第四章:十八話 雑魚魔物は未だに無双に憧れる ~その二~
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ゴブリンロードとその一党は与り知らないことだが、彼らが蹂躙せんとする集落は静まり返っていた。最近では生活レベルも著しく向上し、夜遅くまで灯りが途絶えることのなかった集落は、いまや魔物たちが笑ったり交流したりしていた頃の残滓すらない。
風が吹けば、廃墟のようなもの悲しげな音が響く。さながらゴーストタウンだ。
魔物がなにを言っているのか、と突っ込みたくなるが、それよりも先に、一騎の心中には怒りがあった。偶然と決断と苦労の上にようやく形になりつつあった居場所、それが根こそぎ奪われたように感じているのだ。
むろん、この感情は一騎だけのものではない。一騎に従うことを決めたゴブリンやハーピー、ギルマンたちにとっても同様だ。
とりわけエストの怒りは計り知れない水準になっていた。
一騎当千という言葉がある。一人で千人に対抗できるほど強いことを指すが、近代兵器の登場と進歩によって、現代地球では使われることが減っている言葉だ。
だがここでは違う。
強大な力を持つ魔物はまさに一騎当千と言うに相応しい力を持っていて、それは魔族の勇者である転生者にこそ当てはまる、と考えていた一騎も、エストを見てあっさりと考えを翻した。エストとの精霊契約をした身である一騎だが、現状ではまだまだエストに勝てるようなレベルではないとつくづく痛感したのだ。
地面が赤熱し、沸騰する。
岩や金属の融点がどれだけのものであるかは知らなくとも、万にも及ぶ魔物たちの中で、もっとも不幸なのは自分たちだと理解することはできただろう。
森の気温が平時とは比べ物にならないレベルで急上昇し、何事かと訝しんでいると、足元の大地がグズグズに煮えたぎってきた。気付いたときには既に遅く、数百体もの魔物たちが悲鳴を上げることさえ許されず、マグマに飲まれて消える。
マグマのプールに飲まれなかった魔物たちは幸運なのだろうか、と問われると、断じて違うと断言可能だ。火山弾とでも言おうか、広がるマグマを前に退くことしたできなかった魔物たちを、上空から無数の灼熱の砲弾が襲いかかったのである。
世界大戦で用いられた砲弾の雨というのは、こんなものなのであろうか。エストが放つ大量の火山弾は着弾と同時に大爆発を巻き起こし、数の暴力の優位を信じて疑わなかった魔物たちを容赦なく吹き飛ばす。加えてマグマや火山弾が発する熱が周辺の木々を燃やし、大火となって魔物たちを取り囲み、飲み込んでいく。
一際大きな咆哮が響く。
ゴブリンロードの持つ戦力において、一千単位の魔物を率いることを許された巨大な魔物だ。グレンデルという巨人の咆哮は、味方の戦意を高め、敵の士気を挫く威力を持っているが、この場では苦し紛れに喚いたようにしか映らない。
本来の計画なら、巨大な魔物たちに前線を切り開かせ、残りの魔物たちで進軍を続けるつもりであったのだろう。赤熱したマグマが眼前に広がっている状況では、作戦もなにもない。迅速に避難することを第一に考えるべきだ。
しかし巨人は戦い自体を愛好する種族であるが故に、絶対的な不利の最中にあっても逃走の判断は下されずにいた。
それは致命の過ち。
グレンデルが背負う巨大な石剣。血に濡れ、数多の敵を薙ぎ払ってきた愛用の武器も、降り注ぐ火山弾の直撃でグレンデルの自信と共に砕け、跡形も残らなかった。
グレンデルの自失は数秒で終わる。吹き上がるマグマの壁を破ってきた敵がいたのだ。
己とは比較するのもばからしい、小柄で脆弱そうな女が、自軍を容易く呑み込み瓦解させたマグマの壁を突き破ってきたのである。彼女こそがマグマを生み出した張本人、火と土の大精霊エストであるだとは、グレンデルに知る由もない。
地面同様に赤熱したエストの拳がグレンデルの腹に突き刺さる。鉄をも弾く鍛え抜かれたグレンデルの腹筋だが、エストの一撃を前にしては紙の鎧も同然。あっさりと貫かれ、巨大な風穴が生じ、次の瞬間には、グレンデルの巨体は熱に晒されて蒸発した。
『や、やりすぎなんじゃないの、エスト?』
「え? どこが?」
クレアの問いかけに、エストは可愛らしく小首をかしげた。
男たちの風体は、魔の森にあっては異様そのものでしかない。鍛え上げられた肉体を誇示するかのように半裸であり、炎を模したマスクが顔を覆う。下半身で輝くのは、ショートタイツとリングブーツだ。嫉妬仮面ここにあり、と知らしめるには十分すぎるインパクトがある。
嫉妬仮面一号と二号が前線に出てからというもの、魔物たちが露骨に距離を置いている――敵味方含め――ことを、本人たちだけが気付いていなかった。
「神秘の空中殺法を見よ!」
固い地面を蹴り、宙に舞い上がった一号は、ヘッドシザーズホイップで敵のゴブリンを投げ飛ばす。仲間が密集していた場所に投げられたゴブリンは、数体の仲間を巻き込み、そのまま意識を失った。
「空中殺法だけではないぞ!」
二号が高々と腕をつき上げて突進する。空気を裂くような速度で接敵、太い上腕筋から放たれるラリアットが敵魔物の首に突き刺さり、一瞬で意識を奪い去る。
見れば嫉妬仮面たちの周囲には、既に多くの魔物が倒れ、小山になっていた。二体のマスクマンは素早い動作で魔物たちで作られた小山の上に立つ。一号は直立姿勢で腕組みを、二号は右人差し指を魔物たちに突き付ける。
「ふ、見たか。これぞルチャリブレを独自に進化させた最強のプロレス流儀、ジェラリブレだ!」
「空中殺法も組み技もお手の物! 完全実力主義を打ち出したスタイル。入門するなら今!」
ルチャリブレ → スペイン語でプロレスのこと。特にメキシカンスタイルのプロレスのこと。マスクマンが多いのも特徴。
ジェラリブレ → そんなプロレス流儀はない。
ストロングスタイルだろ、てツッコミは禁止です。
異様な姿と、反比例するかのような高い戦闘力に、魔物たちは後退しようとし、その目論見は半分もしないうちに吹き飛んだ。出現した大型の魔物が、下がった魔物たちを攻撃したのだ。後退するなら死ね、死にたくないのなら攻め続けろ。凶暴な眼光がそう語っている。
現れた魔物は二体。一方は二つの頭を持つ二メートルほどの身長を持つ巨大な猿の魔物だ。全身を覆う体毛は針金のように太く頑強で、堅固な防御を予想させる。皮膚をはち切らんばかりに隆起した筋肉、二つの顔が持つ鋭い牙、固く太い爪、これらはいずれからも旺盛な戦意を感じ取れた。
双頭巨猿のすぐ隣に出てきたのは、巨大な甲虫である。小学生時分にはカブトムシとクワガタの魅力にハマった嫉妬仮面たちだが、巨大甲虫の凶悪な顎を見ると、捕獲しようという気は失せる。攻撃力を知る術のない嫉妬仮面たちも、防御では猿を上回るだろうことは想像がついた。
「二号よ。お前の従兄はたしか、カブトムシを捕まえてショップに売る副業をしていたな」
「珍しいクワガタを繁殖させてもいるぞ。気色悪いって苦情が来て何度かアパートを追い出されているが。どっちにしろあれはカブトでもクワガタでもないだろ」
「うむ、角がないのはいただけないな」
「まったくだ」
言葉は通じないだろうに、失礼なことを言われていることは理解できたのか、巨大甲虫がギチギチと敵意を込めて顎を鳴らす。嫉妬仮面一号は恐れることなく、双頭巨猿と巨大甲虫を睨み付けた。
「この場所は我ら嫉妬の戦士が再集結した記念すべき場所。貴様らなどお呼びではない!」
『グルァァアア!』
一号の決めつけに双頭巨猿が応える。
地面を蹴る双頭巨猿に対し、一号は猛然と掴みかかり、手四つで組み合った。筋骨たくましい肉体どうしのぶつかり合い。軋む筋肉、弾ける汗、剥き出しの歯茎。
暑苦しいにも程がある。
支える地面が両者の力に耐えかねてひび割れた。殺し合いや捕食が日常の魔の森でも、こんな衝突は珍しいに違いない。
一号と双頭巨猿の力はほぼ互角。拮抗する力比べは、少なくとも双頭巨猿にとっては予想外だったのか、双頭巨猿は耳障りな咆哮と共に大きく頭を後ろに逸らし、勢いよく一号の頭部目掛けて頭突きを仕掛けてきた。
パキャ、と小気味よい音が響く。流血は双頭巨猿の右側の頭部からだった。
「バカめ! 我が校のパキケファロサウルスとの異名をとるこの嫉妬仮面一号と頭突き勝負をしようとは、片腹痛し水虫痒し! 頭突きの見本というものを見せてくれるわ!」
グン、と大きく背中ごと頭部を後ろに逸らす一号。放たれた頭突きは、巨猿の左側の顔面のど真ん中に直撃した。肉と骨がひしゃげる異音と共に、巨猿の左側の顔は血と歯を撒き散らす。
グボ、と巨猿の顔面から頭部を引き抜いた一号は、更なる追撃の頭突きを見舞わせた。二発、三発、四発。五発目の頭突きは命中しなかった。巨猿の左の顔は力を失って後方に倒れていたからだ。
右の顔が吠え、一号の肩口に噛みつく。
「ぬぅん!」
肩からの出血など意に留めず、一号は太い腕を巨猿の胴体に回す。がっちりと捕まえ、体をブリッジさせるようにして巨猿を後方へ投げ飛ばした。
地面にぶつかった衝撃で一瞬、呼吸の止まった巨猿に追い打ちをかけるべく一号の体躯が軽やかに宙を舞う。美しいフォームのドロップキックは巨猿の分厚い胸板に直撃、起き上がったばかりの巨猿は更に吹き飛んだ。
受け身という技術を持たない巨猿は大木にぶつかることで、転倒を防ぐ。明確な実力差を示されて尚、右側だけの顔は戦意を失わず咆哮と共に両腕を上げる。
「その意気や良し! 貴様はこの戦いの後で栄えある嫉妬団に入団させてやる!」
一号は再び華麗な空中殺法で巨猿に飛び掛かる。優美でありながら旋風をも巻き起こす攻撃は、フライングクロスチョップ。一号の体重が凄いのか、飛び掛かる速度のせいなのか、クロスした両腕は巨猿の胸板に突き刺さり、巨猿は右の口から吐瀉物を撒いて意識を失った。
追記として、パキケファロサウルスとは石頭恐竜の代表的な種ですが、実際に頭突きをしていたかについては推測に過ぎません。
巨大甲虫の飛行速度は二号の予想よりも速かった。直進的ではあったが、サイズがでかいので回避するのが厄介な上、巻き起こる風も侮れない威力を持っている。深夜の高速道路を走る大型トラックと向き合っているようなものだ。
「なにそれヤバイ。死ぬかもしれん」
自分の想像力を恨む二号である。
二号は一号ほどプロレス技に精通――一号にしたところでプロレスジムに入門していたわけではなく、雑誌やテレビで得た知識でしかないが――していない。攻撃も防御も、転生で得た身体能力任せだ。格闘技も習ったことのない二号は、森の土に足をとられバランスを崩す。その隙に、巨大甲虫が突っ込んできた。
「ちぃっ!」
プロレスには詳しくないなりに一号からの指導を受けた結果、二号の動きは一号と似たものになっている。両腕でガードを構え、魔力を漲らせて全身の筋肉を怒張させる。誇り高いわけではないが、一号の指導の影響で、攻撃は避けるものではなく受け止めるもの、と認識してしまっているのだった。
突進してきた巨大甲虫と、ガードを固めた二号が正面衝突した。まるでトラックどうし、あるいは列車どうしがぶつかったよう。十分な推進力を持った巨大甲虫の突進を受けて、二号はわずかに数十センチを後退っただけだ。
「つぉりゃぁぁぁああっ!」
巨大甲虫を受け止めた二号は両腕を高く上げ、振り下ろす。相手が人間なら鎖骨に食い込んだ攻撃は、甲虫の頭部にめり込む。力任せの一撃に、未だ空中で姿勢を保っていた巨大甲虫もさすがに地面に落ちる。
血ではなく体液が漏れる頭部を確認した二号は早々の決着を考え、すぐに覆された。巨大甲虫が魔力を集中させたかと思うと、瞬く間に凹んだ頭部が修復されたのだ。
「しぶとい!」
『ギィィィッ!』
巨大甲虫の突進、と判断した二号は再び受け止めるべくガードを固め、これが裏目に出た。巨大甲虫は突進に続けて、頑強な顎で噛みついてきたのだ。大木ですらわけなく噛み折るであろう咬筋力が二号を襲う。
噛み砕こうと力を入れる巨大甲虫と、内側から顎を開こうと力を入れる嫉妬仮面二号。僅かにできた隙間から二号は左腕を引き抜くことに成功する。
引き抜いた腕を曲げ、エルボーを打ち下ろす。狙いは巨大甲虫の顎だ。二号を捕らえて離さない顎に向けて、突き刺すように、連続して何度も打ち下ろす。
鈍い音がして甲虫の顎が折れ飛ぶ。
「まだまだぁっ!」
顎から逃れることに成功した二号の水平チョップが、巨大甲虫の羽の付け根を叩く。
攻撃力や防御力や回復力も厄介な相手の、二号がもっとも嫌だったのは飛行能力だ。遠距離攻撃の手札の乏しい、というよりも持っていない二号にとって、巨大甲虫の飛行能力を奪うことは極めて重要であった。突進にしたところで、飛行能力を奪えばその威力は低下する。
気合と共に打たれた水平チョップは、巨大甲虫の左側の鞘翅を一撃で砕く。続けての蹴りで、左側の後翅を奪う。
「思い知ったか! 飛べない虫はただの虫だぁぁっ!」
飛ぶ虫もただの虫である。
『シャギャァァァッ!』
飛行能力を失った巨大甲虫が吐き出したのは毒液だった。避ける選択肢を持たない二号は頭から毒液を被る。巨大甲虫の毒は神経系のもので、痛みはないに等しいものの麻痺や痺れをもたらし、呼吸器系の機能も著しく低下させる。
そんなものを頭から浴びて無事で済むわけもないのだが、嫉妬仮面二号に対して毒は有効さを発揮できなかった。
「我が校の害毒とまで蔑まれてきたこの身に、今更この程度の毒が効いてたまるかぁぁぁああっ!」
理由は非常に悲しいものだ。
巨大甲虫の足を抱え、捻る切る。もがく巨大甲虫の無防備な腹に二号の拳がめり込む。
連打だ。拳が雨となって巨大甲虫を撃ち続ける。打ち、叩き、拉ぐ。アッパー気味に放たれた一撃が決着となり、巨大甲虫は遂に地面に崩れ落ちた。




