道場破り、現る~まあ、俺なんだけど~
ロゴスの日課は、まず朝起きて毎日剣の手入れをすることであった。
都合1時間あまりを剣を磨くことに費やすのだが、剣術道場を仕切る役目を負う身として、それは当然な習慣だと思っていた。
剣を磨き、心を清め、ロゴスは道場へと向かう。
そこに屋根はなく、床も壁もなかった。
ただあるのは、青々とした空と、広々とした原っぱだけであった。
翔火尊塾には、道場らしい外観は一つもない。
この自然そのままが、ここの道場だ。
すでに道場生たちが集まっているだろう。
あらかじめ伝えてある稽古開始時刻までまだまだ時間があるが、どの道場生も意欲がものすごく高いため、すでに集まっているはずだ。
案の定全員そろっていた。
翔火尊塾は少人数しかとらないため、全員集まってもこの野原の千分の一も埋めない。
だから、分かる。
一人多い。
短髪黒髪、中肉中背、顔立ち普通な普通の少年。
道場生でないのはすぐ分かる。
見知った道場生たちが、誰もがその少年を遠巻きに取り囲んでいるからだ。
そもそも見知らぬ顔であった。
その少年は、みんなの目の前ではっきりとこう言った。
「俺の名は筆望ツルギ。いずれ伝説の剣士になる男だッッ!!」
「この道場を破りに来たッッ!!」
そう言い放って。
彼が突き出した得物は、
どう見ても剣の形をしたペンだった。
~~~~◇~~~~◇~~~~
ツルギに後悔も不安もない。
この道場を破れるほどの実力がなければ。
剣術学院アルバトロスへ殴り込み、さらにその先、天下一の剣士になることなんて、できないのだから。
ここに剣を学びに来たわけではない。
ここで自分の剣を試すためだ。
だから、ツルギは全員に宣戦布告する。
「おい。おいおい」
目の前の金髪の少年が言った。
道場生の一人だろう。
あんまし剣士と言えないような一張羅を着ている。
「何バカげたこと言ってんだ?剣みたいなペンみせびらかして」
指をさして、あざ笑う。
ペン?何言ってんだ?と、ツルギは自身の手元に目を落として思う。
どうみても剣だ。
むしろ伝説の剣、と呼ぶにふさわしいくらいの剣だ。
とあくまでツルギの主観で思う。
だからツルギは言う。
「非礼は詫びる。けれど理解してほしい。俺は、おしゃべりしに来たんじゃない」
ツルギは剣……ペンを斜に傾けて、言った。
金髪の眉間に、青筋が浮かぶ。
「おいコラ……いきなりやってきてフザけた真似ばっかしやがって……!」
金髪の少年が。
腰の剣を抜いた。
「いいぜ、非礼だって自覚あるんなら、この機会に礼儀ってもんを死ぬほど体感しな野蛮人」
白刃が煌めく。
ツルギの剣とは違い、本物の真剣だった。
「このハイドラン帝国バイラル卿が嫡男、イヴァン様がなあああああ!」
ペンと剣。
二つの得物を挟んで、二人の剣士が相対する。
相手は名門・翔火尊塾の道場生。
紛うことなき実力者だ。
対してツルギは。
ぶっちゃけ客観的に見て、そんなに強くなかった。
あの夢の中での無双っぷりは。
そうあったらいいなっていう、ツルギの理想の姿、というだけだった。