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幕間:その十八 デュラハンは教会に就職しました   ~そこは危険な現場編 その五~

 この腹立たしい洞窟へと足を踏み入れてから、どれだけの時間が過ぎただろうか。


 身体的なダメージはともかく、精神的には深い傷を負いながらも、荒巻たちは遂に最深部へとたどり着いた。アイリーン、というよりも教会側が把握する限りでは、ここが最深部であるとのことだ。


 石造りの大きな扉がこれ見よがしにそびえている


「こ、ここでぇ、ここで終わりじゃあああああぁぁ~」


 まるで地獄の底からでも響いてきているかのような荒巻の声である。


「ナナフシぃ、ナナァァフゥゥゥシィ~~待ってなさいヨ、今、ありったけの魔法ををぶち込んでヤルカラァ……っ」


 どうやら菊池の心も相当にささくれ立っているようだった。もちろんメンバー全員が同じ気持ちなので、誰も互いを諌めようとは思わない。出会ったことはまだないが、あのナナフシは痛い目に遭うべきだと思う。


 見たこともない魔物をコテンパンにぶちのめすことを、彼らは誓っていた。


「フォーメーションSで行くぞ」

「AもBもCも知らないんだけど。あのね、周平、イライラしてんだからつまんないこと言ってるとナナフシより先にぶん殴るわよ?」

「Oh……そ、ソーリー」


 魔物としてはデュラハンの各はハーピーより上なのだが、荒巻デュラハン菊池ハーピーの迫力に圧倒されるばかりだ。群れパーティの中での順位付けはとっくに完了していた。


「日下君、準備はいいかしら?」

「君づけとな!?」

「さっさとする!」

「承知したでござるよぉっ!」


 フォーメーションSとはなにか。海外製のドラマや映画などで見られるような、単純な突撃のことだ。日下が石造りの扉を蹴破り、同時に菊池が火力重視の魔法を打ち込むのである。


 盛大な粉塵が爆音と共にフロアに広がる。


 今少し、心に余裕があったなら、煙が晴れるのを待ってフロア内に足を踏み入れただろうが、三人は「煙に紛れて攻撃を仕掛ける」と攻撃側に寄り掛かった思考に囚われていた。


「周平!」

「よっしゃ、任せろ!」


 借金塗れのデュラハンが飛び出す。血涙でも流そうかとの気合を振り上げる剣に込め、粉塵を突き抜ける。両手で振りかぶった剣。裂帛の気合。気迫――金銭の恨み――に漲った眼光が貫くのは、


「ひぃぃぃえええぇぇぇぇっ!? お助けぇぇぇええっ!」


 大きく引けた腰と竦められた首、ガードというよりも反射的に上げられた手(前肢?)で頭部を庇う、人語を話す巨大昆虫の姿だ。


 びた、と振り下ろした剣を急停止させる。荒巻の腕の骨や筋が異様な軋みを上げた、が荒巻はそこに気を回さなかった。


 人語を解する魔物の存在。高位の魔物ならおかしくはないが、昆虫型の魔物となると、それはつまり、


「お、お前、うちの学校の生徒か!?」

「ぃへ?」


 場に満ちていた、かなり一方的な戦意は急速に萎む。四体の魔物が膝を突き合わせて話を聞くこと十分、萎んだ戦意はシャボン玉のように弾けて消えた。


 巨大ナナフシ――国分丈は相手が同類だと理解すると大袈裟なくらい安堵の息を吐き出し、大粒の涙を流す。涙腺が決壊してからは、舌の回転までもが急速に滑らかになった。荒巻たちが質問する隙もないほど大量の情報を、やるせない怒りを中心とした感情をふんだんに交えて吐き出し続ける。


 聞かされた話の内容に、荒巻たちも涙を禁じ得なかった。


 国分は魔物に転生直後、ゴブリンやスケルトンのようにスムーズに逃げ出すことに失敗する。妖精ペットの暴威の直撃こそ避けることができたものの、崩れ落ちた岩に巻き込まれて気を失ったのだ。


 ようやく目を覚ました後は、級友どうしでの殺し合いだとかに巻き込まれることを嫌がり、崩落から生き延びることができた他の犠牲者たちと一緒に、その場から一目散に逃げ出した。


 一緒に、と言ったが、一緒だったのは逃げ出したところまでで、直ぐに個別に動き出す。虫だからこその細長い体と外骨格が幸いし、国分は何本かの肢を失いはしたものの洞窟から逃げ出すことができたのだ。


 だが己が虫であることに強いショックを受けた国分は、荒巻たちのように人里に降りる選択をすることもできず、かといって自分で身を立てて群れや国を作るといった気概も持てずにいた。結局、人目につかないように生きることを選ぶしかなかったのである。


「仲間とか友達はどうしたの?」

「虫になった時点で全員、離れていきやがったよ!」


 菊池の質問に返ってきたのは、世知辛い世の中という現実である。


 洞窟を出てからの国分は「魔族の勇者なのだから、そこらの魔物よりかは強い」とどこか軽く考えていた。隠れ住むくらいならなんとかなるだろう、と。失った肢も再生したので、森の奥へ奥へと、気分も重く歩を進めていったのである。


「く、苦労したんでござるなぁ」


 ぴく。日下の何気ない一言に、ナナフシの纏う空気が一変した。


「お」

『『『お?』』』

「お前らにこっちの苦労がわかるかぁっ! メ、メメメメスの魔物にされたせいでどんな目に遭ったと思う! 森の中を歩いていたら発情期だか何だか知らんがオスのナナフシ共が大量に群がってきたんだぞ!? お、おぉぉぉおお思い出しただけでも怖気が走る!」

「お前メスなのぉっ!?」

「言うなぁぁぁぁぁあああっ!」


 国分は細長い体を、同じく細長い肢で撫でまわす。人間なら鳥肌でも立っているのだろうが、ガサガサという音は傍で聞いている荒巻たちこそに鳥肌を作る。


「全員集合」


 荒巻が他の二人に声をかけ、国分から十分に距離をとり、背を向けて輪を作る。


「どう思う、異世界専門家の日下先生?」

「拙者が思うに要素盛りすぎでござるよ。異世界+転生+TSって。しかも欠片も羨ましくない。TS転生は普通、貴族とかに生まれて乙女ゲームみたいに砂糖並みに甘い恋愛ものになるものでござる」

「日下、あんた、乙女ゲーム舐めてるでしょ」

「コソコソ話すなよぉっ!?」


 一瞬にしてのけ者にされた国分が飛び掛かってくる。いや、まあ、敵意はないのだから飛び掛かるというよりも、縋りついてくると表現したほうが正しいか。


 荒巻が国分の肩――かどうかはわからないが、とにかく肩らしき場所を軽く叩く。


「まあ、落ち着け、国分君。おれたちの知り合いに教会の偉いさんがいる。おれたちがここに来たのはそいつに頼まれたからなんだが、お前のこともどうにかできないか頼んでみるってのはどうだ?」

「へ?」


 アイリーンのことだ。荒巻たちと国分は同類。この世界に引きずり込まれ、魔物に変えられた被害者どうし。


「た、助けてくれる……のか……?」


 期待に満ちた声を絞り出す国分。対する荒巻は慈愛に満ちた声を返す。


「もちろんだ。互いに被害者、そして自分たちだけでこの世界を生き抜くのは難しい。だろ?」


 国分が救いを求めるように細い前肢を伸ばし、荒巻が受け止めるように手甲で覆われた手を差し出す。


 バックに感動的な音楽流れそうな、尊い仲間を救うための行動――と同時に、アイリーンの無茶振りの一人当たり負担量が減ることを期待しての勧誘だ。


 実に感動的である。純粋に善意だけの行動ではないのは、清濁併せ飲めるくらいに人格がこなれたのか、単に擦れてしまっただけなのか。


「一緒に行こうぜ、国分。ま、ちょっとはうちの仕事を手伝ってもらうけどな」

「なんだってするさ。この状況から抜け出せるんなら、喜んで協力する」

「ああ、心強い仲間ができてうれしい限りだ。今日から、共に進もうじゃないか」


 なんというか、こう、「勝ち負けなんか二の次」「一緒に青春の爽やかな汗を流そう」的なセリフであるのに、苦しみを分かち合うために引きずり込もうとしているように見えてしまう。


 互いの手が触れあう距離に届く、まさにそのとき。


 前触れもなく、轟音と共に天井が砕ける。


 大量の土砂と砂ぼこりがフロアを埋め尽くす。突然の事態に荒巻は、小脇に抱えていた自分の頭部を落としてしまった。


「いで!」


 舞い上がる砂ぼこりのせいで周囲の状況はなにもわからない。見上げる荒巻の目には、膝から上が見えず、


「ぐはぁっ!」


 差し出した手がなにかを受け取った感触もないまま、砂ぼこりの奥から短い悲鳴が聞こえた。荒巻の心臓が一瞬だけ縮み、菊池の声でも日下の声でもないことに気付く。


「! 国分! おい、国分! どうした!」

「うるせぇっ!」


 仲間や国分のものではない鋭い声に続いて、棒立ちだった荒巻の体に鈍い衝撃が広がる。なんらかの打撃。そうとわかるだけの衝撃を受け、荒巻は倒れ込む。


 ダメージではなく、地面に転がったままの頭部を回収するために。鎧を着込んでかなりの重量のある体とは思えない俊敏な動きで頭部を拾い上げ、ゴロゴロと地面を転がって距離をとる。


 移動した距離は優に三メートル。


 体を起こした荒巻が見たものは、血なのか体液なのかを口から吐き出し地面に倒れつつある国分と、国分を斬りつけたであろう剣を手に持つ一人――まだ少年と呼べる年齢の、荒巻が見覚えのある人間だった。


「っっ西岡ぁっ!」

「なんだぁ? なんで俺を知って……ああ、魔族の勇者って奴かよ」


 西岡という少年は動きやすい皮鎧、しかし、教会の祝福を受けることで防御性能を飛躍的に上昇させることに成功している一品に身を包み、一二〇センチ程度の刀身を持つ武器を肩に乗せている。真っ当な剣ではなく、いわば厚みのある鋸だ。


 さほど美形というわけではないが、小中高と野球部に所属するスポーツマンで、地区大会レベルではそこそこ活躍するとあって、女子からは毎年のようにバレンタインチョコを貰える側の身分にある。嫉妬に狂った一部の狂人から、呪いの手紙や藁人形を受け取ったこともあったはずだ。


 その西岡は大きく舌打ちをして、倒れた国分を小突く。


「っおい、西岡」

「は! うるせえよ。お前が誰かは知らねえけどよ、同級生だからって甘い顔をしてもらえると思うなよ? こっちは勇者、お前らは魔族。こっちは正義、お前らは悪。倒す側と倒される側にきれぇにわかれてんだからよ」


 西岡は握った宝装を荒巻に突き付ける。鋸のギザギザの刃には国分の体液と削られた外骨格の欠片がこびりつき、重力に掴まって滴っていた。


「西岡、てめえ、同じ高校の仲間を殺すってのかよ」

「知るかよ、んなこと! 勇者と魔物にわかれた時点で、俺らの道も運命もわかれてんだ。こっちは人間、お前らは魔物。仲間扱いすんじゃねえよ、気っ色悪ぃ」

「な」


 荒巻は絶句した。菊池も日下も同様だ。魔物になって、人間としての精神を捨ててしまった奴ならいたが、人の姿、人の側にありながら、同級生を切り捨てることを躊躇わないとは。


「お前ら魔族の勇者を始末すりゃ、ポイントもでかいんでな。こんな田舎を回る地味で下らん仕事からも、ようやくおさらばできる。俺も天馬たちのように中央で華々しく活躍できるってもんだ。ドサ回りなんぞに期待してなかったが、どうやら運が回ってきたよう――」


 西岡は薄い笑みを浮かべたまま、鋸剣を振り上げる。


「――だ!」


 倒れている国分を踏み越え、強い功名心を全身に纏う西岡が迫る。


 西岡の足捌きは、十分に剣技を学んだもののそれだ。振り上げた腕の奥に光る両目には手柄への期待とは別に、必殺の念も確かに宿っている。


 未だ体勢が不十分な荒巻にその攻撃を避ける術はない。頑丈な手甲でもってしても受け止めきれるかどうか。


 鋸剣が唸り声じみた音を立てて落下、


「あ~れ~」


 西岡は唐突に姿を消した。隠されていた落とし穴だった。

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