第四章:二十九話 騒乱の終わり ~その二~
先週は台風と、その後の雨でバタバタした影響で
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――――うぎゃあああぁぁぁぁっ!
――――ひいいいぃぃぃ~~~!
以上、一騎の腸が上げている悲鳴である。集落に住む部下たちの命を預かるという立場だけでも、圧し掛かってくる重圧で背が縮みそうであるのに、降伏を申し出てきた敵を適切に裁かなければならない。下手を打てば味方からも敵からも恨まれそうだ。
一騎の胃痛を助長している要素の一つが、
『お願いします! 自分たちの首だけで収めてほしい。部下たちだけは』
『ゴブリンロードに従うを決断したのは私だ。私の命はイッキ殿に差し出す。だから部下たちは助けていただきたい!』
『仲間を助けて下さるのであれば、この首、喜んで差し出します!』
「…………」
それぞれの群れのボスたちがいずれも、己の命と引き換えに仲間の安全を図ろうとしているのだ。戦国時代ならいざ知らず、現代日本では考えられない出来事だ。
キリキリキリと胃と腸が激しく痛み、今にも穿孔し、重篤な感染症からショック症状でも引き起こしてしまいそうである。
一騎の弱々しい視線が隣の宗兵衛に向けられた。「助けてくれ」、と目でもって強く訴えかける一騎に対し、宗兵衛の目は、「大丈夫。君ならできます。いえ、これは君にしかできないことです。僕は君を心の底から信じていますから、君も自分自身を強く信じるのですよ」と、やたらと情報過多に語っている。
(嘘つけこらぁっ!?)
ポケットに放り込んでおいた通信玉を通じての反撃である。
思念で会話ができるとは思っていなかった一騎だが、他に反論する方法が思い浮かばなかった結果だ。思わず通信玉を握りしめたところ、話しかけることができたのである。宗兵衛は非常に不本意そうだ。
(なんだ、その顔は?)
(気にしないでください。通信玉の性能を高くし過ぎたと反省しているだけですので)
(色々と物申したいところだが、全部、後だ。助けてくれ、宗兵衛。お前のロクでもないアイデアが必要なときなんだ)
(そうですね)
宗兵衛が再反論してこなかったことは、一騎としては予想外なことだ。
(君はここにいるボスたちの首が欲しいのですか?)
(欲しいわけないだろ)
(つまり、ボスたちも含めて助けたいということですね?)
(助けられるならな。戦いの最中ならともかくさ、戦いが終わった後でまで命を奪いたくはねえからな)
(ふむ)
宗兵衛の骨の手が、骨の顎を撫でる。その所作だけで、ひれ伏しているボスたちがびくりとした。
(では第一案、降伏してきたすべての群れから嫁を出させる)
「はぁぁああっ!?」
思わず声に出してしまう一騎。声に出しただけでなく、思わず立ち上がっている。
「ちょっと、イッキ、どうしたの?」
「へ? あ、ああ、なんでもない」
呆気にとられるエストの反応を受けて、一騎も椅子に座りなおす。ギロッ、と強い視線で宗兵衛を叩く。
(どういうことだ!?)
(別に不思議なことではないでしょう。政略結婚というやつですよ。日本でも昔からあるじゃないですか。大名の娘を差し出させるとか)
(そ、それはそうだが)
(ボスの娘たちと結婚すれば、彼らは家族……ファ~~ミリィーというやつです。身内となれば、これを助けることに何の障害もありません。いえ、むしろ誰に止めることができようか。婚姻による結びつきは勢力を強くすることにも有効でしょう)
指摘されると確かに良案のように思える。数少ない問題としては、間違いなくエストの怒りを買うことだろうか。
(君が繰り返し血祭りに挙げられれば済む話でしょうが)
(血祭りって繰り返されるものなの!?)
(嫉妬仮面共が言っていましたが、異世界転生はハーレムと同義なのでしょう? 男の夢ではありませんか)
鮮血の夢になりそうである。
(却下で)
(では第二案、二級市民として組み込む)
(二級ってなに!? 一級とか特級とか作るのか!? 差別を引き起こすような真似してどうすんだよ!?)
(理由があってのことですよ)
宗兵衛が言うには、これは先に傘下にいるものたちへの配慮であるらしい。いきなり同列に扱うと不満も出るだろうから、これを抑えるための方策だと。
同時に降伏者たちの意欲を引き出すためでもある。このままだと格差があるが当人たちの頑張りや実績によって一級市民に格上げさせるのだ。
尚、格上げの際には同じタイミングで降伏した場合でも、成果によって格上げの時期に差をつけることで競争も促すのだという。
(付け加えるなら、格上げの権限をこっちが持つことによって、支配者と被支配者の立場をより明確且つ強力にする効果も期待できます)
(えげつないっ!? そんな案がポンポン出てくるような奴の人間性を)
(アンデッドです)
(不死者性を疑うが、却下で。格差と競争と差別が混じってると集落がバラバラになっちまうかもしれないだろ)
(いちいち要求が多いですね、君は。具体的にどんな案が欲しいのですか?)
一騎の答えは単純だ。人死にがなくて丸く収まる方法、である。
実に都合のいい考えだが、戦争の熱気に呑まれた状態から解放された今となっては、無駄な犠牲を出したくない。魔物が相手であっても、だ。俺は戦国武将にはなれないな。一騎は心の中で呟いた。
(では第三案)
宗兵衛も最初から第二案が通るとは思っていなかったようで、すぐに次の案を切り出してくる。最初から出せ、と言いたい。
(これからの集落の発展に全面協力し、共に繁栄の道を歩む。もちろん、誰の命もとらないことは当然です)
「はぁ?」
またも声に出してしまった一騎は慌てて口を押さえた。
行商人兼冒険者のフリードを通じて、人間との交流がようやく始まったところだ。ドワーフのような亜人・妖精との交易も考えて更なる発展と飛躍を考えている真っ只中、多様な人口構成は強みになる。
人口が多いとそれだけで市場としての価値も上がり、魔物の繁殖力を考えると、彼らが傘下に入れば右肩上がりの人口増加を目論める、と指摘してきた。
(集落の発展のためには豊富な人的資源は必須です。僕としてはむしろ、彼らには積極的に参加してもらいたいと思っています)
(お前……)
どう考えても第三案が本命である。
(魔物を貨幣経済の中に組み込んでしまえば、利益という共通の価値観を持つことにもなります。そうなれば人間との交流にもプラスに働くでしょう。もちろん、交流が増えればトラブルも増えるものではありますが)
まず交流を始めることが肝心だと宗兵衛は言う。一騎も同感だ。
(第一案が中策、第二案は下策、第三案が上策だと考えていますが、他に案がありますか?)
案があるなら宗兵衛を頼らず、最初から自分だけで解決している。
短時間に複数の案を持ってくる宗兵衛に呆れつつも驚き、同時に、「あれ? これってまるで宗兵衛の奴のほうが軍師みたいじゃね?」と、密かに傷つくのだった。
かなり自信満々に提唱した金床戦術は機能せず、したことといえば最前線での一騎打ち。これでは軍師ではなく、一武将ではないだろうか。
(個人的には第二案も捨てがたいのですが)
(ドブにでも捨てちまえ!)
第二案を説明するときの宗兵衛は、いつになく真剣だったような気がしたのは、恐らく一騎の気のせいだろう。
(はぁ……最初から上策を持って来いよな)
(答えを提示してどうするのです? 一応仮にも見習いの心得レベルとはいえ集落の長なのですから、少しは自分で考えるべきでしょう)
宗兵衛の口調からは、長を敬う気持ちがまったく感じられない。
けれど受けた案が有用なのは明らかなので、一騎は改めて群れのボスたちを見やる。十を越える視線が一斉に一騎の視線とぶつかり、一騎は逃げたくなった。逃げなかったのは、長という立場に育てられたからかもしれない。
「では、こちらの要求を伝える。よぉく聞いてくれ」
一軍を率いるもの、更には勝者としては低姿勢に過ぎるが、偉そうにするのは一騎の性に合わない。というよりできないと言ったほうが近いか。
一騎が説明したのは上策、降伏者たちの受け入れだ。
ボスたちは内容に目を丸くしている。自分たちの命と引き換えに群れの安全を考えていたところに、ほぼ全面的な受け入れを提案されたのだから無理もない。
エストは腰に手を当てて、「フフン」と言わんばかりの笑顔で頷いていた。実に嬉しそうだ。
『あ、あの……我々の首は……?』
「いらないいらない。引き続き、群れをまとめてくれたらそれでいいよ。反乱とかしないよう、ちゃんと言い聞かせておいてくれよ?」
一騎はボスたちの命など、欲しいとは思わない。戦争責任を問うというのなら、最高責任者のゴブリンロードは死に、最強戦力の岩石魔物も死んでいる。これ以上の犠牲は必要ない。
ヘタレと笑うなら好きに笑え、と開き直っていた。
提案を出されたボスたちは互いに顔を見合わせて小声を出し合っている。損害賠償や補償について持ち出されることも覚悟していただろう。そもそも魔物の世界での補償と言われても、一騎には想像もつかない。ボスたちには今の地位のまま、群れを率いたまま集落に参加してもらいたいのだ。
(下手に代替わりなんかされてゴタゴタされるほうが困るしな)
(揉めた挙句に仲裁を頼まれでもすれば、より厄介ですしね)
そんなことになれば一騎の胃腸が断末魔の叫びを上げること、間違いない。
彼らを受け入れることにはデメリットもある。
増えた人口を満足させるだけの食料を用意することだ。集落の備蓄は僅かで、膨らんだ群れを維持するにはまだ足りない。魔石売却で得た利益を使って、フリードから食料を購入するつもりだ。魔石の相場を考えると、十分に可能。
その間に増えた群れを労働力として農地開発に投入、集落全体の経済を大きく発展させたいと考えていた。
もう一つが自衛のための戦力拡充である。好戦的になっているリザードマンと、森北部で急速に拡大しているトロウル。両勢力と対抗するためには、一騎側も手をこまねいているわけにはいかないという事情がある。
(人間時代……家ですら居場所と感じなかった俺がようやく手にした居場所なんだ。守りたいよな)
(ゴブ生のほうが恵まれているとか、聞くだけで泣けてくるのですが)
(ほっとけ!)
『イッキ様』
ややあって、ボスたちの中から、一体が代表して声を出す。ウルフ種の一つ、ウィンドウルフである。一騎たちに助けを求めてきた群れとは別の、だが血は繋がっているという群れのボスだ。
彼らがなにを口にするか、さして勘の鋭くない一騎でも顔を見ればわかる。
魔物たちは一騎の申し出を受け入れ、新たに集落の住人となることが決まったのであった。
第四章は今話で終了となります。
お付き合いくださりありがとうございました。
第五章もよろしくお願いします。




