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第四章:十四話 奇襲とは

 広大な魔の森には大規模衝突に適した平野部もある。さすがに一万は無理でも、数千の魔物が衝突できる程度のスペースがあるのだ。


 一騎たちとしてはゴブリンロード側が数的有利を活用できる場所に来る前に、可能な限り数を減らしておきたい。


 開けた場所で襲撃を仕掛けたほうが相手に与える被害は大きくなるだろうが、数で劣るこちらがそんな真似をすれば返り討ちに遭う公算が高すぎる。森の木々や岩に隠れ、奇襲を行う。


 果たしてうまくいくかどうか。魔物の群れを視界に収め、一騎は大きく息を吐き出し、近くの木の上にいる仲間たちに視線を送る。嫉妬仮面一号と二号だ。奇襲は少数で行うこととなり、このため、戦闘力に勝る転生者組だけで構成されている。この場にいない宗兵衛は、離れた場所からの遠距離攻撃担当だ。


 ついてきたがる魔物たちも多かったのだが、どうにか押し留めることができた。奇襲地点をよく観察できるように、と少し離れた場所にゴブリンが四体、ウルフが二体、マンドラゴラが一体を配置している。


 出かけ際、宗兵衛が肩にいつもの骨杖ではなく、骨で作ったシャベルを乗せているのを確認した。「戦争となれば塹壕が必要です」とか言っていたので、あくまでも土掘り用だろう。間違っても一騎を埋める穴を作るためだとかではないはずだ。


 少なくとも一騎はそう信じている。


「行ってくる」

『骨はそのまま木々の養分にしてあげますよ』

「せめて拾えよこの野郎!? 下種にも程があるぞ!」

『失敬な。こう見えても僕は人格高潔、品行方正、温厚篤実、清廉潔白、謹厳実直、天空海闊と巷で評判なのですよ』

「どこの巷がそんな世迷言を言ってるんだよ!? つーか、よくそんなに自分を肯定する四字熟語を出せるな。びっくりしたわ!」


 小声で怒鳴るという器用な芸を見せ、先制の奇襲攻撃、既に打ち合わせ済みの行動を実行するため、一騎は全速力で飛び出した。


 駆け出した一騎をハーピーが掴み、上空へと舞い上がる。人間時代よりも遥かに視力のいい一騎の目は、森を侵食するかのように進んでくる敵の姿をはっきりと捉えていた。左右には同じくハーピーに捕まれている嫉妬仮面一号と二号がいる。


 通信玉から宗兵衛の声がした。


『出鼻をくじくために派手に仕掛けると言っていましたが、手順はきちんと覚えているのでしょうね?』

「もちろんだ。最初は『進化』を使って仕掛ける」


 一騎の声にも表情にも雰囲気にも自信が満ちている。しっかりと根拠のある自信だ。自分を鬼やら竜やらに『進化』させるのは、現状、一騎の意思だけでは無理である。


 だが武器となれば話は別。以前のように骨刀を巨大蛇腹刀に『進化』させるのは、リディルのサポートがあれば十分に可能。生い茂る木々に阻まれて密集している連中を、一気に薙ぎ払うことができる。


「よっし! 十分だ、離してくれ!」


 一騎の命令に従い、ハーピーの爪が開かれた。ニュートンの発見した法則が一騎を掴み、その小さな体躯は加速して地面に向かう。


『もしここで『進化』に失敗した場合、君は赤いシミになるわけですね』

「うぉぉおおおいっ! この状況!? この状況でそれを言う!?」

『冗談ですよ、冗談。ただ、僕の機嫌を損ねると、敵軍のど真ん中で『進化』が失敗するなんてことも起こりうる、という点に留意しておくべきだと忠告しているだけです』

「せめて作戦会議中に言えよこの野郎!?」

『それだと面白みに欠けるじゃないですか』

「このタイミングのどこが面白いのか聞かせてもらおうじゃないかこらぁっ! もうすぐ地面なんですけど!?」

『甚だ不本意ですが、仕方ありません。リディル、頼みます』

《了承》


 不本意とはどういうことだ。怒鳴り返したかった一騎は、迫る地面と魔物たちを眼下に断念する。いつか殺す、とだけ心に決めて、一騎は骨刀を強く握った。


「蹴散らせぇぇぇぇえええっ!」


 構える骨刀が光に飲み込まれ、一騎は気合と共に、光の中から骨刀を引き抜いた。出現したのは、砦で振るった硝子のように透明な巨大な蛇腹剣だ。


 魔物のど真ん中に落ちる寸前、一騎は巨大蛇腹剣を振るう。刀身からは無数の槍のような棘も生み出され、無慈悲な斬撃となって魔物たちに降り注ぐ。魔の森に数十数百に及ぶ魔物たちの混乱と叫び声が響く。巨大蛇腹剣の直撃で、即座に絶命した魔物たちはまだ幸運だ。斬撃に晒されながらも生き延びた魔物たちは、軽重各種の傷を負って苦痛に身を捩っていた。


 奇襲攻撃を成功させた一騎は森に降り立つ。十分な成果を上げた攻撃と、付随して巻き起こった混乱に大きく頷く一騎。初撃は間違いなく成功だ。


「次ぃ!」

『『任せろやぁぁぁあああっ!』』


 次に落下してきた嫉妬仮面たちが、魔物としての姿を現す。かたや巨大な黒犬、かたや巨大なコウモリへと姿を変え、地上に向かって大きく吠える。着地と同時に地面を疾駆して魔物たちを食い散らかす黒犬と、上空からの広範囲音波で攻撃を行う巨大コウモリ。一騎の攻撃から逃れていた敵魔物を、かなりの数削ることに成功する。


 だがまだだ。


「宗兵衛!」

『はいはい』


 通信玉の向こうからはかなりやる気の感じられない声だ。運動系部活の顧問あたりが聞いたなら、気合が足りん、とばかりに体罰を振るっていたかもしれない。


 しかし一騎は、付き合いの深く長くなった宗兵衛のことなら、全部ではなくともある程度はわかっている。この状況で背を向けることはしない、と信じるくらいには。


 轟音が森に満ちる魔素と空気を引き裂く。音速に到達する速度で飛来したのは巨大な、真っ白い矢。砦の壁を容易く貫通した宗兵衛の攻撃手段、なのだが、一騎は違和感を覚えた。


「うん? おいちょっと待て宗兵衛、打ち合わせと違うじゃないか。失敗か?」

『ああ、少し仕様を変更しました』


 とんでもないタイミングで、ロクでもない事実を突きつけられた。本来の予定では、砦の壁を突き破ったように、直進攻撃で敵戦力を削る予定だったのだが、巨大骨矢の軌道はどう見ても、対地ミサイルといった態である。


「おいこら宗兵衛、お前これってまさか」

『面制圧、とか言いましたかね』

「やっぱりか貴様ああああぁぁぁぁああっ!」


 絶叫した一騎は素早く巨大蛇腹剣の透明な刀身を盾にして、小さな体躯をより縮こませた。


「どうしたんだ、三号!」

「おい、打ち合わせと違うぞ! どうなってる!?」

「そんなのは後だ! お前らもこっちに来い! 巻き添えで死ぬぞ!」

『『なにぃっ!?』』


 一騎の声音から真実だと判断したのだろう、嫉妬仮面たちも巨大蛇腹剣の傘の下に避難する。


 不気味な音を発して飛来する巨大骨矢は三本。視力のいい個体は気付けたかもしれない。三本の巨大骨矢は、上空でひび割れ初めていた。失敗などではない。これが、作戦だ。一騎たちの作戦ではなく宗兵衛の、だが。


 三本の巨大骨矢がすべて砕け――いや、上空で爆発を起こす。次の瞬間、魔物たちに目がけて、細かく砕けた骨片が襲いかかる。魔力で強化された、いずれも並の鉄剣を凌ぐ鋭さを持つ骨片が、広範囲に亘って大量に降り注ぐのだ。


 一騎たちの先制攻撃で、敵戦力を混乱、足止めした上で、一騎の攻撃が届かなかった範囲にも高い殺傷能力のある攻撃を仕掛ける。


 大気を裂く轟音、降り注ぐ骨片は機銃を掃射したかのよう、響く絶叫と着弾音。


『『『ひぃぃぃいいいっ!?』』』


 敵はおろか一騎たちも生きた心地がしない。


「てめぇ! 小暮坂ぁっ! 明らかに俺たちごと殺るつもりじゃねえかぁぁぁああっ!」

「それでも名誉嫉妬仮面かぐらぁっ!」

『いえ、常盤平は巨大蛇腹剣を使えば死ぬ可能性はほぼありませんので。君たち嫉妬仮面には捨て石とか囮とかの役目を積極的に担っていただこうかと』

『『きっちり押し付けてるだけじゃぁぁぁぁあああっ!』』


 魔物たちと森の木々が仲良く倒れている中、通信玉越しに喧々諤々とやり合っている。


『常盤平は戦力的に前線で暴れてもらう必要がありますし、僕の戦い方もある程度熟知していることから、互いにフォローができます』

「待て宗兵衛! これはフォローとは言わない!」


 フォローのしようのない嫉妬仮面たちはどうなるのだろうか。一騎の疑問は瞬く間に氷解した。


『嫉妬仮面については、巻き込んだところで僕の心は欠片も痛まないので別に構わないかな、と』

「ふざけんなてめええええぇぇぇえええっ!」

「殺す! 絶対てめぇは殺すからな小暮坂ぁっ!」

『おっと、第三射の準備が整いました』

『『『全力回避ぃぃぃいいいっ!』』』


 よもや最前線で敵と戦っている最中、後ろの味方にこそ最大の注意を向けなければならないとは。


 ゲームやアニメで聞いたミサイルの飛来音。視聴する分には何の問題もなかったその音が、ここまで不吉なものだとは一騎も想像していなかった。


 宗兵衛が放った巨大骨矢は三本で終わらない。終わるはずもない。続けて四本、五本と戦場を襲う。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁああっ! おい三号! どうして小暮坂の奴はこんな大規模攻撃を立て続けにできるんだ? 魔力切れとかあるだろ!?」

「あいつはアンデッド、それも不死の魔法使いエルダーリッチだ! 土から魔力を吸い上げる方法を持っている。前線で俺たちみたいに動き回っているならともかく、砲台として動かないから、使った魔力を地面から吸収して回復にあててやがるんだよ! そもそも魔力をストックしておく方法も持っているしな!」

「じゃあ魔力切れがないってことかよ! 無駄に高性能だなオイ!」


 嫉妬仮面たちの言葉に一騎も全面的に賛成だ。宗兵衛を殺すという意見にも賛成する一騎は、戦場の様子を観察して、当初の目的が達成されていることを理解した。


 爆撃により魔物たちの被害は大きく、混乱は更に大きい。まともな指揮官ならこれだけ叩かれれば撤退を選ぶだろう。一騎なら、間違いなくそうする。


 だが敵側は別の選択を選んでいた。宗兵衛の無差別爆撃――本当に無差別だ――を生き延びた魔物たちの中には、この部隊を統率していると思われる個体がいる。爆撃から身を避けることができた幸運と、仲間を盾にする非情さにより、指揮官は尚も旺盛な戦意を示していた。

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