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第四章:八話 フィギュア作成≒ハーレム作成?

       ◇         ◇          ◇


 クレアが動く様をしっかりと確認した嫉妬仮面一号と二号――追記として、山本と渡辺は名前で呼ばれることは既になく、単に一号と二号と呼ばれていた――は、森の奥でフィギュアじゃなくてクレイゴーレムを大事に抱えつつほくそ笑んでいた。顔は紅潮し、心拍は早く、明らかに興奮している。


「見たか、我が友よ?」

「見たぞ、我が同志よ」


 ふっふっふ、と森の闇に隠れて笑う様はどう見ても悪人の行動だ。彼らが見たものとはなにか? クレアが新たな器を手に入れた場面――否、漢の夢が叶った瞬間のことだ(男ではなく、あくまでも漢だ)。


 夢と希望と妄想が膨らむじゃないか。嫉妬仮面たちは恍惚とした表情のまま、宗兵衛が練習で作ったあざとい笑顔とポージングのクレイゴーいや違うフィギュアに熱視線を向ける。


 日本人ではまずありえない頭身、百万人の男でも悩殺できるだろうすらりとした脚線美、出る部分は出ているのにくびれている部分はキュッと引き締まっている。監修した甲斐があったというものだ。


 宗兵衛の奴はゴーレムを作る才能はあっても、芸術品を作る才能が著しく欠けていた。あのままだと百年かけても、満足いく出来栄えにはならなかったに違いない。嫉妬仮面からの善意と熱意による介入があってこそ、あの水準に到達しえたのだ。そう、それはまさに、理性をかなぐり捨てても構わないと思えるほどの、夢が形になった瞬間――――。


「ふぉおおおぉぉぉぉおおおっ! まさか、まさか自在に動くフィギュアとはぁぁぁぁああっ! 喋ってくれる上に、好感度マックス状態いいいぃぃぃい!? 羨ましいやけしからんぞ常盤平ぁぁぁああっ!」

「まさに漢の夢! 常盤平の奴は羨ましいから撲殺して野良魔物の餌にしといてやろうかと思っていたが、あんな素晴らしい夢を見させてくれるってんなら、もう少しだけ生かしておいてやる!」


 結局は一騎を殺すという結論は不動のようだ。


「小暮坂がいれば理想に思い描いた通りのフィギュアを入手することも容易い! どんどん注文しようと思うがどうだ?」

「さすが一号。実に素晴らしいアイディアだ」


 なにしろ宗兵衛が作った場合、必要なのは宗兵衛の魔力くらいだ。八分の一スケールで美少女フィギュアを作った場合の相場は、一体につき二十万円から三十万円あたり。限りない情熱をその身に宿す嫉妬仮面たちでも、諭吉が築き上げる壁を突破することはかなり難しい。


 この問題も宗兵衛ならクリアできる。あれだけ大量にゴーレムを作るだけの魔力を持つのだ。頼めばいくらでも作ってくれるだろうと確信している。


 造形についても問題はない。自分たちが監修することによって、好きなアニメの美少女キャラクターを思う存分、作ることができるではないか。


「となると、問題はもはや一つだな」

「ああ。ゴーレムに入れるゴーストの確保、か」


 夢が広がる。


 自由に動くクレアを見て、嫉妬仮面たちの心は感動に打ち震えた。クレアが自分の胸を撫でるのを見て、鼻血を我慢するのが大変だった。クレアが一騎に笑顔を向けるのを見て、「その罪は死をもって贖うべし」と奥歯を噛みしめた。


 だが神は死んでいなかったのだ。神の大いなる愛は嫉妬仮面をも祝福する。八分の一サイズである必要はない。等身大の、動く美少女フィギュアによるハーレムを手に入れることができる。残る素材は、ゴーストだけだ。別にゴーストがなくとも動くことは可能だが、クレアを見ていると、やはり必要だというのが一致した見方だった。


「幸い、ここは魔の森……幽霊ぐらいいくらでもいるだろう」

「狙いはどうする? やっぱり可愛い子を狙うか?」

「ふ、違うな」


 二号の指摘を一号は否定する。


「女子の幽霊であれば手当たり次第だ! 片っ端からフィギュアの中に捻じ込むぞ!」

「い。いいのかそれで!?」

「構わん! よく考えろ、二号よ。造形はこちらでするのだから外見はすべて可愛いものになる。そしてゴーストたちにとっては、新しい肉体を提供してくれた恩人だ。我らに感謝して尽くすようになるのは、もはや自明の理と言っても差し支えあるまい!」

「なるほど! さすが一号だ!」


 魔の森にいるゴーストをすべて狩り尽くさんばかりに、両名の瞳は輝いている。成仏または討滅を目的に聖職者や冒険者に追いかけまわされることはあっても、美少女フィギュアに入れるために追いかけまわされる経験を持つゴーストなど、魔の森広しといえども存在しないだろう。


「いや待て! ここはあえて男の幽霊を使ってTSっぽくするのもありなのではなかろうか!?」

「す、素晴らしい……っ! 二号よ、お前の熱きパトスには感嘆を禁じ得ない! よぉし、方針は決まった! すべてのゴーストを根こそぎ掻っ攫う。これで行くぞ!」

「異論はない! まず最初は!」


 弥増していく嫉妬仮面たちのテンション。彼らの情熱を目の当たりにすれば、彷徨う魂たちも現世に留まることに恐怖して速やかに昇天すること、想像に難くない。


『『とりあえず罪人のクソ雑魚野郎を半殺しにするところからじゃあああぁぁぁぁぁああっ!』』


 しばらくの間は一騎を生かしておくが、だからといって手出しを控えるわけではない。むしろ滅殺の前に拷問を加えることで、「拷問一回分お得ですよ」とアピールするつもりだ。


「それに今なら、あのクズ野郎もクレアちゃんのことが成功したばかりで油断しているはず!」

「なるほど、千載一遇のチャンスだな」

「ああ。あいつの幸せほど砕きたいものはないっ。行くぞ!」

「嫉妬仮面の鉄の掟に背きしものに死の鉄槌を!」


 駆け出していく嫉妬仮面たちを眼下に、報告の必要性と身を隠す必要性を痛感するゴブ吉ゴーストであった。




 エストやラビニアは確かに可愛い。そこに異論反論が入り込む余地はない。だが最近、彼女たちの笑顔は可愛く魅力的なだけではないことを宗兵衛は痛感している。


 あちこち砕けた体を骨杖で支えながら、宗兵衛は自室になんとか辿り着く。いくら嫉妬仮面の監修があったとはいえ、パンツの皴にまでこだわったのはマズかった。いや、そこはともかく、熱中するあまり食事当番をすっぽかしてしまったのがもっともダメだ。クレアが体を手に入れた後、罪の清算としてラビニアに思い切り吹き飛ばされた。


 身を投げ出すようにベッドに飛び込む。アンデッドに睡眠は不要で、当然ベッドも不要なのだが、現代日本に生きてきた身としては、リラクゼーションスポットとしてのベッドはやはり捨て難い。


 枕に埋まった頭蓋骨のすぐ横に、宗兵衛の骨体を砕いた加害者のラビニアが降りる。


『かなり疲れてますねー、宗兵衛さん』


 ラビニアには宗兵衛に危害を加えたことを気にしている風もない。


「ここ一ヶ月で一体、いくつのゴーレムを作ったことか……嫉妬仮面共が横やりを入れてきてからよりハードになりましたよ」


 そして宗兵衛もあっさりと受け入れていることから、このあたりの感覚は麻痺してしまっていることがうかがい知れる。


《ですが嫉妬仮面たちのこだわりがなければ、あの水準には到達しなかったものと推測できます》


 リディルの指摘を否定するつもりは宗兵衛にもない。宗兵衛が考えていた以上に、可愛らしさと造形美を追求することがしんどかっただけの話だ。


 ようやくの思いで求められた仕様を達成した挙句、ラビニアからの仕置きに晒されるのは理不尽としか言えない仕打ちである。食事当番を忘れたことくらいは甘受してほしい。


 宗兵衛は体を埋めたばかりのベッドから起き上がり、手応えを確かめるように拳を開け閉めした。


「とにかくこれで、十分な知識と技術、経験を得ることができました。次は錬金術の精度を上げて、シリコーンを作れるようにしましょう」

『《…………》』


 漫画なら、ピキ、と空間に亀裂が入る場面だ。


『宗兵衛さん……シリコーンを作ってどうするつもりなんですかー?』


 ふんわりとしたラビニアの笑顔からは、殺意以外のものを感じ取ることはできそうにない。


《……………………主》


 スキルであるはずのリディルの声には軽蔑も色濃く混じっている。


 この世界にはまだシリコーンという素材は存在しない。しかし常盤平一騎や嫉妬仮面から知識の提供を受けたことで、ラビニアもリディルも知るところになっていた。


 問題は、シリコーンの用途についてだ。現代地球においてシリコーンはあらゆる産業で使用されている。優れた耐熱性、低い熱伝導率や絶縁性、低毒性などを有し、ゴム、樹脂、オイルなど形態も多岐で、調理器具、医薬品、電気絶縁材など現代になくてはならない素材と言っても過言ではない。


 だが一部のアホ共――今回の場合では常盤平と嫉妬仮面を指す――のせいで、シリコーンの用途について著しい誤解が生じていた。しかも誤解の矛先が、シリコーン製造可能な宗兵衛に向かうのだからたまったものではない。


「ちちち違いますよ!? 明確な目的があってのことですからね!?」

『宗兵衛さんのことは気に入ってたんですけど』

《残念です……主》


 まるで別離を受け入れたかの発言である。


「だから落ち着いてください。常盤平たちの発言とは関係なくてですね、シリコーンがあればリディルの体を作ることができると考えただけですから」

《ふぇ?》


 宗兵衛がゴーレムづくりを引き受けたのは、クレアのボディ作成だけが目的ではない。自身で経験を積むことで、リディルへの応用を考えていたのだ。


「前に言っていたじゃないですか。独立した個体になる方法が必要だ、とか。だから君用のボディを、と思ったのですが」

『《…………》』


 再びの沈黙は、最初のものとは毛色がまったく違う。ラビニアは呆気にとられたようにポカンと口を開け、瞬きを繰り返している。肉体を持たないリディルも、反応が途切れてしまっていた。唐突に訪れた沈黙はともかく、沈黙がいつまでも続くことに、さすがの宗兵衛も不安になる。


「あの、リディル? 大丈夫ですか?」

《…………え?》

「いや、え、じゃなくて、大丈夫ですか? 反応がなかったですけど」

《失礼しました。大丈夫です。予想外だったもので……ですが、覚えていてくれたのですね》


 宗兵衛はリディルの声から、どことなく喜んでいる気配を感じ取る。宗兵衛に言わせれば、覚えているほうが当然であった。


 転生以来、どれだけリディルの世話になったことか。恩返しやお礼ができる機会があれば、逃すわけにはいかない。相手がスキルだろうとだ。いや、どうも最近のリディルはスキルの枠を超えてしまっているような気がしないでもないのだが。


『むぅ』


 シリコーン云々に絡むリディルの機嫌が直ったと思えば、今度はラビニアが頬を膨らませている。その仕草は非常に愛らしく、嫉妬仮面なら間違いなく騙されているだろう。宗兵衛も危うくよろめきかける。


「どうしました、ラビニアさん?」

『いーえ、別にー』


 ぷい、とそっぽを向くラビニア。


「別にって感じではありませんが」

『なんでもないですよー』


 ぼっち人生を歩んできた宗兵衛だ。女心を介するスキルは持ちようはずがなくとも、空気を読むスキルには人並み以上に経験値を割り振っている。その熟練のエアリーディング能力が早鐘を叩く。ここで選択を間違えるわけにはいかない。これ以上の仕置きは冗談抜きで命にかかわる。


「ラビニアさんにもなにかプレゼントを、と考えているのですが」

『えー? どんなのですかー?』


 ラビニアは物凄く嬉しそうな笑顔を咲かせた。パタパタと宗兵衛の周囲を飛ぶ様は、さながら花の妖精のようで、正答を引き当てたことに宗兵衛は思わず、ぐ、と骨の手を握りしめた。こうなると後はプレゼントの内容である。宝石や貴金属は経済的に不可。手作りの人形は選択肢から消去した。なにしろ、今回のフィギュア作成で大きな顰蹙を買った直後とあっては、新たな仕置きの対象になりかねない。となると、


「色々と材料も入ってきていますからね。僕の世界のお菓子を作ってみますよ。クッキーなどはありきたりでしょうから、和菓子に挑戦してみるのもいいかもしれませんね」

『おお! 期待しますよ、宗兵衛さん!』


 喜ぶラビニアに、よくよく考えると、結構な頻度で食事を提供している気がしないでもない宗兵衛だった。


「ではリディル、なにかボディを作るにあたっての希望はありますか?」

《主の趣味嗜好に沿った貧乳ロリボディでお願いします》


 げふ、と宗兵衛は吐血した。スケルトンがどうやって吐血したかは不明だが、とにかく吐血した。


 いかにしてロリコン疑惑を否定するか。宗兵衛は頭を悩ませ、後日、アーニャが集落に戻ってきたことですべてが無駄になるのであった。


       ◇         ◇          ◇

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