刃圏魔術(ブレイドエフェクト)①
ハイドラン帝国の中でも有力な貴族一門、バイラル家の嫡男であり、しかし本人は、剣の腕はその肩書に甘えず絶えず研鑽を続けたイヴァンと、
突如現れた正体不明の道場破り。……ペンを剣だと言い張る男だが。
ロゴスはイヴァンの実力なら十分知っている。
国内最難関と言われる剣術学院・アルバトロスへの入学も正直夢ではない男だ。
正直入学に関して不安はなく、むしろその先でどういう軌跡を歩むのかが注目の男だ。
だから勝敗の行方は、あの道場破りの少年の実力如何ということになるのであるが……。
構えからして、なんかズレてる。
ロゴスはつい指導者目線で、道場破り……ツルギとか名乗った少年の構えを見る。
剣や剣術が好きなのは伝わるが、いろいろおしい。
膠着。
対峙する二人の間には、さっきお互いがぶつけ合った気迫とは裏腹に、平坦な時間が流れた。
「……おい、さっさと来いよ。俺が受けて立ってやってるんだからよ」
イヴァンが挑発の色を濃くして、責める。
「……え?これそういう流れ?」
ツルギは……きょとーん、と、間抜けた声を上げた。
「あんたからくるんじゃないの?待ってたわ」
「オイオイ……いちいち癇に障る野蛮人だな……ッ、いいぜ、出血大サービスだ、」
イヴァンが。
踏み込む。
「テメエがなッッ!!」
華美な装飾で彩られたイヴァンの剣が、確実な死を目指す一刀を振りかざす。
鋭い。
ツルギがそれを受けられたのは、奇跡といえよう。
剣とペンが、鎬を削る。
「へえ、やるじゃん」
イヴァンは感心した。
一瞬だけだった。
「そしてテメエはやられるワケだッッ!!」
ツルギのペンから離れたイヴァンの刀身が、
猛るように、幾度もツルギを襲う。
速い。
ズバンッッ!!
ガシュンッッ!!
ツルギの体が。
ぐらつき、ふら付く。
「くっ……!」
「ハハハ、さっきの威勢はどうしたァッ!」
形勢は圧倒的にイヴァン有利のように見える。
しかし彼の師匠・ロゴスは見抜いていた。
イヴァンも攻め切れていない。
数合の斬り結びを見てよく分かった。
実力はイヴァンの方があのツルギとかいう少年より上だ。
だから本来ならもう倒してもおかしくはない手数なのだが、それでも未だ斬り合いが続いている。
あのペン……相当に頑健で、防御力が高いな、とロゴスは考察する。
殺傷力はないだろうが。だってペンだから。
「イヴァン、まだ決めないんですかね?」
ロゴスの隣に。
道場生の中でも紅一点、レトナ・アスフィールが戦局に口を挟む。
小柄で可憐な顔立ちに、黒髪ロング。典型的な男子の憧れ小動物系美少女だ。
「わたしならもー、瞬殺ですよ、あんなペン」
「どうかな……」
ロゴスはボソッと、呟いた。
「あー!お師匠、疑ってるんですか?!わたしがあんな素人ペン使いに負けるかもだなんて!」
レトナはぷんすかだ。
「あ、いいや、そうじゃないんだが……」
ロゴスはしどろもどろ。
彼は、あんまり話し上手ではない。
「オイコラァ……アソコちゃんと付いてんなら、ちったあ反撃に出ろよオラァ!」
ガギンッッ!!
「……さっきからペラペラうるさい!こっちは必死になって返してんだぁぁぁぁ!!」
ズバシュッッ!!
幾百もの剣の軌道が交わされてしばらく経つ。
なかなかに戦局は動いていなかった。
ツルギがイヴァンの攻撃に大分見慣れてきたからであろう。
事実予想以上に攻めあぐねたからか、イヴァンの額にうっすらと、一筋の汗が浮かぶ。
イヴァンはペンの防御力の前に、押してはいれどもなかなか決めきれず、
かといってツルギの側もイヴァンを圧倒するほどの実力はない。
このままでは消耗戦だが、そうなればイヴァンが勝つだろう。
だが彼自身のプライドが、そんな勝ち方を許さないはずだ。
圧倒的な力で蹂躙する。
自分より格下だと思っている相手にならなおさらだ。
ならば。イヴァンは、あれを使う。
ロゴスは先の展開を読んだ。
「ちっ……そろそろウザってえからなあ……!」
イヴァンが。
刀身に滾らせる。
己の魔力を。
「終わらすぜ……道場破りよォ……!」
イヴァンの刀身が、
毒々しい緑に、光った。
この異世界の物理法則からしても、剣がひとりでに光りだすなんてありえないことだった。
それを可能にしたのが、彼に体内循環している魔力だ。
イヴァンはそれを一気に放出する。
即ちそれが、剣魔効界……!
「くたばれッッ!!」
イヴァンが地面に刺した剣が。
地割れを起こし、
底なしの闇が、ツルギを呑んだ。