幕間:その十九 デュラハンは教会に就職しました ~そこは危険な現場編 その六~
ほくそ笑んだのは国分だ。地面に倒れた体を細い肢で懸命に起こしながら、罠にかかった獲物に向けて勝ち誇る。
「くっくっく、バカめ。この部屋は魔物としての力を最大限に駆使して作った場所。いたるところに落とし穴と地雷を設置済みだ。どっちも任意で作動させることができるようになっている! 素直に降伏するなら命だけは助けてや」
「エアリアルボム!」
「ぎゃぁぁぁあああすっ!」
国分の発言の終わりを待つことなく、落とし穴に落ちた西岡目掛けて魔法を解き放ったのは菊池だ。粉塵と爆音と悲鳴が三重奏を繰り広げ、荒巻と日下はもとより、罠を仕込んだ国分さえもが目を大きく見開いている。
「ちょ、おま、美波、なにをしてくれてんの!?」
「ごめんなさい、ちょっと反射的に」
「ぉおう」
反射的に、なんて返されれば、荒巻としても絶句と共に納得してしまう他ない。
まあ確かに、菊池の思考や精神状態が著しくささくれ立っていたのは事実である。本当なら国分に向けて魔法をぶっ放したかったところだろうに、状況がそれを許さなかった。
前景にある彼女の攻撃性が宙に浮いてしまっているタイミングで、西岡が登場したのである。加えて明確な敵意を持っているとなれば、菊池に躊躇う理由もない。
「ふっざけるなぁぁぁああっ!」
地の底――まあ、落とし穴の底のことなのだが――から響く怒号と共に、荒巻たちの地面に亀裂が走る。鋸状の刀身が亀裂の内側から噴き出す。
不意を突いた稲妻めいた斬撃は、菊池の右翼から鮮血を伴って半分の長さを奪い取る。
「ぁっっ!」
菊池の悲鳴。あまりにも短いその悲鳴は、荒巻たちの耳には届かなかった。
斬撃が終わらないのだ。
あろうことか、斬撃の軌道が変わる。
稲妻だと思った斬撃は、蛇のように攻撃の向きを変えて襲いかかってきた。
否、牙や巻き付き程度の攻撃手段しか持たない蛇など、この斬撃とは比べるべくもない。
より速度を増した鋸剣が横に滑り、国分の腹を削る。
柔らかい腹部から内臓が零れ落ちる間もなく、鋸剣のうねる刀身に叩かれた国分が地面を転がる。
「くっそ!」
もっとも俊敏に勝る日下だけが回避に成功する。
だがこの回避が勇者の逆鱗に触れたのか、鋸剣はより一層、長さを増し、洞窟の天井近くにまで到達。数瞬の静止を経て、空気すらこそぎ取るほどの猛烈な速度で落下した。
狙いは荒巻。迎撃するには荒巻の大剣は鈍重すぎる。
「来いやぁぁっ!」
瞬間、荒巻は大剣から手を離す。空いた両の手でもって落下してくる斬撃を迎え撃つ。
白刃取り。その場の誰もが荒巻の狙いを正確に把握する。
急速急激に集中が高まる。荒巻は目前に迫る斬撃を見据え。斬撃は獲物を斬り裂かんと猛り。
菊池、日下、国分は凶悪な一撃を受けて立つ荒巻を案じて。
荒巻の手から離れた大剣が地面に落ちるよりもはるかに短い一瞬。
火花が散ったかの刹那の交錯。
荒巻の両手、鋸剣の斬撃が衝突――しなかった。
「げぶふぁっ!?」
激しい金属音を響かせて、荒巻が吹き飛んだ。荒巻の手甲どうしがぶつかる音ばかりが響いただけで、その両手は正に空手。鋸剣の鋭い斬撃が荒巻の分厚い甲冑に直撃した。
日下の叱責が飛ぶ。
「バカかてめえは!? 白刃取りなんか今までの人生でしたことねえでござろう! 右脳と左脳とで白刃取りとかいう気かタコ!」
「うっせえ! おれならできるって頭の中の自分が囁いたんだよ!」
「んな幻聴に耳を貸すなでござるよ!?」
「病人扱い!?」
驚くべきは荒巻の防御力だ。勇者の一撃を受けた鎧は砕けこそすれ、内側からの出血がない。
ゾリ、と異様に伸びている鋸剣の刀身が地面を削る。
「気を抜くなよ、周平」
その通りだ、との声があったわけではないが、まるで日下の言葉を追認するように地面が裂ける。裂け目の奥から現れたのは、怒りに血走った目を爛々と輝かせる西岡だった。
「こっのクソ魔物……っ、選ばれなかったくせに! 勇者になれなかったくせに! 魔物のくせに! ふざけやがって! 細切れのミンチにしてやるぁぁっ!」
「日下!」
「任せるでござる!」
大剣を拾い上げた荒巻は地面を蹴り、飛び上がる。日下が猛然とした速度で地面と荒巻の間に滑り込む。現れたのはさながら悪魔の騎士。日下に騎乗した荒巻の姿だった。
デュラハンの攻撃力とスレイプニルの機動力。双方を最大限に生かすために練習した結果である。
睨み合う荒巻+日下と西岡。
先手を取ったのは――菊池美波。
右翼を失った菊池の戦意は尚も高いままだった。いや、むしろ眼前の敵に対してより高まったというべきか。
斬られた右翼から流れる血さえも戦意に変え、文字通り溢れる戦意が菊池の魔力を爆発的に高めていく。
放たれるのは風の刃。魔法として放つと同時、翼を大きく羽ばたかせ更なる威力を上乗せする。
荒巻との一騎打ちだと錯覚していた西岡は完全に虚を突かれた。荒巻までも呆気にとられている。
加えて手傷を負ったハーピーの魔力上昇を目の当たりにして、西岡は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。僅かな時間、鋸剣を振るうことを忘れ、気付いたときには手遅れ。
巻き起こる風刃は嵐となって西岡を飲み込み、嵐の内側を容赦なく斬り裂いていく。嵐が治まったとき、その中心で暴威に晒され続けた西岡は、
「っ、はぁっ、こ、この……ぉ」
全身を己の血で赤く染めながらも、より怒りを強くして立っていた。
「魔物の分際でぇっ!」
怒りのまま、鋸剣を振り上げる。振り下ろすと同時に刀身が伸びて菊池を襲うだろうが、西岡の手は振り上げられた形で停止した。巨大な昆虫の影が足元に落ちている。
「上だと!?」
西岡の頚部が後屈、上を向く。腹部に大きな傷を負っている巨大ナナフシが、痛みに涙目になりながら、そこにいた。
国分の口が開き、炎を噴き出す。
「くらえ、一兆度の炎を!」
いまどきゼッ〇ンを知っているものがどれだけいるのだろうか。
噴き出された炎は西岡を一瞬で飲み込んだ。炎の壁の内側から西岡のくぐもった悲鳴が響く。赤い炎に映る黒い影は、頭部を抱えながら悶え、ゆっくりと地面に倒れていく。
「や、やったか?」
「やるわけねえだろうが!」
荒巻のセリフ――フラグともいう――は、より大きなセリフに消し飛ぶ。炎の中、倒れたのだと思った西岡は、その実、加速のために姿勢を低くしただけだった。
弾けるように地面を蹴った西岡が炎の壁を突き破る。
低く構える鋸剣の柄を両手で握り込み、魔力と、恐らくは怒りの感情も注ぎ込むと、鋸剣の刃が白く輝く。
魔物への殺傷力を飛躍的に向上させる、聖なる光だ。言動や人となりがどうであれ、西岡は確かに、教会に所属する勇者。聖属性の術を使えてもおかしいことではない。
「勇者の俺によくも! 神罰を受けろ!」
白く輝く鋸剣が荒巻を薙ぐ。神罰などというものはすべからく人為的なものだ。だからこそ満足に望んだ結果に繋がらないこともある。
金属どうしが激しくぶつかる音、が消えるより早く、金属を削る耳障りな音が響く。荒巻の手甲が鋸剣を受け止め、火花を散らして削られているのだ。
荒巻の手甲は転生の際に獲得した頑丈な代物だ。それが、火花と共に金属片となって砕け飛ぶ。
己の腕に鋸剣の刃が到達することを覚悟した直後、荒巻と鋸剣との間に距離が作られた。日下が思い切り横に跳んだのだ。
「た、助かった。サンキュ、日下!」
「間合いはこっちに任せろ!」
「語尾のござるはどうしたよ!?」
「やっかましいわ!」
「黙るのはてめえらだろうがぁぁっ!」
激昂に遅れること数瞬、西岡の鋸剣が暴れまわる。切れ味鋭く、軌道は不規則で見切り難い、並の人間なら目にするだけで生きることを諦めかねない斬撃の嵐。振るう西岡の体力にはまだ余裕が見てとれる。
が、西岡以上に日下の体力は残っていた。
荒巻を騎乗させた状態にもかかわらず、フロア内を所狭しと駆け回る。最高速度でチーターを上回り、且つ草食獣の持つ急激な方向転換能力まで備えている日下を、西岡の鋸剣は捉えられない。
後方上部からの斬り下ろしも、刀身を波打たせての横薙ぎも、地面を削って起こした土煙に斬り上げを紛れ込ませても、いずれも回避した。
成し遂げたこととは逆に、日下の表情には危機感が強く表れている。
「周平、知り合いみたいだが、やれるんだろうな!?」
これだ。殺意をもって襲いかかってくる相手に対し、躊躇や優しさを持ってしまえば、事態は悪い方向にしか転がらない。荒巻の答えは、
「情報収集という大義名分があるから、殺さない方向で行く!」
「無茶言うなてめえ!」
「無理と無茶を通せば道理は引っ込む! だろ、相棒?」
「うがが、お前が責任取れよ、この野郎!」
「責任はみんなで分かち合うべきだと思いませんか!?」
「知るかぁっ!」
掛け合いをしながらも、荒巻の目は西岡を捉えて離さない。日下の姿勢が低くなる。突進。経験の浅い荒巻たちでもできる、騎馬戦術の基本だ。
「うぜぇっ! こいつで死ねやぁぁぁぁぁあああっ!」
苛立ち紛れの西岡の叫びに呼応して、鋸剣の刀身が限界まで伸びる。
刀身は渦となって荒巻+日下の周囲を取り巻く。
逃げ場のない刃の檻。
菊池と国分が思わず息をのむ。
西岡の手が勢いよく剣を引いた。波打つ刀身が中心に向けて集まる。
魔物たちは悲鳴と共にバラバラになる。そんな西岡の確信は、高音の悲鳴と共に砕かれた。
日下の両後ろ足が勢いよく跳ね上がり、鋸剣の刀身の一部を蹴り砕く。
砕けたことで生じた隙間目掛けて大きく跳躍。荒巻+日下は、一瞬にして絶体絶命の窮地を脱することに成功した。
「周平!」
「任された!」
日下の急加速が地面を砕く。
荒巻は大剣の柄を握る両手に力を込める。
宝装が砕けるという事実に自失を呈した西岡は反応すらできない。
裂帛の気合と共に放たれるのは、斬撃というよりも、野球バットのフルスイングだ。
渾身の魔力が込められた、刃ではなく刀身の腹の部分が西岡の胸部を正確に捉える。肉体と金属の衝突音とは思えない鈍く大きな音。
西岡はボールのように宙を飛び、石壁に激突。血を吐きながら地面に落下した。




