第五章:四十五話 あるいは友情の形 ~報復~
「昨日は結局、会えなかったから。カイン様と戦ったことは聞いたわ。無事でよかった」
「ぉ、おう」
リズの顔からは本当に一騎の無事を喜んでいることがわかる。学院に来たばかりの頃からはとても考えられない。
「そっちも無事だったのね。かなり厳しい戦いだったようだけど」
「大精霊様……いえ、我々の戦いなど、敵首魁と戦った大精霊様方に比べれば大したものでは」
綺麗に一騎の名前はスルーされていたりする。
『ふん、そうだな、大したことはない。置いてけぼりにされた我の心の傷に比べれば』
クレアはまだ怒っていた。試験には介入しないと言っていたエストがあれだけ堂々と会場に乗り込み、あまつさえ一騎と融合までした。
敵と戦ったとか勝利したとかはどうでもいい。クレアにとって、またエストにとって大事なのはそこではないのだ。
「ふふん」とエストは得意気で、『むきー』とクレアは柳眉を逆立てている。二人の近くから一騎を見るリズの眉はなぜか平坦になっていた。
感情の揺れ動きなど理解できないながらも、どこか落ち着かなくなった一騎は話題を転じた。
「ところでさ、この集まりってなんなわけ? あのおっさんに労われて終いか?」
そんなものに参加するくらいなら、筋肉痛の全身に優しくしたい。ベッドの上に寝転がって一日中だってダラダラしたいものだ。
「イッキ君、壇上へ」
「へ?」
と思っていたら、突然の名指しだ。一騎の目は点になる。教職員が一騎の手を取、ろうとしてエストの一睨みで低姿勢での道案内に切り替えた。魔猟部隊といい教職員といい、エストに対する態度はほぼ一貫している。
戸惑いながらも壇上に上がった一騎に、拍手など起きるはずもない。一騎同様に、生徒たちも困惑しているからだ。エストとクレアは満足そうに頷いている。教職員も一部を除いて似たようなものだ。
副学長がふくよかな腹と弛んだ胸を逸らして声を張り上げた。
「トキワダイラ・イッキ君、君は生徒の身でありながら、邪悪なるゼーリッシュ教徒と戦い、これを見事に打ち倒した。君の素晴らしい実績を学院や帝国は高く評価している」
副学長の言葉により大きな戸惑いとざわめきが広がる。
「それだけではない! 君は史上に例を見ない快挙まで成し遂げた。大精霊様との精霊融合だ!」
続く言葉に広がったのは、すべてが驚きだった。
精霊と契約することそのものが魔法士にとっての憧れであるのに、まさか大精霊との精霊融合を成すものが同じ時代に現れようとは。それも由緒正しい貴族からではなく、貴族社会からは蔑視の対象でもある亜人が。
「ゼーリッシュ教徒討伐、そしてこの大精霊様との精霊融合。まさに歴史に残る快挙! この度の君の歴史的英雄的行為には我が国のみならず、真正聖教会も高く評価し、教皇聖下から君に対する称号を下賜された」
一騎が壇上に呼ばれてから、講堂中の空気は大きく揺らぎっ放しだ。教会と帝国の仲は、犬猿というほどではないが良好でもない。戦争には発展せずとも、関係がかなり冷却されたこともある。現在も、やや改善された、程度の状況だ。
にもかかわらず、教会が帝国の、ましてや亜人に対し称号を与えようとは。ざわついたところで不思議はない。
副学長の笑顔は実に得意気だ。この話を帝国上層部に提案、実現したのは副学長である。帝国経済は好調のように見えるが、実際には低成長に喘いでいた。
最大の理由が世界最大の信者数を誇る教会との関係だ。皇帝と帝室の権威を絶対とする帝国は、教会が帝国内で影響力を拡大することを警戒している。教会の活動を制限したり、教会関係者を逮捕したりしたことも少なくない。
帝国は教会に対して強硬な態度を貫き通せると考え、だがそうはならなかった。
教会を国教に制定している国家は数多く、国家を持たない民族や種族にも教会信者は多くいる。帝国は教会という世界最大の勢力を敵に回したことで、世界という巨大市場を失ってしまったのだ。帝国経済は大きく沈みこみ、今も尚、浮上の途中でしかない。
帝国は多人種国家で、人口規模も大きい。不景気や低成長で国民を賄えなくなることは、容易に社会不安を引き起こす。
一騎をイベントに利用する――教会の称号を、帝国の象徴である魔法士が受ける――ことで関係改善の一助にしようというのだ。
「……」
一騎は壇上で器用に硬直していた。副学長や帝国に思惑があるとしても、一騎にはそんなものを感じ取ることはできない。
集落のトップとはいっても、目の前に起きる問題を集落の範囲内で片付けることが基本だ。集落外の人間や組織と利害関係を調節するような対人折衝はほとんどしたことがないため、教会や帝国の思惑を読み取るような芸当はできない。
政治的な取引とは縁のない世界で生きているのだから仕方ないことであり、感じたとのは恐怖や戸惑い、考えたのは今すぐ逃げたいということだ。
教皇からの称号といっても、一騎の知るルージュがそんなものをご丁寧に送ってくるとは思えない。雑事の一言で片付けて、意識の片隅にでも残すかどうか疑わしい。『剣鬼』アーニャも称号なんて事務的なことはしないと思われる。骨刀に関連して一騎を斬ることに関心を向けるかもしれないが。
となると、一騎の知る教会関係者はろくでもない奴ばかりになる。勇者の天馬と藤山まゆだ。いずれも一騎に贈り物をしてくるなんて思えない。
固まったままで脳を回転させ続ける一騎を放って、副学長のご機嫌は尚も麗しくなっていく。
「今回の称号は東方世界の逸話も含んだ素晴らしいものになっている。称号はイッキ君だけのものだが、これはこの場の全員に言えることだ」
東方、の単語に一騎は首を傾げる。ヨーロッパに似た西方世界と、日本などのアジアに似た東方世界があるのはファンタジーの定番だ。どうやらこの世界にもあるらしく、いつか行ってみたいな、と一騎は思った。
しかし東方の逸話とはどういうものなのか。亜人に称号を授けるというあまりないだろうことが関係しているのか。
「気高い幻想種であるフェニックス。永遠の命の象徴でもある、かの幻想種は東方において鳳凰と呼ばれているという」
「!?!?!?」
瞬間、一騎は精神的な落雷を百本まとめて打たれた。
「イッキはどうしたの? なんか物凄い勢いで顔色が悪くなってるけど?」
『ふふん、どうやら称号が嬉しいのだろう。我が下僕は子供だな』
エストが心配そうに形の良い眉をしかめて一騎を見やり、クレアはなぜか得意気に腰を手をやり背を逸らした。
距離的な問題に加えて、周囲のざわめきという要因も重なって、一騎には二人の声は届かなかった。一騎の頭に響くのは、自身が発する心の声だけだ。
もう一人いるじゃないか。一騎と関係のある教会関係者が。厳密には教会関係者ではない、あいつ。教皇ルージュの聖騎士候補とか大司教扱いとかされる、あんちくしょう。必ず礼をするとか言っていたが、まさかこんな方法でするつもりなのか。
「ちょ、イッキ、本当に大丈夫なの」
もちろんリズの心配する声も届かない。副学長は大きく手を広げた。一騎にとっては公開処刑を宣告する裁判官のように見えた。
「鳳凰とは成鳥のこと。ならば、未だ成鳥の途上にある君たちは雛だ。竜種にも匹敵するとされるフェニックスになぞらえ、いずれ英雄にもなり得る、大きな可能性を秘めた雛。すなわち」
おいこら待て待て待てやめろ絶対に言うなその先は口にしちゃいけない広めてはいけないものもこの世界にはあるんだお願いやめてそんな称号は誰も幸せにできないから不幸にむせび泣く哀れな雑魚魔物を増やすだけだから慈悲の心があるのならおのれ宗兵衛ぇぇっぇえぇっぇぇええ!!
「鳳雛と!」
「――――――――――――――――っっっっっっ!!??」
その日、帝国の空の下に、一騎の叫び声が木霊したとか、しなかったとか。




