第四章:十九話 雑魚魔物は未だに無双に憧れる ~その三~
戦場後方にある急斜面の岩壁は所々に出っ張りがあるとはいえ、人が登れるような場所ではない。魔物でもゴブリン種では到底登るのは不可能であるし、ギルマンやウルフでも無理だ。
この岩壁に配置されているのはマンドラゴラとハーピーたちである。飛行能力のあるハーピーは当然として、植物系の魔物であるマンドラゴラも、時間はかかるが崖のような場所を移動することが可能だ。
しかし今回は、時間をかけて移動、なんて悠長なことは言っていられないとあって、ハーピーたちに運んでもらっている。
常盤平一騎傘下の魔物たちの中で唯一、飛行できるハーピーの輸送能力は優秀で、マンドラゴラたちは短時間のうちに陣を敷くことができた。
布陣といっても防御的な側面はないに等しい。この急斜面こそが防御の要であり、陣形も斜面に沿ってジグザグに並んでいるだけだ。目的は一つ。
『全員、構えろっ!』
リーダーの号令の下、マンドラゴラたちが一斉に引き絞ったものは、宗兵衛の作った真っ白い矢である。
貫通術式、爆発術式が仕込まれているだけでなく、爆発術式をより強化した爆裂術式に、打ち出した矢を途中で複数に分ける分割術式、単発でも強力なそれぞれの術式を同期させて威力を増大させる連結術式まで組まれているのだ。弓には射程を高めるための風魔法がラビニアにより込められていて、その射程距離と威力は反則以外の何物でもない。
『我らに任された任務は、敵前線部隊の制圧だ。ソウベエ様とラビニア様のお力により圧倒的な長射程を与えられ、ハーピーたちの協力により有利な高地に構えることができている。これで任務に失敗するようなことになれば、我らは居場所を失うと知れ!』
『『『はいっ!』』』
マンドラゴラは女性型の魔物だが、今の彼女たちは全員が兵士のような気迫に満ちている。上空にいるハーピーたちも同様だ。隊長ハーピーの命令が走る。
『照準術式及び連結術式起動! 敵を把握次第、マンドラゴラ隊へ情報を送る!』
『『『了解!』』』
ハーピーたちの通信玉は、一騎が持っているものから、より改良が加えられている。イヤリングとして身に着けることができるようになっていて、照準術式ような術式がいくつも組み込まれているのだ。
一騎は「骨で作られたイヤリングなんか冗談じゃない」と騒ぎ、この辺りの感性が人間とは違う魔物たちは抵抗なく受け入れていた。どころか、主から渡されたとあって喜んですらいたほどだ。
宗兵衛も宗兵衛で、喜んでくれたことでより気合でも入ったのか、イヤリングに用いられている骨には光沢が出るよう細工を施し、まるで真珠のように見える。
『ハーピー隊からの敵情報を受信、総員、撃てぇっ!』
リーダーの号令一下、一斉に矢が放たれた。真っ白い軌跡が空に描かれる様は、なにも知らなければ感嘆の声が漏れてもおかしくはない。
照準術式により、魔物の視力でもとらえきれない遠距離にいる敵を正確に捕捉。
敵の手も声も届きようのない圧倒的な長距離射程攻撃。
貫通術式は鉄製の防具を纏った敵魔物を難なく貫き、爆発術式と爆裂術式は侵攻してくる敵を容赦なく吹き飛ばす。
分割術式は一本の矢を十以上にし、連結術式の効果で貫通矢と爆発矢が豪雨となって降り注ぐ。
しかも宗兵衛から渡された骨矢は、マンドラゴラ一体につき二十本以上あるだけでなく、今も新たに作成した分が次々に補充されてくるのだ。
敵の数がどれだけ多くとも、その手が届かない以上は脅威ではない。逆にこちらからの攻撃は、敵に大規模な出血を強いる。確実にだ。
あらかじめ術式が刻まれているためマンドラゴラたちの消耗は低く、次々に投入されると予想されている敵戦力に対しても、心身の消耗はほとんど生じない。
懸念すべきは、骨矢をひっきりなしに作ることになる宗兵衛の魔力くらいだが、これについても問題はないと言われている。
(いや、問題ない、と言ったのがソウベエ様自身ではなく、ラビニア様とリディル様だったのが少し気になるくらいか)
『視界、晴れてきました!』
部下からの報告に隊長ハーピーの思考が現実に立ち返る。
『第二小隊、第三小隊は遠視術式、収音術式を起動。第一小隊は前方に向けて照準術式を再照射。雑魚一尾たりとて見逃すな!』
ハーピーたちの耳に着けられた真っ白いイヤリングが再び起動、各種術式を戦場に向けた。ハーピーからの情報を真っ先に受け取るマンドラゴラリーダーの表情も引き締まったままだ。
『マンドラゴラ隊、第二射準備。第一射でコツは掴んだな? ソウベエ様からは、たっぷりともてなしてやれと命令されている。ソウベエ様からの矢の供給が追い付かなくなるくらい、射続けるんだ!』
『了解しました。二度と主たちに刃向うものが出ないよう、徹底的に粉砕します!』
『絶対に奴らを近付けさせません!』
第一射の大成功に、マンドラゴラ隊の士気は否応なく上がっている。主たちを信頼していたにせよ、数時間前には敵の数に気圧されていたことを考えると、劇的な変化だ。ハーピーとマンドラゴラは用意されている武器と、用意した主たちへの信頼をより一層、強くした。
『ハーピー隊からの情報連結終了! 第二射、放てぇっ!』
ハーピーとマンドラゴラによる新たな武器運用は大きな成果を収めている。イヤリングも骨矢も、これまでの常識からはちょっと考えられない実績を叩き出していることに、宗兵衛は満足していた。
『あのー、宗兵衛さん? わたくし、疑問があるんですけどー』
そんな宗兵衛の頭の上で、足を軽くばたつかせながら、ラビニアが疑問をぶつけてきた。
「伺いましょう」
『せっかく生成したミスリルでどうしてスケルトンなんか作ってるんですかー?』
宗兵衛が待機している場所は戦場全体の後方にあたり、護衛よろしく周囲を固めているのは、例によってスケルトンたちだ。ただし材質がおかしい。鉄製であったり、ラビニアの言葉が示す通りのミスリル製のスケルトンが所狭しと立っているのだ。
「不死の魔法使いとしてはスケルトンを召喚するのは当然のことでしょう。またリディルさんの協力を得て錬金術の精度も向上していますからね。様々な材質を試すいい機会です」
『これだとスケルトンというよりも、スケルトンの形状をしたゴーレムなんですけど』
《同意。ミスリル製の武具を装備させるだけでよかったかと》
「う」
鋭さを伴うツッコミに沈黙すること七秒、宗兵衛はカシャ、と手を打った。
「それを言ったら、スケルトンだってリン酸カルシウムゴーレムみたいなものじゃないですか。いえ、むしろスケルトンの正式名称をアパタイトゴーレムに変更すべきだと思うのですが」
リン酸カルシウムは骨の主成分である。厳密には骨の約七割は、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシアパタイトでできている。
《スケルトンはアンデッドであって、ゴーレムとは違います》
『リビングアーマーのように、鎧とかにとり憑いて活動するアンデッドもいますから、ミスリルスケルトンに憑依させればアンデッド扱いになるんじゃないですかー?』
かなりどうでもいい議論なので、宗兵衛は打ち切ることに決めた。骨の手元には細かい書き込みのされた設計図がある。
《銃、でしたか?》
「ええ。銃を実用化できれば、銃身と銃弾で別の術式を刻んで運用することができますし、あるいは光学術式も」
宗兵衛の中では、光学術式 = レーザー兵器である。通信玉を作ることができて以来、宗兵衛は骨製のアイテムをかなり考えている。
大部分は脳内でリディルと相談しているため、ぱっと見ではスケルトンが棒立ちでブツブツと独語をしているようにしか見えず、近くを通りかかったグリーンゴブリンの哀れみ交じりの視線に、気分を害したことも一度や二度ではない。
宗兵衛がハーピーたちに用意したイヤリングは、実験も兼ねている。最終的な目標は貫通、爆発、遠視、飛行などの各種術式を組み込んだ装備品を作ることだ。これにより、部下たちの戦力向上を図り、個体ごとに大きかった魔物の戦力差を縮小し、より作戦運用を行いやすくすることを考えている。
『それって一騎さんが考えることのような?』
「彼に任せておくと、アイデアだけが次々に出てきて、結局は形にならないままで終わることが多くなりそうですからね」
ああ、とラビニアとリディルが活気に欠ける同意の声を出した。
「兵器開発の話はこれくらいにして、常盤平憧れの無双の話に移りましょう」
宗兵衛たちの視線の先には巨大な骨矢がある。直径で二十センチ、全長は二メートル近くになる、矢というよりもミサイルといった感じだ。
「これを量産できればミサイル無双ができるかもしれません」
『そんな無双はねえよ!』
通信玉からの鋭いツッコミは、集落の組織図的には宗兵衛より上位にあるグリーンゴブリンからのものだ。
「おや、常盤平。前線で一生懸命に働いているとばかり思っていましたが、連絡を入れてくる余裕があるのですね」
『違ぇっ! もうすぐお前が支援攻撃してくる時間だから気になって連絡しただけだ! ミサイル無双ってなんだこらぁっ!?』
「異世界に転生したらスケルトンだったけどミサイルを作って無双する、という意味では?」
『噛み砕いて説明すんなよ!? なにそのタイトルみたいな表現!?』
『噛み砕くもなにも、そもそも日本語には、無双する、なんて動詞は存在しませんよ』
無双とは、とある人気ゲームシリーズに端を発する言葉であるとされる。ざっくり説明すると「圧倒的実力を発揮して、大多数の雑魚を一方的に蹴散らし、縦横無尽に暴れまわること」だ。
このミサイルいや骨矢はアンデッドとしての特性も備え付けている。元の世界のミサイルにはレーザー誘導などの自動誘導方式が採用されているが、この世界にはそんなものはないし、宗兵衛にも知識がない。
代わりに採用したのがアンデッド特有の「生者に引き寄せられる性質」である。
この性質を利用し目標の生物反応を捉えることで、骨矢を目標へと誘導するのだ。射程が長くなっても誘導誤差がほとんど生じないという優れもので、高速移動する目標や悪天候下での命中精度も高い。
『それレーザー・ホーミングじゃねえの!?』
「レーザー光なんかあるわけないでしょう。名前は決めていませんが、生体ホーミングでいいのでは?」
ネーミング自体に宗兵衛は興味を持っていない。持っているのはいかにして量産するかについての考えだ。
アンデッドの性質を組み込むことに成功してはいても、これは技術的に高度なものであり、単純に巨大骨矢を作ることに比べれば消費魔力も桁違いに大きい。試作はできても実用化にはまだまだハードルが高いというのが現実だった。
「これなら常盤平に爆弾を括りつけて放り込むほうが安上がりですね」
『聖水の中にぶち込むぞてめぇっ!』
「冗談ですよ冗談。爆弾なんか括りつけるはずがないでしょう」
『本当か? 本当に冗談なんだな?』
「括り付けるのは油脂焼夷弾です」
宗兵衛の足元にはミサイルとは別の試作品が転がっており、森という地形的理由から実験も諦めた代物だ。ゼリー状の油脂焼夷弾、つまりはナパーム弾である。燃焼しやすく、長時間且つ広範囲を燃やし、垂直の表面にすら付着する上に、親油性が高いことから水をかけただけでは消火もできないという代物だ。
『なに作ってくれてんのお前ぇぇぇええっ!』
「ですから油脂焼夷弾です」
『冷静に返すなよ!』
積極的に作りたかったわけではなく、数で劣る事実を覆すために色々と考えた結果である。
金床戦術のような作戦は常盤平に担当させ、兵器制作やら輸送やらは宗兵衛の担当だ。好き好んで担当しているわけではないのだが。
「それではそろそろ時間なので、ミサイじゃなかった矢を撃ちますね」
『唐突に気になったんだが、宗兵衛よ。生体ホーミングは誰にセットしたんだ?』
「ははは、前線で頑張っている君にこれ以上の心理的負担を強いるのは酷ですからね。あえて説明は控えることにしましょう」
『情報を隠蔽されるほうが不安なんだよ!』
「何代か前の総理大臣が言っていたではありませんか。トラスト・ミー、と」
『これっぽっちも信用できねぇぇぇええっ!』




