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第四章:十五話 森の騒乱 ~その一~

 魔の森南部に立ち昇る殺気は、その量も質も濃度も急激に高まっていく。ここ最近で勢力を広げてきた二者があからさまに衝突し始めたのだから当然である。


 一方のリーダーはゴブリンで、他方のリーダーもゴブリンという稀有な状況はあるにせよ、魔物の群れどうしがぶつかることはさして珍しいことではない。数ばかり多いゴブリンともなれば尚更だ。


 にもかかわらず、森南部の緊張度合いが急激に高まっているのは、偏に規模に起因する。一方は万にも届こうという、数多の魔物が生息する間の森においても滅多に見ない規模の群れだ。他方は規模こそ劣るものの所属する魔物の種類が多様で、個体毎の戦闘力もかなり高い。


 有利なのはどちらか。これが平野部での戦いなら兵力に勝る側が圧倒的に有利だ。だがここは開発の手がほとんど及んでいない深い森の中。大軍を展開し、強固な陣を築くには不向きな場所だ。


 加えて、兵力に勝るゴブリンロードの部下たちは、無理に傘下に組み込まれたとあって統率された組織的な運動を期待できようはずもない。士気も低く、各々が好き勝手に動いている側面が目立ち、有する物量は満足に機能していないのだ。


『得られる情報の質と量が勝敗をわけるとのイッキ様、ソウベエ様の命令です。皆、抜かりのないように』

『『『はい!』』』


 偵察を任されたハーピーたちは張り切っている。ハーピーの戦闘手段は上空からの一撃離脱が基本であるので、乱戦自体がさして得意ではない。爪の一蹴りで一体の頭を砕いても、上空に上がる前に別の数体に引きずり降ろされる危険が付きまとうからだ。


 故にハーピーに与えられた主任務は偵察であり、ハーピーたちは万全に成し遂げようと意気が高いのも頷ける。


 空の住人であるハーピーの高い視力が地上の様子を捉えた。


 生い茂る木々に邪魔はされても、そこは魔の森を狩場にする魔物だけあって、一瞬であっても情報を集めることが可能だ。自分たちの目が信じられないわけではない。だが簡単に信じろというのも無理な話で、ハーピーは思わず他の偵察メンバーたちと顔を見合わせた。


 仲間の返事は首肯だ。


 魔の森に生きる彼女らをして、眼下を埋め尽くすものはにわかに信じがたいものであった。森の土を容赦なく踏み固め、木々を折り進んでいくのは、数えるのもばからしくないくらいの数の魔物だった。


 初戦は主であるイッキたちの奇襲攻撃により大勝利を収めている。さすが転生者、と感嘆せずにはいられない戦いっぷりで、敵に与えた打撃もかなりのものだ。当初、聞いていた作戦内容とは結構なズレがあったが、結果が出ているので構わないだろう。あれだけ協力で広範囲に及ぶ攻撃だからこそ、成功をもたらしたと考えられるからだ。


 奇襲を成功させて戻ってきたイッキと嫉妬仮面が、ソウベエと本気混じりの殴り合いをしているのが気になるくらいである。


 初戦はともかく、ハーピーたちの知る限り、トロウル以外の魔物がこれほど巨大な規模にまで膨れ上がったことはない。魔の森周辺の人間国家でも、この兵力を揃えるのはあまりないだろう。


 眼下に見えるはずの地面の一切は魔物たちが取って代わり、蠢くようにして進み続けている。進行方向はどこなのか、考えるまでもなかった。あの巨大な魔物の群れは、ハーピーたちが暮らす集落に向かっている。


 転生者四人による大規模攻撃を受けて尚、地面を埋め尽くすだけの戦力を動員できることに絶望的な恐怖を覚えながらも、ハーピーたちは翼を動かす。


 偵察を任されたのだ。出来る限りの情報を集めなければならない。


 群れを構成する魔物の種類は様々だが、もっとも数が多いのはゴブリン種だ。森で普段見かける程度の装備でしかない個体もいれば、剣や槍を装備している個体も確認できる。ウルフに騎乗している個体や、立派な盾や鎧を装備した個体に、周囲に命令を出すようにがなり立てている個体までいた。


 ハーピーたちが知る由もない事実として、装備の質や立場が上のゴブリン種は、ゴブリンロードの群れ出身の連中だ。機動力のあるウルフは軒並み騎乗されており、遠目でも確認できる高い戦意と殺意は、イッキたちにではなく自分たちの背に跨るゴブリンたちに向けられていると推測できた。


 植物系ではディオネスという魔物や人を食べる魔物がいる。対して強力ではないディオネスは、本来は待ち伏せ型の魔物だ。ただ、毒を撒く戦闘手段を持っているので、無理やり運ばれているようだった。大人の人間を丸呑みできるサイズなので、運搬するゴブリンも四体がかりだ。


 スケルトンやゾンビといった下級アンデッドも混じっている。アンデッドが生者に混じって動くことは通常なら考えられない。いや、眼前に確認できるだけでも、周囲の生きている魔物に襲いかかっている。それでも群れに組み込まれているのは、巨大な群れに飲み込まれて動くことで敵にも襲いかかるからだろう。また生きている魔物の数が圧倒的に多いので、返り討ちに遭っているケースが多い。アンデッドは耐久力が高いので、返り討ちに遭って砕けても、しばらくすれば復活して群れの動きに流されて行っていた。


 ワーム種という人間の大人二人分程度の長さを持つ魔物、再生能力を持つスライム種、魔素を浴びて巨大化した大蛇などが思い思いの速度で動いている。


 ハーピーたちのように飛行できる種族がいないのは、地上の魔物よりも速い速度で逃げることに成功したのもあるだろうが、元からして、魔の森南部にはあまり生息していないことがもっとも大きな理由だ。


 万に及ぶ魔物たちは統制、とまではいかないにしろ、一つの意思に下で動いていることは明らかだった。これだけの規模の群れにどうやって相対するのか。ハーピーたちは自分たちの頭では考えつかず、だが主たちならなんとか出来ると信じて翼を動かした。情報の質と伝達に要する時間は重要な要素だ。空気を裂くハーピーの顔色は、決して悪いものではなかった。


『こちらブラボーワン。ゴブリンの小規模な群れを発見。数は目視で十二』


 軍師として大した能力を持っていない一騎でも、航空戦力が如何に重要かくらいはわかる。海を渡るような渡り鳥とは比較するべくもないが、ハーピーの飛行能力は兵力で劣る一騎たちにとっては生命線と言っていい。宗兵衛の作った通信玉と合わせることで、観測手として敵部隊の動きを築一報告しているのだ。


 ハーピーの攻撃手段は近接攻撃がメインであり、制空権を無駄にしてしまうためというのも理由である。


『えーと、C-四地点へ移動中』

『HQ了解』


 ブラボーワンだとかC-四地点だとかHQだとかを採用したのは一騎と嫉妬仮面一号だ。ハリウッドミリタリーものの映画に頭の天辺までどっぷり浸かっていたわけではなく、ミリタリー要素のあるラノベにハマっていただけに過ぎないくせに、形を整えることに苦心した結果である。


 もっと他のことに頭と力をつぎ込め、とは宗兵衛の言葉だ。


 マッピングの経験でも生きたのか、森南部をAやBなどに区分けするのは迅速だった。ただし迅速だったのはここまでだ。


 記号での管理に慣れていない魔物たちは習得するのは困難で、目印となる木や岩を記した手製の地図を持ち歩くことになっていた。上空から観測を行うハーピーも、報告の際にはいちいち地図とにらめっこをしながら行われるのである。通信玉という連絡手段で大きなアドバンテージを持っていながら、運用する側がかなりアナログで四苦八苦している状況は滑稽ですらあった。


 通信玉の魔力反応を頼りに「そのまま西方向に移動しろ」程度の指示で済むなら御の字、「右手に先端が二つに分かれた大きな岩があるから、そっちに向かえ」と具体的な指示を出すことのほうが多い。まあ、ぶっつけ本番で新しい概念を導入したのだから、混乱するのも当然である。


 混乱はしても戦い自体は優位に進めていることは僥倖と言えよう。ハーピーの観測により、敵の位置を正確に把握できているため、高い確率で不意打ちが成立しているのだ。もう一つの理由が、一騎の主張した作戦である。


 金床戦術という、歴史と伝統のある戦術だ。軍を二つの部隊に分け、一方が敵をひきつけているうちに、他方が敵の背後や側面に回りこんで攻撃を仕掛ける戦術である。古代ギリシャやペルシャで考案されたと言われ、かのアレクサンドロス大王も好んで使い、多大な戦果を挙げた。


 戦術の性質上、敵を引き付ける部隊は耐久力が、回りこむ部隊は機動力がそれぞれ求められ、一騎はこの金床戦術を森林でのゲリラ戦と無理矢理組み合わせた。


 耐久力部隊には宗兵衛が大量のスケルトンを召喚することで対応する。なにしろアンデッドだ。砕けようともしばらくすれば再生する上、倒した敵をアンデッド化することでより戦力の拡充まで可能。必要なのは宗兵衛の魔力のみと、利便性も高い。


 アンデッド隊の指揮を執るのはゴーストとなったゴブ吉である。


『ギギ、今度こそイッキ様の期待に応えてみせる!』


 教会襲撃からこっち、活躍の機会から遠ざかっていると悩んでいたゴブ吉にとって、隊長任命は嬉しい限りだった。同じく教会襲撃で死亡し、ゴーストになっているゴブ助が留守を言い渡されて膨れていたのとは対照的だ。


 機動力部隊についてはハーピーやウルフを頼りつつ、通信玉と地の利の二つのアドバンテージを生かしてゲリラ的に襲撃を仕掛けては離脱するといった動きを繰り返しているのだ。


 本来、この金床戦術は自兵力を分散させ、耐久側と機動側との連携が不十分だと各個撃破されるだけというデメリットがあるのだが、耐久側はいくらでも補充の効くアンデッド、連携には通信玉を用いることで、デメリットを潰すことに成功していた。


『ギ、よし、かかれ!』

『『『ギギ!』』』


 隊長ゴブリンの合図でもって、ゴブリンたちが一斉に襲いかかる。隊長ゴブリンを含めて攻撃側の数は六。一体につき二体を殺すことがノルマだ。陣営こそ違えど、同じゴブリン種どうし。転生者の一騎はともかく、他のゴブリンたちの戦闘力には本来なら大きな差はない。


『ギェギャ!』『ギィッ』『グァ!」


 だが敵ゴブリンたちは武器を構えることこそできたものの、それ以上のことはなにもできず、いずれも短い悲鳴を上げるだけで地面に倒れ込んだ。


 この戦闘力の差は訓練をこなしていることが大いに関係している。


 一騎側とゴブリンロード側とでは、個々の戦闘力でかなりの差があった。一騎たちとゴブリンロードとの戦いが始まって以来、いずれも小規模だがすべてに一騎側が勝利している。


 入ってくる報告によると、水場を奪いに来た群れに対しては、ゴブリン隊が一当てして蹴散らされる芝居をして撤退、勝利に酔っていい気分で水場に寄ってきた連中をギルマンの奇襲で撃破した。


 警戒も乏しく一騎の勢力圏に入り込んできた群れには、マンドラゴラの作った毒を塗った矢で全滅に追い込んだ。


 他にもある。道の途中に食料を転がしておき、興味を惹かれてのこのこと近付いてきた敵を四方から襲撃して叩き潰した。ゴブリンウォーリアという大型種は、本来なら並みのゴブリンの手に負える相手ではないにもかかわらず、訓練を受けた甲斐あって一対一で制することができた。


 前哨戦、散発的な小競り合いと称されるこれらの戦いには悉く勝利を収め、一騎たちの士気は否応なく高まっていく。


 ただしこのやり方で最終的な勝利を収めることができるなどと、楽観的な考えを一騎は持っていない。一騎だけではなく、宗兵衛たちも含めての共通見解だ。

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