第五章:四十七話 常盤平天馬の見る夢
天馬とクルト枢機卿の合計四本の視線が、アンデッドにでもならない限り二度と動き出すことのない新庄公仁を貫く。
「キミヒト殿は優秀な勇者でした。実力と才能に溢れていました。実績も、さすがテンマ殿の仲間だ、と我々も感心するほどでしたのに……惜しい人物を失ってしまいました」
「いや、公仁のしたことは広い意味での裏切りです。人類と世界全体への、ね。裏切りを見逃すわけにはいきません。残念ですがここでおれの力となって死ぬことが、公仁の運命だったのでしょう」
二人して、いけしゃあしゃあと言い放つ。新庄の死はある計画のために、最初から最後まで仕組まれたものだった。
前提条件は二つ。一つはある一定以上の力を持っていること。もう一つが教会から見て排除に値すること。
教会が勇者に求めるのは実力や才能以上に、無私であることだ。厳密には教会に忠実であり、なにも考えずに教会に尽くすことである。妬心から仲間を売るような勇者は、教会としてはいなくなっても痛手にはならない。
ただ単にいなくなったなら戦力低下もあるだろう。
だが今回は違う。役立たずと判断した相手を排除すると同時に、戦力強化を図ることも可能だ。生命の温かみを失っていく新庄の腰には、柄も刀身も真っ黒な二振りの短剣がある。
新庄の、近接から中距離戦に強い宝装だ。ゲーム的に表現するなら、単独での暗殺任務に適した性能を持ち、気配隠蔽や姿を隠す効果まで持っている。
「ではテンマ殿、言った通りの手順で」
「わかった」
天馬は己の宝装と短剣を接触させた。薄ぼんやりとした輝きが生まれ、短剣が銃に吸い込まれていく。ややあって出現したものは、真っ黒な銃剣のアタッチメントを装着したような銃だ。天馬の宝装が新庄の宝装を吸収したことは明らかだった。
「一人の勇者の犠牲は悲しく痛ましいことですが、より強い勇者がこうして誕生しました。教皇聖下もお喜びになることでしょう」
いずれは貴方が『五剣』を超えることすらありうるでしょう、と穏やかな笑みを浮かべるクルト枢機卿。
そこまで夢を見たところで天馬は目を覚ます。
中途半端な仮眠だったせいか、軽く頭痛がするのを頭を振って紛らわす。伸びをして体のコリをほぐし、立ち上がる。
テーブルの上に置かれたままになっているグラスを取り、ワインを注ぐ。銘柄や何年ものかなどはわからないが、帝国が各国から輸入しているワインでも最高級のものであるらしい。ワイン評論家でもない天馬にも、それとわかるほど、雄弁なワインだった。
天馬の目的は観光でもなく、魔法士候補の生徒を見極めることでもない。異世界観光には興味はあるが、さしあたっては王国内の都市を回るだけでも十分だし、実力的に勇者より劣る魔法士には興味がない。帝国上層部とのコネクションを作ることも、勇者としての立場で得られた教会とのコネクションに比べればまだ劣る。
だから天馬は帝国そのものには興味を持っていない。生き別れになったとせいせいしていた双子の兄がいたことには驚いた――ついでに思う存分、笑わせてくれた――にしても、帝国に来た目的を忘れるほどのものではない。
今回の目的は、帝国に出現したという二体の人型精霊だ。ファイアエレメンタルとエアエレメンタル。本来は精霊というよりも魔物としての側面が強く、形状も人型までには届かず、どこか人の形に似た程度でしかないこの精霊が、通常では考えられないレベルの力を持っているのだという。
天馬は最初に報告を受けたとき、直感的に「魔族側に召喚された同級生」だと判断した。教会の耳を担う機関が情報を集めた結果でも、同じ結論だ。人類側としては魔物や魔族は世界から根絶したい。それが魔族側の勇者ともなれば、確実に殺しておきたいところだ。
天馬にしても魔物を殺すことに躊躇いはない。だが。ここで「だが」とストップがかけられたのだ。かけたのはクルト枢機卿。
壮年と呼ばれる年齢にあるクルト枢機卿との間に、天馬はかなり強い信頼関係を築いていた。勇者としての天馬に、実績と地位と金と女を用意したのがクルトだ。天馬の勇者としての抜きんでた実績の、およそ八割はクルトが斡旋している。実績と名声を同時に、且つ短時間に得られるよう、厳選したものをだ。
楽と言えるような仕事はほとんどなかったが、天馬はチーム仲間と共に次々と仕事をクリアしていく。気付けば、天馬の名声は王国内でも教会内でも飛躍的に高まっていた。そして、天馬の名声を上げることに協力したクルト枢機卿の、教会内での影響力もまた高まったのだ。
一蓮托生ともいうべきクルト枢機卿が留まるよう言うのであれば、天馬としても一旦は考える。
――――人型の精霊、それはつまり、大精霊ということだ。違うかね?
クルト枢機卿の指摘は驚きと共に、教会内部の欲望を大いに刺激するものであった。たとえそれが魔族側の勇者であろうと、定義上は大精霊に分類されるのではないだろうか。ならば魔族から引き離し、教会で保護することも考える必要がある。
そんな意見が教会内部で出てきた――正しくはクルト枢機卿が誘導した――と言うのだ。
同級生とはいえ、魔物を保護する必要があるのか。天馬はそう考え、クルト枢機卿にぶつけた。教義や正義のため、もちろん自己の利益を最大化するために、かつての同級生たちを殺す覚悟はとうに固めている。実際に、日本にいたときからの友人であった新庄公仁も手にかけたのだ。
今更、同級生という理由だけで魔物を助ける理由にはならない。
クルト枢機卿は少し考え、答えを示した。精霊契約。もし本当に大精霊なら、精霊契約を通じて教会の支配下に置くというものだ。
天馬の手元には隷属の首輪が二つ、用意されている。かつての勇者が持っていた宝装の一つであり、その効果は極めて強力だという。どうしてこんなものが勇者の宝装となったのか、今となっては知る由もないし、知ったところでどうしようもないことだ。
確かなことは一つ。互いの信頼関係の下で精霊契約を結ぶのなら重畳、それが困難なら、力尽くで隷属させてしまえと言うのだ。
過去の歴史において、勇者が精霊契約を果たした例はない。宝装が強力であったため、精霊の力を必要としなかったからだ。歴代勇者の中でも上位の実力者である天馬が精霊契約を結んだなら、天馬は間違いなく史上最強の勇者になる。
このことは天馬の利益にはなるため、天馬にしてみると断る理由はない。だがクルトの側はどうだろうか。もちろんクルトにも利益がある。精霊契約を果たした勇者を作り出した最初の存在として、クルトの名は教会内で比類なきものとなるだろう。
そうなるように仕向ける。圧倒的な成功を背景にすれば、クルトの権勢は枢機卿の枠をすら飛び越え、権勢の最終目的、つまりは教皇ルージュとの結婚にまでこぎつける。
これこそがクルトの悲願であり、天馬と手を組んだ理由でもあった。
精霊契約を目的に入国した天馬だが、今日まで大精霊と思しき二人に会うことはできていない。
「帝国にしても、魔物を匿っていることを大っぴらにはできないってことだな」
元人間とはいえ魔物は魔物。堂々と公表すれば、教会と正面から衝突しかねない。地道に探すしかないか。
天馬は溜息と共に結論と、宝装を取り出す。新庄の宝装は気配遮断や隠蔽の能力がある。隠密活動には最適だ。地味な仕事だが、こっちの世界に来て以来、初めての隠密活動に少し興奮していた。
「ゴブリンなんぞに落ちぶれたあの愚図も始末しておきたかったが、まあいい。今のところは大精霊が優先だ」
天馬は凶暴な笑みを浮かべ、
「そういえば、まだ魔物の女を抱いたことはなかったな」
新庄の宝装の特性を得て形状を変えた銃身を撫でた。魔物化した同級生と寝たことはまだ一度もない。貴重な、素晴らしい体験になればいいな。天馬はそれとなくベッドに視線を送り、いずれ来るだろう夜に思いを馳せた。




