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第四章:二十八話 騒乱の終わり ~その一~

 一騎が終戦宣言を出したわけではない。だが魔物たちは確かに戦いの終わりを感じ取り、勝利を叫び、喜びを爆発させていた。


 それはそうだろうな、と一騎も思う。なにしろ敵の数が多すぎた。二倍三倍ではきかない数の敵が押し寄せ、これを撃退することに成功したとくれば、喜ぶなというほうが無理な話だ。


 もし戦場が魔の森ではなく、見通しの良い平野部だったら? もしゴブリンロードにもう少しの知恵や統率力があれば。敵軍に連携するという意識があったら? 恐らく、倒すことはできなかっただろう。そう一騎は考えている。


 軍を展開するのに不向きな魔の森。壁役として大量召喚されたスケルトン。ハーピーによる制空権の確保。エストのような圧倒的に強大な戦力。集落側の予想外に高い士気。これらの要素があったからこそ勝利することができたのだ。


 もちろん無傷ではない。


 戦勝の喜びと戦死者への悲しみは表裏一体。そして敗北者が抱く絶望感や恐怖もまた、戦いの終わりにはついて回るものである。


 付け加えるならもう一つ、戦後処理の苦労が雑魚魔物にのしかかってくることも。


「ぉおぉぅ……」


 ぶった斬られて、実に開放感溢れる素敵な建造物と化した山砦を見上げ、一騎は意味のある言葉を出せなかった。


 砦って敵の侵入を防ぐ堅牢な建物じゃなかったっけ? 抱いたささやかな疑問は、


「……なにか?」


 今尚、斬り足りないとでも言いたげなアーニャのうっすらとした微笑の前に消し飛んだ。


 幸いなことに、アーニャが斬ったのは地上より上の部分だったので、地下構造はほぼ無傷だった。


『ウォン!』


 地下には大量の魔物が捕らわれていて、その中にはウィンドウルフの群れも含まれていた。地下に押し込め、食事も水もろくに与えず、弱ったところで上下関係を刻み付けて支配下に置くという手法を採られていたようである。


 見せしめを作って恐怖で支配する、のではないだけマシだったと言えるだろう。


『あ、ありがとうございます! イッキ様、この度は本当に……っ』

「あー、うん、いいよいいよ。子供たちに会えてよかったよ、ほんと」


 ストレートに感謝をされることに慣れていない一騎は、顔を赤くしてそっぽを向くことしかできなかったわけで。


 一騎たちは風通しの良い広間に集まる。風通しが良いというか、アーニャがバッサリと斬ったせいで風が素通りするだけの、広間としての面影を辛うじて残すぐらいのスペースだ。山砦を機能させるには、大規模な工事が必要になること確定だった。


 戦後処理。


 高校生にそんなことができるのかどうか甚だ疑問だが、やらざるを得ない立場である以上、一騎も腹を括るしかなかった。昨夜は緊張で眠れず、日が昇ってからは緊張性の下痢に見舞われていることは秘密である。


 集落側からの参加者は、一騎、宗兵衛、エスト、ラビニア、クレア、穴の開いたままの鎧で動くゴブ吉だ。どういうわけか、ルージュとアーニャも用意された椅子にちょこんと腰掛けている。


 一騎も砦の中に残っていた木製の椅子――ゴブリンロードが使っていた人骨を用いた玉座も残っていたのだが、そんなものは即座に蹴り壊して廃棄していた――に腰掛け、隣で椅子の準備をしている宗兵衛に話しかけた。もちろん小声で。


「ちょっとおい宗兵衛、これってどういうことなのよ? なんで教会のボスが堂々とこんなとこにいるんだよ?」

「仕方ないでしょう。暇だから見学したいとの希望があったのですから。それにこの砦を落としたのは彼女たちですからね。結果的に助けてもらった立場なわけですし、断ることなんてできませんよ」


 宗兵衛が断れなかったのに、一騎が断れるはずもない。気配を隠すようにゆっくりと首を動かす。ルージュは足をプラプラさせながら、欠伸なんかしている。アーニャはしっかりと一騎に向けて柔らかな笑みを浮かべて見せた。


「うぅ、ますます緊張してきた。なあ、宗兵衛、胃薬とか持ってないか? それか作れたりしないか?」

「エチレングリコールでよければ作りますけど」

「よくわからんがそれでいいから、とにかく早くくれ」

「エンジンとかの凍結防止に使う不凍液なのですが、こんなものを飲むだなんて変人ですか君は」

「てめえがなにを飲ませようとしてんだよっ!?」

「ちなみに毒性もあります」

「毒殺にしては堂々としすぎじゃないかな!?」


 二人のやり取りには緊張感が欠けているが、広間跡に集まった他の魔物たちはそうではなかった。


 教会に対する警戒心と敵対心がもっとも強いエストなど、相手を焼き殺せそうなレベルの殺気をルージュとアーニャにぶつけ続けている。あっさりと受け流す二人の胆力が一騎には信じられない。


 このことがよりエストの警戒を強くし、彼女は一騎を守るために常に傍にいるとまで言い出した。「はぁ」と曖昧に頷いた一騎をエストは、護衛を名目に抱え上げて移動する。遂には自分の膝の上に座らせようとまでしたので、護衛の件は一騎が全身全霊で断ったのだった。


 ルージュたちを射抜くクレアの視線も鉄の鎧程度なら貫けそう、と思いきや、簡単にルージュに掴まっていた。


「凄いじゃない。これってゴーレムなの? へぇ、人間の魂が入ってるのね。ううん、それだけじゃない。核に使ってるのってもしかして」

『ちょ、離しなさい。闇の権化たる我に気安く触れるなど、魂が爛れるぞ』


 クレアに新しい設定が加わったようである。放っておいても危ない目には合わなさそうだが、そのままというわけにもいかない。クレアは集落の住人であり、一騎は集落の長なのだから。


「離してくれないか? うちの大事な仲間なんだ」

『よく言った! さすがは我が下僕!』

「下僕って言ってるけど?」

「待つんだクレア。今はちょっと黙っておいてくれるかな。話がややこしくなりそうだから」

『なにを言うか。我が闇の眷属に連なるものとして、早く主を助けるという名誉を成すがよい』

「だからちょっと黙っててくれるとかなり助かるんだけど!?」


 結局、返してくれたはしたものの、


「そういうの、あたしにもくれないかしら?」

「あげません! それに俺にはゴーレムを作る技能はないから。作ったのは宗兵衛だから」

「ふぅん?」


 無邪気に欲しがるルージュの相手は宗兵衛に押し付けることにする一騎だ。「なんてことを!?」みたいな感じの宗兵衛を見られただけで、一騎の気持ちはスッと楽になった。解放されたクレアはというと、猫がそうするように一騎の上で威嚇の声を上げていたが。


 席順は中央に一騎。右隣りに宗兵衛。一騎のすぐ後ろに目付きと気配が危険水域に入っているエスト。一騎の頭の上にクレア、宗兵衛の頭の上にラビニア。少し離れた位置にルージュとアーニャが座る。ゴブ吉は帯剣したまま一騎たちの斜め前に立つ。


「~~~~」


 一騎の感想は、非常に落ち着かない、というものだった。広間の上座に座っているので、他のものたちを従えている感がヒシヒシと伝わってくる。


 人間だったときはクラス内の最下層カーストに属し、転生後も雑魚魔物であった身としては、他者の上に立つなど落ち着かないことこの上ない。しかもだ。ウルフ、ゴブリン、巨人、ジャイアントバット、ベア、ワスプ、アントといった敵だった魔物たちのリーダーや族長が跪いているのである。


 睥睨。


 一騎は己の人生でされることはあっても、することはないと思っていた。


「なあ、宗兵衛。どうしてこんなにいてんだよ? 逃げたいなら逃げていいぞってことだったよな? 逃げても追わないからって。それがどうしてこんなに残ってんの?」

「これでもかなり減ったのですよ。ハーピーからの報告ですと、全体の五割程度が逃げ出して、二割は隠れて様子見、残っているのは残りの三割です」

「それでもかなり残ってんじゃん」


 残ってはいても、果たして会議になるかどうか。一騎の両側頭部が痛烈に痛み出す。戦後処理の詳しい手順を知らない一騎でも、世界史の授業から「敗者に対し戦争責任を問い、損害賠償を要求する」くらいのことはわかる。これぐらいのことしかわからない。


『『『…………っ』』』


 ましてや、満身創痍の身でありながらも、決死の覚悟を漲らせて跪いている代表たちを前に、どんな言葉を掛ければいいのか。特にゴブリン種の顔色の悪さといったら、ゾンビ一歩手前といった感じである。


《ゴブリン種は数の多い種族です。同種間でも生存競争が激しく、争いの決着後は、敗者は殺されるか過酷な労働の末に死ぬか、ぐらいの選択になるのが一般的です》

「どうして素直に逃げてくれないんだよ。追わないって言ってるんだから逃げてくれよ」

『逃げた場合でも未来は真っ暗ですよ。敗戦直後の疲弊している状態で魔の森の中をさまようことになったら、生存の目はまずありませんしねー』

「君がゴブリンで、ある程度の勢力を持っていますから、受け入れられることを願っているのかもしれませんね」


 降伏することに一筋の光明を見出しているということだ。


 ウルフ種はむしろ積極的と評価できた。表情や雰囲気にも沈鬱さや悲壮感は認めない。一騎もゴブリンロードも同じゴブリン種であることには変わりがなく、このことへの警戒心や敵対心は当然にあると思われる。だが囚われていたウィンドウルフを助けた際、他のウルフ種の解放も行っているので、ある程度以上の恩義を感じてくれているらしい。


 ただし、悲壮感はなくとも不安は見てとれる。やはり戦争に加担し、敗者となった事実がそうさせているのだろう。


 他の魔物たちは、どちらかというと、ゴブリン種に近い雰囲気だ。敗北に打ちのめされ、申し訳程度に傷の治療をした代表たちは皆、敗者としての責任を課されることへの不安が色濃く出ている。


「ここに残ってるってことは、逃げたところで生き延びる目がないってことなんだろうな」

「巨人やベアのような大型の魔物は主力扱いで前線に投入されていましたからね。それだけ消耗も激しい。軽傷程度なら逃げたかもしれませんが、このケガでは魔の森で生きることは不可能でしょう」


 要するに、逃げ出した五割は比較的、軽傷の個体や、被害の少なかった群れというわけだ。様子見の二割も似たようなものだろう。


 どうすることが正解なのか。一騎は考える。「バカの考え、休むに似たり」とか隣で呟いた奴は後で殴るとして、ここでの選択は集落のボスとしての前途にも大きくかかわってくる。


 敵対したから殺すなんてのは論外。かといって罰も与えないとなっても、問題が起こりそうな気がするのだ。


 集落と合わせて二千に届く数の命と未来。


「……お、重いんですけど……」


 頭痛に加えて、一騎の胃だか腸だかが捩じ切れそうな痛みを発した。

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