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第五章:四十三話 精霊融合

 危機に相対したとき、一騎の採れる手段は限られている。元から引き出しの数が少ないことが理由の一つとして、骨刀の『進化』は――間に合わない。どころか、そもそも扱いにくい能力なので一騎の選択肢の中では下位に置かれている。


 一騎は半ばやけくそ気味に右拳をフック気味に振り回す。


 拳は黒炎の一部を弾くことに成功、一騎はそのまま腕を体に巻き付けるようにして防御へ移行する。爆発は一騎の魔力にほんの僅か押し留められ、更に爆ぜた。


 黒い爆発と生じた黒炎は一騎の防御など構うものかとばかりに、瞬く間に飲み込む。炎は蛇体のように大きくうねり、だが締め上げる前に、無数の斬撃によって炎は刻み飛ばされた。千切れた炎は小さいながらも一騎の周囲で次々に爆発する。


「!? けぇっ! おれの炎までぶった斬れるのかよ! 伊達に今まで生き延びてねえな!」


 一騎の技倆によるものではなく、骨刀の性能によるところが大きい。当の一騎は衝撃で派手に吹き飛び、地面とキスをしていた。


 ベルカンプの額に浮き出た静脈は怒りのあまり破裂し、流れ出た血液で赤く染まった視界を一騎に向ける。


「まだ生きてやがるのかクソ亜人がっ。ショーマ!」

「ゲギャギャ! 思い切りのいい野郎だ。そいうところはいいぜ!」


 今度はなにをする気だ。一騎は勢い良く立ち上がる。


「おお、偉大なるゼーリッシュ神よ! 貴方様の忠実な使徒たる身が、今より地上に正義をなします。どうぞご照覧あれ!」


 ベルカンプの口が大きく開かれ、上空のショーマは口目掛けて勢いよく降下、口からベルカンプの体内に入る。


「ガペペ、ぐぽ、ぎャ、ヒべっッコっはォ!?」


 狂信者の体が風船のように膨れ上がり、全身が激しく蠕動する。眼窩から、鼻から、耳から、全身の汗腺から、タールのような液体が溢れ出る。


 一騎の目には少しずつ、実際には一瞬でベルカンプは変貌していく。侵食されるように黒いシミが体中に広がっていき、シミは体から溢れて巨大な繭のようになり、そして、岩塊の巨躯を誇る黒い巨人が爆ぜ現れた。


「な、んだ、それは?」

「ゲギャギャ、お前は見たことねえのか、雑魚野郎! こいつは」「精霊融合! もしくは精霊武装! 精霊の武器化だ! 契約をして初めて得られる、契約するだけでは到底得られない力! 人の限界を超え! 精霊の限界を超える最強の力!」


 こんなものが最強の力であるなどあり得ない。一騎は眼前に出現した力の具現を即座に否定した。これほど醜悪なものが精霊との交歓の果てに得られるものであるはずがない。


 一騎の前にあるのは、肉体を内側から強引に作り変えた、外道と呼ばれるものたちに相応しい、まさに成れの果ての異様。


「つまりこれが憎き帝国を倒す」「力ってわけだ! ゲギャギャギャギャギャギャ」


 真っ黒いタールに覆われた巨人がギョロリとした目で一騎を見下ろす。大きく右腕を振り上げ、右腕は巨大な棍棒へと姿を変えた。


「邪教徒共に!」「身の程知らずのクソ雑魚をぉおっ」「正義の鉄槌をおおおぉぉっ!」「ミンチにしてやるぁぁぁああっ!」


 棍棒へと変えた右腕を黒い巨人が振り回す。振るわれる凶器に技などはない。外道の末にたどり着いた力でもって、無造作に扱っているだけ。理合いもなく呼吸もないが、それで十分。


 ただそれだけで、一騎にはあり得ない高さから、あり得ない速度で、あり得ない威力の打撃が叩き落される。


 大地をも易々と蹂躙する一撃ならば、技など不要。死をもたらすことのみを意義とする巨人に、研鑽を積み上げる理由はない。振り下ろされるすべては死であり、放たれる一切は殺戮であり、繰り出されることごとくは虐殺。


 魔王の魔法は使い勝手が悪く、『進化』の使い勝手はより悪く、しかし一騎は敵を睨み付けて、


「ありがとう」


 感謝の言葉を口にした。


 瞬間、凄絶なまでの赤い閃光が閃く。


 莫大な量の光の氾濫、対照的に衝突自体は極めて静かなものだった。衝突は大小関わらずあらゆる音を吹き飛ばす。灼熱の赤が描く流麗な曲線。黒い棍棒と比較してあまりにか細い閃光は、鋭さにおいて他の追随を許さない。


 破壊の権化とも思われた黒い巨人の右半身は蒸発し、残った左半身も大きく宙を舞い、地面に落下する。


 光の中心、一騎の隣には大精霊のエストが立っていた。


「な、なな、バ、カな、なぁ……あんな雑魚にぃ」「どどどぅうやってだ、大精霊ぉ呼んだあぁ!? 召喚文言もないのにぃいい」

「は? 召喚文言? なんでそんなものがいるの?」


 エストの言葉にベルカンプたちはおろか、隣の一騎すら絶句した。


 エストに言わせると、精霊と合流する方法が召喚文言しかないというのがまずおかしいのだ。精霊の側から契約者の元に向かうことは、よくあること。人間だって、一方の人間が常に他方の人間を呼び出し続けるという関係は歪なものだ。


「試験に介入する気はなかったけど、変な精霊の気配が膨れ上がったのを感じたから飛んできたの。なんで呼ばれるまで待ち続けなきゃならないのよ」


 言われてみればもっともなことである。学校で習ったことと違うじゃないか、と一騎は呟こうとして、別のことを口にした。


「エスト、精霊融合だって」

「委細承知」


 どうしてそんな時代がかった返事になるのか。


 精霊融合のことを一騎は知らなかった。大精霊となってまだ日が浅いエストも知らなかった事実を、ご丁寧にも敵が教えてくれたのだ。感謝の言葉くらい、言いたくなる。


 精霊との契約を熱望するものは後を絶たない。望んだからと言ってできるものではない上に、相手が大精霊となると数は更に少ない。


 精霊融合とは精霊との契約にこぎつけることができた少数派のうちでも、辿り着けるものが非常に限られる奥義。単に精霊に力を行使させるだけの単純なものではない。精霊と心を通わせることで、精霊と一つになる。そうして初めて手に入れられる規格外の力。


 精霊融合に至るための方法はわからなくとも、信頼に基づかない契約程度のベルカンプとショーマにできていることを、一騎とエストにできないはずがない。


 エストが後ろから一騎に抱きつく、とエストの姿が大気に溶けるように消え、刹那を経て現れたのは、金と赤で彩られた巨大な大剣。


 出現と同時、圧倒的な破壊がもたらされる。ショーマが撒き散らした破壊は精々が大地を砕く程度のもの。だがこれは違う。大地が沸騰し、大気は消し飛ぶ。


 溢れ出る灼熱の極光はもはや、台風でも洪水でもなく、太陽そのものとすら思える圧倒的な力。一切の訓練を経ずに行われた最初の精霊武装としては、それこそ前代未聞。


「っっ……これが、エストの精霊武装」

『ここからよ、イッキ』

「「ぶぶぶぶぶじゃげるなああああぁっぁぁぁぁあぁああっ!」」


 地面から起き上がれないまま、異口同音に黒い巨人が叫ぶ。


「なんでだぁっぁぁああ! なんでそんな簡単に融合できるぅぅぅう!? 俺だって帝国中の人間を殺す尽くす契約でやっとできたんだぞぉおおおぉぉっぉ!」「代価もなしにできるはずがないいいいぃぃいい!? ぞぉぉんなの神の摂理に背いているだろうがぁぁぁああっ!」


 黒い唾を飛ばす。あるいは毒性があるかもしれない唾は、一騎の遥か手前で蒸発した。唾だけではない。木々は燃える間もなく炭化し、消え失せる。岩石や武器は瞬く間に融け、赤熱し、原形を留めていられない。いや、赤く流れた灼熱の液体は、数秒の後には蒸発した。


 目の前で起きていることに驚愕しているのは一騎も同様だ。一瞬一瞬で森が姿を変えていく。この力と比べるなら、骨刀ですら道端に落ちている棒切れでしかない。


「…………これ、俺が使っていい力なの?」

『イッキが使わないで誰が使うのよ。ほら、すぐに終わらせましょ。でないと、森が滅んじゃう』


 滅ぼすのは一騎だ。魔王の魔法も加えれば、どこに出しても恥ずかしくない、新たな魔王の誕生である。冗談ではない。


「「オオぉぉオオオおオオオおおオオォォっォ!」」


 手酷い損傷を受けたはずのベルカンプ+ショーマが、不自然な体勢のまま異音を吐き出しながら肉体を修復した。修復は異常な速度で成され、三秒の後に巨人は咆哮を撒き散らしながら立ち上がる。


「ゲギャギャ! 絶対に! ぶぢ殺ずぅぅぅうう!」「この力は! 貴様らを滅ぼすために神が与えてくださった天罰の力ぁぁっぁぁあああっ!」


 その咆哮は敵意と殺意ではなく、怯えを振り払う要素が色濃かった。


「「シャアアアアアアアァァッァァッァアアアッ!」」


 ベルカンプ+ショーマが大地を蹴る。


 ただそれだけの動作で大地は砕ける。強弓から発射される矢弾の速度で、巨大な戦車が突進してくる。大地が傾いたかと錯覚するほど大きく揺れた。巨人が地響きを伴って肉薄する。巨大な黒棍棒が振り上げられ、空気を破裂させながら振り下ろされた。


 巨人に向けられたのは、凄絶な輝きを放つ大剣。


 両手で持ち、僅かに肩に乗せる。一騎の視界がぐらつく。あまりにも強大な武装に、莫大な量の魔力が消費されているためだ。


 だが問題はない。エストとの精霊融合を成しえた一騎には、揺らぎようのない大確信があった。あの程度の輩如きに二撃は不要。ただの一撃にて、決着を見る。本当のところは、今の一騎では二撃目を振るうだけの余力はない。


 光と熱が一層、強く、激しく膨れ上がる。


 苛烈なる破壊の光。眼前一切に等しく滅びをもたらす力。灼熱の赫を帯びた、巨大な雷光がほとばしった。ただ一度だけしか振るうことの許されない、必殺にして必勝の攻撃。


 まさに渾身の一撃。黄金の大剣に乗った圧倒的な破壊の奔流が黒い巨人を飲み込み、圧し潰し、引き千切り、遂には跡形もなく消し飛ばした。

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