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第五章:四十二話 雑魚魔物になる前と後

「あいつにぶつける前に、てめえに叩きつけてんだろうがっ!」

「だからこっちに向けんなよ!」


 甚だしい上に、このことを指摘しようにも、ショーマには聞き入れる耳も度量もないことは容易に知れる。


 天馬への意趣返しに一騎を殺そうとしているのかもしれないが、残念なことに、仮に一騎を殺したところで、常盤平天馬はなにも感じないだろう。あるいは「ようやく死んだか」と評価の笑みを見せるかもしれない。日本にいるときは事あるごとに「家の面汚し、さっさと死ぬか消えるかしろよ」と毒づかれ、高校に上がった頃には、暴言を吐かれることすらなくなって無視状態になっていた。


 一騎は、せいせいした、と開き直ろうと努力し、結局は心の傷が膿んでいく感覚を覚えただけで終わる。


「よくもまあ、これで道を踏み外さなかったものだよな」

「ああ? なにをブツブツ言ってやがる」

「俺のメンタルは、自分で思ってたよりもタフなんだってことだ」


 転生前はゲームやアニメにドハマりしたオタクの道を、転生後は敵の命を奪うことはあっても自分から虐殺や略奪を行うことはなかった。何やかやと夢破れることの多い人生でも、下衆とか外道とか言われるような道ではないだろう。


 そんな道を突き進んでいるのは、目の前に浮かぶショーマであり、少し離れた場所で半ばは腰が抜けているベルカンプだ。


 自分だけは正しいと信じているこの男は、この場においてもっとも強い信念を抱えている。信念でもって、殺戮と暴力を撒き散らす。ベルカンプと契約したショーマはその先兵だ。


「ぶつけてやるから潰れろよ、常盤平!」

「拒否するっ」


 落下速度を上乗せした突進は確かな脅威であっても、単純故に対処もしやすい。骨刀で受け止め、相手の突進力を利用していなす。


「けぇっ、雑魚のゴブリンのくせにクソ生意気な!」


 幸いというべきか、一騎はゴブリンであることを罵倒する言葉には慣れている。雑魚だのクソだの、今更、百万回ぶつけられたとしても堪えない。決して嬉しくはないが。


「大精霊のくせに語彙が乏しいな」

「ゴブリン如きが大精霊様に舐めた口を叩くなぁっ!」


 一騎の大上段からの斬り下ろしと、ショーマの突進とが正面からぶつかる。火花、と一緒に真っ黒なタールが周囲に飛び散る。飛び散ったタールが触れた木や地面は、異音と共に黒い煙を噴き上げた。


 こいつは本当に大精霊なのか。一騎は深い懸念を抱かざるを得ない。


 通常、大精霊というのは長い時間をかけて到達する場所のようなものだ。それこそ数百年以上の歳月をかけて。精霊が訓練を積むのかどうかは知らないが、ただの精霊が一朝一夕に成れるものではない、ということぐらいは一騎にだってわかる。


「転生者かっ」


 だが転生者に限っては抜け道がある。魔力を他者から奪うことでより強く成長する性質。殺せば殺すほど強くなるのは魔物の特性であり、精霊には本来、当てはまらない。


 ショーマはこれの例外に当たる。精霊であると同時に、魔族の勇者。転生直後にどれだけの戦闘力があったかは関係なく、殺し続けた結果として、ショーマは驚くべき短時間で大精霊にまで到達したのである。


 でもこれが本当に大精霊なのか。一騎の心中にある繰り返しの疑問と、疑問以上に否定が渦巻く。


 一騎の知る大精霊はエスト一人だけで、そしてエストとショーマはまるで違う。エストは火と土の大精霊として一騎や宗兵衛以上の絶大な力を誇ると同時に、食事を作ってくれたり、ベッドに潜り込んできたりと、正直、魅力的な面が多くある。


 けれどこの、目の前で身勝手な怒りと瘴気をばら撒くショーマから感じ取れるのは、暴虐の一面だけだ。エストが大精霊となる前、邪妖精と呼ばれる要素を持っていた頃ですら、ここまでではなかった。一騎の感覚ではショーマは大精霊などではなく、


「……外道精霊」


 ぽつり、と口をついて出た言葉が真実。精霊も人間同様に千差万別の個性を持つ。火や水といった性質を持つ精霊と、加えてあまり知られてはいないが魔精霊、邪精霊などとも呼ばれる存在もある。


 精霊契約という言葉が示す通り、精霊は他者と契約し、その力を貸すことがある。一騎とエストが代表的な例であり、だが魔精霊と称される彼らは、「誰か」と契約するのではなく、「なにか」と契約を取り交わす。あるいは金銭、あるいは生け贄、あるいは戦乱を求めて。


 そこには人と精霊間の交歓も成長もなく、故にこそ互いに利用し利用されるビジネスライクな関係が構築され易い。


「ふへひゃはあっはははは! 見たか、この力! この大精霊ショーマこそが偉大なるゼーリッシュ神が我らにもたらしてくださった力の一端。貴様のようなクソ亜人を滅ぼすのにはもったいないが、精霊と契約する貴様を討ち滅ぼすに、これ以上に痛快な一手もそうあるまい!」


 ベルカンプは両手を大きく広げて声を張り上げる。


 教義への妄信と復讐心を高純度で混ぜ合わせると、ここまで正視に耐えがたい醜態となるのだろうか。一騎は敵意より先に隔意が前面に出る。


「封印獣だと? 帝国に破れて封印されたようなものに期待などするものか! この身が得た真の力はこの大精霊だ! わかるか、亜人!?」


 いちいち言われなくともわかる。カインを変成した力は、どう見てもショーマのものだ。封印されていた獣がいたことが本当だとして、ショーマの力で更に強化することが作戦の肝。


「大精霊の力を分け与えることで、より強く、より凶暴に、なにより命令通りに動く獣を作る! 帝国を打倒するための力となる!」

「そしておれは、より強くなる! 人間共の怒りや恨みや悲しみ、命を食って更に強くなる! あの胸糞悪い常盤平を殺す力を手に入れる!」


 なんて単純な契約なのか。ベルカンプは力を求め、ショーマも力を求める。一騎は切っ先をベルカンプに、目線をショーマに固定した。


「ゲギャギャ、言いたいことでもあるのか、クソ雑魚?」

「ふん」


 人間だったとき、一騎は言いたいことがあっても飲み込むことが多かった。なにか言っても無視されることが多くて採用されない。無視されない場合では身体と言語のいずれか、あるいは双方の暴力で報われる。言い合いをする相手など、宗兵衛を含めた数人程度。


「ようするに、自分では俺をどうこうできないと悟ってるわけだ」

「な、に……?」

「あ゛あ?」


 軽侮を込めた一騎の指摘にベルカンプとショーマの狂笑が止まる。


 魔物化してからは、自分の意見を口にできるようになっていた。相手が本物の殺意と、殺すための暴力を躊躇いなく振るってくるので、一騎も言葉を飲み込むことを止めたのだ。やめたというよりも、気が付けばこうなっていた。


「異論はねえだろ? こうして向き合っているのに、お前らのしていることは臭い息を吐き出し続けているだけ。一向に攻撃して来ねえじゃねえかよ。帝国打倒だの威勢のいいことは言っても、実際のところは怖いんだろ、俺が」

「ぅけ、こ、怖い……? ゴブ、リンみてえな、雑魚を、か?」


 一騎は口の左端を吊り上げた。思い切り意地が悪く見えるように――天馬が一騎のことを見下してきた表情を思い出して――笑う。


「いや、俺が、じゃねえな。怖いのは魔法士か、それとも帝国か?」

「! ここくけこここの無礼者がぁっぁっぁぁぁぁああああっ! この、偉大なるゼーリッシュ神の、使徒が恐れ、るなどおぉぉっ」

「ふっっざけるなあああぁぁぁぁっっ! このおれが! 常盤平を恐れているだとぉぉおおっ!?」


 底の浅い挑発でも効果を得られる。ショーマの激昂に方向性のずれがあっても、結果が同じなら構わない。


「怖いからそうやって外道精霊に守られてる。怖いから地上から離れた場所に浮いてるんだろうが」


 続く挑発に二人の頬が引きつる。一騎の言葉は正鵠を得ていた。


 天馬に怒りの言葉を吐きながら、直接、天馬に向かわない事実はショーマの内心の恐れを如実に物語る。ベルカンプもまた魔法士を恐れている。かつて同胞を滅ぼされた憎しみと同時に、滅ぼした力を持つ魔法士を恐れている。


「だからてめえは魔法士じゃなく、候補に過ぎない子供を狙ったんだろ」

「黙らんか、このガキがあああぁぁぁっ! やれ、ショーマ! この醜い亜人をズタズタにしてしまえ! 骨も残すな!」

「ルアアアアアアアアアアッ」


 ショーマが黒い蛇体をうねらせて叫びを発する、と蛇体の全身から無数の黒球が撃ちだされた。


「!」


 降り注ぐ黒球は野球ボール大。数は数十発。挑発で攻撃を単純化させよう当いう一騎の目論見は成功したかのようで、大外れを引き寄せた。


 口を動かす暇があるのなら、先制攻撃で斬り落としておけばよかった、と激しく後悔する。古人曰く、後悔先に立たず。


 一騎は骨刀を構え、黒球を迎え撃つ。黒球の数から回避は無理だと判断する。骨刀を『進化』させて巨大骨刀の陰に隠れるべきか、骨刀を枝分かれしつつ伸ばして撃ち落とすか。どちらにしろ、魔王の魔法の出番がなさそうな点は情けない限りだ。


 迎撃のために一騎は腰を落とし、つまりはその一瞬だけ動きが止まってしまう。


 ベルカンプの表情は喚き声を上げたときのまま、しかしショーマは嗜虐的な笑みを閃かせた。黒球が爆発した。爆発にはオレンジと赤は一色もなく、代わりに黒と灰色と爆炎が激しく広がり、一騎を愛撫しようと殺意を持って迫る。

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