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第一章:十二話 弟は勇者に ~後編~

「さて、どうするかな」


 廊下を歩く国王フィリップ六世は、一歩後ろにいるボストーク大司教に話しかけた。


「影響力のある者、追随する者、なにも考えていない者、あの集団には様々にいましたが、概ねの人となりは把握できました。問題はないかと存じます」


 ボストークは薄い笑みを貼りつかせ、首ごと動かした視線を大広間に向ける。大広間での話し合いは勇者らを歓待する宴へと姿を変え、今もまだ騒がしく続いていることから、勇者らは大いに盛り上がっているらしい。


「あの者たちが本当の勇者かどうか、訝しむ者も多く出そうだが?」

「いずれも強大な魔力の持ち主たちです。勇者でなくとも戦力として使う分には問題ありますまい。重要なのは魔族討伐だと愚考いたします」

「薄汚い魔族共の討伐は当然として、しかし王国に敵対されても困る。懐柔するための手は打たねばな」

「さすがにいきなり全員を取り込むのは無理でしょうから、少しずつ切り崩していこうかと考えております。さしあたってはあのエイジとかいう小僧から始めとうございますがよろしいでしょうか?」

「あれか」


 フィリップ六世は吐き捨てた。


 フィリップ六世もボストークも市川瑛士なる勇者を低く評価していた。思慮に欠け、短絡的で、好色さが前面に出すぎている。他の男勇者たちも、多かれ少なかれ王女たちの美しさやメイドらに目を奪われていたが、あの男はもっとも目立っていた。


「手頃なところだな。とりあえずは女と名誉をくれてやるか。自分は特別だと匂わせてやれば、積極的に勇者として振る舞うだろう」

「献身的で性技と話術に長ける女を見繕うとしましょう。魔族に身内を殺された怒りと悲しみから勇者様に縋りつく、といった態でよろしいでしょうか?」

「あまりやりすぎて不審を感じさせないように、それとなくにしておけよ」

「薬物も使用なさいますか?」

「いや、勇者に薬物が効くかどうかわからんし、薬物のことがばれると厄介なことになりかねん。今はまだ女だけでよい」


 フィリップ六世自身、数多くの女性に寵愛を与えている人物だ。女という武器の有用性も恐ろしさも熟知している。


 観察から得た限りのエイジの性格では、「勇者の身分に相応しい女をよこせ」と主張するかもしれないが、だからといってあの手合いは、寄ってくる女を突き放すこともできないだろう。


「もう一人の勇者、テンマについてはどう考える?」

「こちらは有望だと思われます。話し方や態度の端々から育ちの良さが感じられることに加え、状況やこちらの考えをそれなりには読み解いていたようですし、行動力や決断力もあります。勇者たちの中心になるのは間違いないかと」


 ボストークの評価にフィリップ六世も賛成だった。テンマは仲間たちからの信望も厚く、礼儀作法もしっかりしているとあって貴族らからも評価が高い。


 勇者を引き受ける際、自分たちのグループに声をかけていたが、あれは自分が頼りにしているのはお前たちだと意識づけることで、それとなくグループ内での結束を高める効果を狙ったのだろう。勇者とはいえ、向こうにしてみればいきなり違う世界に召喚されたのだ。不安も強かったであろうところに、元々の人間関係をアピールすることはかなり有効な手であったと考えられる。


 同時にあれはこちらへの牽制になりうる。


 ある程度完成された人間関係の中に楔を打ち込めば、大小の不自然さが浮かび上がるのは否めない。成熟した大人なら隠し通せることもできよう。しかし相手は未熟な子供だ。女にしろ有力者にしろ、接触を持てば未熟な勇者たちでは普段通りの言行を貫くことなどできまい。つまり、隠れて接触してことを成すことが難しくなる。


「とはいえ所詮は子供、打てる手はいくらでもございます……が、いたずらに敵対のリスクをおとりになる必要はないかと」

「他の国はどうなっている?」

「隠蔽の術式を幾重にも重ねた末の勇者召喚にございますれば、大丈夫だと思われます」


 ボストークの返答にフィリップ六世は鷹揚に頷く。王国は今回の勇者召喚を他国に秘密裏に行っていた。敵対している帝国への情報漏えいを警戒して、同盟国や友好国へも仔細は伏せている。


 魔族討伐の名分があるとはいえ強大な魔力を有する勇者、それの大量召喚ともなれば、各国からは懸念を抱かれて当然だろう。侵略の意図を疑われるのは間違いなく、仮に侵略の意図はなくとも、勇者の保有は周辺各国への相当な圧力となる。


 勇者の存在は国家の軍事力を大きく上昇させ、国家間のバランスを崩しかねない。過去には実際に戦力向上を目的に各国が勇者召喚を行い、大きな戦争に発展したこともあり、この教訓から、勇者召喚の術式は真正聖教会のみが管理することになる。


 各国が保有していた勇者に関する術式や秘儀は失われることになるのだが、機密や安全保障を理由に、勇者に関する情報を隠そうとした国ももちろんあった。それらの国々は、教会からの破門、各国からの経済制裁、もしくは武力などによる干渉の結果、例外なく折れる形となった。


 以後、勇者召喚は国際会議の場で幅広く意見を吸い上げ、各国の協調と賛同の後に真正聖教会が召喚の儀を執行することになったのである。


 今回、フィリップ六世らが行ったことは国際社会に対する重大な背信であり、下手な形で露見すれば王国の信用が失墜することは間違いない。にもかかわらず、勇者召喚を強行したのには理由があった。


 一つは最近のフィリップ六世の統治で失敗が続いていること。


 始まりは五年前の帝国との戦争だ。この戦いで敗北を喫し、高額の賠償金を支払うことになったのがすべての始まりと言って過言ではない。


 戦費調達で支出の増えていた王国財政は、これにより著しく悪化。増税でまかなったところ、国民や貴族からの不満が噴出し、反乱が起きたこともあった。


 反乱鎮圧に成功したのも束の間、例年よりも少ない降水量のせいで農産物の収穫量が大きく落ち込む。元から王国の土地は豊かなため備蓄は多くあり、餓死者が出る事態は防げたものの、他にも貴族間の対立の仲介に失敗したり、格下と目していた同盟国から譲歩を強いられたりと、フィリップ六世の統治能力に疑問符がつけられる状況となっていた。


 そんな国王と密接な関係にあることから、ボストーク大司教も教会内での権力争いで不利な立場に置かれることになる。加えて教会が集めた金の一部を不正に流用したことが明るみに出たことが追い打ちをかけていた。


 ボストークは金集めに定評があり、集めた金を効果的に教会幹部にばら撒く才能に長けているので、追及自体は適当なところで揉み消すことができる。しかしこのままでは次の枢機卿選挙での当選はおぼつかないとあって、魔族討伐という目立った功績を望んだのである。


 勇者召喚は禁忌ではないにしろ、いまや教会の秘術と言ってよい。そんなものを秘密裏に用いたことが露見すれば失脚は確実だ。リスクとリターンのバランスが取れていないような気もするが、ボストークとしては大司教のままで終わることのほうが嫌だったのだ。


 フィリップ六世も求心力回復のために魔族討伐を求め、両者の思惑が合致して今回の勇者召喚に至ったのである。


 ただし、今回は過去に例のない二十人以上に及ぶ大量の勇者召喚だ。対魔族以外の目的を疑われても仕方がなく――実際にフィリップ六世とボストークには別の目的があるのだが――もっとも効果的且つ自分たちが追及されることがないと考えられる場面で公開するまでは、他国に伏せておきたいのであった。


 もちろん、意図しない形での情報漏えいに備えて理論武装は済んでいる。魔族の活発化自体は事実だし、魔族側が行ったと思しき勇者召喚の術式残滓の回収にも成功。危機感を煽る情報は関係各国で共有しており、大量の勇者召喚は各国への派遣を即座に行うためだとの理由も用意できている。


「今は勇者どもを駒にすることが先決か。魔族側への監視も怠るなよ」

「はっ」

「それと、魔族共も召喚したらしいが、そちらについてはなにかわかっているか?」


 勇者召喚は莫大な魔力と精緻な召喚陣が必要になる。一人の勇者を召喚するだけならこれだけでもなんとかなるのだが、今回のように大量に召喚するとなると、とても足りない。天の運行を読み解き、大地の理に力を借りて初めて可能になる。これほどまでに大規模な召喚を実行できるのは、数百年に一度あるかどうか、だ。


 だからこそフィリップ六世とボストークはこの日を狙い、同時に魔族が同じ目論見を抱いているだろうと考えていた。


「召喚したこと自体は間違いのないことかと。ただ、それ以上の詳しいことは……」

「情報が多いに越したことはない。引き続き調査を続けろ」

 

 フィリップ六世の静かで重い声が天井に吸い込まれて消えていった。


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