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幕間:その十七 デュラハンは教会に就職しました   ~そこは危険な現場編 その四~

「今度は入り口から出口までが一直線か。えらく見晴らしのいいフロアだな……出口に連射式の弓がセットされているように見えるのだが、気のせいかな日下君?」

「現実を直視しろよバカデュラハン。バカ正直に直進すれば狙い撃ちにされるって寸法だろ。どう思う菊池?」

「だったらフロアのあちこちにある柱や物陰を利用して進めばいいだけのことじゃない」

「矢は直線にしか撃てんからな」


 菊池と日下の言葉に荒巻が頷く。三体の魔物の視線が交錯した。


「まずはおれが行く。二人は後について来てくれ」


 勢いをつけて走り出す荒巻。何本もの矢が放たれるが、重装甲のデュラハンは回避することなく突破を試みる。五十メートルを七秒の速度で無事に柱の陰にたどり着いた。直後、


「ぶっは!?」


 なにかに足をとられ、その場に倒れ込んでしまう。粘着性の床とでも言おうか、それに捕まってしまったのだ。脇に抱えていた首がボールのようにコロコロと転がっていく。


「大丈夫か、周平?」

「は、地雷に比べれば楽勝だ。こんなもの、すぐにでも引きはが」


 荒巻の言葉が詰まったのは、部屋の向こう側を見てしまったからだ。壁の一部分が音もなく開き、真っ暗なそこから先を争うように大量の虫が溢れ出てきたのである。


 哀れ、荒巻は己の肉体が魔物に蹂躙される様子をまざまざと見せつけられる羽目になるのだった。


「ひいいいいぃぃぃぃいいいいっ!?」

「ちょ、周平ぃぃぃっ!?」


 菊池の持つ伝心人形から、呆れも強いアイリーンの声が聞こえてきた


『わざと逃げ道を作って、そこにトラップを仕掛けるのは基本中の基本でしょ? あっさり引っ掛かるんじゃないわよ』

『『『気付いてたんなら教えようよ!?』』』

『アタシが指摘する前にそっちが突っ込んだんでしょうが!』


 このときばかりはアイリーンの言葉が正しいことを認めざるを得ない三人である。



                    

「ここも入り口から出口までが一直線だぞリーダー! 両側の壁になにやら槍とか矢とかが発射されそうな丸い穴が開いているがっ」

「それはどう考えてもトラップだな。だが大丈夫だ。軽装のお前らはともかく、重戦士である俺の防御力なら耐えながら突破できるだろう」

「おお! 任せたぞ、リーダー」


 仲間からの厚い信頼にウルガーは力強く頷き、


「あ、でも念のために補助魔法があれば欲しいお年頃でして」

『『……』』


 微妙に格好のつかないセリフを付け足す。馳せた勇名など、洞窟に数多くある落とし穴のどれかに投げ捨てて久しい。神官がため息交じりに矢避けの魔法を用い、弓使いは敏捷をわずかに上昇させる護符を渡す。


「皆、力を貸してくれてありがとう。今度は俺がみんなの信頼に応える番だ。行ってくる、とうっ!」


 ウルガーが勢いをつけて走り出す。重装甲の鎧は重量も相当のものだが、長年に亘り鎧と付き合ってきたウルガーは、自分の筋力に多大な自信を持っている。


 俺ならできる。


 ウルガーは強い確信を抱いて、懸命に足を動かす。両側の壁から何本もの槍が発射される。あるいは分厚い装甲で阻み、あるいはウルガーが振り回す大剣でもって叩き落す。


 見守る神官たちが手に汗を握る。


 ウルガーが更に進むとまたもや槍が発射されるが、これは大剣を立てて防ぎきった。続く第三射は兜を掠めるも、意に介さず突き進む。


「よぉし出口だ! このまま行くぞ!」


 兜の中に浮かび上がる荒巻の鋭くも強い眼光が、注意深く左右の壁に視線を送る。いくつもの丸い穴。来るなら来い。全て避けきってやる、と意気込んだ瞬間、足元の床がパカリと音を立てて開いた。落とし穴だった。


 ウルガーは底の見えない地下に向けて落ちていった。


「リーダーぁぁぁぁぁあああっ! こ、ここで落とし穴ってええええええっっ!?」


 両側の槍に注意を向けて最後に落とし穴だなんて。槍は回避や防御ができたとしても、最後の落とし穴に気付くかどうかは本人の知覚次第。槍にばかり気を取られていたせいで、落とし穴に気付くこと自体が遅れたのである。



                    

「おいこらちょっと待て。なんか急に変なプレッシャーを感じてるんだけど……なんなのかわかります、アイリーン様?」

『そうね、恐らくその中には魔法封じの結界が張られているようね。魔法はおろか、魔力を介した行動もかなり制限されるはずよ。リビングアーマーなんか一発でガラクタになるわね』


 荒巻の脳裏に浮かんだのは、罠にかかった矢野が音を立てて崩れ去る映像だった。この場に矢野がいなくてよかった、と心底から思う荒巻である。いや、分類としてはアンデッドに入るデュラハンも、影響を受けないとは言い切れない。菊池ハーピー日下スレイプニルを頼りにすることになりそうだ。


 このフロアにはどんなトラップが仕掛けられているのか、調べようと床に這いつくばろうとした瞬間、ゴゴゴ、と、フロア中央の床から、なんか強そうな人形が出てきた。ファンタジー知識とゲーム知識をとつなぎ合わせ、瞬時に答えを導き出す。


「あれって……ゴーレムって奴か?」

「ゴーレムって土とか岩でできた人形だよね? なんか変な模様ついてんだけど」

「模様がついていようといまいと、立ちふさがるなら斬り伏せるだけだ! うおおぉぉぉお!」


 荒巻は大剣を大上段に構えて、ゴーレム目掛けて突っ込んでいく。地雷が仕掛けられている様子もなく、みるみる間合いが詰まる。荒巻の大剣は唸りを上げてゴーレムの頭部に直撃し――――


「!?」


 ――――異音と共に弾き飛ばされた。防御力で弾いたのでもなく、いなしたのでもない。通信玉からアイリーンの声が響く。


『気を付けなさい。そのゴーレムは全身に耐刃呪紋を施してるわ。武器、特に剣や槍だとほとんどダメージを与えられないからね』

「なるほど。そういうことなら、ここは美波の魔法で…………魔法封じの結界いいいいいいいいいっっ!?』


 荒巻の絶叫をかき消すように、ゴーレムの目から一条の光線が放たれた。



                    

 こうして数々の性格の悪いトラップ群を潜り抜けた荒巻たちは、ようやくの思いで開けた場所に辿り着き、そのままへたり込んでしまう。


 肉体的なダメージよりも精神的なダメージの比率が大きい。どこに罠が仕掛けられているのか、いつ罠が発動するのか。これらの重圧が魔族の勇者の精神をゴリゴリと削っていた。


「とりあえず、少し休憩しましょ」

「だな。飲み物とかあるか、美波?」

「うーん……水薬ポーションしかないわね」


 それも品質の悪いものだ。武器の購入に金を使いすぎた結果、道具類に回す金がほとんどなかったのである。


「なあ、異世界転生ものってさ、俺たちはチートアイテムを持ってるのがデフォじゃねえの? 容量無限で内側の時間が止まっているからバッグの中はいつまでもキンキンに冷えてフレッシュです、なんてアイテムボックスが標準装備されてるはずだろ」


 人間時代はそんなそぶりも見せていなかったのに、意外に異世界転生というジャンルに詳しい日下だ。


「は! まさかキャラ立てか!? 魔物に変わっただけだとまだ異世界に馴染みきっていないのか? 一人称を拙者にして語尾をござるに変えればっ」

「錯乱するのもほどほどにしときなさいね。どうする、周平?」

「とりあえず水薬ポーションをくれ。喉が渇いたし、やっぱちょっとは休憩したい」

「わかった、ほい」


 水薬ポーションを受け取った荒巻は、ペットボトルとは違う瓶の手触りに少しだけ緊張する。

「拙者にも一本お願いするでござるよ」

「それ、採用すん」


 ゴソゴソゴソ。呆れと共に水薬ポーションを口に運ぼうとした荒巻の耳に、どうにも不快な音が届いた。背筋を上ってくる嫌な感覚を振り払おうと何気なく天井に目を向けた荒巻は、


「はい?」


 天井にびっしりと張り付いている全長三十センチ程の巨大なナメクジを見つけてしまった。


『特徴から察するに、そいつはアイテムイーターって魔物だよ』


 アイリーンからの絶妙なタイミングでの情報提供。へえ、アイテムイーターかぁ。などとのんびりと考えたのも一瞬、三人の表情筋が硬直した。


『『『アイテムイーターぁぁっぁぁぁああああ!?』』』


 三人の叫びと同時、天井からバラバラバラと大量の紫色の巨大ナメクジが降り襲ってきた。大量のナメクジたちはあっという間に地面を埋め尽くし、荒巻たちに群がる。名称に相応しく、武器を、防具を、補助具を、アイテムを、買ったばかりの新品を破壊しにかかってきた。


『『『ひでぇぇぇぇえええっ!』』』

「待って待って! ちょっと待ってぇぇぇええっ! 武器破壊とかそんなの酷すぎだろぉぉおおおっ! だってこれ新品だよ!? 昨日買ったばっかだよ!? 酷い! 酷い酷い酷いっ! 酷過ぎるっ! あんなに楽しんで買い物したものを食べないでぇぇぇぇぇええええええっ!? この世界に来て初めての買い物なんですぅぅぅぅうううう!?」

「異世界に来て初めてあんなに楽しかった思い出をいきなり壊しに来るとかぁぁあっ!? 一万ゴールドもした拙者の蹄鉄がぁぁぁぁぁあああっ! やめてお願いやめてお願いやぁぁぁぁめてぇぇぇぇええええ!」

「えげつなさ過ぎるだろうぉぉぉぉっ!」


 まだ悲鳴を上げられるだけ、荒巻と日下はマシである。菊池美波に至っては大量のナメクジを目の当たりにした瞬間、意識を手放してしまったのだから。


 ジュウウウウウウウウッ。


 荒巻の装備する手甲にアイテムイーターが飛びついたかと思うと、異音と共に白煙が生じた。


「お、おおおぉぉおおれの新品の手甲が見るも無残な鉄くずにぃぃぃいい!? このクソナメクジがぁっ!」


 荒巻は怒声と共に大剣を振り回す。大剣の刃が無数のナメクジを斬り裂き、大剣の腹がより多くのナメクジを叩き潰す。


 だが全体から見れば少数でしかない。日下の蹴りがナメクジを吹き飛ばしても、ナメクジたちに逃げる様子はない。魔物としての本能が獲物を襲撃することに天秤を傾けたのだろうか。


 ローンを組んでまで購入した大盾を破壊されるに至り、荒巻の精神はぽっきりと音を立てて折れた。


「ひ、酷い……あんまりだ……ぁ~~~~ぁぁぁこんちくしょうっ!」


 兜の中の荒巻の目からは涙がどうどうと流している。それだけショックだったのだ。精神的に追い込まれているのは日下も同様だ。


「ままっまままた来たぁ! 拙者よりも向こうの鎧のほうが食いでがあるだろぉっ」

「日下ぁっ、語尾はござるじゃねえのか!」


 突っ込むところはそこではない。荒巻も日下も随分とパニくっている。戦闘力を考えると荒巻たちに敗北はないが、勝利するまでの被害金額を考えると、経済的な敗北を喫することになることだけは疑いなかった。

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