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第四章:二十話 森の騒乱 ~その三~

 戦争なんてものは歴史上の出来事か、それでなければ遠い別の場所での出来事か。そんな一騎の考え方も、転生して以降、随分と変わってきた。目の前で命を奪い奪われるロクでもない事態を経験し、自分を慕ってくれる部下たちができ、指揮する必要にも迫られた。


 だから、血が流れることは覚悟した。四肢や首が斬り飛ばされることも、魔法による爆発などの攻撃についても、あるものだと覚悟した。


 けれど、ファンタジーなこの世界で、空気を引き裂く不吉な飛来音――第二次大戦や中東での戦争を舞台にした映画ではよく聞く音だが――を耳にするとは思わなかった。ラビニアが薄い胸を張って曰く『試作段階ですけど、音速の八十%を達成したんですよー』だ。


「ほんと、無駄に優秀だなあの骨野郎は!」


 飛来するミサイルを視認できる己の視力には特に疑問を抱かず、一騎は毒づいた。さすがに一騎を生体ホーミングの目標にしているとは思っていないが、爆発の威力については完全に不明だ。


「ちくしょうっ、どこか岩陰かどっかに」

『ふ、逃がしはしませんよ、常盤平』

「なんでお前は俺を追い詰めてんのぉぉぉおおっ!?」

『冗談ですよ。リディルさんが君に急速接近する魔力反応を感知したもので。僕や君と比べても遜色ないレベルだそうですよ』

「おい、それって……!?」


 魔の森に生息する魔物のレベルを考えると、高い確率で転生者ではないかと思える。接近しているということは、前線での戦闘力が高いタイプなのだろうか。


『君の作戦が奏功したのではありませんか?』

「皮肉かこの野郎!?」

『珍しく察しがいいですね』


 常盤平一騎の作戦――情報収集力が足りないのなら、情報発信に力を入れようと思う――ようするに、偽情報を流したり、適度に真実を混ぜた情報を意図的に渡したりすることで、敵の動きをコントロールしようというものだ。


 望みうる最高の結果としては、「敗北や深追いを演じて、首領の一騎が山砦の近くをうろついている」との情報を掴ませることで、ゴブリンロードを誘き出し、これを討つことを目論んでいた。


 目論んではいたが、情報戦は満足に機能しなかったという現実がある。


 まず敵の情報収集の手段を把握していなかった。


 SNSで容易に拡散できる元の世界とは違い、衝突中の戦場での効率的な情報の流し方を知らなかった。


 負けを演じて下がれば、相手を必要以上に勢いづかせる危険があった。


 他にも嫉妬仮面たちがやたらと張り切っていることだとか、部下の士気が高くなった結果として好戦的になっていることなど、いくつもの現実が重なり合って、一騎の作戦は満足に実行されることなく終わったのである。


『ゴブリンロードは釣れなくとも転生者を引っ張り出せたのなら、上々と見るべきでは?』


 一騎や宗兵衛と同じくらいの魔力反応はつまり、敵側にしてみればエース級の投入だと思われる。作戦の運用ではなく、敵側が一騎の位置を見つけたということだろうが、結果だけを見れば、たしかに悪くはない。


 また同郷との戦いか、と一騎は肩を落とす。


 相手は友人だろうか、はたまた知人だろうか、あるいはクラスメイトだろうか、単なる同級生だろうか、もしかするとイジメや暴力をしてきた奴らだろうか。


 一番最後のケースなら、一騎の精神的負担はかなり軽い。自分たちが生き残るため、良心の呵責なんてものも小石のように蹴り飛ばすことができるだろう。


 他の場合はどうなるか。考えを巡らせてみたかったが、強引に中断された。瞬間、一騎は足元に映る自分の影が二重になっていることに気付いたからだ。


 どういうことだ? 疑問が形になるのを待つような悠長な真似はせず、即座に上空に視線を送る一騎。果たして、一騎の視力が捉えたものは、高速で飛来する真っ赤な物体だった。


 宗兵衛の巨大骨矢のような、背筋を寒くさせる飛来音はないものの、真っ赤に燃えて落下してくる様は、さながら隕石かエストの放つ火山弾か。どちらも一騎の手に負える事態ではないことだけは確かだ。特筆すべきは、巨大な炎の内側に、戦意漲る眼光が閃いていること。骨矢や火山弾のような単なる攻撃手段ではなく、魔物本体が急速落下してきている。


「っ!」


 轟音を響かせて、宗兵衛の放った巨大骨矢が空中で砕け散った。隕石状の魔物が骨矢目掛けて数十に及ぶ火球を放出、巨大骨矢の迎撃を成したのだ。効果範囲の広い火球を弾幕のように広げていたとはいえ、音速の八十%に達する飛来物を破壊する。


 一騎が驚いたのも束の間、次に放たれた火球が雨となって一騎に降り注ぐ。一つ一つの火球が数体の魔物を丸呑みにできるほどのサイズ、それが広範囲。並のゴブリンよりかは瞬発力と最大速度で上回る一騎でも、回避できるものではない。宗兵衛の骨矢を破壊する攻撃力を考えると防御も無駄になる恐れがある。


「宗兵衛、サポートを頼む!」

『え? どうして?』


 一騎は、宗兵衛の純粋で曇りなきまなこが見えた気がした。


「こっちは本気で切羽詰まっててお前と無駄なやり取りしてる余裕はねぇん」


 基本的に世界は雑魚魔物には優しくない。今回も一騎が最後まで口にする前に、空からの災厄が肌に熱さを感じるレベルにまで接近する。更にその向こう側には、火球を放つだけ放った、明確な敵意を持つ隕石のような魔物が突入してきていた。


 一騎の緑色の体表に赤とオレンジ色が広がる。


 火球の一発がすぐ近くに落ちた。次々と火球が炸裂し、鮮烈な赤と轟音が無秩序にばら撒かれ、木々と、周囲にいた魔物たちと酸素を、灼熱の手が弄ぶ。


 骨刀を目暗滅法に振り回し、炎を斬り裂く。暴れまわる炎が温度を急上昇させる只中、一騎はその決して大きくない背筋に猛烈な寒気を覚える。


 火球などとは比較にならない膨大な熱量が、空気を押し潰す圧力を伴って、もはや上を向く余裕はない。


 未だ、魔力操作というものに習熟していない一騎だが、そのことに思いを巡らしている時間などあるはずもなく、全身の力と魔力を込めて強引に骨刀を斬り上げた。


 刹那、一騎の視線と、落下してきた隕石に浮かぶ視線とがぶつかり火花が生じる。火花には、隕石の抱く露骨な勝利の確信が混じっていた。


 炸裂したのは一際、いや五際は大きな音と、大地を抉る激烈な衝撃が白熱を伴って一気に広がる。木々を薙ぎ倒し、抉られた地面が土砂となって噴き上がり、土砂は更に周囲を打ち砕き、炎と手を取り合って森を踏みにじった。


 その中心、衝撃と轟音、巻き起こる粉塵が薄まってようやく視認できた場所には、直径で五メートルを超える岩が赤熱した姿を見せつけている。赤熱した岩は、余裕に満ちたゆったりとした動きで、吹き飛んだ地面や木々を見回す。ややあって、満足気に息を吐き出した。


『ん~、パぁーフェクトッ!』


 一般に、知能に乏しいとされる無機物系の魔物は、実に流暢なセリフで自らを評する。


『実に素晴らしい。クール&イージー! 好き勝手に暴れて優位に立っていると思い込んでいるバカを、上空からの不意打ちで一気に仕留める。確実に! 安全に! なにより簡単で楽に!』


 ゴロリ、と岩の体躯を三六〇度転がす。木や土砂に混じって、少なくない数の魔物の死体が転がっている。ローリングストーンの、転生者の谷康夫の落下攻撃に巻き込まれた部下たちだ。


 本来なら、谷康夫という人物に武人の素質はない。人だったときは猫の死体とすら距離を置いていた。自宅で母親相手に暴言を吐いてしまったときは、数分をもしないうちに激しい後悔と自責に襲われるくらい、神経が細い。洞窟で級友が死んだときなど、ショックと嫌悪と忌避から嘔吐し、岩の体にもかかわらず血の気が失せ、巨体をガタガタと震わせ、バランスを保つことすら困難だった。


 今はどうか? あたりには破壊の痕と、血や内臓や体組織を飛び散らせた死体がいくつも転がっている。気の小さい人間なら意識を手放すだろうに、谷康夫には特に感銘を受けた様子もなかった。


『不満を挙げるなら、俺自身は動かずに済ませたかったが』


 岩の口をついて出てきたのは、自分が楽をできなかったことへの不満だ。惨状に慣れたのか、感覚が鈍くなったのか、これだけの事態を引き起こす力に酔っているのか、ともかく、谷康夫は動じず、揺るがずにいる。


『これでも十分に楽は楽だ。さて、とりあえずゴブリンの死体でも探……けっ、そういや手下共もまとめて吹き飛ばしたんだった。もしかして自分で探さねえとダメなのか?』


 後続が到着するのを待って押し付けても一向にかまわない。いや、むしろそうするべきだ。谷康夫は自分で動くのが嫌で、攻撃の威力で肉片すら残っているかも怪しいゴブリンの死体を探すなんてのも面倒極まりない。


『そうだな、俺の仕事はもう終わり。ゴブリン探しは後の連中に』


 押し付けよう、のセリフは森に残っていた粉塵と共に吹き飛ばされた。


『ぁあ?』


 粉塵を吹き飛ばしたのは、透明で規格外のサイズを持つ巨大な蛇腹剣だ。柄を握るのはもちろん、常盤平一騎である。巨大な蛇腹剣を盾にすることで、炎も熱も衝撃も、隕石魔物が引き起こしたダメージを軒並み防ぎきっていた。


 見る限り、無傷であるグリーンゴブリンの姿に、ローリングストーンが浮かべていた勝利の笑みがひび割れる。グラグラと揺れ、体を構成する岩石がいくつか剥がれ落ちた。


 同時に、透明で乾いた音が響く。一騎を守っていた蛇腹剣が砕け散ったのだ。骨刀を『進化』させたことで自分自身を守ることに成功した一騎だが、消耗は極めて激しいものだった。自己を『進化』させるよりも魔力消費が少ないはずの武器進化も、あまりに咄嗟だったために根こそぎ魔力をつぎ込んでしまったのだ。


「ぜぇ、っは……ぁ」


 元に戻った骨刀の切っ先を地面に突き刺し、杖のようにしてもたれかかる。一騎の肉体には体力も魔力もほとんど残っていない。配分を考える余裕などなかったのだから当然だ。


 今にも地面と抱擁を交わしそうな一騎を睨み付け、ローリングストーンは憎々しげに奥歯を噛み鳴らす。消耗著しい一騎と比べて、明らかに優位にあるローリングストーンはイラつきを隠さない。なぜなら、


『なっっっんで思い通りに死なねぇぇんだよぉぉぉおおおっ!?』


 ローリングストーンは激高した。


『ちゃんと不意をついただじゃねえかよぉぉぉ! 準備も整えてよぉ、死角からも襲ったし、十分な威力だったろがぁぁっ!? なんで俺が楽すんのを邪魔すんだよぉぉぉおおっ!? がっかりさせやがって! ぬか喜びが一番、腹ぁ立つんだぁぁぁああ!』


 激昂と共に爆ぜる。感情が、ではなく、文字通りの意味で爆ぜたのだ。


 巨大な岩石の内側ら赤と白の光が無数に噴き出し、絶叫めいた音と共に新たな爆発が巻き起こる。破壊規模で劣り、また炎こそほとんどないが、生じた風と射出される岩石の威力は、容赦のない破壊をもたらす。


「く、そ!」


 巨大蛇腹剣を失っている一騎は自分を守る盾を持たない。だが小柄な体躯が味方をした。最初の爆発で折れ飛んだ木の幹の足元に必死に身を隠す。可能な限り体を小さくして、両手で頭を覆い隠す。一騎のすぐ上を、微かに開いた目の前を、幹からほんの少しだけ出ていた尻を掠めるように、無数の岩弾が通り過ぎていく。


 時間にして数秒、一騎の体感的には数分以上に及ぶ岩の嵐がようやく治まり、小型の草食獣のように警戒しながら幹の足元から様子をうかがう一騎。


 最初の火球と落下で十分に破壊されていた地形は、更にズタズタにされていた。威力と範囲の双方において、所詮はゴブリンに過ぎない一騎を大きく凌ぐ。


 勝算があるとすれば、ローリングストーンが明らかに冷静さを欠いていることと、ローリングストーンのサイズがバレーボール程度にまで小型化していることだ。一騎は理解する。さっきの自爆のような攻撃、あれは全身に纏っていた岩石の鎧を吹き飛ばしたもので、鎧を失って核というか、本体というか、それが剥き出しになっているのだ。


 これならなんとかなるかもしれない。一騎は骨刀を握る手に力を入れ、幹から姿を見せる。


 一騎の無事な姿に、ローリングストーン本体に浮かぶ血管のような管が、ビキビキビキ、と音が聞こえそうなくらい太く強く脈打つ。


 岩の嵐が過ぎ去った後も、殺意の嵐は尚も猛威を振るわんと停滞していた。

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