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幕間:その十五 デュラハンは教会に就職しました   ~そこは危険な現場編 その二~

 アイリーンは豊かな胸を逸らし、鼻息も荒く言葉を続ける。


「メディスンは教会長のジジィの腹心よ。この勝負でスコア教会の中枢を抉ってやるわ」

「それは勝った場合の話だろうが! 負けたらどうなるんだよ!?」


 声帯のない動く鎧リビングアーマーの矢野が口をガチャガチャと動かす。矢野の後ろではスレイプニルの日下と単眼巨人サイクロプスの鈴木が、今にも泣きだしそうな顔で手を掴み合ってプルプルと震えている。来る嵐に恐れ戦いているようだ。


「勝てばいいのさ勝てば。勝てば官軍! 勝者こそが歴史を作る! だからどんなド汚い手段を使ってでも勝ちな!」

『『『お前、ほんとに神官か!』』』

「黙らっしゃい! 神官とは人々を教え導く存在。故に! 人の持つ業や欲望にも素直に、真摯に、真正面から、逃げずに向き合うもんさ!」

「む、むぅ、説得力があるような」

「ないような」

「むしろ関係すらなさそうな」

「アンタらがなにを言ってもこれは決定事項だよ。まあ、魔族の勇者のアンタらなら大丈夫だとアタシは確信しているからね」


 それはそれで強い不安に苛まれる荒巻たちである。


「決闘って言ってたけどよ、こっちはおれたちが出るとして、向こうからは誰が出てくるんだ? 教会の人間か?」

「ふ、いいところに気付いたじゃないか、シュウヘイ。教会の人間は出てこないよ」


 教会の人間が出て負けでもしたら、恥になると考えているとのことだ。なら誰が出てくるのか。


「メディスンは教会に所属する冒険者を管理している奴だからね。その中で一番、腕の立つ奴らを投入してくるだろうさ。アタシの予想だと、『殺戮の羅刹』だろうね」

『『『……』』』


 物凄く不吉な名前である。荒巻が咳払いをして口を開く。


「ふむ、恐らくは鬼のように一心不乱にダンジョン攻略に邁進する様子から、羅刹などと呼ばれるようになったというところか」

「逃げ惑う魔物の子供すら笑いながら殺して回る姿から付いた名前だよ。教会所属じゃなかったらとっくに冒険者資格をはく奪されてるような殺戮集団さ」

「なんでそんな連中を飼ってるんだよ!?」


 五人を代表しての荒巻の叫びに、アイリーンは軽く答える。


 こんな事態に備えてさ、と。


 まずはさっさと装備を整えろ。そう命令された荒巻たちは、皆が人間に姿を変え、スコアの街に買い物に出た。


 正直なところ、魔物に転生させられて以降、ここまで堂々と人間の街に出たのは初めてのことなので、荒巻たち五人は目の前に広がるファンタジーな建物と人々に、感激の声を漏らしていた。歴史の資料で見た中世の街並み、あるいはゲームの中でしか見たことがない風景なのだから。


 別に交易の中心でもなく、国家の重要都市でもないスコア程度の街並みに感激している様子は、スコアの住人からすれば奇異に映るだろう。


 唯一、荒巻たちを落胆させたのは、獣の耳が生えていたり翼が生えていたりする、いわゆる亜人と呼ばれる種族をほとんど見かけなかったことだ。荒巻たちのいるレメディオス王国には亜人への偏見や差別が色濃く残っている、と聞かされてはいたが、それでも落胆は隠せなかった。


 機会があればどこかで会えることもあるだろう、と気持ちを切り替え、五人は渡された地図を頼りに歩きだす。


 武器屋がある場所は商業エリアにあり、観光客や冒険者も相手にするとあって、地面には石が敷かれ、整備されている。日本ほどではないにしろ、ゴミの数も少ない。転生直後の人間に絡んでくるチンピラを軽くあしらう、なんてお約束イベントが起こることもなく、荒巻たちは目当ての店に辿り着いた。


「ここがアイリーンの言っていた武器屋か」


 鈴木の手には案内の書かれた紙片がある。人間に化けるといっても、身体構造までをも大きく変化させるほどではないので、単眼巨人サイクロプスの鈴木の体躯は相当に大きい。ローブを頭からかぶって誤魔化しているが、かなり無理がある。


 だが日下よりはマシと言える。


「気のせいかな。ドラン武器防具店と看板が出ているようなんだが」


 スレイプニルの日下は人に化けることが叶わず、大型犬になるのがやっとだったのだ。


「アイリーンの一族が経営している店らしい。一階、二階が武器。三階が武器と防具と日用雑貨を扱っているらしい」


 荒巻は不意に落ちそうになる首を支えながら説明する。


 売り場面積のほとんどが武器売り場というのが、いかにもアイリーンの一族らしい。防具の要素がほとんどないのだから、いっそのこと武器店ないしは武具店にでも改名すればいいのに、と思う。そんな荒巻は首が落ちないように、ロープで首と胴体をきつく結んでいる。最初はテープで接着させていたのだが、粘着剤がこびりつくのが不快だったのでボツにしたのだ。


「もう欲しいのは決まってるけどな」


 一番マシなのが矢野だ。フルプレートアーマーを装備した騎士様、といった風で、よりそれらしく見せるために立派なマントを購入しようと心に決めていた。


「ぅぅ、な、なんでせっかくのファンタジー世界でこんな格好を……」


 ハーピーの菊池は万が一にも正体がばれるのを警戒して、全身を覆うローブに身を隠している。


 五人の中で、もっとも成長著しいのがこの菊池美波である。ハーピーとして飛行能力こそあれど、戦闘力に欠けていた彼女は、最近になって魔法の才能を開花させていた。特に攻撃系の魔法に才能があったようで、既に放り込まれたいくつかの仕事で成果を上げている。


 木で作られた扉を押し開けると、店内は多くの人間でごった返していた。なんでも今週は二割引きセールをしているとかで、スコアのみならず、近隣の村や町からも、武器を買い求める人々が来店しているらしい。


 それだけ物騒な世の中ということ、と荒巻たちの心は少し重くなったが、そこはやはり学生。買い物、それもファンタジー世界に来てから初めての買い物とくれば、気分が上がってしまうのも無理からぬことであった。


「ちょ、この武器、ヤバくね? めっちゃ斬れそう」

「このアクセもだって! すっごい可愛いんだけど。あ、こっちと合わせるともっとイケてるかも! て、値段は……うわ、高っ!?」

「予算はいくらだっけ? あれ、こんだけ!? 美波、値切るんだ! 爺さんが住んでる大阪だと値切るのが当たり前なんだぞ。特に端数は絶対に切り落とさせるんだ」

「大阪じゃねーし!」

「武器ばっか見てんなよ。組み合わせもちょっとは考えろ。両手剣買ったら盾が装備できねえだろ」

「盾は手に持つんじゃなくて、ベルトかなんかで腕に括り付けたらよくね? サイズは小さくなっちまうけど。あとは魔法耐性を上げる防具とか装身具も欲しいな」

「ゲームだと素早さを上げるのは重要だな。回避も上がるのが王道だし」

「いやボーナスポイントは攻撃力に全振りするのがデフォだし」

「ねえ、みんな、こっちに来てくれない? これってガチャじゃないの?」

「なにぃっ!? うぉっ、マジだ。金を入れたらランダムで武器の引換券が出るとか書いてある。しかも全部シークレットになってるんだけど!?」

「よっしゃ、全財産ツッコむぞ! 回せるだけ回す!」

「うおおぉぉ……くる、この鋼の剣は手に馴染む。ずっしり感といい色艶といい、最っっ高じゃねぇかおい。よし、天聖剣フォースキャリバーと名付けよう」

「ばっか、お前、剣よりもこっちのハルバードのほうがいいって絶対。見ろよ、このサイズ。ファンタジーだったらやっぱ巨大武器を振り回してなんぼだろう」

「巨大武器、か。確かにそれは憧れだな。狩り的に。待てよ、いっそオーダーメイドで巨大弓とか巨大突撃槍とか作ってもらえばいいじゃないか」

『『『それだ!』』』

「しかも、鉄とかだけじゃなくミスリルみたいな魔法金属でとなると」

「素晴らしい!」

「最高だ!」

「もう、なにも怖くない!」


 自分たちが姿を隠して行動しなければならないということもきれいさっぱり忘れされ、五人は元の世界でも見せたことがないくらいにはしゃぎ、転生以来、初めての買い物を堪能したのだった。なにしろ買い物が終わったのは店に入ってから三時間が経過していたくらいなのだから。


 五人が買い物の楽しさ充実さを語り合いながら整備された道を歩く。笑顔を振りまきながら談笑している様は、友人どうしで放課後の買い食いを楽しんでいるように見えなくもない。ショッピングで少なくとも精神的にはリフレッシュされた彼らが拠点である教会出張所に戻ってくると、


「お帰りなさい、随分とゆっくりだったじゃないか」


 決闘に備えて山のような資料を用意して待ち構える、笑顔の眩しいアイリーンと相対することになった。




 翌日、荒巻たちはアイリーンと共に教会の会議室に集められていた。室内にいるのは荒巻たち五人と、アイリーン、教会長ジャマル、メディスン、そして筋骨隆々とした屈強な男たち四人である。


「なあ、周平、こいつらがもしかして……」

「多分、『殺戮の羅刹』だ」


 声を潜める矢野に荒巻も小声で返す。


「ふん、全メンバーを招集しろとかいうから、どんな猛者が相手かと思いきや、俺たちの名前も知らんような田舎者かよ」


 小声でもばっちり聞こえていたらしい、『殺戮の羅刹』のリーダーと思しき男が嫌味たっぷりに声をかけてくる。


 嫌味以外にも敵意が溢れていた。見れば口元は感情に引きずられるように僅かに吊り上がっていて、眉の角度も三十度以上は上向き、目尻はピクついている。初対面にもかかわらず露骨に敵対心を煽ってきており、敵意や怒りが前面に出ていた。


「不愉快な連中だ。この決闘もどうせ俺たちが勝つに決まってんだ。いや、てめえらとじゃ勝負にもなりゃしねえんだよ。不愉快だからさっさと消えろや!」


 毒づく『殺戮の羅刹』のリーダー、ウルガーは非常に大柄で、先祖に巨人族がいたとの触れ込みで知られているという。実際には体躯に恵まれているだけなのだが、触れ込みに相応しい実力と凶暴性を持っている――とはアイリーンが聞いてもいないのに伝えてきた情報だ。


 まあまあ、と宥めに入ってきたジャマルが、心底から嬉しそうな笑顔浮かべる。ジャマルはアイリーンと、その後ろにいる荒巻たちを見やり、言う。


「ではこれより、メディスン師とドラン師の両名による決闘を行います。審査については教会長である私が、偉大なる大神アルクエーデンと教皇聖下の名の下、公明正大に! 誰の悪意もつけ入る隙もなく! 公平公正平等実直に下すことを誓います。両者とも正々堂々、誰に恥じることのない勝負をするように!」


 どうしようもなく胡散臭い宣誓の言葉に続けて、教会長ジャマルはホイッスルを鳴らす。


 こうして、神聖でも由緒正しくもない決闘の火ぶたが切って落とされたのだった。

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