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第五章:四十八話 不倶戴天の親友

 日本にいた頃の一騎はオタクだった。アニメ・ゲームの実況のための夜更かしが過ぎるあまり、学校に遅刻したことも一度や二度ではない。


 皆に遅れて教室に入るという、ある種の拷問を前に欠席という選択をしないあたり、根は真面目であることと、居心地の悪さから逃げるという弱腰でないことを表していると言えるだろう。


 そう、常盤平一騎は人生において一度も引きこもったことはない。ゲームに熱中はしても、生活を破綻させるほどのことはなかったし、無視されようが暴力を受けようが登校拒否をしたこともない。精神的にタフという評価もあるが、家にいるほうが精神的にきついという切実な理由もあった。


 ――――さあさあさあ! 新発売の鳳雛饅頭だよ! 安いよ! 美味いよ!

 ――――鳳雛のアクセサリーはいかかですか? 大きく立派に成長すること請け合いですよ!

 ――――教会お墨付きだよ! 鳳雛! 鳳雛! 鳳雛! 鳳雛のタペストリーが今だけのお買い得だ! 買った買った!

 ――――学習塾の鳳雛指導院が新しく開設されました! お子さんの立身出世、栄達をお望みなら、是非、鳳雛指導院へ!


「うがぁぁっぁぁぁああああ! 宗兵衛のアホ! 宗兵衛のバカ! 宗兵衛のドアホぉぉおおおおおぉぉっ!」


 しかしここは異世界。実家よりも安心できる場所と相手がいて、単位や出席日数も関係なく、外に出るのが非常に躊躇われるとあれば、一騎とて引きこもることはやぶさかではない。


 今やコンディート市において一騎の名を知らぬものはおらず、鳳雛の称号を知らないものもいない。一騎が道を歩いていると、鳳雛にあやかろうと多くの人が集まってくるのだ。中には美女美少女もいて、本来なら一騎もエストたちが傍にいることを忘れていい気になっているところ、微塵も浮つかない。


 学園に行っても似たような状況で、外に出ることもできない一騎は、すっかり〈黄金の草原亭〉に引きこもってしまった。ただし引きこもってもすることがない。テレビもネットもなく、「自分で出てくるまで見守ろう」という優しい考え方もない世界。一騎の安寧は欠片も守られなかった。


「なにやってんだいっ、イッキ。さっさとテーブルに運びな!」

「ちょっ、もうちょっと気遣っていただきたく!?」

「働かざるもの食うべからず! これ以上グダグダ言うなら鳳雛ランチを鳳雛本人が持って行くサービスを始めるよ!」

「それだけは何卒ご勘弁を!?」


 現在の〈黄金の草原亭〉は大忙しだ。鳳雛本人と大精霊がいるとあって、店の外の行列は連日、えげつないレベルになっている。引きこもり? 単に店が忙しすぎて外に出ることができない、と言いかえるべきである。


 チーン。


 深夜三時。ようやく営業が終わった店内の一角で一騎は、口からなにやらエクトプラズムらしきものを吐き出しながらテーブルに突っ伏していた。エストは厨房で一騎の疲れをいやすべく特製ドリンクを作っていて、クレアは一騎の寝室を整えに行っている。


 つまり、〈黄金の草原亭〉で一時間以上も機会をうかがっていたリズにとっては、まさに好機そのものだった。


「えっと、大丈夫、なの、鳳雛?」

「その呼び方は止めていただきたい! おのれ宗兵衛ぐふっ」


 宗兵衛の報復以降、心の傷の露出を強いられた一騎は勢いよく顔を上げ、身体的にも精神的に摩耗しきっていたため、すぐにまた机に突っ伏してしまう。


 せっかくエストが作ってきてくれたミックスフルーツジュースも、コップから飲むことはできず、楽のみを使用したほどだ。しかも数回、むせている。誤嚥性肺炎の病名がつくのも、そう遠くないかもしれない。


「そんなに嫌なの? いい名前だと思うんだけど」

「大丈夫、これは俺の側の問題だ。ふっふっふ」


 元ネタを知らない限りは、鳳雛というのは確かに、前途洋々たる生徒を示すのに素晴らしいものだ。元ネタを知らないリズは困惑する他ない。


「ラッカさん、だっけ? すごくお客が来ているのね」


 ラッカについてはリズも多少は知っている。街で評判の店として話題に上ることもあり、加えて父のオルタスの口からもよく出てくる名前である。他の意味を持っていなかった〈黄金の草原亭〉は、一騎とかかわりが深いという点で、リズにとってもそれなりに大事な意味を持つようになっていたりする。


 口ではラッカのことを褒めているようなのに、声には多少の不快感が滲んでいた。リズの雰囲気に、どこか落ち着かなくなった一騎は話題を出す。


「ところでさ、店でずっと待ってたけど、この後ってなにかあるのか? ほら、正式に魔法士になったことでなにかあるとか?」

「!」


 リズの反応は分かりやすいものだった。先ほどまでの不機嫌さは電離層の彼方、伯爵令嬢は身を乗り出すように、赤くなった顔を一騎に近付ける。


「そ、そのこと、なんだけどね? おおお前に話があるのよ」

『『『話?』』』


 なんだそりゃ、と疑問符が大挙して一騎の脳裏に押し寄せてきて、エストとクレアは警戒を表情に出す。リズの顔は真っ赤になっていて、耳まで熱を帯びている。制服のスカートの裾を握り締め、彼女は言葉をつないだ。


「ああああたしたちは、せ、正式に魔法士になるわけだけど……その、魔法士は一人だけでは動かないわ。えっと、皆がチームを組むことになっているの」

「あ、ああ……そうだな」


 これくらいは学業不良の一騎でも知っている。最低でも四人一組が原則。任務中の緊急事態でも二人一組で動くことが求められる。基本的なルールの話を、どうして今になってしてくるのだろうか。他人の心の機微を把握する能力に著しく欠ける一騎には到底、想像がつかない。


 リズは極度の緊張のあまり、声がどんどん小さくなってきており、一騎も聞き取るのに苦労を覚えるほどだ。


「そ、そそその魔法士って貴族が多いから人事は結構、要求がきくのよ。だ、だから、えっと、イイィイッキが、イッキさえよければ、あたしと」

「待ちなさい、人間!」

『なにを言い出す気!?』


 リズが最後まで口にする前に、エストとクレアが勢いよく遮った。


「イッキには戻ってやらなきゃならないことがたくさんあるの。魔法士をやってる暇なんてないの」

『魔法士の資格を持っているからといって、魔法士活動を行わなければならないという理由はあるまい?』

「交易のことは父からも聞いております。大精霊様と契約する魔法士の立場に加え、称号持ちという点を考えれば、帝国に残ったほうが利は大きいように思えますが。それに、イッキも魔法士の教育を受けたのだから、魔法士としてやってみたいことはないの?」

「魔法士として、か」


 あるはずがない。一騎には魔法士になる動機や目標はない。今回の帝国行きは、集落の経済的発展が目的だ。今、一騎自身が思い返してみても意味のよくわからない経緯で通学するようになり、魔法士試験に参加することになった。


「状況に流されてのことだし」


 動機も目標もない一騎には、魔法士として活動する意欲がない。集落の長としての立場もあるし、まかり間違って魔物であることがばれると討伐されるリスクがあるからだ。


「いや、待てよ。そうだな、たった今、やりたいことを思いついたよ」


 だが魔法士という立場を手に入れた今、どうしてもやりたいことができた。正確には、どうしてもやり遂げたいことができた、のだ。


「『イッキ?』」

「それは?」

「それは」


 リズの質問に一騎は大きく頷き、拳を握り込んで答えた。


「この世に存在するすべてのアンデッドを駆逐することだ! あんな自然の摂理に背くような存在、一体たりとて残しておいてはならない! 最後の最後まで、徹底的に根絶するべきだ!」


 疲れているはずの肉体を奮い立たせ、一騎は短い足で床を踏みしめる。


「え? ええ、そうね、アンデッドは滅ぼすべきよね」

「「うわー」」


 理由のわからないリズは困惑しながらも賛同し、なにを言っているのかを正確に見抜いたエストとクレアは少し呆れていた。距離的にこれだけ離れていながら、どうしてこうも鍔迫り合うことができるのか。


 魔石の取引を含む交易については、称号のおかげで随分と有利に交渉を運ぶことができたのだが、このことは別に一騎の心を慰めなかった。寧ろ「鳳雛」「鳳雛」と連呼されることで、心の傷にマスタードあたりを擦り込まれているように感じたものだ。


「待っていろよ、宗兵衛! 戻り次第、速攻で決着をつけてやるからな!」


 ソウベエというのは大司教の名前なのでは、とリズは疑問に思い、大司教様とアンデッド撲滅の競争でもするつもりなのか、と好意的に解釈した。


『相変わらず仲がいいのか悪いのか』

「ソウベエが言うには、不倶戴天の親友、だそうだが」


 不倶戴天……共に天を戴かない、同じ天の下には生かしておかないというほど恨みや憎しみの深いこと。

 親友……互いに心を許し合っている友。特に親しい友。

 不倶戴天の親友……なんでこれが両立するんだか。


 少なくとも一騎には、魔法士になる確かな動機ができたようだった。

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