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第四章:七話 ゴーレム作成

 最近、常盤平一騎と小暮坂宗兵衛、そして嫉妬仮面一号と二号が集落の一角で実験を繰り返していることは、住人たちの間では公然の秘密となっていた。


「生成……開始します」


 骨の手で合掌する宗兵衛を、一騎たちは期待を込めて見つめる。


 果たして土の中から出現したものは、全高二十センチほどのゴーレム――世の男ども魅了してやまないであろうウィンク付きの笑顔、設定年齢からすると大きいバスト、不自然に短いスカート、パンツを見せるためとしか思えないほどに上げられた足、更には服はおろかパンツの皴にまでこだわった造形美は、正に芸術と呼んで差し支えない水準のフィギュアもといクレイゴーレムである。


「素晴らしい! さすがは名誉嫉妬仮面の称号を持つ小暮坂だ!」

「そんな称号を受け取った覚えはありません」

「ふ、着色は色の魔術師と呼ばれたこの嫉妬仮面二号が引き受けよう! ただ個人的にはもっと胸が小さいほうが好みだが!」

「君のために作ったものではありません」


 騒ぐ嫉妬仮面たちを余所に、一騎はガッツポーズをする。長かった。一騎の求める仕様に耐えうるためのゴーレム――あくまでもゴーレムである――の作成が開始されてからどれだけの年月が過ぎただろう。この水準の造形ならば、一騎の目的にも耐えうる。一騎は心に突き刺さる棘たちの一本が抜ける感覚を覚え、宗兵衛に振り向いた。


「サンキュ、宗兵衛! これならいけ」


 る、とは続けられなかった。


『宗兵衛さん? わたくしの胸のサイズに申したいことがあるのでしたら遠慮しなくていいんですよー?』

《主……後で、話が、あります》

「作りたくて作っているわけではないことを考慮していただきたいのですが!?」

「…………」


 考えても見てほしい。美少女フィギュアを作っているすぐ横に、女の子がいる光景を。女の子が凍てつくような、蔑んだ視線でめった刺しにしてくる一場面を。公然と軽侮に晒されながらも、美少女フィギュアを作り続けなければならない状況を。


「さすがだ、宗兵衛。スケルトンだけあって、神経がないからこそできる芸当だな」

「君は少しは僕を助けなさい。これは君からの要請でしょうが」


 このゴーレム作成は一騎の発案による。集落の新しい名物ではなく、もっと別の目的を持ったものだ。人目につかないように集落の隅や、集落の外でこそこそと行っているのは、目的が知られると恥ずかしいとの一騎の主張を慮ってのことである。


 不死の魔法使いエルダーリッチの宗兵衛はゴーレム程度なら、それこそ自由に作ることができるのだが、一騎が求めているゴーレムは、そんじょそこらの一般的で平均的なゴーレムではない。ストーンゴーレムでもアイアンゴーレムでも、果てはミスリルゴーレムやクリスタルゴーレムでもなく、もっと別の、高機能な一品である。


「それで常盤平、これなら大丈夫ですね?」

「このレベルなら文句はない。すぐにでも本題に入ってくれ。核にはこの封印の欠片を使う、でいいんだよな、リディルさん?」

《肯定。クレアの仮のボディを運用する程度なら、なんの問題もありません》


 幽霊のクレアは活動範囲が限られてしまっているだけでなく、家事などできることもかなり制限されていることでストレスを受けやすい状態に置かれている。肉体を持たないクレアは生身よりもストレスの影響が強く出、またクレアをそんなの状態にしてしまったことで一騎も責任を感じていた。


 打開策として打ち出されたのが、クレアが憑依できるゴーレムの作成である。


 ゴーレムに憑依することで疑似的な肉体(?)を得れば解決するのではないか、と考えたわけだ。だが一騎にはゴーレムを作る能力はなく、作成できる宗兵衛も習熟度がほぼゼロだったため、こんな集落の端っこで練習を重ねてきたのである。クレアのためにゴーレムを作っていることがばれると恥ずかしい、という切実な理由もある。


 発案時点では、ゴーレムの材質にも悩まされたものだ。いくらなんでもストーンゴーレムにクレアを憑依させるのは不憫極まりない。あんなゴツゴツしたいかついゴーレムなど、プレゼントしたところで喜んでくれる可能性は限りなく低い。喜びを示したとしても、間違いなく演技だろう。下手をすれば、


 ――――まずはラビニアさんをモデルに作ってみましょう。

 ――――ふーん。わたくしの胸は石みたいにまっ平らで硬いって言いたいんですねー?

 ――――ぎゃあああああああっ!


 宗兵衛のように折檻を受けることにもなりかねない。


 ネット上で確認したラブドール、その素材であるシリコーンが入手できるのなら文句はなかったが、現状で手に入るはずもない。実のところ、宗兵衛がストラスから吸収した知識には錬金術が含まれていて、リディルのサポートがあればシリコーンを作ることも可能ではある。惜しむらくは、ゴーレム作成同様、宗兵衛の錬金術熟練度が低い――錬金術の難易度はゴーレム作成よりも高いことも関係している――ため、今回は諦めることになったのだった。


 そこで一騎が思いついたのが粘土、クレイゴーレムである。最初に素材として考えたのは日本では百均で手に入るくらいのお手軽アイテムである石粉粘土だった。だが一般に流通している石粉粘土は、彫刻に用いる用途であり、強度に不安がある上に魔力定着率も低いとあって早々に断念することになる。宗兵衛に頼んで高品質な粘土を作ってもらうほうが遥かに効率がいい。


 もう一つが球体関節人形――関節部が球体によって形成されている人形の総称で、自在なポーズを取らせることができる――の技術を用いることである。生身の肉体と比べれば色々と不満はあるだろうことは想像に難くない。


 だが嫉妬仮面のような、美少女フィギュアに命を懸ける特殊人材の協力を得ることができ、要求する仕様を満たしうるゴーレム作成技能を持った宗兵衛がいるのだ。少しでもクレアを満足に近付けるボディを作って見せる。そう一騎は意気込んでいた。実際は結構かなり色々と無駄な意気込みだったのだが。


「え? 封印の欠片でそこまでできるの?」


 通常、ゴーレムを起動する核や術式ではそこまで複雑な動きはできない。高性能な核石を用意できたならこの限りではないが、そんなものは腕利きの錬金術師でも易々と作れるものではない。市場に出回っている分にいたっては目の玉が飛び出るくらいの値段になるという。


 貧乏領主、という表現が適切かどうかはともかく、金銭的に余裕がない一騎に用意できるはずもない。一騎の悩みを解決したアイテムがペリアルドから回収した封印の欠片だった。


 ゴーレムの核としては間違いなく最上級。わざわざ複雑な機構をゴーレムに組み込まなくとも、欠片の魔力だけで自在に動かせるようになるというのがラビニアとリディルの説明だ。さすがは大魔王の力といったところか。皮膚代わりの素材はどうするか、とか、球体関節も試作を重ねる必要がある、とか様々な懸念が封印の欠片一つで片付くのだから。


 ただ、スムーズで精緻な動きにはやはり関節が必要らしく、宗兵衛がリディルの監修を受けながら作ることになった。肩や股関節のような大きな関節以外にも、指の一本一本も同様だ。


 意外だったのはリディルが職人根性を発揮したことか。リディルが納得する水準のものを作り上げるまで小休止の一つもなかった宗兵衛を見て、看守が「働けー!」と鞭を振るっている場面を連想した一騎だった。


 そして一時間後、エストにクレア、嫉妬仮面たちが見守る中、あらん限りの情熱と技術を注ぎ込んだ、ピクシーを模した全高約二十センチのゴーレムというか人形ができあがる。


 服はエストの手縫いだ。違和感が強くなるのはよろしくないので、顔はクレアそっくりにしている。最初から人間サイズのゴーレムを作れと言うなかれ、小サイズのほうが魔力伝導には有利なのだ。大きなサイズになると、魔力を末端にまで巡らせるにも小サイズのものより多くの魔力が必要になり、動かすだけでも多くの魔力を食う。


『…………こ、これが我が新たな肉体なのか』


 核には封印の欠片を使用し、髪はエストから提供されたもので、羽には自由に飛べるようにとラビニアからも魔力を受け、宗兵衛の作った粘土は魔力定着率が異常な水準に達し、もしかしなくても錬金術の規格外になりそうな勢いだ。名ばかり魔女のクレアですら、ちょっと引くぐらいの出来栄えである。


 後はクレアがゴーレムの中に入れば終了だ。封印の欠片を通じてクレアとゴーレムが繋がり、問題なく定着するだろう。


「すごい出来じゃない、イッキ」

「作ったのは俺じゃなくて宗兵衛だけどな。意見は色々入れたが。それはともかく、さ、入ってくれ、クレア」

『うむ! 下僕からのプレゼント、ありがたく受け取るとしよう!』


 人間のゴーストであるクレアは一メートル程度の身長だが、これは生前のイメージに引きずられてのことであって、自分の大きさをある程度変えることができる。二十センチの人形の中にも、特に手こずる様子なく入っていくクレア。ややあってクレアのすべてがゴーレムの中に入った。定着したことを表す光がゴーレムの全身から放たれ、光の消失と同時にゴーレムが右腕を勝利のポーズよろしく突き上げる。


『う、動く! 動くよイッキ!』

「よっしゃ成功!」


 霧に包まれた一角に歓喜が爆発した。宙に漂うゴブ吉たちも感動の涙を流している。とりあえずの成功に一騎は大きく深い息を吐き出した。


「上手くいってよかったよ。ようやく胸のつかえが一つなくなったって感じだ」

『胸?』

「うん?」


 なにかに気付いてしまったのか、クレアは自分の体、特に胸部分を重点的に何度もペタペタと触る。


『巨乳じゃない!』

「そこぉ!?」


 そこが重要らしい。


『どういうこと、我が下僕。巨乳好きのくせにどうしてこんなっ』


 宙を飛んで一騎の鼻先に詰め寄るクレア。人間だったときにはついていなかった羽を、こうも自在に扱うのだから、意外とセンスがあるのかもしれない。


「待て! 誤解だ! 俺は決して巨乳が好きというわけではっ! ちょ、エスト!? マグマ! マグマが地面から顔を覗かせてるから落ち着いて!?」


 笑顔のエストと、エストの足元から漏れる赤い輝きが徐々に広がっていく様は不吉極まりない。藤山まゆの豊かな双丘に、だらしなく鼻の下を伸ばしていた一騎の言い訳だ。説得力のなさは半端ではない。


「誤解? 本当に誤解なの、イッキ?」

「もちろんだとも! そもそもこのボディを作ったのは宗兵衛だ。パンツの皴のクオリティも貧乳も宗兵衛の趣味嗜好によるものだ!」

『そうなのですか、宗兵衛さん?』

《見下げ果てます、主》

「僕に矛先を誘導するんじゃありませんよ! 製作総指揮及び監修はそこの嫉妬仮面です!」

『『げげぇっ!?』』


 仲間を貶め合う、実に心温まる光景だ。昨日の敵は今日の友という言葉があるが、一騎たちの場合、敵味方の入れ替わり頻度は酷いときで分単位にまでなる。この場は責任を押し付け合っていても、しばらくすれば――具体的にはフリードが持ち込んだエロ本の鑑賞会のとき――また友情を確認し合うことだろう。


 集落に戻ってから、自由に飛び回ってゴブリンやハーピーたちと交流するクレアを見て、一騎は喜びのあまり、ほろり、と涙を流した。

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