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第四章:十六話 森の騒乱 ~その二~

「ここまでは理想的に展開していますね」

「ああ、お前が俺たち諸共殺そうとしたこと以外はな、宗兵衛」

「それはもう過ぎ去った遠い過去の話ですよ。今は目の前にある問題に集中するべきでしょう」

『『『どんな精神構造してんだてめぇっ!』』』


 一騎たちの怒りを涼しい顔で受け流す宗兵衛だ。


 奇襲を中心とした戦術で勝利を積み上げている一騎たちだが、楽観はしていない。万を数える大軍を向こうに回して、高が十体二十体をちまちま片付けていっても、効果は乏しいことくらい、理解しているからだ。


 いずれは勝てるかもしれないが、どれだけ時間がかかるのか知れたことではない。


 食料面での問題もある。長期の戦争に耐え得るほどの備蓄はまだまだないのだ。それは敵側も同じだと一騎たちは看破していた。


 そもそも魔物というのは略奪を行う種族だ。相手を襲い、倒し、奪う。計画的に農産物を生産するような例は、よほど強力な存在に率いられている場合にしか見られない。一騎が長を務める集落のように、人間と取引をするとなると例外中の例外である。


 当然のこと、ゴブリンロードは魔物の中の大多数の側に入っていた。


 群れを拡大することはできても、膨れ上がった群れを維持するだけの食料を生産することはできず、奪うことでしか手に入れるしかない。調べた限りでは、群れ全体の喉を潤すだけの有望な水場すら縄張りの中にないのだ。早晩、飢えや渇きにより瓦解することは明白だった。


 だが瓦解する前に連中が動くことも明白だ。


 一騎たちが持っている水場や食料を奪うことをまずは考えるだろう。いや、考えるのではなく思いつく、と言うべきか。ここまで予測できたのから、できる限り状況を自分たちにとって有利になるように展開したいというのが、一騎たちの思惑だった。


 小規模ではあっても、ここまでのところは連戦連勝。


 魔物の世界において負けは破滅に繋がる。単体や小さな群れだと死の憂き目に遭い、大きな群れだと放逐されるか下克上に遭う。


 ゴブリンロードが支配している群れほどの規模となると、小さな敗北の一つや二つに意味はなくとも、続くと支持基盤が揺らぐ。つまりはゴブリンロードの持つ暴力が侮られるのだ。それは群れの崩壊以前に、ゴブリンロードの破滅を意味していることは明白。状況を打破するため、ゴブリンロードは一騎たちを潰すよう動かなければならないのである。


 一騎たちの最終的な目的は、もちろんゴブリンロードを討つことだ。兵力でもって圧倒的な優位に立っていると捉えているゴブリンロードを苛立たせ、確実に勝てる状況に引き摺り出す。


 大規模戦闘ではなく、首魁であるゴブリンロードを討つ。忍者のように格好良く、スピーディーに暗殺できるのなら僥倖だ。宗兵衛のふざけた骨矢の爆撃で始末がつくのでも構わない。


 ただしいずれもゴブリンロードの正確な居場所がわかっていることが前提になる。保護したマルチナと、ここまでの戦いで生け捕りにした連中から敵情報は収集済みではあっても、完璧には程遠い。


 山砦を根城にしていることはわかっても、戦争中に山砦に留まっているかどうかはわからず、このことを探るだけの情報収集力に、一騎たちは決定的に欠けているのだ。


「ならどうするんだ、三号?」

「ちまちま、ちくちく、こそこそ攻撃を続けてもジリ貧だぞ?」


 現代日本に生きてきて、戦争経験のない嫉妬仮面たちにも状況はわかる。エストとクレアの食事攻勢により、徐々に首との輪郭を失いつつある顎先を一騎は撫でた。


「そうだな……情報収集力が足りないのなら、情報発信に力を入れようと思う」

「古典的な作戦ですね、鳳雛さん」

「もうそのネタはいいんだよ!?」




『燃やしてしまえ!』


 一騎側の作戦や思惑に思考を巡らせることもせず、ゴブリンロードは部下に命じた。


 蹂躙されるだけの連中が巡らせているかもしれない打算などとは一切関係なく、ゴブリンロードの全身は烈火の如き怒りに蝕まれていた。


 まさに破竹の勢いで広がっていた勢力範囲が、急速に押し留められたのだ。偶然と暴力とによって成立した勢い――ゴブリンロード自身は、己の実力と天分であると信じている――を、よりにもよって同じゴブリン種の力に遮られた事実に、ゴブリンロードの容量の小さい脳みそは沸騰する。


 森を支配する己が帝国を支える暴力が満足に機能しない事態が許せないのだ。


 数による暴力、というたった一つの成功体験に支えられてきたので、その一つが役に立たないとなると機能不全が全体に及んでしまう。


 ゴブリン種自体、というよりも魔物という種族自体が好戦的な傾向にあることに加え、群れの長として無駄に自尊心が肥大化したゴブリンロードの沸点は極端に低い。堪忍袋なんてものがあるのかどうかでさえも疑わしいほどだ。


 代わって誰に目にも明らかなのは、怒りに任せて振り回す斧である。獣の唸り声じみた異音を発して斧が右から左へと滑り、一体のゴブリンの首が飛んだ。


 手こずっていることを知らせに走ってきた伝令役のゴブリンの首は、血しぶきを上げて宙に舞い、既に十体を越える魔物の死体で作られた血だまりの中に落下する。ミルククラウンならぬブラッドクラウンが生じ、頭部を失った胴体もまた血だまりの中に沈んだ。


『燃やせ』


 苛立ちの強い口調に紛れ込まれるようにしてゴブリンロードは再び命令を出す。


 ゴブリンロードの考えは単純だ。大軍を要する自分たちが手こずっているのは、この森があるからだ。鬱陶しい森が広がっているせいで、圧倒的な数的有利に立つ我が軍が苦戦を強いられているのだから、森が消えてなくなればいい。森さえなくなれば、この戦いは間違いなく勝利する。


 どうやって森を失くすのか? 焼き払ってしまえばいい。どうせ時が経てば森は元通りになる。なら遠慮する必要がどこにあろうか。我が覇道と勝利のために犠牲になれるのであるなら、むしろ森も喜んでい受け入れるべきであろう。受け入れなかったとしても知ったことではない。蹂躙される程度の弱者が悪いのだから。


『できるな、ヤスオ』


 ゴブリンロードの目が貫いたのは、部下としては新参のローリングストーンである。


 転生者であるというこの魔物を傘下に置くことができたことは、ゴブリンロードの覇道は必ず成し遂げられるものであることを示しているかのようだ。少なくともゴブリンロード本人はそう感じていた。


 並の魔物を遥かに上回る力を持つ転生者は、ゴブリンのような雑魚共とは価値が違う。まさに切り札的存在としての役割を持たせている。


『問題はない。このうっとしい森を焼き尽くしてくれるわ。どれだけ強いかは知らんが、ゴブリンとスケルトンに率いられた群れも、すぐにでも蹂躙してやる』


 ローリングストーンこと谷康夫は、首も胴体もない岩石の体を軽く揺らすことで、ゴブリンロードの言葉に肯定を示す。見た目は岩でも、硬度や強度はそこらの岩の比ではない。鉄製の武器の攻撃を受けてもビクともしないほどの強靭さを誇る。


 谷康夫にも思惑はある。うまい汁を吸う、というやつだ。


 洞窟の崩壊に巻き込まれながらも一命をとりとめた谷は、右も左もわからぬままに魔の森をさまよっていた。幸いというべきか、魔物としての戦闘力は高かったらしく、襲ってきた魔物たちを返り討ちにし、または追い返してきた。


 生き延びる自信こそついた谷だったが、その精神は安定からは遠かった。森の過酷な環境は、現代日本の快適さに慣れ親しんだ身には苦痛が過ぎたのだ。


 肉体が魔物へと変じているので、適応しようと思えば適応は容易かったろう。しかし谷はそれを拒否した。自分は魔物ではなく人間である、と念じ続けてきたのである。


 ただし、谷のそれは無駄でしかなかった。


 結果は、変わってしまった状況を受け入れることができず、疲弊していくだけ。疲弊し、摩耗の果てに諦めてしまうのに、大した時間はかからなかった。


 しがみついてでも意地を貫き通す、なんてことができる高校生は少数派だ。漫画の世界にはいても、現実にはほとんどいない。


 谷にも、そんな心の強さはなかった。仮にあったとしても、異世界召喚、強制転生、殺し合い、森に単独で放り出される、などの事態が矢継ぎ早に続けば、心がへし折れても不思議はないだろう。


 心が折れ、魔物であることを諦めと共に受け入れた谷が求めたのは、楽な生活だった。勇者がどうとかいう話には興味はない。苦難を乗り越えるとか、強敵を打倒するとかもどうでもいいものだ。安心で安全で安楽な生活の確保こそが、谷の目的になっていた。


 ゴブリンロードとの出会いは、程度は低いが、運命的なものであったのかもしれない。ゴブリンロードの持つ戦力に寄生すれば、楽に生きることができる。ゴブリンロードが本当に森の覇権を握るような事態になれば、覇王の庇護下で、この危険な世界で安全に過ごせるではないか。


 権力者にすり寄り、自分の身の安全と利益を図る。これが谷康夫の出した結論だった。


『具体的にはどうすればいい? 好きにすればいいのか?』


 谷康夫という人物には、自発性が乏しい。自分であれこれ考えるよりも、言われたことをこなすほうが性に合っていた。命令通りにすることは楽であるからだ。


『いえ、ヤスオ様には、この場所で暴れていただきたく存じます』


 ベートが地図上で指した地点は、まだまだ多くの部下たちが残っているはずの場所だった。


『なるほど、諸共か』

『はい。連中もまさか仲間ごと燃やすとは思わぬでしょうし』


 味方を巻き添えにする戦術は決して褒められたものではない。味方の士気を大きく下げ、離反者を増やす結果にもつながる。このリスクを、ゴブリンロードは鼻で笑い飛ばした。


『グブブ、我がこの森の覇権を握るための戦いだ。逃げ出したような連中は、必ず見つけ出し、一匹残らず殺してやる。一族郎党すべてをだ』


 近くで話を聞いていた部下ゴブリンは震えあがった。戯言、と切って捨てることなどできそうにない。


 事実として、ゴブリンロードは勝利を積み重ね、勢力を順調に拡大してきたのだ。強力な力を持つ転生者をも部下に持っており、森の覇権を狙うというのも根拠のない大言とは言い切れない。


 ゴブリンロードが如何に簡単に他者の命を奪うかを、傘下の魔物たちは目にしてきた。逃げ出した連中を皆殺しにするくらい、間違いなくするだろう。ゴブリンロードの持つ暴力と恐怖は、まだまだ威力を失っていなかった。

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