幕間:その二十 デュラハンは教会に就職しました ~そこは危険な現場編 その七~
アイリーンが用意してくれた隠れ場所だが、荒巻たちにとっては特にアメニティという点については不十分なものだ。日本で生まれ育った身としては、ソファ一つとっても布の質の悪さや硬さには不満がある。
だが今、荒巻たちの表情が一様に沈鬱なものになっていることには、僅かばかりの関係もない。
「どうしたんだよ、一体?」
「そっち側でなにかあったのか?」
状況のわからない矢野と鈴木が聞いてくる。事情を知りたいというのが二割、心配しているのが八割といったところか。
「……なんだったんだ、ありゃ」
辛うじて声を絞り出したのは荒巻だ。体部分は土製の壁にもたれかかっているが、頭部はソファの上に転がっていて、クッションの下に隠れている。
「なんだと言われても……わかるわけねえだろ」
へたり込んでいる日下は、荒巻を見もせずに返す。六本足の馬の表情にも全身にも疲労感が漂い、しかしもっとも色濃いものは困惑だ。多分に嫌悪を混じっていることを日下は自覚している。
「勇者って、なんなの……?」
「こっちに振らんでくれ。会うのは初めてだったんだ」
菊池の疑問に、国分は明確に答えを返せない。
否、この場に返せるものはいない。
魔物に転生して以降、生きることに懸命だった彼女らには情報が不足しているとはいえ、またこの場所が魔法の根付くファンタジー世界であることを踏まえても、納得し難いこと。
荒巻のフルスイングを受けて倒れた西岡は、しかし気絶すらしていなかった。
戦闘力こそ失っているのは明らかだったが、手には尚も宝装を握りしめ、敵意に両目を鈍く輝かせながら、ズリ……ズリ……、と地面を這う。
ゾンビめいた行動に、優位に立ったはずの荒巻たちの側こそが気圧された。
「く……っそ……」
下半身が言うことを聞かないのだろう、西岡は折れた鋸剣を支えに上半身だけを起こす。戦える状態ではない。それでいて不気味に意欲を発し続ける姿は、どう見ても異様としか思えなかった。
日下が二歩三歩と後退したことに、騎乗する荒巻は気付けもしない。
「化物共が……やってくれたじゃねえかよ」
化物。改めて聞かされる単語に、その場の誰もが顔を歪ませる。
「おい西岡、その言い方はねえだろ。同じ学校の」
「うるせえよ化物が! この痛みは絶対に倍返ししてやるからな!」
未だ地面から立ち上がることもできていない西岡の言い草に、荒巻は苦い思いと同時に悟るしかなかった。
相手の認識を変えることは困難であることを。もう一つ、西岡から情報を得ることも同様に困難だろう。
西岡の性格がどうであれ、化物と罵る相手に対し、素直に情報を提供するとは思えない。
「生け捕りにしてアイリーンに引き渡すのがいいと思うでござるが。話を聞こうにも、拙者たちだけでは色々とわからないことも多いでござるよ」
「その場合、どうやって大人しくさせるの?」
「おれがひたすら殴って意識を奪い続けるとかどうよ?」
犯罪者と紙一重の発想である。菊池と日下の冷たい視線を浴びて、荒巻は甲冑に覆われた体をブルリ、と震わせた。
西岡の腕が動く。
荒巻たちに走る緊張の表情に、西岡は留飲を下げる。満面の、歪んだ笑みを浮かべ、鋸剣の刃を己の首筋にあてた。
『『『!?』』』
「てめえらなんぞに教えてやることなんか、一つもねえ……っよ!」
首筋に刃が深々と食い込み、思い切り引かれる。
肉と血管が斬り裂かれる音。
吹き上がる大量の血液。
血流には皮膚や肉片や骨片が混じり込み、ボトボトと音を立てて地面に散らばった。
「い、ぃいねぇ、こ、の感、触……て、きの肉な……らも、っよかったん……だ、けっ、どよ……ぉ」
とてつもない速度で命が失われていくのを目の当たりにする荒巻たちは、満足に身動きも取れずにいる。
自らの命が失われていく様を自覚する西岡は、むしろ歓喜にも似た笑い声を上げた。
「ひや、ひゃははははっはっははっはっははは! これで! これで三回目だ! これで俺は、もっと強くぅ!」
なにが三回目なのか。荒巻にも日下にも菊池にも国分にも見当もつかない。答えを知ることもできなかった。
数分を経て絶命した西岡が地面に倒れ込み、小さな痙攣も消失すると同時、西岡の肉体が光に包まれる。
光は蒸発でもするかのように空中に向けて拡散し続け、遂にはシャボン玉のように弾け――西岡の死体も一緒に消えていた。
「ちょっと信じられない話だね」
アイリーンの反応は当然のものだ。なにしろ、目の当たりにした荒巻たちでさえ、「あれは何らかのトリックではなかろうか」と未だに疑っているくらいなのだから。
正確には、トリックであってほしいと願っている。
敵だったとはいえ、同じ学校の顔見知りが突然自殺した。挙句、死体はその場で消え去ったなど、ファンタジーであることを加味しても薄気味が悪い。
むしろ、時間を経る毎に、トリックではないかとの思いが強くなる。声には出さないが、矢野と鈴木もすぐには信じられないでいる様子だ。
「なあ、アイリーン、勇者ってのはなんなんだ? この世界でなにが起きてるんだ?」
荒巻の声には力が籠っていない。力を入れるだけの余裕がないのである。
「勇者の詳細はアタシらみたいな下っ端には知りようもないさ」
仮にも副教会長の地位にあるアイリーンですら、勇者のことを詳しく知ることはできない。教会上層部、枢機卿の地位にあるものでも、勇者召喚に関わっているか否かで、理解度には大きな差があるという。
「それと、この世界で起きてることだけど……あんたらの世界で起きてることと同じだろうよ。魔法があるか否か、魔族や魔物がいるか否か。この程度の差があるだけで、権力争いに主導権争い、覇権争い……どこにでもあることさ」
夢も希望もないアイリーンの言葉である。
「重要なのは、あんたたちが決闘に勝ったって点だよ」
そのアイリーンの答えは本質的に荒巻たちの疑問に答えるものではなく、しかし、多少は気持ちを軽くする効果があった。
「決闘で勝ったからには、大義はこっちにあるってもんさ。言いがかりをつけてきたメディスンの奴は二、三週間以内に追い落とすとして、腹心を失うことになれば教会長のじじいにとっても痛いでしょうね。ぐふふふふ」
うん、気持ちが軽くなったのは錯覚でした。
「コクブだっけ? 新しい魔族の勇者を手駒にすることもできたし」
「手駒とな!?」
「不満? 馬車馬って言い直そうじゃないか」
「馬車馬ぁっ!?」
『『『諦めろ、国分』』』
飛び上がった国分を慰めるために、五つの手――一つは羽で、一つは蹄だが――が国分の肩に次々と乗せられた。
「惜しむらくは、勇者を生け捕りにできなかったことね。こっち側に引きずり込めていれば、教会長のじじいどころか、枢機卿とかの情報も手に入れることができたのに……もったいないことをしたわ。減点ね」
「減点とかあるのかよ!?」
辛い、というか、とりあえず難癖をつけてくるアイリーンに、律儀に反論するのはもはや荒巻くらいである。他のメンバーは「彼女にはなにを言っても無駄だ」的な雰囲気に捕まっていた。
「いや、でもよ、アイリーン。仮に西岡の奴を生け捕りにできたとしてだぞ? 仲間になんかできねえだろ。いつ裏切るのかわからねえんだし」
「なに言ってんだい。任務に失敗してのこのこ戻ってくるような奴が勇者として組織から信用されると思うのかい? 聞いた感じじゃ、人望があるとか知略に長けてるとかってわけでもなさそうだし、実力が足りないって判断されたらそれまでさ」
唯一無二の勇者でない以上、扱いが酷くなることも、仕方のないことなのかもしれない。西岡は自分で「ドサ回り」と表現していたことから、勇者の中でも実力や才能によってランク付けがされているのだろう。
「それに勇者、つってもまだ子供。それもこの世界の常識やルールにも疎くて、知識や経験も足りていないんだ。金を稼ぐことだって満足にできるかどうか怪しいもんさ。教会の後ろ盾がなくなってやっていけるわけないだろ?」
「た、確かに。下手すると犯罪者まっしぐらだな」
「召喚した勇者が犯罪者だなんて教会上層部が認めるわけがないから、すぐに消されるさ」
淡々とした口調故に、アイリーンの言葉が真実だとわかる。
だが殺害された勇者の宝装が教会に回収され、必要に応じて貸し出されていることまでは、さすがのアイリーンも知らないことだ。
「手に入らなかった駒のことを考えても仕方ない。今ある戦力を最大限に使って、望む結果を引き寄せるように努力しないとね。ぐっふっふ」
『『『笑い方ぁっ!』』』
悪党面でほくそ笑む上司に、荒巻たちの背筋には大量の冷や汗が滝となって流れたのであった。
追記。『黄金の羅刹』は洞窟の途中でリタイアしました。




