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第五章:二十話 それは招待状だったのです

 右手に視線を向けつつ、夕焼けに赤く染まる道を歩く一騎。途中で石に躓きこけそうになること十数回。その度にエストとクレアが心配そうな顔をして、「平気平気」と返している。


 一騎の目と意識は両手に集中している。酷いケガを負ったとは思えない、傷一つない両腕、リズの魔法に対して突き出された腕。


「あれ、なんだったんだ?」


 一騎には皆目、見当がつかない。宗兵衛がなに言わなかったところを見ると、向こうも知らないのだろう。ひょっとすると今頃、リディルやルージュ相手に確認してくれているかもしれない。


「解除……の魔法とも違う感じだしなあ」

「普通は魔法を解除しただけで山道が崩れるような衝撃が起こらないわよ」

『うむ。あれは解除ではなく、リズの魔法を弾き飛ばしたように、我には見えたぞ』


 表現は格好いいが、漫画のように格好よく腕を振って弾いた風でもない。がむしゃらにしていたら弾いていたのだ。


「う~む、ようやくの魔法だと思ったんだけどなぁ……本当に魔法かどうかもわからねえし、練習方法もわからん」


 まず再使用できるかどうかも疑わしいレベルである。『進化』といい、魔法? といい、もう少し気軽に使える技能が欲しいところだ。


 一騎は道端でしゃがみ込んで頭を抱え込む。抱えた頭を前後左右に振り回す様子は見るからに珍妙な苦悩っぷりで、道行く人たちも怪訝な表情を浮かべた上で、一騎を避けていく。中には、試験前半の様子を見て一騎に声をかけようとした女子もいたのだが。


 自分が勿体ないことをしたことにも気付かず、再び一騎は歩き出した。行き先はもちろん〈黄金の草原亭〉だ。


 本来、魔法士になるためのこの試験は、お祭りとしての側面も色濃いことから、教職員や寮の職員らも祭りを楽しむ方を優先する。


 ようするに学生寮の機能が最低限のものになってしまうのだ。生活できないことはないのだが、水準の高い生活に慣れてしまっている貴族や富裕層の寮生たちは、外部の宿泊施設に泊まることが多い。


 とはいっても、魔法士試験はコンディート市にとっても極めて重要な観光資源だ。大概の宿泊施設は半年以上前に埋まっている。名門ホテルなどでは、数年先の予約が入っていてもおかしくない。よって貴族や富裕層は最初から学院周辺に別宅を構えているケースや、あるいは権力や財力を振り回すことによって特別にホテルを融通しているのだった。


 では一騎のように金と縁のない貧乏人はどうするのか。我慢して寮に留まるのが一般的である。一騎の場合は魔石ビジネスによる高い収益が考えられるが、あれは集落にとって大事な収入だ。下手に手を付けようものなら、宗兵衛からどんな嫌がらせを受けることか。手持ちの金も心許ないとなれば、〈黄金の草原亭〉に戻るほかない。


 懸念すべき点は一つ。


 観光客相手に商売に精を出しているであろうラッカのことだ。ひとたび彼女の視界に入ってしまうと、一騎は確実に手伝わされる。魔法士試験の真っ最中であるだとか、正体不明の魔法のことを調べたいだとか、一騎の事情など鼻息一つで蹴散らし飛ばし、それこそ馬車馬のようにこき使うであろう。書き入れ時のラッカには情けも容赦も優しさも一切ない。


「ようするに今までと一緒ってことだな」

「個人的にその悟り方はどうかと思うけど、でもまあ、そうね」

『ふ、数多の生物を我が刃で切り刻んでくれようぞ』


 見た目が妖精のクレアは人前に易々とは出られないので、もっぱら厨房で包丁を振るう役目を担っている。エストはウエイトレスだ。大精霊がウェイトレスしている店など、帝国広しといえど〈黄金の草原亭〉くらいのものだろう。


 早々に諦めの境地にたどり着いた一騎の足取りに乱れはない。決して軽くはなく、されど重々しいわけでもない。これから起こる事態への心構えが完全に成された、いわば平常心の歩みだ。


 歩みの先に〈黄金の草原亭〉が見えてくる。暗くなってきた店先に、薄ボンヤリとしたランプが明滅していた。〈黄金の草原亭〉は安くて美味い酒と料理を提供する人気店で、界隈で随一の賑わいは十分な距離をとっていても聞こえてくる。情報誌にも幾度となく取り上げられ、週末ともなると長蛇の列も珍しくない。


「いよお、イッキちゃん。今、帰りかい? 補習か?」

「なんでだよ、今日は魔法士試験だっての」

「亜人初の魔法士か。カッコいいぞイッキ」

「サンキュ」

「イッキ~、待ってる客に摘み物出してくれないかってラッカちゃんに言ってよ」

「いいね、言ってみる」

「ここの従業員さん? 亜人? へぇ、けっこう可愛いわね」

「『はぁ?』」

「待て!? 殺気を振りまくな二人とも! お褒めにあずかり恐悦至極ですよ」


 並んでいるお客さんたちに次々に声をかけられ、一つ一つに頭を下げ、体を回転させ、返事をする。顔見知りも、そうでない客も、ラッカと〈黄金の草原亭〉にとってはかけがえのない人たちだ。


「ただいま~」


 混雑を極める店内の裏口から声をかける。裏口を開けた瞬間、別世界に飛び込んだかの熱気が一騎を襲った。活気に沸く店内、鼻腔をくすぐる食材と油の匂い、店員と客のやり取りが不思議と耳に心地良い。


「ようやく帰ってきてくれた! 早くこっち手伝って!」


 どこかそこはかとなく悲鳴に似た声は店長ラッカのものだ。かなり切羽詰まっているらしい。一騎たちは顔を見合わせ、頷く。腕まくりをして厨房に向かう途中、臨時雇いのウエイターが、口から魂的なものを吐き出しながら一度にトレイを六つも運んでいる姿が見えた。


 集落の長という肩書を持つ一騎も、人界における文化的で健康的な食卓の守護神であるラッカに逆らう術を持っていない。そのラッカも厨房と客席とを忙しなく動いている。ひょっとすると分身でもしているのではないかと錯覚するほどの動きだ。


 ギラリ。


「へ?」


 恐らくは間合いに入ったのだろう、ラッカの両目が肉食獣さながらに光る。ラッカは混雑する店内を、驚くべきことに一切、客に接触することなく横切り、残影を曳きつつ、いっそ華麗なまでの足運びで迅速に一騎との距離を詰め、グワシ、その肩を掴む。


「お帰り、我が愛しい弟」


 家族として認めたようで、単に戦力としてしか見ていないセリフを放った。条件反射的に顔が引きつる一騎を、有無を言わせず店内に引きずり込む。


「さあ、ラストスパートをかけるよ! 五時間くらい!」

「ラストスパートの単位じゃねえだろ!?」


 祭り時の〈黄金の草原亭〉は夕方の開店から翌朝のモーニングまで、ぶっ続けで動く。客足が多少なりとも落ち着くのは日付が変わる頃で、一騎たちが休めるのは少なくとも五、六時間後になる。


「ちょっと、容赦なさ過ぎなんじゃないの、ラッカ?」

「つべこべ言うんじゃないよ! ほらイッキ、火力が足りてない!」

「もう野宿でいいから逃げたいんですけど!?」

「泣き言禁止! 臆するな、残りノルマ決して多くない!」

『他の従業員はどこ行ったのよ?』

「屍は越えるためにある!」

『『『酷いっ!?』』』


 理不尽と不条理が結婚するとラッカになるのかもしれない。〈黄金の草原亭〉のラッカの声が響き渡る。店舗の外で並んでいる常連の中には「お、今日のラッカちゃんも元気がいいね」「この時期の風物詩だな」などとお気楽に楽しんでいる者も目立つ。


「いよう、試験見ていたぜ。明日も頑張れよな」


 一騎が客のもとへ注文を届けると、何人かから声をかけられる。試験中継を見ていた客たちだ。


「いや~~~~、女の子を助けるためなら崖に落ちても構わないってか? 試験の点数よりも優先するたぁ、大したもんだ」

「おお、ナイスな心意気だったぜ。それでこそ男ってもんだ。その調子で貴族連中に目にもの見せてやれ」

「それでは、皆様! こちらのイッキ君の明日の大活躍を祈願いたしまして、ここで盛大に乾杯と行こうではありませんか! かんぱ~いっ!」

『『『くぁんぱ~い!』』』


 一騎を肴に酒を楽しみたいだけなのだろう。口々に一騎を褒め、または貴族への悪口が流れ出てくる。酒と場の雰囲気の成せる業だ。〈黄金の草原亭〉の利用者は平民が大半で、特に近所の住人らは一騎が亜人でも気にしていない。一騎が積極的に近所の人たちとかかわりを持ったおかげでもある。


 基本的に平民は貴族を敬いつつも、様々な特権を持つことや、平民に対して差別的な態度をとる者が多いことから、特に酒が入ると、砂を垂れ流すように不満が出てくる。


 酒の席であることを差し引いても、下手をすれば逮捕されてもおかしくないにもかかわらず、官憲が出しゃばってくる気配もない。一騎やエストの正体までもはともかく、立場についてはある程度、周知されているということだろうか。


 小一時間ほどで一騎は厨房の奥に引っ込む。こき使われて喉が渇いたからだ。よく冷えた井戸水を喉に流し込む。と、不意にポケットから封書が落ちた。忙しさにかまけてすっかり忘れていたが、リズから貰ったものだ。


「そういえば、それ、なんなの?」


 問いかけるエストの声は、足取り同様に疲労が見え隠れする。大精霊をも疲弊させるのだから、〈黄金の草原亭〉の忙しさは想像を絶するものだ。手紙の封には蝋印が施されており、不勉強な一騎なりに、きっとヘンドリクソン家の蝋印であると推測できた。


『なにか重要っぽいし、開けたほうがいいのではないか?」


 重要なんて単語と自分にどのような関係があるのか。一騎は分からないままに封を開け、文面に目を落とす。一騎には読書のときに口を動かす癖があり、口の動きが止まったときには、目と口がアルファベットのOの形になっていた。リズに渡された封書。それはヘンドリクソン伯爵家別邸への招待状だった。


「へえ。謝罪文でも渡したのかと思ったら、招待状……ね」


 エストの声音は、ぞっとするほど冷たかった。


『山道で助けてもらった程度で、距離が縮まったとでも勘違いしているのか』


 ぷりぷりと怒っているのはクレアだ。あれだけ攻撃しておきながら、簡単に態度を翻したことが不愉快だと言う。ただ一騎の感想は二人とはまったく違うものだった。


「どどどどどうすればいいんだよ! 貴族からの招待状なんて初めてだぞ? なあ、俺はいったいどうしたらいいんだ。断ったらいいのか? 仕事が忙しいって断ればいいんだよな!?」


 どう判断するのかわからない一騎に答えを示したのは、厨房を覗き込みに来たラッカだ。


「なにバカなこと言ってんの! お店はみんなで何とかするから、あんたはそっちへ行ってきなさい」

「いいのか!?」


 これだけ混雑している店を放って自分だけ出て行ってしまっていいのだろうか。あと、一騎がいなくなると、もれなくエストとクレアもいなくなる。


「そこはあんたがちゃんと言い含めておきな。こいつはね、いい、悪いとはちょっと問題が違うの。よく聞きな。魔法士には貴族が多い。貴族社会は狭く、情報が伝わる速度が異常に早い。リズがあんたに招待状を出した話もそこそこ知られてるはず。伯爵令嬢直々の招待をすっぽかしたともなると」

「なると?」

「あんたの評判は最悪間違いなし」


 最悪の二文字が一騎の感情を揺さぶる。亜人などの様々なハンデがあって、ただでさえ良好からは程遠い評判がまだ悪くなるというのか。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は訓練とか修行とかしたいんだが」

「今更?」

「バッサリ言わないで!」


 リズ戦で生じた現象は、説明することは簡単でも詳細の把握は難しい。訓練の方向性を定めることもできないのだが、だからと言って、こき使われるだけで時間が過ぎていくというのはなんとも歯痒い。


「貴族の面子を潰すとロクなことにならないわよ」


 公爵家子息カインの面子を潰し続けている一騎には、それこそ今更である。


 リズとカインで違うのは、カインの場合は衝突の結果で潰しているのであって、リズのようにわざわざ招待状を出してくれた相手に断りを入れるのとは意味合いが違う。


 理解した一騎の顔面筋肉は、それは勘弁してほしい、とばかりに引きつっていた。

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