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第五章:十五話 雑魚魔物は複雑なご心境

 ゴブリンは紛れもなく最下層の魔物だ。体格は人間の子供並み、具体的には精々が小学校中学年程度。大きな個体でも身長で一五〇センチを超えることは稀だ。身体能力も体格に相応しく、大体が小学生の範囲内に収まる。


 ただし大型種や、魔法や剣の技能に特化した個体への進化を果たした場合は別と考えられ、ゴブリンメイジやゴブリンアーチャーといったゴブリン種は、雑魚ながらも警戒度を高く設定されていた。


 かつて、一騎が目指すべき姿としてイメージさせられたゴブリンセイバーなんかも、警戒度は高いだろう。もし存在するとしたら、だが。


 一騎個人への警戒度を設定するとしたら、どうなるだろうか。


 当然、魔の森において数多くの実戦経験を積んできた一騎もまた、並のゴブリンではない。転生者特有の高い魔力、潜ってきた修羅場の数により、その身体能力値は上昇している。このことは誰よりも一騎自身が強く自覚していることだった。


 並のゴブリンの身体能力 → 精々、小学生並み。


 現在の一騎の身体能力 → 成長に成長を重ねた結果、中学生程度。


 魔法士試験に参加する生徒たちの身体能力 → 高校生から大学生といったところ(魔法による補正も含む)。


「~~~~~~~~~っっっ!」


 一騎は心の中で慟哭していた。風に流れる涙まで見えてきそうだ。成長している実感は確かにあるにもかかわらず、どうしようもない格差に打ちのめされる。数々の困難を乗り越えて成長した。


 しかし一緒にスタートしたはずの他の生徒たちからは、どんどんと距離をあけられる有様だ。


 未だに体力格差を埋めることができていない人生初の魔法士試験。一騎の内心とは裏腹に、工程ははっきり言って順調だ。足の短い一騎ではスタートダッシュができなくとも、エストがいる。


 精霊契約によりエストの魔力が一騎の体内を循環し一騎の身体能力を底上げした、のではなく、一騎はエストに抱えられて移動していた。モデル体型で身長も高いエストとっては、人間の子供程度の体躯でしかない一騎を抱えるなど造作もない。むしろ、エストの顔付きはどこか嬉しそうですらある。すぐ近くを飛ぶクレアが頬を膨らませているのは対照的だ。


 そして一騎は羞恥で赤くなった顔を両手で覆っていた。


 他にも一騎たちと争いながらフィールド入りしたチームも多いが、合計で五つあるチェックポイントを二つ通過した時点で、一騎たちが上位に入っていることは間違いなかった。


「うおおおおおぉぉっ!」


 にもかかわらず、更にはどういうわけか、一騎は森の中を全力で走り続けている。ほとんど短距離走のスピードだ。後ろを走るエストと、近くを飛ぶクレアは半ば感心、半ば呆れていた。


「ねえ、イッキ、全力で走ってる一騎もカッコいいけど、張り切りすぎると後に響くわよ。ちょっとペースを落としたら?」

「いいから走らせてくれ! 無性に自分で全力で走りたい気分なんだよ!」


 二つ目のチェックポイントを通過した時点で一騎の羞恥心は我慢のダムを決壊、体全体に発生した熱を吹き飛ばすために走らずにはいられなかった。


『我が風で宙を舞うのはどうか?』


 それできりもみ回転しているところを中継されでもしたら恥の上塗りである。クレアの提案を一騎は丁重に断った。


 一騎たちはチェックポイントを二つ通過している。最初のチェックポイントをエストが、次をクレアが取っている。チームで参加しているのだから問題はないように見えなくもない。問題なのは、一騎に発露した奇妙な負けず嫌いだ。


 曲がりなりにも集落の代表として帝国に来ている、しかも生徒として試験に参加しているのは自分なのだから、格好いいところを見せたいではないか。


「次のチェックポイントは俺が取る! ふぬあああぁぁっ」


 対抗心とか見栄に突き動かされ、一騎のスピードがさらに上がる。魔力を全身に張り巡らすことによって身体能力を向上させるのは、魔法士にとって基本中の基本だ。魔物として経験の他にも、ラノベ系の知識を積んできた一騎にも可能な技術だが、今はエストから供給される魔力もあって向上幅はより大きくなっていた。


 まあ、それでも、「強力な魔物」の水準に届かないのはゴブリン種の宿命だ。


「で? ここはどこなんだ?」


 時間にして十五分後。


 既に四つまでのチェックポイントを通過し、好調を維持したまま快走を続けていたはずの一騎たちは足を止めて周囲を見回していた。この場に宗兵衛がいれば氷点下の眼差しを一騎に叩きつけてきただろうが、エストとクレアがそんな視線を向けることはあり得ない。


 周囲には巨大な木々が鬱蒼と生い茂っており、十分にあるはずの太陽の光すら、地上に届くのは一滴あるかないか。近くの岩陰では毒蛇が小鳥を仕留めたところだった。


 フィールドに仕掛けられているのは迷宮の魔法だ。中級程度の難度に分類され、魔法適性の低いゴブリンではかかったが最後、突破する術はない。


「ふぅむ、どうやら道に迷ったようだ」


 顎に手を当てて頷く一騎。見栄とか意地に引っ張られて先頭を走った一騎を問題だとすれば、一騎を妄信してついてくるだけだったエストとクレアも問題だ。いや、エストとクレアなら、特にエストなら迷宮魔法を力づくで破ることができるので、このことによる油断もあったかもしれない。


 心情的に一騎は土下座寸前である。土下座をしても許してもらえた例がないので、しないだけだ。


「どうしたものかな……この森は」


 いつもなら情け容赦なく追い討ちをかけてくる宗兵衛もいないので、一騎の口は別の方向に開く。腰に手をあて、木々に覆われた空を見る顔には苦々しい戸惑いがある。


「なにかアイデアはあるか、二人とも?」

「わたしが森ごと焼き払おうか?」


 試験前の説明だと、この試験会場は一部、魔の森を真似て作られているらしい。不本意ながら魔の森に慣れ親しんでしまった一騎には共感しにくいが、魔の森は天然の迷宮だ。予備知識のない一般人が立ち入れば確実に遭難死、熟練の冒険者や魔法士でも落命することが珍しくない場所だという。


 ここはそんな危険な場所を模している。人の手がほとんど入っていない魔の森を真似るのには、多大な労力が投入されたことだろう。帝国にとっても一大イベントである試験場を下手に吹き飛ばすと、称賛されるかはたまた非難を浴びるか。あるいは損害賠償でも請求されるかもしれない。


 最後の考えに思い至って、一騎は身震いした。賠償なんて発生すれば、間違いなく宗兵衛が怒るだろう。


「焼くのは却下で。迷宮解除の魔法とかないのか?」

「わたしにはそんな細かい魔法は無理よ」

『ふ、むろん我にも無理だな』


 つくづく力押ししかできないメンバーだな、と思う一騎であった。


「なら、俺が出口を探してくるしかないか」


 一騎は右拳で左掌を叩いて決意表明をする。


『アホですか君は』


 半瞬後には決意の腰骨をへし折られた。へし折ったのは苦楽を共にした、信用と信頼のおける頼りになる相棒だ。


「いきなり出てくんなよ宗兵衛!」

『魔法士試験なんてビッグイベントを見逃すなんて、人生を損するようなことをするわけないでしょう。通信玉を通じて外の様子はそこそこ把握しています。個人的には音声だけなく映像が欲しいのですけど』

「エンターテイメントじゃねえんだよ!」

『ラビニアさんとルージュさんとアーニャさんは、通信玉の前でポップコーンとポテチを食べながら視聴していますよ』

「知るかぁ! いつの間にポップコーンとポテチの開発に成功してんだよ! それよりアホってなんだアホって!」

『単独行動で本格的に迷子になったらどうするんです? 即刻試験終了でしょうが。それにエストさんとクレアさんが君を単独行動させるはずもありません』


 それもそうだ。実にもっともな意見に、一騎はぐうの音も出ない。


『こんなことぐらい、言われずとも分かってくださいよ、無能」

「誰が無能だ、誰が!」

『申し訳ございません、ドアホ』

「とことん決着つけてやるから出てこいやぁっ!」

『ははは、僕は集落の長様の命令で魔の森にいるのですよ? その信頼を裏切って出て行くことなんてできるはずないでしょう』

「心にもないことをべらべらと並べる天才だな!?」


 試験中、道に迷った状態で、それも対面でないにもかかわらず火花を散らす一騎と宗兵衛。二人の鼻先をかすめるように一条の閃光が走る。閃光は森の奥に着弾し、着弾と同時に盛大な音を伴って爆発した。


「え?」


 一騎が恐る恐る首を動かすと、


「ねえ、イッキ? 今はソウベエと話してる場合じゃないと思うんだけど?」

『ほんと、どうして帝国にまで来てソウベエとばかり話しているのかしら』


 光彩の消え失せた瞳を向けるエストとクレアがいた。


 爆発で飛ばされてきた小石が一騎の頭に当たった。


 通信玉からは早々に宗兵衛の声が聞こえなくなっていた。

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