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第五章:十九話 リズとの決着

 カインの姿が校舎の中に完全に消えてから、改めてエストは一騎に向き直る。


「ごめん」

「いや、あのままだったら、どうなってたか……」


 具体的にはカインが、だが。


「助かったよ。ありがとう」

「イッキ……うん」


 実に幸せそうに頷くエストに、一騎は居心地の微妙なむず痒さを覚える。先程から一言も発さない通信玉の向こう側で、宗兵衛がニヨニヨしている様子が鮮明に浮かび上がった。


「そ、それで、どうしたんだ? なにか用事ができたとか言ってクレアと一緒にどっか行ってたけど、もう終わったのか?」

「まあ、大体は。でね、イッキ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「別にいいけど」


 いぶかしむ一騎にエストは魅力的に微笑む。


「まず一つ。なぜリズを助けたの? あいつはあんなにもイッキに罵詈雑言を並べた相手なのに。憎み怒るならともかく、助ける筋合いなどなかったはずよね。なのにどうして助けたの?」


 エストの質問は純粋な疑問を感じてのものだろう、カインのように責める類のものではなく、しかし決して興味だけではないことがうかがえる。どこか一騎を測ろうとしているように見えた。


「どうしてもなにも、仲間を助けるのは基本だろ」

「仲間? 敵じゃないの?」

「魔法士大原則にあるだろ。魔法士たる者は、常に仲間を敬い、助け、支えあうものである、てな」

「なるほど……リズは仲間、なのね」


 一騎の返事は人が好すぎる気がしないでもない。


 魔法士大原則には確かに記されていることであるにしても、一秒前まで争っていた相手を、加えてリズは一騎を仲間としてなど認めていなかったろうに、当の敵意・悪意を向けられていた側がリズのことを仲間と断じるのだ。


 更に一騎は魔法士ではなく魔法士候補生に過ぎない立場であり、集落の長だ。留学という形であるので、魔法士として活動する未来もない。


「それに」

「それに?」

「それにせっかくの異世界転生だ。見返すことができる奴は全員を見返してやるって決めてんだ。当然、リズの奴も見返す対象リストの中に入ってんだよ」


 ふい、と顔を逸らし、いつもよりも早口で付け加える一騎。明らかな強がりにエストの口元が綻ぶ。


「そう……見返すのね」

「ああ」

「だったら、今から早速、その機会があるかもしれないわね」

「え?」

「いいわよ、クレア」

『オッケー』


 エストが声をかけた先は、校舎の影になっていている場所だ。どこの学校にもある、生徒のサボりポイントの一つである。出てきたのはクレアと、


「リズ?」


 顔を真っ赤にしているリズだった。


『その通りよ。どうやらこの女はイッキが目当てのようらしくて。あちこち歩いてみたいなんだけど見つけることができなかったみたい。で、歩き回っているところを我が見つけて連れてきたというわけよ』

「ななななにを言われるのですか、クレア様! こここのあたしが、こんな亜人を探すわけがないでしょう」

「こんな?」

「い、いえ、申し訳ありません、大精霊様。ですがあたしはっ」

「随分と必死な様子でイッキを探していたようだけど?」

「ト、トト、トキワダイッラ・イッキ!」


 余程に不具合なのか、エストたちの発言を遮ってリズは大声を出す。教室では聞いたことも見たこともない、切羽詰ったかの印象が強い。一度は一騎に対し背を向けかけたリズだが、数秒の煩悶を経て、勢いよく一騎に向き直る。


「トキワダイラ・イッキ! お前に言っておかねばならないことがあるわ」


 顔を朱に染めたまま、スカートの裾を握り締めて、全身がかすかに震えている。過度の緊張にあるのは誰の目にも分かる。また、無能とか亜人風情がだとかの悪口か。心の中で身構える一騎に反し、伯爵令嬢の口から出た言葉は別のものだった。


「さ、ささささささっきは! 助けてくれてありがとう! それだけよ!」

「え?」

「勘違いをしないで。お前の全てを見直したわけでもないし、お前がぁぁああ亜人なのは覆しようのない事実よ。でででも……受けた恩義に対し礼を失するわけにはいかないの。だ、だから、本当にどうしようもなく遺憾なことだけど、お前にこれをあげるわ! 大人しく受け取っておきなさい!」


 言い終えるのと、一騎に白い封筒を押し付けるのとを、同じタイミングで成し遂げた彼女は、そのまま物凄い速さで駆け出していった。脱兎の如く、とはまさにこのことで、あまりの展開に一騎も呆然とするしかなかったほどだ。エストまでも上品な仕草で口元を隠しつつ、笑いを堪えきれない。


「ふふん、よかったじゃないイッキ。少なくともあの女を見返すことはできたわ。彼女も根っからの悪人ではなかったらしいわね。これはあの女の中にあるイッキへの偏見や感情に影響を与えること間違いなし。そうすればいずれ、きっとイッキがどれだけ素晴らしいかもわかるはずよ」

「お、俺のいいところ……?」

『その通りよ我が僕。まずイッキは一途な努力家ね。なにがあっても諦めない心の強さを持っているわ。自分を悪し様に言う人間すらも許容する度量の広さもある』

「うんうん。自分が危険に陥ることを顧みず、他の誰かを、それも自分をあれだけ罵った相手を助けたのよ。すごく立派なことよ」

『それでこそ我の伴侶に相応しい』

「誰の伴侶よ誰の!」


 一騎自身が戸惑いつつした質問に、返ってきたのは混じりけなしの賞賛だ。ここまでストレートに褒められたのは、一騎にとって初めての体験だった。


『あれ? でもこれってマズいんじゃない? リズが一騎の魅力に気付いたりしたら』

「あ」


 クレアの指摘にエストの動きが止まる。いくらなんでもそれは飛躍しすぎだろうと一騎は思うが、どうやら二人にとっては違うようだ。顔を突き合わせて、一騎に聞こえないレベルの声で何事かを相談し合っている。


 二人の悩み事はともかく、一騎にとって今、問題なのは試験後半をどうするかだ。後半は今日と違って単独で受ける。魔法士は三~五人のチームで動くことが多い。ただしこれは基本であって、作戦や状況によっては単独で動くこともある。


 よって魔法士試験では前半をチーム戦、後半を個人戦に分けて実施される。一対一の試合形式、もしくはサバイバル形式のどちらかだ。手持ちの情報によると去年は試合形式だったので、今年は恐らくサバイバル形式になるだろうとの予測である。


 前半戦もチーム戦と言いつつ、一騎と組んでいたのはエストとクレアという魔法士候補生ではなかったのだから、実質的には前後半とも参加者は一人だけだ。


 違うのは、後半戦にはエストたちの参戦は認められていない点である。純粋に候補者の力が確かめられるということだ。


 現状を振り返ろう。一騎の持ち点は四〇点である。これは前半戦で回ることができたチェックポイントの数によって与えられた点だ。チェックポイント一つにつき十点が与えられ、時間内にゴールできていた場合、これに加えて、五十点が加算される。更に後半戦でも百点が割り振られており、前後半の合計点で合格者が決まる。


 合否に明確な基準は示されていないが、過去の例から百二十点が最低ラインらしい。


 余裕を持って百四十点が欲しいとなると、後半戦は試験内容がなんであれ、一切の取りこぼしが許されない。因果応報の要素が強いとはいえ、行動にも結果にも一騎は後悔していなかった。助けることができ、リズからの評価も好転している。十分な成果だ。これで魔法士になることができたら言うことはない。


 となると気になるのは、リズの魔法を弾き飛ばしたときのことだ。


「あれって、なんかの魔法だったのか……」


 一騎の両目が自分の腕に落ちる。集中的に回復魔法を受けた両腕には、ダメージの残渣も残っていない。


『あれが魔法だとすると、僕の知らない種類ですね。座学を疎かにしてきた君では尚のこと心当たりはないでしょう』

「よくも今まで知らんぷりを決め込んでくれてやがったな。なにお前? 罵倒意外に会話を始められない病気かなんかに罹ってるのか?」

『まさか。ドロップキックとかラリアットから始めることもできますよ』

「俺を攻撃することを躊躇えやこらぁ!?」


 一騎は図書館に近付くだけで頭痛がする体質なので、座学が疎かとの指摘を覆すことはできない。


『いえ、君の勉強や調べ物を手伝うことに疲労感というか徒労感を覚えておりまして、ささやかな暴力ぐらいは甘受していただきたいのですがね』

「甘受ってどういうこと!?」


 日本にいたときも試験の度に宗兵衛の世話になっていた一騎だ。世話をしてもらった上で底辺の成績なのだから、ノートを貸すだけでなく追再試の手伝いをさせられたこともある宗兵衛が、得も言われぬ疲れを覚えるのは仕方のないことではある。


『まあ、いいでしょう。君の魔法? があると魔法士試験を有利に進めることもできるでしょうし、それは集落にとってもいい影響があるでしょうからね。魔法? については僕のほうでも調べてみますよ。リディルもいるし、ルージュもアーニャもいます。なにかしらの情報は得られるでしょう』

「いちいち魔法? ってクエスチョンマークをつけなくていいんだよ! でもよろしく頼む!」

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