幕間:その十六 デュラハンは教会に就職しました ~そこは危険な現場編 その三~
決闘の舞台となる場所は、いかにもといった感じの漂う薄暗い洞窟だ。いや、洞窟の入り口やら周辺に変わったところが見当たるわけではない。
しかし、あのアイリーンやジャマルがかかわっていると考えただけで、どういうわけか大概のものは胡散臭く感じてしまうのは、一体どんな魔法なのだろうか。
この洞窟には出入り口が二か所あるとのことで、『殺戮の羅刹』は別の入り口から既に洞窟内に入っているはずだ。洞窟最深部に住み着いた魔物が確認されており、これを先に討伐することが勝利条件になる。
不吉な真っ黒い顎を開ける洞窟を見上げる荒巻の肩に、菊池美波の手が置かれた。
「行こっか、周平」
「嫌な予感しかしねえよ」
パーティリーダーの言葉に、他の四人も力なく頷く。隊列は先頭に荒巻、中央に菊池、最後尾が日下だ。矢野と鈴木は勝負には参加していない。では二人がなにをするのか。アイリーンはこんな命令を下すのだった。
「もう一つの入り口から入って『殺戮の羅刹』を追跡、追いつき次第、背後から奇襲を仕掛けて仕留めるんだよ!」
『『『正々堂々って言葉知ってる!?』』』
「シュウヘイたちも背後には気をつけるんだよ? 『殺戮の羅刹』は六人組のパーティだ。まだ姿を見せていない二人は情報収集と暗殺のプロだって噂だからね」
『『『教会ぃぃぃぃいいっっ!』』』
外道なことを考えているのがアイリーンだけかと思いきや、どうやら違ったようだ。それにしても情報集のプロならともかく、暗殺のプロがどうして冒険者になったのか。考えると不吉な結論に到達しそうなので、荒巻は思考を途中で放り出すのであった。
「嫌な予感がするからって立ち止まってても仕方ないでしょ。ほら行った行った」
菊池美波に促され、荒巻と日下が歩きだす。防御力に劣る菊池美波だけは念のため、五メートル前後離れている。人間に化けたままの二人が洞窟入り口に近付くと、一枚の看板が立っていた。
「……立て看板? なにか感じるか、周平?」
「いや、なにも。特に気にすることもないだろ」
「だな」
看板に気を取られながら歩を進めていると、カチリ、と足元から小さな音がした。「へ?」と間抜けなセリフが二人の口から漏れた瞬間、閃光と爆音と炎が、衝撃を伴って襲ってくる。地雷だった。
「…………じ、地雷とか、あり……か………」
黒焦げになった荒巻。
「……ファ……ファンタジーじゃねえだろ……」
ずしん、と音を立てて地面に崩れる日下。いや、飛行船が出てきたり月にまで行ったりするようなファンタジーも存在するのだから、地雷があったところで不思議でもなんでもない。仮に地雷の存在を知っていたとしても、看板に意識を奪われている時点で足元を調べるなんて発想はなかったのだから。
『ち、やはりトラップがあったわね』
『『『どういうこと!?』』』
懐に捻じ込んだ伝心人形から漏れるアイリーンの声には、驚きがない。
『討伐対象になっている魔物って、産卵期に入ると安全確保のためにダンジョン中にトラップを作る奴なんだよ。オオガマナナフシとかいう名前の、普段の危険度は低いのに、産卵期だけは二段階くらい跳ね上がる奴さ』
産卵が終わるとどこかに行ってしまうため、討伐依頼が出ても優先度・報酬共に低く、手出しされることはまずないという魔物だ。トラップも質が悪いものが多いという。
『魔物の耐久力ってすごいわね。いやぁ、アタシゃ感動したわ。まさかアンタたちが、自ら進んで漢探知してくれるなんてね?』
「それ違う! そんなのに志願した事実はないからね!?」
漢探知 → トラップを発見・解除するのではなく、あえてトラップに突っ込んで発動させ、トラップを無力化させること。大変に漢らしい行動であることから、このように表現される。
『こっから先も任せたわよ。アンタらのタフさ、信じているわ!』
「「力強く宣言するなああああああっっ!」」
『うるさいっ。さっさと行け! 負けたら労働教化施設に送るからね!』
『『『ひどいっ!』』』
荒巻たちは追い立てられるように、訂正。追い立てられて洞窟の中に足を踏み入れた。直後、再び足元で小さな機械音がした。大爆発が荒巻と日下を飲み込んだ。地雷だった。
「…………ち、ちくしょうおおおおおおっ!」
「落ち着くんだ日下! 気持ちは痛いほど分かるが、看板のトラップに気を取られて、洞窟の入り口自体を調べなかったこっちの落ち度だ!」
「地雷を操るなんて、なんか興味深い魔物ね」
『同感さね』
悔しがる荒巻と日下を尻目に、菊池はしみじみと頷き、アイリーンも相槌を打つ。
「他人事みたいに言ってんなよ! くそ、こうなると分かっていたら、武器屋でモーニングスターを買っておいたのに! もちろんナナフシの頭を潰すこと目的で!」
荒巻は口惜しげに大剣を地面に突き立てた。ないものねだりをしていても仕方ないので、特に先頭を歩く荒巻と日下はやたらと神経と集中力を使いながら洞窟を歩いてく。
はっきり言ってきつい。精神力がゴリゴリと磨耗していくのを荒巻が実感していると、T字路に突き当たった。ついでにまたもや立て看板がある。
「周平!」
「日下!」
もはや二人の呼吸はゴールデンペアと表現するに何の遜色もない。荒巻は周囲の地面を、日下は看板周囲に注意を向ける。
「……どうやらトラップは」
「うむ。ないようだな」
周辺にトラップがないことを確認し、恐る恐る看板に近付く荒巻と日下。そこにはこう書かれていた。
『足元に注意』
「「足元?」」
と、下を向いた瞬間、上から巨大な岩が降ってきた。当然、荒巻たちは避けることもできず、岩の下敷きになった。舞い上がった砂埃が薄くなり、二人が呻きながら岩の下から這い出てくる。
「うごごごご………おのれナナフシィィイイっっ! 仮にも魔族の勇者をここまでおちょくるとはいい度胸っ」
「激しく同感だ! 右半分は周平に譲るから、左半分はこっちによこせ!」
「よかろう! しかしその前に!」
「おうっ。上だな!」
天井からのトラップに対処するべく、憎悪と憤怒が宿る瞳を上方向に向ける二人。と、カチリ、と小さな機械音が足元からした。巻き起こる閃光と爆発。地雷だった。
『『うおおおおおおっっ! ナナフシィィィィっっ!』』
「あはははは! さすが罠専門の魔物。下に意識を向けさせたところで上から攻撃。上に意識が割かれて、下を調べないでおくと、今度は下から攻撃されるとか! 心理の裏を突く、巧妙なトラップだわ……っぐ、ふぅふははは!」
「呑気に分析してる場合か美波ぃぃいっ!」
「大爆笑しながら分析すんないやちょっと待て! 周平、お前いつから菊池を名前呼びしてんだ!?」
「そこに今ツッコむなよ!」
なんという悪質なトラップ。身体精神両面にダメージを与えようとするとは、魔物の性格の極悪さが滲み出ているかのようだ。
さらに一行は次のフロアに辿り着く。
「周平、このフロアには特にこれといったトラップは仕掛けられていなさそうだ」
「どうやらそのようだな。地雷もない。壁から槍やら矢が発射されることもない、か」
「とは言え、相手は危険度が二つも上がるトラップ専門の魔物だ。念のため、オレが先行するから、荒巻は後からついて来てくれ」
歩き出す日下。五歩ほど歩いたところで、不意に日下の姿が消えた。
「あ~れ~」
日下は暗闇の中へ吸い込まれていく。フロアの半分を占める巨大な落とし穴が幻術で隠されていたのだ。
「日下ぁぁぁああっ!? て、ちょっと待てええええ! 底に針山が設置されてるんですけどおおおおっ!? 美波、防御魔法とか持ってねえか!」
「そんなもの持ってないわよ!」
菊池が習得した魔法の大半は攻撃魔法で、後は効果の乏しい補助魔法が少し、といった割合だ。
ガシャガシャ、と派手な音が穴の底から響いてくる。荒巻と菊池が覗き込むと、日下は力なく手――前足を振っていた。大型の獣用の戦装具を購入した甲斐あって、剣山は日下に大したダメージを与えられなかったようだ。
「無事でよかった。よし、今度はおれが行く! とうっ!」
荒巻は大きく助走をつけて落とし穴を飛び越える。落下することなく見事に向こう岸に着地――直後、爆発が荒巻を襲った。地雷だった。
「地雷多すぎだろぐらぁぁぁっ!」
「どこに地雷が仕掛けられてるかわかったもんじゃないわね。わたしは普通に飛んでいくからね」
針山の餌食になった日下と、黒焦げになった荒巻の上を悠然と飛行する菊池。そりゃねえだろう、と口に出す勇気は荒巻たちにはなかった。
さて一方、『殺戮の羅刹』もズタボロになりながらダンジョン攻略を進めていた。『殺戮の羅刹』のメンバー構成はリーダーのウルガーが重戦士を務め、回復と補助を担当する神官、遠距離攻撃を担当する弓使い、斥候を担当する軽戦士という組み合わせだ。
罠の発見に解除、発動してしまった場合のフォローもでき、戦闘も十分以上にこなせるという、その歴戦のパーティが今、呼吸も千々に乱しながらヨロヨロとダンジョンを歩いている。
「……じ、地雷多すぎだろ……」
奇しくも荒巻と同じ感想を漏らしたのは、大きな穴の開いた胸当てを撫でる弓使いだ。
「毒もヤベぇんだけど……」
軽戦士は愛用の槍を杖にして歩いている。顔色が悪いのはトラップの毒を受けたからだ。
「もう解毒剤はないからな。解毒魔法は持ってないし」
元々、体力に乏しい神官は、治癒魔法を何度も使ったせいで既に精神への限界も近い。
「矢はリサイクルしているが……もう限界だぞ」
ちなみにこの弓使い、格好いいというだけの理由で横射ちを採用、命中率の低さで知られている男だ。
「(ブツブツブツブツ)」
「ぉぉぉおおおいリーダー! 武器を壊されたからって現実逃避すんなよ!」
代名詞の両手剣を失った重戦士は虚ろな目で足を動かすだけで、神官のツッコミも聞こえていない様子だ。
いくつもの依頼をこなし、高い戦闘力と任務達成率を誇ると同時に、魔物の子供でも狩る冷徹さで恐れられている『殺戮の羅刹』は、そんな面影もないほどに疲弊していた。
暗殺と毒に長けたもう二人のメンバーが、さっさと競争相手の後背を突いてほしい、と切に願うくらいには。
ボロボロのパーティの視界に池が見えてきた。魔法使いが不安気に口を開く。
「池のフロアか。深さはせいぜい膝くらいだが……底に地雷とか仕掛けられてないだろうな?」
「大丈夫だ。地面にはなにも仕掛けられていない。槍で底を突いて調べたから間違いない。地雷も仕込み床もない」
「そうだ。このフロアの出口付近にも怪しいものは見当たらない!」
神官と軽戦士が罠がないことを力強く宣言する。応じたのはウルガーだ。
「そうか。頼りになる仲間たちの言うことだ。信じよう! 行くぜっ突撃ぃぃぃっ!」
「おうよ!」
突撃するウルガーと、追走するのはなぜか遠距離担当の弓使い。
「ぎゃああああああああ! モンスターが迷彩で隠れていたあああああっ!」
「不意打ちはダメージが大きいぞリーダー!?」
隠れていたのはスライムの一種だ。普段は周囲の景色に溶け込み、ひたすら得物を待ち構えているだけの魔物である。得物が射程距離に入ると姿を現し、同時にスライムとしての粘体で相手を足止めして襲うのだ。
「ちょぉぉぉおおおっ!? おぉぉおおれの鎧が溶けるぅぅぅうう!?」
尚、このスライムは酸性の粘液をばら撒き、武具を破壊してくることでも知られている。
軽い気持ちで決闘を引き受けてしまったことを後悔する余裕もなく、ウルガーは悲痛な叫び声を上げた。




