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幕間:その十四 デュラハンは教会に就職しました   ~そこは危険な現場編 その一~

 紫色をした巨大なナメクジのような魔物が、見た目からは想像しにくい俊敏さで飛び掛かってきた。回避をするつもりだった荒巻周平は不意を突かれたことで、思わず装備する立派な盾を構える。


 この行動が間違いだったことに気付いたのは、時間にして数秒後のことだ。


 ジュウウウウウウゥゥゥッ!


 強烈な酸に晒され、荒巻周平が構える盾が白煙を上げる。ついでに荒巻が悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああ! せせせせっかく買ったエレメントシールドがぁぁああっ! ナメクジぃぃぃ、この盾を買うのに俺がどんだけ苦労したと思ってんだぁぁあああっ! 返せ! おれの三十六回ローンを返せよぉぉっ!」


 荒巻が手に入れたエレメントシールドは、ミスリルに魔法的な加工を加えることによって、対物理・対魔法の防御力が飛躍的に向上しているという逸品だ。材料が高価であるだけでなく、加工に手間がかかるとあって値段は六万ゴールドを超える。


 ちなみにこの世界での年収は、仕事や地域によって差があるが、二万から四万ゴールド前後だ。荒巻に用意できるはずもない値段に、しかし諦めきれなかった荒巻は三十六回ものローンを組んでようやく購入したのである。


 そんな、十代の身で借金をしてまで手に入れたエレメントシールドは今、異音と白煙を発して溶けてしまっていた。


 ガラン、と乾いた音を立てて洞窟の床に転がったときには、もはや単なる金属片にしか見えない。アイテムイーターには気を付けろ。ダンジョン攻略前にアイリーンから受けた注意を、後悔と共に思い出す荒巻である。


 ゲームに慣れ親しんだ身がファンタジー世界に来て戸惑ったこと、というよりも現実との違いの一つとして、洞窟は暗い、ということだ。ゲームだとダンジョンに突入してもなぜか灯りがあることが多い。視界が悪くなるようなケースも、仕掛けを解くことで対処できるようになっている。


 だが現実には見通しの良い明るい洞窟などあり得るはずもないのだ。


 だからこそ冒険者の職についているものたちは、ダンジョンに潜る際にはランタンや松明を用意、あるいは光源となる魔法を用いる。長時間のダンジョン攻略ともなると、灯りを用意し続けるだけでも荷物と財布を圧迫するものだ。例外は特殊な宝装を持つ勇者であり、もしくは魔物である。


「おい、周平! 右から来てるぞ!」

「こっっっんちくしょうがぁっ!」


 六本足の馬スレイプニルこと日下純一郎の言葉に、首なし騎士デュラハンこと荒巻周平は素早く反応した。身の丈ほどもある新品の大剣を振るう。


 腕力と遠心力とで十分な威力となった斬撃は、巨大ムカデを一撃で両断していた。明らかに助かりようのないダメージであるにもかかわらず、巨大ムカデの顎は怨敵を食い殺さんと激しく開閉する。


「うええぇえぇえぼぶぇっは!」


 背筋を這いがあってくる生理的嫌悪感から数歩後退った荒巻は、斬られて尚活発に暴れまわるムカデの胴体に撥ねられた。


「どっせい!」


 日下の六本足の内、後ろの二本が風を切る唸りを上げて迫る魔物を蹴り飛ばす。小気味よい音を立てて魔物は中を飛び、岩壁に激突した。


 空気の流れの悪い洞窟内で鋭い風が巻き起こる。ハーピーの菊池美波が翼をはためかせて風を生み出し、刃として解き放ったのだ。不可視の刃が数本、魔物たちは満足に気付くことすらできずに首を切り落とされる。


 殺すという行為に慣れることのできない菊池は、死体となった魔物から目を背け、代わりに叫ぶ。


「気を付けて周平! 取り返しがつかなくなったらどうするの!」

「わ、わかってらぁっ!」


 わかっているのならちゃんとしろよ。親や教師から何度も言われたことを思い返しながら、荒巻は派手に暴れ続ける巨大ムカデの上に馬乗りとなった。


「こん、のおおぉぉぉおっ!」


 吹き飛ばされないように四苦八苦しつつ、握り固めた拳を何度も振り下ろす。エレメンタルシールドを失い、借金だけが残った現実への怒りも込められているようだ。


 甲冑に覆われた拳は固い外殻を持つムカデにも着実にダメージを与え、そして七発目。鈍い音と共に拳が体にめり込み、ようやく巨大は動かなくなった。


 魔物はダンジョンに潜っても明度のペナルティがない、との理由から、荒巻たちはこのダンジョンに放り込まれたのだ。


「な、なんでこんな目に」

「言うな」

「言わないで」


 呼吸を乱しながら、荒巻と日下と菊池は言葉を交わす。


 荒巻たちはこの世界における上司、アイリーンの朗らかな笑顔と容赦ない命令を不意に、それでいて鮮明に思い出した。

    


                

 その日、荒巻周平はアイリーンから受け取ったアイテムを用いて人間に化けていた。別に人間社会を観察しようとかではなく、単にアイリーンが会議に出席するので、付き添いを命じられたのだ。


 スコアの街の教会内において、表立ってアイリーンに味方しようなどという酔狂な人間がいないための処置である。はっきり言って、荒巻は嫌な予感しかせず、予感はごく短時間のうちに形になった。


「はぁぁ~~~、なにをやっておるんだね、君は? それでもこの教会の幹部かね?」


 大げさにため息をつき、実に嫌味ったらしくアイリーンを責めるのは、スコアの街の教会長、ジャマル・キリルだ。細くくぼんだ目には鑢のように鋭い眼光が宿り、長身に比して痩せすぎですらある体躯に、頭頂部まで禿げ上がった広い額が特徴のジャマルは、口元に嫌味そのものの笑みを浮かべている。


 会議室には他に、会計担当や総務担当といった教会の幹部たちが勢ぞろいしているが、アイリーンに味方するものは一人もいない有様だ。


(どんだけ嫌われてんだよ)


 荒巻はそう思ったが、アイリーン側のスタッフとして参加している己にも厳しい視線が向けられていることに気付き、股間が縮んだような気がした。


「それに外部の人間を勝手に連れてくるなど」

「外部の人間ではありません。つい先日、彼は正式に教会に所属することになりましたので」

「か、勝手なことをっ」


 ジャマルの眼光がより険しくなる。


 アイリーンの後ろに立つ荒巻も、心中でジャマルと同じことを思っていた。荒巻にとって完全に初耳である。会議に先立って同行するよう命令されたとき、魔物が参加して大丈夫かとも思ったが、まさか本人の同意もなしに教会所属にされていたとは。


 剣呑さだけが弥増していく中、神官の一人が立ち上がり、書類を読み上げる。


 彼は教会に所属する冒険者を管理する部署の責任者、メディスンという。内容は、アイリーン直属の新人スタッフたちが、教会所属の冒険者の仕事を妨害したというものだ。


「言いがかりはよしてちょうだい」

「ふざけるな! 本来ならこちらが処理する案件を横取りして、自分たちの手柄にしおって! そんなに点数稼ぎがしたいのか!」

「まさか! 我々、教会の役目は人々を助け、その生活を守ること。そちら様の冒険者様と現場がバッティングしたことはありましたが、それはあくまでも単なる偶然。人々の生活を守ることに繋がったのですから、むしろ重畳というべきではないでしょうか」

「き、貴様っぁ」


 舌戦の末、メディスンのこめかみに浮かんだ血管は破裂しそうになっている。


 荒巻は顔が引きつるのを我慢するのが大変だった。バッティングは偶然でもなんでもなく、このアイリーンの命令によるものだからだ。荒巻にはアイリーンの目的まではわからないが、少なくとも叩くと埃がキロ単位で出そうである。


 激しくやり合う、というよりもメディスンが一方的に噛みついてきている様子を見て、ジャマル教会長はいかにもわざとらしく眼鏡をかけた。絶滅が危惧される亀の甲羅を縁に使った逸品だ。それも購入したのではなく、親しくしている商人からの贈り物であるという。


「まあまあ、君たちはいずれも偉大なる大神アルクエーデン様と教皇聖下に仕える身。感情的なしこりを抱えたままというのは実に忍びない……そうだ!」


 教会長ジャマルはいかにもわざとらしく、ポン、と手を叩いた。


「突然、不意にとてもいいことを思いついのですが、いっそお二人で勝負をして決着をつけるというのはどうかね?」

「勝負、でございますか? ふん、こちらとしては望むところですな」

「決闘でもさせようってことですか、教会長様?」


 前のめり気味のメディスンに対し、アイリーンは冷静だ。少なくとも表面上はそう見える。実際はそうでないことを荒巻は知っていた。アイリーンの短気さや喧嘩っ早さは身を持って体験済みだ。


「いやいや、勝負とは言っても、人々を守り支える教会が騎士のように決闘をするのは好ましくありません。しかし白黒つけないことには両者ともに納得できないでしょう。ではどうするか……んん~~~、おぉ、そうだ! たぁ~~った今、思いついたことなのだがね? クエストで勝負をしてもらいましょう」

「クエスト?」


 怪訝だらけのアイリーンの質問に、教会長ジャマルは満面の笑顔で頷いた。


「その通りです。まったくもって偶然の限りなのですが、今、この教会にもいくつかの問題が持ち込まれていましてね? 本来なら冒険者組合に出すのが筋なのですが、手数料やら何やらで依頼者には余裕がないようでして……」


 それをこちらで処理することを勝負の内容にしようというのが、教会長ジャマルの考えだった。同時に教会の評価を上げ、なにかと金をとる冒険者組合の評判を落とそうとする目論見もある。


「困っている人々の助けになり、それでいて君たちも対立に決着をつけることができる。いいことづくめだと思うが、どうかね?」

「私に異論はございませぬ。しかし、アイリーン様はどうですかね?」

「こちらも構いません」


 不敵な笑みからは、望むところよ、とでも言っているように見える。もしかして自分たちが放り込まれることになるのか。荒巻の心中には不安が暗雲となって急速に広がっていった。


「そうかそうか。では両者、この書類にサインを」


 たった今、偶然、思いついたなどと言いながら、既に書式の整った書類が用意されているというのはどんなカラクリなのか。




「――――とまあ、そういうわけでこの勝負にはアンタらを投入するから」

『『『どんなわけ!?』』』


 矢野も日下も鈴木も異口同音に叫ぶ。もはや叫ぶ気力もないのが、荒巻と菊池美波であった。

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