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第四章:十一話 雑魚魔物には仕事が多い

 魔族の勇者なんて立場には未練も興味もない一騎も、せっかく異世界に来たのだから成り上がるという夢はまだ捨てていない。もうそろそろ諦めればいいのに、陰口をぶつけてくる相手が身近にいるが、一騎は強く反発する。


 無理やりこの世界に連れてこられ、人間をやめさせられ、殺し合いに放り込まれ、軍師無双の夢は断たれ、


「いかん。振り返ってると涙が出てくる」


 思わず目頭を押さえる一騎だ。


 プラス方向の話もある。エストとの出会いを筆頭として、拠点を得たこと、部下たちができたことは素直に嬉しい。重荷のように感じることがあっても、この世界で手に入れることができた確かな実績なのだ。今ではゴブリンにハーピー、ギルマンとマンドラゴラも加わり、勢力としては決して小さくないものになっていた。


 魔物は通常、同種族だけで群れを作る。その辺は人間や他の動物たちと同じで、他種族が集まって一つの集団を作るのは、単独では抗しきれないような強大な敵が出現したときか、そうでなければ、複数の種族をまとめられるような強力な指導者が出たときくらいだ。


 一騎には自分が指導者として有能だという自信は欠片もない。今後もそんな自信が芽生えてくるとは思えないのだが、魔物たちを部下として引き受けてしまった以上は責任を果たさねば、とは思う。具体的にどうすれば責任を果たすのかどうかについては、まったくの別問題である。


 日本にいたときは、優秀でもなく、人望があるわけでもなく、何らかの才能に長けているわけでもなく、これといって打ち込むものもなく、異性からは距離を置かれ、同性からもあまり評価されず、趣味の合う近しい人たちからは「オタクで普通にいい人」と呼ばれる程度の一騎は、いい人に相応しく、頼ってきた魔物たちを受け入れ、必要に迫られてだが力を示してきた。


 だからだろうか、最近では、集落は困ったり傷ついたりした魔物たちの駆け込み寺のようになっていた。


「いっそのこと、困っている魔物たちを助ける事業でも始めてはどうですか? 困っている魔物から依頼を受けて動き、成功すれば報酬を得る。君が憧れている冒険者みたいでいいじゃないですか」

「俺は冒険者に憧れているんだよ! お前の言ってるのだと冒険者組合の経営者とかになってるじゃねえか!」


 一騎の憧れる冒険者像と、宗兵衛が提示する仕事とでは微妙な違いがある。それに魔物を助ける事業というのも、いまいちイメージし難い。


 これだけ魔物として活動しているのだから、一騎も自分が魔物だという認識は持っているが、冒険者という単語に触れると、魔物を倒すことで感謝されることが当然という考えが未だに色濃いのだ。魔物側に立つ冒険者、など想像の外側だ。


 しかしこれは一騎の問題であって、困っている魔物側からすれば、一騎は苦境の自分たちを助けてくれる相手に他ならない。


 今回、転がり込んできたのも同じケースだった。


『頼む。我が子らをゴブリン共から救い出してくれ!』


 ボロボロの体を引きずりながら集落に辿り着くなり、ウルフは地面に身を投げ出して訴えてきた。小規模な群れで活動していたウルフたちは、自分たちよりも数で遥かに上回るゴブリンたちに襲撃される。群れはズタズタにされ、三頭の子供たちが攫われたのだ。


「ゴブリン、ねえ」


 にわかには信じがたい話だ。最下層として知られるゴブリンとはいえ、徒党を組むと脅威度は上がる。それでもゴブリンよりも集団戦に強いウルフ種が追われる側になるとは思わなかった。


「では、常盤平に一任する、で構いませんね?」

「もちろんだ」

「激しく同意しよう」

「早ぇよ! それに一任じゃなくて丸投げだろ!」


 犯人がゴブリンだとわかるや否や、宗兵衛が出した提案に嫉妬仮面たちが賛同する。いずれの顔にも「面倒くさいから押し付けよう」との考えが透けていた。透け透けにも程がある。


《あれはウィンドウルフです。ウルフ種の中では中型ですが、夫婦とその子供たちで小規模な群れを作る習性があり、子育ての時期を除くと攻撃性は低く、また頭もよく、本来ならゴブリン如きに後れを取る魔物ではありません》


「如きって言わないで!?」


 一騎が反応するポイントは少しずれている。


「ウルフの子供を攫った理由はなんですかね?」

「騎乗するつもりなんじゃないの」


 エストの指摘で思い浮かんだのは、ゲームなどに登場するゴブリンライダーというやつだ。


 人間の子供程度の体躯でしかないゴブリンでは、馬を自在に扱うには難易度が高いので、連中は犬やウルフに騎乗する。だが最下層の魔物であるゴブリンに、易々と従う魔物や魔獣はいない。特に成体の魔物がゴブリンの下風に立つことはないため、まだ子供の内に攫って従順になるよう躾を行うのである。


 ただし、躾といってもそこは所詮ゴブリン。騎乗能力は低く、跨っている魔物に裏切られて死ぬケースも多いらしい。同時に、命令に従わない騎獣を殺すことも珍しくないという。


『だったらちょうどいいんじゃないですかー?』


 ラビニアによると、現在の森南部には多くの魔物が集まってきているらしい。北部に生息するトロウルの活動活発化により、競争に負けた魔物たちが南下してきたのだ。


 特に数が多いのが、元から森全体に生息し、その個体数も多いゴブリンである。通常、ゴブリンの群れは数十から百体程度だ。だが追い立てられて複数の群れが合流した結果、数十倍以上の規模になっているという。森南部における最大級の不安定要因になっていて、これを平らげることで一騎たちの勢力や立場を不動のものにしようというのだ。


 今更確認するまでもないが、ゴブリンは最弱の魔物である。


 ゴブリンメイジは魔法を使えるが初歩程度のものでしかない。大型化した種もオーガには届かず、武器を扱う器用さはあっても極めるような修練を行うことはない。爪牙もウルフのような他の魔物に及ばず、膂力や俊敏さなどの各能力も同様だ。


 つまるところ、ゴブリン最大の武器は、数。これに尽きる。他の魔物を上回る物量こそが最大の武器なのだ。単体では一般人にも後れをとり、だが集団で襲えば格上の相手にも勝つ。


『数の多いゴブリンを駆逐し、ゴブリンの被害を受けていた他の魔物たちを取り込み、森南部での覇権確立。これですよー』


 ラビニアの口調は一貫して明るいものだ。覇権、という単語が琴線に触れたのだろう、クレアも満足気に頷いている。


「今までは巻き込まれてから対応する形ばかりでしたからね。こちらから積極的に動くという意味で、ゴブリンを片付けていいのではありませんか?」

「最初は子供を助けてくれっていうウルフからの頼みだったのに、いつの間にゴブリン征伐の話に……」


 一騎は思わず、よよよ、と泣き崩れたくなった。


「どうしたのですか、そんなに憑かれた顔をして」

「字が違う! 疲れてんの!」


 人間だったときと比較して、今の一騎に降りかかるストレスの量は果たして何倍に増えたことか。内政無双は一騎自身がやりたいことであるため、失敗があろうと思い通りに進まなかろうと精神的な負担は少ない。


 しかし魔物にしろ人間にしろ、次から次へと外から厄介事が舞い込んできて、且つ、その厄介事に対処しないと一騎と周囲に被害が出ることが確実視されるというのは、やりたくもないことを押し付けられている感が強く、容赦なく一騎の精神を削り、胃を締め上げる。


 重要なことであることに違いがないことも億劫だ。


 活発化しているトロウルが遠くないうちに集落に姿を現すことは、ほぼ確実。いつだったか、本来なら森北部を生息域としているトロウルを、アーニャが集落近くで斬り捨てていることからもわかる。


 トロウルに追われた魔物が寄り集まり勢力を拡大、つまりは被害が拡大している状況下では、一騎たちも座視しているわけにもいかない。今回のウィンドウルフのように一騎を頼りにくるケースも増えるだろう。


 都度対応なんてのは悪手だ。根本的解決にならないのは明白で、そのうちに一騎たちの、元から大して高くない処理能力がパンクする。


 一騎は大きく息を吐き出した。ゴブリン退治を決めたのだ。

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