第五章:十二話 雑魚魔物の立場は改善されない
連続して打ち上げられる花火が次々と天空に花咲く。
魔法士試験当日に打ち上げられる花火は、数にして実に一万発。建国祭や戦勝記念日、初代教皇聖誕祭などと並んで、国内の花火職員人が腕を競い合う場であり、最近では国外の花火職人も入ってきている。魔法士試験は当事者にとっては重要な試験であるが、その他関係者にとっても意味を持っている。
魔法士学院が置かれているコンディート市は、帝国屈指の巨大な港を備える国際交易の拠点でもある。様々な人、モノ、文化などが交錯し、帝国を大陸屈指の強国へと押し上げている原動力の一つだ。
魔法士試験開催ともなると、試験を一目見ようと多くの観光客が国内外から集まり、コンディート市は一年でも有数の盛り上がりを見せる。
もたらされる経済的効果も極めて大きい。試験を彩る花火にも賞の授与式があり、最優秀賞ともなればイベントへの優先的な出場権が得られる。露天や広告の数も爆発的に増えるなど、市中の商店も各々に販売戦略を巡らし、〈黄金の草原亭〉のラッカを含め、コンディート商人にとっては書き入れ時だ。
対外的には経済力と軍事力を見せ付ける場でもある。コンディート市の経済的発展と成長はそのまま国力に繋がる。軍事力とは魔法士のことを指す。魔法士試験を広く公開することにより、強力な才能を各国に見せ付けるのだ。特に今年は四大公爵家の子息が出ているとあって、諸外国からの注目度も大きい。
スタート地点は会場だが、試験場所は外に用意されたフィールドだ。観客の目の届かない場所で行なわれるため、コンディート市全域ではスクリーンによる、会場内部では魔法による立体投影で、臨場感溢れる試験風景が楽しめるようになっているのだ。
試験参加者たちにとっては将来を決める試験も、コンディート市は観光事業の一環として扱っている面がある。
この扱いに不満を持つ者は少数派だ。多くの学生にとっては、魔法士になるための試験であると同時に自分の名前を挙げる絶好の機会として捉えられていた。
「うっわー……すっげえ人数」
その数少ない少数派が一騎だ。お上りさんの如くキョロキョロする一騎。会場を埋め尽くす数千の観客には、正直に感嘆する。注目されることに慣れていない一騎にとっては、ストレス過多な状況だ。一騎は人間社会に降りてきてからというもの、胃痛の頻度と程度が増してきている自覚がある。
会場内では尚更だ。この魔法士試験、カインのような貴族だけではなく平民も生徒として参加しているとはいえ、さすがに亜人の参加は前例がない。
多民族国家で差別の少ない帝国では、平民の魔法騎士はいる。だが亜人の魔法士なんて例はない。亜人が試験に参加すること自体が初めてのことだ。学生生活で得た知識の中には、亜人の王国なるものが存在するらしく、そこの王族というのならまだわからなくもないだろう。
いや、一騎は曲がりなりにも魔物の集落の長なのだから、王と言えるかもしれない。だが実際には群れの長というだけであり、且つ、亜人ではなく魔物である。身分違いどころか種族すら違うとあっては、もしバレでもしたら命が危うい。
観客席から見下ろされながら魔法士候補生たちが並ぶ。
生徒たちの顔は一様に緊張と興奮で高揚していた。参加人数にして百二十人が並び、まだ十代半ばの彼ら彼女らが世界中の人間から注目を受けている。貴族として人前に出ることに慣れていても、緊張とは無縁でいられない盛り上がりだ。
グラウンドには演壇が設えており、白髪の目立つ人物――学院長メラが立っている。会場の巨大なスクリーンに学院長の姿が映った。彼は現役の魔法士として、『五剣』ほどではないにしろ、敵国であるレメディオス王国にも名が知られている人物だ。
『おはよう諸君。お集まりの皆様に置かれましては、遠路はるばるようこそお出ででくださいました。学院長として心から歓迎いたします』
話が長いことでも有名な学院長だ。こういった公式の場においては、秘書が用意したメモを丸暗記して、それを読み上げるのが通例だった。ただし最近では暗記もしんどくなったのか、手元にメモを置くようになっている。
五分ほどで学院長の話が終わり、入れ替わりで一人の老人がスクリーンに映る。と、会場が割れんばかりに拍手が響く。貴族の顔など興味のない一騎ですら、この人物は知っている。なにしろ教科書にも載っているのだ。
帝国四大公爵家シルファリオ家の現当主にして、軍務大臣のシャトレー・シルファリオ。数多の戦に出陣しては多大な戦果を挙げた、帝国最強の魔法士。遠目でも分かるくらいに鍛えられた体躯を持ち、抑えられているはずの魔法力ですら大気を裂く。
『――――生徒諸君、貴公らは今日に至るまで不断の努力を積み重ねてきたか』
巌のような声にはスクリーン越しでも十分な迫力がある。一騎はスクリーンから視線を外せず、他の生徒たちも眼前の英雄の言葉に応じるように頷く。
『貴公らは真に魔法士となることを望むか。魔法士となり、己が一切を帝国の平和と繁栄のために捧げることを誓えるか』
シャトレーの一言毎に生徒たちの目に鋭気が増していく。
『よかろう。では只今より、第七十九期魔法士試験を執り行う。若く、才能に溢れた生徒諸君の今の力と、未来の可能性を存分に知らしめよ』
万雷の拍手が再び巻き起こる。
『次に、真正聖教会より勇者様がお見えになっている。どうぞ、テンマ様』
「っ!?」
促されて演壇に立った男の顔を見て、一騎は精神的な雷に打たれた。
常盤平天馬だ。一騎の双子の弟。兄の持っていないものすべてを持っていて、両親を含む周囲の愛情と期待を一身に受け続けながらも、常に折れることのなかった傑物。
人間の勇者がいることはわかっている。異世界召喚に巻き込まれたバスの走行していた順から考えて、天馬は人間側の勇者となっているだろうとも予想はついていた。ついてはいたが、
「これほどかよ……」
ぼんくらとの評価も高い一騎をして、天馬からは強い魔力を感じ取れる。同じ勇者の藤山まゆと比較しても、かなり強い。かたや勇者としても強力な力を持ち、かたや魔物としての最底辺。世の不条理とか不公平に、目から汗が流れてきた。決して涙ではない。
「――――え?」
一騎は一瞬、壇上の天馬と目が合ったような気がした。だが本当に一瞬だったことと、弟に対する忌避感から、一騎は気のせいだろうと片付けるのだった。そして天馬のほうも、一騎に意識を向ける様子もなく、マイクの前で口を開く。
『偉大なる魔法士候補の皆さん、これから行なわれるのは単なる試験ではありません。この試験での結果は公式記録に残される……つまり魔法士としての最初の一歩ということです。合格だけで満足だなどと腑抜けた態度は、もっとも唾棄すべきものである、と先人たちが断じております。魔法士の歴史と伝統を汚さぬよう、正々堂々と戦い、名誉を掴み取ってほしい!』
高々と突き上げられた拳に、生徒・観客問わず歓声が広がる。
帝国上層部は真正聖教会の教義と影響力を忌避しているが、一般市民レベルには関係がない。教会が認める勇者ともなると、人気ぶりはすさまじい。沸き立つ会場に押されるように、一騎も昂ぶる気持ちを抑えられない。どうして天馬がここにいるのか、勇者ということは敵になるのか、など気になる点があっても、
「よっし、俺もやってやるぜ!」
複数のことを同時に考えると効率が悪くなるので、目の前のことに集中する。列の中で握り拳を作る一騎。握り込んだものは勝利なのか未来なのか、手を開けばそれらも落ち去るのだろうか。
「なにを無駄に意気込んでいる、無能」
冷ややかな眼差しと侮蔑の言葉はカインのものだ。
「んだと、カイン。てめえはなにかっつうと」
カインの言葉に反応して一騎は後ろを振り返る。てっきりカインと視線がぶつかり合うだろうとの予想に反し、カインが見ていたのは観客席――貴族専用の貴賓席に向けられていた。
「……父様」
貴賓席の中でも一段高い場所に、四大公爵家のシルファリオ家の当主にして軍務大臣のシャトレーが座っている。学生らを見下ろす顔は、表情筋が働くことを放棄したかのような無表情、もっと言えば冷厳な雰囲気を漂わせていた。
軍事的な功績をいくつも重ねていることもあって、国民からの人気も高いらしい。教科書とはいえ、学院生で公爵家当主の顔に落書きをしているのは一騎ぐらいだろう。典型的な授業中暇やで学生である。
カインは行儀悪く舌打ちをし、貴賓席から視線を外して一騎を睨みつけた。学院では常に余裕を失わないカインの目には、必死さすら漏れている。
一騎は少し複雑な気分になった。
運動会に親が来た日のことを思い出す。エリート官僚の父と料理研究家の母が二人揃ってスケジュールを調整してやってきたのは、天馬が目的だった。出来の悪い双子の兄である一騎は見向きもされなかった日だ。あまりにも居心地が悪くて、離れて弁当を食べた苦い記憶がある。
一騎は大きく頭を振った。ゴブリンの急な行動に、周囲の生徒は目を潜めるが気にしない。意識を切り替える。一騎にしてみても合格こそが目的、より正確には試験の最中に決着をつけることが目的だ。
リズの姿を近くで見つけることはできなかったが。




