第五章:四十四話 あるいは友情の形 ~薄い~
一騎の体が淡く輝いたかと思うと、片膝をついた一騎の傍らにエストが立っている。肩で息をしている一騎を優しく撫でる様は、見目の良さもあって大精霊というよりも慈愛に満ちた聖女といった風、
「やったわ、イッキ! 最っ高よ!」
だったのは本当にわずかな間だけだった。エストは一騎に抱き着いて、勢いと、一騎の非力さも相まって地面に飛び込んだ。
「~~~~!?」
一騎を襲ったのは激痛だった。小学生のときに酷い筋肉痛に襲われことがあったが、それ以上の痛みが全身を縦横無尽に駆け巡る。初めての精霊融合のせいであることは間違いない。
「初めてだったのに、ホントに凄かった! 一つになるってこんな感じなんだ!」
しかし興奮しているエストは悶える一騎に気付く様子はない。
「待つんだエスト! 俺の痛みも酷いことになってるが、エストの発言も色々ときわどいラインを踏み越えてきているような気がする! 少し落ち着くんぐほぁっ! せせせせ背骨がぁっぁ!?」
「ちょ、イッキ、どうしたの!?」
「違!? 全身が、全身が!?」
騒ぐ二人の背中に、カシャカシャカシャと乾いた音が響く。一騎たちが振り向いた先では再召喚したのか復元したのか、スケルトンが呑気に拍手をしていた。
『とんでもない威力ですね。リディル、わかりますか?』
「俺の前で堂々と解析かこの野郎」
――――精霊融合。魔物が精霊融合を果たした例は、史上でも初めてです。もちろん亜人の枠でも同様です。
史上初というのは、何気に気分がいい。ただ一騎の筋肉痛は顔面にまで及んでいるようで、浮かべた笑いはかなり引きつっていた。
スケルトンの首が二七〇度回転し、数百メートル先に向けられる。精霊融合の衝撃でどれだけ吹き飛ばされたのか、真っ黒なタールの塊の中から腕、らしきものが突き出されていた。カインの、精霊融合の熱波で焼け焦げた腕だ。よく形が残ったものである。
「生きて、いるのか?」
一騎の目がスケルトンの首の向きを追う。
『残念ですが』
「……そう、か」
『生きているようですね』
「残念をつける必要はねえだろこらぁっ!?」
『倒すとか言っていた相手と納得のいく決着をつけることができなかったのは残念だろうな、という意味ですよ。状況が状況ですし、不甲斐ないですね、と罵倒するのは止めておきましょう』
「思いっきり罵倒しているよな! だったらお前がこっちに来るか!? 不死の魔法使いなんだからゴブリンの俺よか活躍できるだろ!?」
『ふ、生憎と今の僕は、自分では指一本動かすことができないのですよ』
「お前の身になにが起きてんだよ!?」
――――……ソウベエは今、私の腕の中にいます。
「え?」
それは、指一本動かすことができないのではなく、最初から動かす指がない状態、ということだ。頭部だけになってアーニャに抱かれている。一騎は正確に宗兵衛の状態を把握した。
――――昨日はあたしの腕の中だったけど?
聞こえてきたのはルージュの声だ。しかし内容がよくわからない。
「待つんだ宗兵衛、昨日、とはどういうことなのかね?」
『言葉の通りですよ。最近の僕は頭蓋骨だけの状態でいることがデフォになっておりましてですね、ルージュさんかアーニャさんに連れて歩かれるようになっているのです』
「ホントお前の身になにが起きてんの!?」
『あ、ラビニアさんはちゃんと僕の頭の上にいますからね』
「聞いてねえ! 首だけになってる理由が知りたいんだよ!? どんな酷いことで怒らせたんだ!?」
『失敬な。常に真剣誠実に人と向き合う僕が人を怒らせるわけがないでしょう』
つまりこいつは真剣誠実に俺にかかわっていると? 嘘つけ、と怒鳴りたいところだったが、自分の感情よりも疑問を解決することを優先する。
「で、なにをした?」
『僕が聞きたいことですよ、それは。君たちがいなくってしばらくしてから、全身を作る度に首だけになるのです。いい加減、全身を作るのが面倒になってきていますよ』
「ラビニアとかリディルは止めないの!?」
――――必要且つ有用なことであると判断します
――――こっちのほうがハーピーやマンドラゴラとの距離を適切にできますからねー。料理のときは体があるから平気ですよー?
物凄く酷薄無情な言葉が聞こえてきた。マンドラゴラは魔石を作る際になにやら際どいセリフを言っていたし、ハーピーは宗兵衛から骨製のアイテムをいくつも貰っている。
一騎は何となく事情を察した。自分自身に関する問題でないと、ときに鋭い勘を働かせるのである。ついでに一騎の感性的には、宝飾品のついたローブを身に纏うアンデッドより、幼女に頭蓋骨だけを抱かせているアンデッドのほうが大物っぽく思えた。
「これを機に自分のこれまでの行動を振り返るんだな。例えば、常日頃から周囲の人間を不必要に傷つけていないか、とか、職制上の上司を不当に陥れたりしていないか、とかな。だが今はこれだけ言わせてくれ。いい気味だ」
『素晴らしい激励の言葉に感動しました。必ずお礼はさせてもらいますから、期待に胸を高鳴らせて待っていてください』
異世界転生から常に支え合って生きてきた二人の、実に麗しい友情である。
「人生に苦労は付き物さ。だろ?」
『君から悟ったセリフを聞かせられると腹が立ちますね。せっかく君の努力を労おうかと思いましたのに』
まこと聞き捨てならないセリフである。まさか宗兵衛が一騎を労おうだなんて。
「どういう風の吹きっ晒しだ?」
『言い間違いはわざとですか? いえ、筆頭貴族の跡取りを倒し、史上初の亜人と大精霊の精霊融合を果たしたとなれば、君の評価もうなぎ上り。当然、売り込みをかけている魔石の評価も上がるでしょうから』
信じられないレベルで忙しくなることは確定的。宗兵衛の指摘に、一騎の顔は真っ青になり顎は外れた。
コンディート市を襲ったテロ事件の余波は大きかった。テロの範囲そのものは、市内すべてを襲うような大規模なものではない。しかし国家の一大イベントを明確にしたテロとして、また年端もいかない少年少女を狙った卑劣な犯罪として、国中に衝撃を与えていた。
膨れ上がった怒りと憎悪は、過激なゼーリッシュ教徒狩りへと人々を向かわせているらしい。ゼーリッシュ教徒でもないのに、近隣や、あるいは仲の悪い隣人や商売敵に密告、もしくはでっち上げられて、攻撃の対象にされてしまった例が頻発していた。
当然のこと、帝国内で広がる大半の事例は一騎には関係がない。公爵家令息カインとの戦いに関連して、しつこく呼び出しを受けたくらいだ。
カインは命こそ助かったものの、二度と再起できないという。ショーマの力の副作用か、身体精神両面共にダメージは深刻で、一日の大半は意識を失っているか混濁しているかの状態。魔法士としてはもちろん、社会復帰すらも不可能とされていた。
一騎とカインの確執は有名で、一騎が意図的にカインを潰したのではないか、と疑われたのだ。亜人――扱い――の一騎への疑いは本来なら長期間且つ執拗に行われるはずだったが、大精霊と教会を慮ったか、速やかに解放されるに至った。
試験後の状況としては、ベルカンプ+ショーマを倒した後、一騎たちは救出される。軍なのか魔法士なのか魔猟部隊なのか、一騎にはピンと来ず、ピンと来なくとも問題なく助けられた。
いや、エストが一騎の傍から離れなかったので、救出部隊がしたことは平身低頭しながら案内しただけある。
学院内に戻った際、クレアとリズが喜んで迎えてくれたことが一騎には嬉しかった。その後、勝手に試験場に突撃していったエストにクレアが文句を言い、二人が言い合いをしている間にリズが一騎を気遣い、これに気付いた二人が今度はリズとも言い合いになっていた。
まあ、余談である。
翌日。国中が大騒ぎになっている中、魔法士学院の生徒たちは大講堂に集められていた。
大講堂は普段は閉じられていて、年に数回の大規模行事にしか用いられない。一騎が大講堂に足を踏み入れるのは初めてだ。亜人や大精霊が学院に来るということは一大ニュースであるはずだが、混乱が生じることを恐れて大講堂は使用されなかった経緯がある。
帝国に来て以来、大きな建物、金のかかった建物には慣れたはずの一騎も、思わず感嘆の息を吐くくらいには大講堂は華美な建物であった。
一騎はかなり間抜けな感じにポカーンと口を開けている。転生以降は基本的にボロ家にばかり縁があり、帝国に来てからも観光よりも売り込みと学業が中心だったので、現代日本で見てきた巨大建造物のことなどとっくに印象から薄れていた。
一騎の右肩の上でクレアも同じように口を開けているのは、わざとだ。転生前から年齢の幼かった彼女は、面白がって一騎を真似している。さすがにエストはそんなことはしない。
「口を閉じて、イッキ。みっともないから」
「うん?」
そんな一騎の放心に盛大な水をかけたのはリズだった。
リズは呆れたような、喜んでいるような、複雑な顔をして近付いてくる。ハイタッチを交わそうとしたのは、彼女なりの成長の証なのかもしれない。行き場を失った一騎の手は寂しそうだったが。




