刃圏魔術(ブレイドエフェクト)②
その弾速は音にも似て、その数は無限。
打ち上げられたツルギは、
すでにボロ切れのように血まみれだった。
「事切れたか?」
遠目にいたイヴァンはそう言った。
イヴァンも剣士として。まして相手は道場破りである。
命を賭けて戦った。そして相手の命を奪う気で戦った。
それだけだ。
結果相手がくたばろうと、何も感じることはなかった。
ただ、死ねば皆同じ。
亡骸だけは、丁寧に葬ろうと、ボロ切れのような体に近づくと……。
むくりと、ツルギが起きた。
「いっっっっっって…………」
わずかにそれだけ呟いて。
ツルギはそう起き上がった。
「っち、生きてたか……」
イヴァンは不服そうな顔を一瞬浮かべるも、
「すぐ散らしてやるよ」
再び剣を、向けた。
「へへっ、こんなの……!」
ツルギが呟く。
「かすり傷にもならねえぜ……!」
満身創痍で。
剣を構える。
「見れば見るほどデタラメな得物だぜ……」
イヴァンはツルギの構えを見て言う。
じりりと。
お互いの足が動く。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」」
剣とペンが、激突した。
火花が、散った。
「どーみてるんですかー?」
傍らのレトナが聞いてきた。
「戦況か?」
はーい、とレトナは頷いた後に言った
「まー、イヴァンが負ける要素見当たらないですよねえ」
誰がどう見てもな結論だった。
負っているダメージの多寡は互いの外観から明らかであるし、また実力差も歴然だった。
イヴァンが勝つ。
しかし、ロゴスの見解は違った。
「あの剣は……剣先のペンは……」
目の前では剣とペンの軌道がぶつかり合っている。
そして明らかに、イヴァンの手繰る剣が、
ツルギの振るペンの軌道を蹂躙していた。
「がっ……!」
「そろそろくたばれってんだよッ!」
優勢なように見えるイヴァンも。
焦っていた。
刃圏魔術。
イヴァンがさっき使ったそれは、術者に宿る生命力を魔力に変えて、それを武器に通すことで具象化する、神秘の技。
故にこの国で剣士が崇拝される理由でもあり、逆に一流の剣士を目指すのであれば使えなければ話にならない術である。
そしてこの刃圏魔術は、それ自体一撃必殺の性格を有しており、術者の体力を大幅に削るものでもあった。
「……っ!」
イヴァンの足取りが、だんだんともつれる。
対して満身創痍のはずの、さっきまで押され続けていたはずのツルギの剣速が、
しだいにその激しさを増していく。
ガギンッッ!!
ズバッ!!
楕円の軌道が。
幾重にも折り重なりぶつかり合った。
「どーなってんですか……?なんか、あの少年が押してるように見えるんですけど……?」
レトナが不思議そうだ。
負け確だと思っていた少年がこんなに奮戦すれば、少しはそう思うだろう。
「あと……なんか、あの少年光ってませんか?」
レトナは見逃さなかった。
ツルギの体からほんのりと、湯気のような青白い光が漂っていることを……。
もちろんロゴスも見逃していない。
「ああ……魔力の循環だ」
「えっ、っていうことは……あの子も、刃圏魔術使えるってことですか……?」
レトナが驚くのも無理ない。
刃圏魔術は剣を握ればだれでも出せる手品ではない。
使用には実態すらつかみにくい己の魔力の把握と、それを循環、そして武器に伝える技術が必要だ。
イヴァンも、そしてレトナも最初から使えるようになったわけではなく、ロゴスの与える修練を積んだからできることであった。
それを、あんな素人に毛が生えた程度の子が使えるなんて……。
今度は、ツルギが攻勢に出る。
青白く光る己の体と――――そしてペンを、前に前に押し出していく。
だがイヴァンも、後手には回らなかった。
「図に乗ってんじゃねええええええええええええええええええええ!!」
イヴァンが咆哮。
剣を薙ぐ。
速い。
その軌道は、右左斜袈裟、縦横無尽。
刃圏魔術ではないが、一つの魔術と呼べる剣技。
それらは確かな剣の軌道を。
そのままツルギの体に刻んだ。
バシュバシュバシュバシュッッッッ!!
血が、ツルギの体表から弾けた。
「おおおおおおおおっ!!」
イヴァンは満足しない。
まだ踏み込む。
対してツルギの魔力も。
まだ切れていなかった。
「あんだけ斬られたら、魔力の断線が起きるはず……」
再び不思議そうなレトナ。
「ああ。だがそうなっていない。この先の展開は……」
目の前では。
死力を尽くして、お互いの剣を交えようとしている。
戦いは最終局面だ。
「刃圏魔術をもう使えないイヴァンと、刃圏魔術を今にも放たんとするあの少年。勝敗は……」
ロゴスの言葉が終わらぬうちに。
ツルギの剣先……ペン先が文字を、空に描いた。
その文字は淡く光り、見る者を惹きつける。
これは。
刃圏魔術発動の文字……!
交差。
爆発。
ツルギの刃圏魔術が発動した瞬間であった。
爆発が、勝敗の結果を指し示すように、顕現した。