫と揺れの中を懸命に走る。
《前方に広大な空間があります》
「そこが妖精ペットとの接触場所か」
「隠れてやり過ごせると万々歳なのですけどね」
「言っても仕方ねえだろ!」
それもそうですね、と宗兵衛は肩をすくめて最後の加速をした。
一騎たちが飛び込んだ先には他に先客がいた。いずれも魔物、しかし体に制服の切れ端などが散見されることから、一騎たちと同じ転生者だとわかる。
六本足の馬、中身ががらんどうの鎧、首を抱えた騎士、単眼の巨人、女子では空に浮いているハーピーもいる。彼らは飛び込んできた一騎らに一斉に目を向けた。
「なんだあれ、骨とゴブリン?」
「た、頼りにはならなさそう」
「こっちはこっちでやるしかないみたいだ」
「協力できるんなら協力したいけど」
「よせよ。田所の奴みたいに襲いかかってこられたらどうすんだよ」
先着者たちは口々に勝手なことを喋っている。チームを組んでいるのか否かはともかく、彼らはどの通路を選ぶかで手間取っているようだった。
一騎と宗兵衛にはどうでもいいことだ。一騎が優先するのは状況の把握で、宗兵衛は元からぼっちのため積極的に関わろうとしないので。
一騎は宗兵衛の背中に乗ったまま周囲を見回す。
広い空間が広がっていた。天然の洞窟において、明らかに不自然な人工的な空間。巨大な生物が暴れるのに十分な広さを持っている。巨大なムカデが数百匹、這ったような感覚が一騎の背筋を駆け上った。
《警告。妖精のペットが出現します》
「 」
分厚い岩壁をぶち抜いて、巨大な牛の化物が現れた。
ゲームだとベヒーモスとか呼ばれる奴によく似ている。筋肉と剛毛に覆われた巨大な体躯、頭部は牛なのに巨大な牙が生え、四肢は肉食獣のそれだ。叩きつけられる迫力は尋常ではない。ペットと言っておきながら飼い主の妖精よりも強そうだ。
「 」
古木のような咆哮ではなく、単純に空気を吐き出しただけ。それだけで広間が揺さぶられ、集まっていた転生者たちは吹き飛ばされた。
やばいまずい怖い逃げたい。一騎の脳内は弱気なものだけで占められる。宗兵衛は違った。
「『導き手』、広間の探査を頼みます。出口はありますか?」
《肯定。妖精のペットが崩した瓦礫の向こう側に空気の流れがあります》
一騎が顔をしかめる。出口を探すには瓦礫を取り除くしかない。のんびり瓦礫撤去していれば妖精のペットに殺される。どうしても妖精のペットを排除する必要があった。
一騎は大きく息を吸った。
「おい、宗兵衛、ちょっと相談事があるんだが」
「言わずともわかっています。君がペットに惨殺されている間に僕だけでも瓦礫の向こう側にたどり着いてみせましょう」
「違えよ! なにさらっと人を生贄にしようとしてんの!?」
一騎は今、一人では満足に動けない状態だ。宗兵衛が言葉通りに実行しようものなら、抵抗のしようもなくペットに潰されて生涯を閉じることになる。
「わかっていますよ。時間稼ぎをすればいいのでしょう?」
「まったくもってその通りなんだが、いいんだな?」
「『導き手』とも相談済みです。それ以外に道が見つからないのですから。逃げても逃げ切れそうにないですし、ない腹を括るしかありません」
「自虐ネタありがとう」
首を縦に振る一騎。
妖精のペットは古木などとは格が違う。隙を見て瓦礫を除けるなんて真似は不可能だ。
どれだけ頑強頑健な肉体をしているのか、休まず岩盤を突っ切っているだろうに肉体にはダメージの痕がない。
仮にこの場の全員で一斉攻撃を仕掛けても、今のままでは倒すことは到底、不可能だろう。ならば戦いの中で弱点やら攻略法やらを見つけ出すしかない。
ただし一騎は体が動かないため、必然的に戦うのは宗兵衛になる。
「無理だと判断した場合には全身全霊全力全開で逃走しますので。見つけるのなら早めにするように」
「おう!」
骨の手が再び一騎の頭を鷲掴む。オーバースローで投げられた一騎は広間を見渡せる高所に着地、眼下を見下ろし情報収集に入る。
「なんとしても、この状況を突破する。ここまできて死んでたまるか!」
こそこそと隙間から顔だけのぞかせて広間を観察する。
広間では少しずつ動きがあった。宗兵衛が先客の首なし騎士らに呼び掛けたのだ。