第五章:四十六話 常盤平天馬の歩む道
執筆中の中に残ったままになっていました。
控えめに言っても、常盤平天馬はモテる。日本にいたときからもそうだったし、手癖が悪い面もあった。本来なら女子の間で評判が悪くなりそうなものだが、外面と要領が良いことと味方が多いことから、高評価を維持し続けている。
異世界に来てからは勇者としての才能と実績もあって、天馬に群がる女は後を絶たなかった。王国のレティシア王女とも既に関係を持っているが、他にも貴族令嬢や女給、一緒に召喚された女生徒とも同じことをしている。
一夫多妻が認められていることと、多妻を認めさせるだけの実績、全員に十分なぜいたくをさせるだけの財力まで得ていた。そう遠くない将来において天馬はレティシア王女と婚約し、権力面でも大きな力を得ることはほぼ既定路線と考えられている。
ここ帝国においても、天馬が女性から人気を得ていることに変わりはなく、入国以来、用意された部屋から嬌声が絶えた夜はないとの評判だった。
この日がいつもと違うのは、天馬のベッドのシーツが派手に乱れているにもかかわらず、女の気配が一欠片もしなかったことだ。天馬の世話をするために用意された使用人が、室内から響いてきた爆笑に体を震わせるくらいの声だった。
「はー、はー、はー……さ、さすがは小暮坂。腹筋が崩壊するかと思った。ぶふっ!」
思った、ではなく、天馬の腹筋ははっきりと崩壊していた。異世界転生後、ここまで爆笑の渦に叩き込まれたのは初めてのことだ。息も絶え絶えな今もまだ、天馬の体は少しばかり痙攣をしている。
天馬は父親の影響もあって、水滸伝や三国志は小説も漫画も読んでいる。イフ戦記として有名な反三国志もだ。当然、鳳雛が表すものが何であるかもよく知っていた。
天馬と小暮坂宗兵衛との接点は非常に少ないが、耳に入ってくる噂程度のものでも「なかなか面白そうな奴だ」と感じたことを覚えている。この評価は間違っていたことを天馬は悟った。面白そうではなく、かなり面白い奴だ。
「勇者の立場を利用して、適当な谷を落鳳坡とでも名付けてやろうか?」
そのネタは既に宗兵衛が使っていることを天馬は知らない。
「しかし、事情がよくわからないな。小暮坂は魔物の筈なんだが、それがどうして大司教なんて妙な扱いを受けているんだ? クルト枢機卿に聞いても見当がつかないと言っているし」
天馬もクルト枢機卿もすべてを知ることのできる立場ではないが、まさかアンデッドが教皇聖下や『剣鬼』と知り合いだとは、気付けるはずもない。
思い出し笑いをどうにかこらえながら天馬は大きく息を吐き出し、大きな椅子に身を投げた。椅子はコンディート市を見下ろせる大きな窓の傍に置かれているが、天馬は景色を見ることもなく足を投げ出す。ワインを二杯、立て続けに胃に流し込む。
異世界に来てから初めて、天馬は自分が酒に強いことに気付いた。多くの貴族と飲み比べをしても、飲み潰されたことがない。
しかしこの日は違った。魔法士試験の賑わいの雰囲気、久しぶりにした大爆笑で緊張はすっかり緩み、酒精の力もあって、天馬は短時間の内に意識の半分以上を夢の世界に浸らせていた。
それは過去の記憶。といっても日本にいるときのものではなく、異世界に来てから多少の日々を経過した頃の、比較的近しい日の記憶。帝国に来る前の数週間前に過ぎない記憶だ。
いつもならまだ残っている陽光が室内を薄ぼんやりと照らす時間、降り出した雨と、元からの壁の色によって灰色へと染め上げられた室内で、常盤平天馬は仲間である新庄公仁を見下ろしていた。
天馬の隣にはクルト枢機卿も立ち、同じく新庄公仁を見下ろしている。二人の視線は降り続ける雨以上に凍てついていて、反対に石床から睨みつけてくる新庄の眼光は煮えたぎっていた。
「天馬、ぁ、てめ……ぇ、」
「お前が悪いんだぞ、公仁。おれはお前を信じていたのに、お前がおれを裏切るなんて」
「違……クルトぉ、が」
「枢機卿猊下のせいにするとは、見苦しいぞ。お前がおれに嫉妬していたことは知っていたんだ」
「!?」
新庄公仁が漏らす不平不満は天馬の耳にも届いていた。曰く、
――――おれも同じ勇者だ。得意分野が違うだけで、力で劣ってるわけじゃない。
――――同じチームなのにどうして天馬だけがチヤホヤされるんだ。
――――あいつにできることは俺にもできる。
「嫉妬自体は構わないとおれは思う。嫉妬をバネにして己を成長させるのなら、な。けど公仁、お前は自分を高めるんじゃなく、おれを引きずり下ろすことを考えた。密告をすることをな」
「ち」
違う、と新庄は否定したかった。確かに行った行動は密告だ。だが密告はそこのクルト枢機卿に勧められてのことだった。特定の個人が人気を集めすぎるのは、組織としてもよくない。そう言って接触してきたのである。
クルト枢機卿は天馬を追い落とすためのスパイとして働かないかと持ち掛け、新庄も引き受けた。チクりなんてみっともない行動には気が引けた新庄だったが、自分も劣っていないという思いと、不公平は是正されるべき、皆が正しく評価されるべきとの説得に折れたのだ。
他の仲間には内緒で天馬のことを探っては、クルト枢機卿に報告するようになり、そんな中、天馬が王国の有力貴族から金品を受け取ったことがわかり、新庄は驚き、次いで喜んだ。
これで天馬を追い落とすことができる。そこまでいかなくとも、少なくとも現在の勢いは削ぐことができる、と揚々として報告に来たのだ。
「よく、調べてくれましたね」
静かに笑みを湛えながら語る枢機卿に得体の知れない不安を感じていると、
「!?」
横からの不意打ちで腹を撃ち抜かれたのだ。物陰から出てきたのは宝装の銃を手にした天馬だった。石床を蹴る固く冷たい足音。
「まさかお前に裏切られるとは思わなかったよ。信じていたのに。これまでずっと一緒にやってきた。チームの一員として迎え入れ、この世界での名誉や冨も分かち合ってきた大事な仲間に裏切られるとは、本当にショックだ」
「な、んで?」
「クルト枢機卿が教えてくださったのだ。新庄公仁がおれを陥れようとしている、と」
新庄は信じられないものを見る目でクルト枢機卿を見る。クルト枢機卿は薄い笑みを浮かべたまま、いかにも沈痛そうな表情で天馬の右肩に手を置いた。
「人の感情は御し難い。特に嫉妬のような感情は」
「ま、待て、よ……そこの天、馬はっ、賄賂を受け取……て」
「必要悪というやつだ。こっちで寄る辺のないおれたちが確固とした地位を築くには、勇者や教会以外にも有力者との関係を作っておく必要があった。そうすることで政治的な発言力を身につけ、政治力を身につけることで自分たち自身を守ることに繋がる」
官僚を親に持つ天馬は政治との接触を気にしていない。高校生の身でありながら汚泥の中に生息する生き物を知っている。思春期らしい潔癖さを持つ新庄には耐えられないし理解できないことでも、天馬にとってはそうではなかった。
物事を上手く、円滑に進めるために必要なことだと判断し、受け入れている。
天馬は倒れたままの新庄の近くに片膝をつく形で身を屈め、こめかみに銃口を突き付けた。
「裏切りは許せない」
「ひ」
「けど安心しろ。お前はおれの中で生き続けるんだ」
天馬の宝装は鉛玉を必要としない。天馬の魔力が銃弾となる。天馬の魔力が続く限り、弾丸は尽きることがなく、装弾する必要もないのだ。撃ちだされた魔力弾の威力は、かなり小さくコントロールされていた。新庄の頭蓋骨を突き破り、脳組織を貫き、反対側の頭蓋骨に当たって跳ね返り、脳の中心あたりで弾丸はようやく止まる。
――――お前はおれの中で生きる。
新庄は天馬の言葉の意味を遂に知ることなく息絶えた。




